昭和48年
年次経済報告
インフレなき福祉をめざして
昭和48年8月10日
経済企画庁
第1章 昭和47年度経済の動向
以上にみたような47年度の経済動向は,どのような原因でもたらされたのであろうか,つぎにこれを需給両面から検討してみよう。
47年度の国民総生産は95兆円(前年度比17.4%増),実質成長率は11.5%に達した。国民所得は77兆円,1人当たり所得で2,448ドル(1ドル=297円として換算)とイギリスをしのぐ水準となつた。
国民総支出の増加率を項目別にみると,政府固定資本形成25.9%(実質18.3%),民間住宅建設34.2%(同17.9%)と過去の景気回復期より高い伸びを示し,不調を予想された民間設備投資も14.5%(同10.1%)とかなりの伸びをみせた。個人消費支出も従来と同じく,経済拡大を下支える役割を果たした。これに対して従来しばしば景気上昇の先導役となつた輸出と在庫投資は,総支出の増大に寄与したものの,その程度は従来ほどではなかつた( 第1-5表 )。
公共投資,住宅建設のウエイトが増加し,輸出や民間企業投資のそれが低下することは,成長パターンの転換にそつた需要シフトをあらわしている。ただ,設備投資は年度末に向かつて尻上りの増加となり,資源配分と総需要調整の両面に問題を投じた。
国民所得の分配について各項目の増加率をみると,雇用者所得個人業主所得がそれぞれ16.7%,16.4%と過去の景気回復期と同様順調な伸びを示しており,とくにここ数年伸び悩んできた農林水産業の個人業主所得が19.9%と高い伸びをみせている。一方,企業利潤については法人所得が28.2%(うち法人留保43.2%)と大幅な増加を示した。これらを総合した結果,国民所得は18.0%と過去の回復期を上回る伸びとなつている( 第1-6表 )。
国民総支出の各項目について名目値の伸びと実質値の伸びの乖離が著しいのも,47年度経済の特徴をあらわしている。このような物価上昇は国民所得の分配にも影響を与えた。いま雇用者所得,法人所得,個人業主所得について増分を実質成長率に見合う分と価格上昇に見合う分に分けて推計してみると47年度は41年度に比べて価格上昇による分がやや大きく,とくに卸売物価が急騰した47年度下期の法人所得においてそれが大きい( 第1-7図 )。
つぎに需要動向にやや立入つてみよう。
47年度における景気回復期の需要動向の特徴の1つは,需要の拡大が公共投資と住宅建設によつて主導されたことである。
公共投資は,46年初めから四半期の前期比で毎期5~7%の高い伸びをつづけたが,その効果は46年末頃からあらわれはじめた。とくにセメント,形鋼,建設機械など公共投資関連需要が増大し,これら商品の市況を立直らせはじめた。
公共投資の増加は,住宅建設の増加とあいまつて,まず最初に建設需要の増加となつてあらわれたが,やがて多くの業種での需要を誘発するようになつていつた。こうして,公共投資に誘発された生産が著しく伸長した( 第1-8図 )。
公共投資は,46年度以来2年以上にわたつて著増することとなつたが,不況期から回復期にかけての公共投資の動きを40年不況時と比較すると,今回は高い増加が間断なく続けられたことが大きな特徴となつている( 第1-9図 )。46年度補正予算,47年度予算から同補正予算へと続く公共投資増大を中心に,地方公共団体での投資計画も大型化していつた。このため,41年度の景気回復時には公共投資が一時的に急増したあと,民間設備投資の台頭に道をゆずつて急速に伸びが鈍化したのに対し,今回は暫定予算の影響によつて47年4~6月にやや落ちこんだほかは高い伸びが持続した。
47年度予算の公共事業繰上げ発注に伴うその後の反動的な減少も,補正予算による事業の追加で十分補填されるかたちとなつた。それが,従来と違つて景気が上昇過程ヘ入つてからも公共投資の伸びが落ちず,景気の上昇テンポを速めるひとつの要因となつた。
公共投資とならんで需要増加の中心となつたのは住宅建設であつた。46年度後半から回復に転じた住宅建設は,47年度に大きく伸び,建築着工統計による新設住宅着工戸数は186万戸(前年度比21.1%増)となつた。これは民間住宅の伸び(同31.6%増)に負うところが大きく,公的住宅は5.0%減であつた。
新設住宅の増加内訳をみると,貸家および分譲住宅(建売り住宅,マンションなど)で民間資金による建設戸数増加分のうち76.9%を占めており,前回の上昇局面である42年度には持家建設の比重が大きかつたことと異なつている( 第1-10表 )。
住宅建設の増加が民間住宅の伸びによりもたらされ,そのなかでは貸家等が多かつた理由としては,まず大幅な金融緩和の影響が考えられる。金融機関の住宅信用供与は急速に増加してきたが,とくに製造業の設備投資支払資金需要が沈静に向かつた46年秋以降は,各金融機関とも住宅ローンを大幅に拡大させた。金融緩和は,個人向け住宅信用だけでなく建築業者や不動産業者に対する大幅な貸出増加をもたらし,貸家および分譲住宅の建設を増加させる役割を果たした。また土地所有者が,資金回収率が高く賃貸料収入も有利な貸家建設を進めたことも貸家の伸びを高めたと考えられる。
貸家の増加ほどではなかつたが,持家も47年に入り大幅に伸びた( 第1-11図 )。これにも金融緩和の影響が大きいが,持家建設の理由をみるとこれまですでに持家に居住していた者が,老朽,狭小過密等の理由により改築したものが多く,貸家等に居住していた者が持家ヘ移る割合は低下傾向にある。
公的住宅は民間住宅に比べ伸び悩んだが,これは地価高騰による用地取得難に加えて,団地建設に際して道路や学校等公共施設の不足を招くことから,地元の同意をえられない場合があることが大きく影響している。
一方新設着工住宅の1戸当たり床面積の推移をみると,47年は持家は約100m2,家は48m2となり年々増加傾向を示しているものの,貸家は質的には狭小過密の域を出ていない。
また建築費および地価の動向をみると,建設資材の高騰により建築費は47年10~12月以降急上昇しており,とくに木造住宅の建築費高騰が著しい。また,六大都市市街地・住宅地の地価も47年後半以降大幅に上昇している。
こうした建築費の高騰もあつて新設着工住宅の構造には変化がみられる。新設着工住宅を構造別にみると木造の伸びは減少傾向にあり,鉄筋コンクリート造り等不燃建築物の伸びは増大している。さらに高層化,プレハブ化等の技術変化もあつて, 第1-12図 にみるように,最近とくに住宅建設が,製造業,とりわけ重化学工業の生産額を誘発する効果を高めている。この面からも住宅建設が景気上昇に果たした役割が大きかつたと推察される。
輸出と在庫投資は47年度経済拡大の主役の座を退いたが,それでも回復から上昇にかけての重要な局面で経済の浮揚力を強める役割を果たした。
まず在庫投資についてみると,流通在庫は早めに積増しが始まつたのに対し,原材料や製品段階の在庫投資が増加したのは過去の景気回復期に比べかなり遅かつた( 第1-13表 )。
流通在庫投資は,46年末の円切上げの影響から47年1~3月には前期比でやや減少したが,その後は急速な増加を示した。4~6月には,公共投資が暫定予算の影響でやや停滞した間隙を埋め,この期の需要拡大を主導した。流通在庫投資は景気が上昇に向かつてからもさらにその増勢を強め,47年秋から48年春にかけては繊維や木材関係など一部での投機的取引やその他の要因による買急ぎも加わつて,全体の需要拡大と物価の上昇に拍車をかけた。
卸小売業の在庫率は不況期からすでに高い景気が回復に向かつてもとくに低下しなかつた。それにもかかわらず流通在庫の積増しが早めに始まり,その後の増加も急速であつたのは,一部商品の需給ひつ迫が見込まれたこともあるが,金融の大幅な緩和によるところも大きい。貸出金利の低下と借入れの容易化は,もともと未充足の借入需要をかかえる中小卸小売業の在庫投資意欲を刺激した。近年,製造業の在庫率は,在庫管理技術の向上などから,原材料在庫を中心に低化傾向にあるのに対し,卸小売業の在庫率は製品多様化などの影響によつて上昇する傾向にある。そのため在庫投資全体に占める流通在庫投資の比重はしだいに高まつており,景気に与える影響も強まつている。
一方,製造業の原材料や製品段階での在庫投資は,長期不況から持越した減少傾向が47年に入つても続いた。原材料在庫が増加に転じたのは47年夏であり,製品在庫はさらに遅れて秋口からようやく増加に向かつた。製造業の在庫投資がこのようになかなか増加しなかつたのは,年度当初は需給見通しが弱気であり,市況対策として生産が抑制された面が大きい。また景気が回復から上昇に向かつた段階では,予想を上回る需要増加によつて意図した在庫積増しができなかつた。秋口からは製造業の在庫投資額は増えたかたちとなつているが,これには価格上昇による面が大きかつたのであり,実質値の在庫投資は鉱工業統計でみるかぎり製品段階で純減,原材料でも微増にとどまつている。
在庫投資は以上のような推移を示したが,景気に果たした役割は,不況から回復への転換を促したというよりも,景気が回復から上昇へと進む時期の需要増加を加速させたといえる。しかもそれがもつぱら流通在庫投資によるものであり,製造業での在庫投資は需要拡大に積極的な役割を示さなかつたことが特徴である。
なお,47年末の在庫率を形態別にみると( 第1-14図 ),流通在庫率はかなり高い水準にあるが,製品在庫率や原材料在庫率はきわめて低い水準となつている。鉱工業統計で数量ベースの在庫率をみると,48年1~3月も製品,原材料段階では在庫率が低下を続けた。また日銀「短期経済観測」によれば48年に入つてから製造業ではほとんどの業種で在庫不足惑が急速に強まり,商社でも在庫が過大とみる企業の割合は,40年代に入つて最も低くなつている。
つぎに輸出についてみると,46年8月の変動相場制移行,同年12月のスミソニアン合意による円切上げの影響もあつて,47年に入つての景気回復過程での輸出の伸びは従来の回復期ほど大幅ではなかつた。輸出通関額は増加したがその伸び率はかなり鈍化しており,しかも,為替レートの変更にともなう輸出価格(ドル)の上昇を差引くと輸出数量の伸びは微々たるものであつた。
しかし,47年7~8月頃より輸出は再びかなりのテンポで増勢に転じ,47年7~9月の輸出通関額は前期比9.5%増(季節調整値)となつた。これは欧米各国ともこの頃から景気拡大が一段と速まり,通貨調整の効果を相殺して世界貿易が伸長したことによる。そのほか,秋口から海運市況が好転し,これがきつかけとなつて円切上げ後落ちこんだ輸出船契約が再増した。それが通関実績となつてあらわれるのは先のことであるが,造船関連業界の景況はこの受注増により急速に明るさを増した。
この輸出の再増は,円切上げにともなう企業家の不安を一掃し,その自信を回復させた。しかもそれが公共投資,住宅建設のほか,おりから調整期を終えて増加に転じつつあつた設備投資などと時期的に重なつたため,需給ギャップの急速な改善に一役買うこととなつた。48年2月の円の変動相場制移行によつて,輸出数量の伸びは再び低下しているが,年後半の景気急上昇への引金として,47年夏以降の輸出増加が果たした役割は決して小さくない。
47年度後半の経済急拡大を決定づけたのは,なんといつても民間設備投資が本格的に増加しはじめたことである。民間設備投資は45年から47年にかけ製造業を中心に停滞局面におかれ,その伸びは低かつた。しかし,47年度も後半になると2年余にわたるストック調整が終わり,国際通貨危機の衝撃から立ち直つたあとの根強い最終需要を反映して,設備投資は本格的な情勢に転じた( 第1-15図 )。
46年以降の設備投資の動きをみると,そこには三つの波が存在していた。第1の波は非製造業の設備投資であり,これは46年の夏頃から増勢に転じた。第2の波は製造業のなかの中小企業分野であり,これは47年の初めから上昇を示した。そして最後に第3の波が製造業大企業分野の設備投資であり,これが本格的増加に向かつたのは47年10~12月以降においてである( 第1-16図 )。
このように民間設備投資がつぎつぎと盛上りをみせたことは各分野でのストック調整の進捗に対応している。非製造業では40年代前半の好況期に投資の伸びが相対的に低く,46年以降かなり設備投資を伸ばさないと需要の増加に対応できない段階にあつた。これに対して製造業の設備投資は40年代前半の長期好況期に著増し,45年頃には設備投資が伸びなくても資本ストックはかなり増加するという局面を迎え,それが46年にも尾を引いていた。しかし,その条件も47年に入ると急速に変化した。
設備投資増大の波は,他面で需要動向にも対応している。非製造業に対する需要は総じて高い伸びをつづけた。エア・コンディショナーの普及などにより事務所,店舗,家庭での電力消費が高まり,46年,47年と夏場の電力不足が問題となつた。卸小売業やサービス業でも現実の消費が堅調であるだけでなく,将来の成長性が見込まれた。また繰返すまでもなく,建設業に対する需要も急増した。これに対し製造業については,円切上げによる輸出数量の停滞や,為替リスクの存在が輸出の先行き見通しを暗くした。加えて乗用車やカラーテレビなど主な耐久消費財の普及率が高まり,需要の急増は期待薄だと思われた。
このような理由から,47年度前半までは,非製造業が堅調なのに対し,製造業での停滞が著しく,それが設備投資全体の増加を抑えていたといえる。しかし,製造業でも47年に入ると需給関係がしだいに好転し,企業の先行きに対する不安感は薄らいできた。こうして47年10~12月になると,それまで停滞していた製造業の設備投資が上向き,48年1~3月にはさらに増加速度を速め設備投資全体を大きく盛上げることとなつた。
とくに今回の景気回復は,国際通貨危機の介在によつて時期的に従来よりかなり遅れており,それだけ資本ストック調整の期間が長かつたので,いつたん回復過程に入れば需給の改善は短期間で進み,たちまち各分野で能力不足が目立つようになり,設備拡張が急がれることとなつた。
こうした需給関係の改善とならんで,47年中続いた金融の大幅緩和も,設備投資の増大をたすけた。
金融緩和の設備投資増加に対する効果については,それを定量的に把握することはかなり因難であるが,一応の目安として試算すると, 第1-17図 のように,47年の設備投資の伸びに対する金融緩和の影響は,かなり大きいことがわかる。とくにそれは,非製造業と製造業中小企業において顕著である。これは,非製造業では,もともと中小企業や個人企業が多く,従来困難であつた借入れが容易になつた影響が大きいという事情を反映している。また,非製造業は製造業に比べ,付加価値に占める金融費用の割合が高く,さらに総資本収益率も低位安定していることから,金利低化による金融費用の低下が,新たな投資を行ないやすくしたものであろう。さらに,需給や利潤の面からみても非製造業や中小企業では設備投資が増加しやすい環境にあつたとみられる。
また,需給関係や金融効果のほかに,新たな投資を必要とする条件が生じており,いつたん投資に動意が生じると,こうした投資機会も急速にクローズアップされることとなつた。
その第1は公害防除への投資需要が増えていることである。公害規制の強化や公害裁判等における企業責任の追求は,一面で設備投資の野放図な拡大を抑制する要因でもあるが,いつたん投資が増加に転じると,公害防除が投資の増幅要因となる。後掲 第4-6図 のごとく,公害防除投資の全投資に占める比率は,年々上昇している。
第2は,省力化投資の増大である。わが国における労働力不足傾向は,年々その度合を強めているが,それとともに省力化投資も増加してきている。生産関数を用いた推計によると,労働力の代替にともなう資本の増加は47年度において全体の設備投資の約3割に達している( 第1-18図 )。
公害防除投資や省力化投資の増大は,他の条件を一定とすれば資本係数の上昇をもたらすが,その上昇傾向は最近とくに顕著である( 第1-19図 )。こうした資本係数の増大は,一定の成長率を保つのに必要な設備投資を増大させることとなる。
47年度の個人消費支出は,所得増加を反映して順調に伸び,従来同様,景気回復を支える大きな要因となつた。しかし,48年に入つてからは消費者物価上昇のため,名目では大きな伸びを示したものの,実質ではその伸びが抑えられ気味となつた( 第1-20図 )。
所得の増大は,景気拡大に伴う賃上げ率の上昇,賞与など臨時所得の増大,雇用増や時間外収入の増加があつたためである。定期給与の前年度比伸び率は46年度の14.1%から,47年度の16.1%へと高まり,年末賞与も46年10.6%から47年19.5%へと伸び率が顕著に増加している。
さらに,47年9月以降は景気回復の結果,労働市場がひつ迫し,不況中に減少していた女子雇用者が増加したことを反映して,妻の収入の伸び率が高まつている( 第1-21図 )。
消費の支出内容をみると,上期には所得増加や週休二日制の広まりもあつて,レジャー関係の支出を中心にサービス支出が伸び率を高めたが,商品への支出は伸びがなお低迷していた。下期に入ると堅調なサービス支出の伸びに加えて,自動車購入の大幅な増加や,価格上昇の予想から買急ぎがみられた衣料の伸びなどにより,商品への支出も増勢を強めた( 第1-22図 )。
このように今回の景気回復期においては,まずサービス支出が増加し,そのあとをおつて商品への支出も増加するというパターンになつている。このことは,鉱工業生産の47年上期におけるゆるやかな回復,下期の急上昇の動きと対応している。
百貨店販売額をみても,下期に入り増勢が強まつているが,とくに48年に入つてからは,インフレ心理も働いて,衣料,美術品,貴金属などの売行きが著しい伸びを示している。
こうした結果,これまで低下してきた平均消費性向は,47年度末にはかなり上昇した。これには,激しい物価上昇のなかで換物や買急ぎがみられたことや,低所得層では物価高から消費支出が増加せざるをえなかつたことも影響しているとみられる。過去の例をみると,平均消費性向は所得が増大すれば低下し,物価が上昇すれば上昇するという動きを示しており,今後所得増加がみこまれるので,消費性向がさらに上昇するとは速断しえないにしても,47年度末の平均消費性向の上昇には物価上昇も影響していると思われる。
こうした所得,消費の増加は,都市家計に限られたものではなかつた。47年度においては,農家経済も著しい好転を示し,農家総所得は前年度比21.3%増と大幅に増加した。これは,45,46年度と低下を続けていた農業所得が前年度比24.9%増と著しい伸びを示し,また農外所得も19.6%増と引続き高い伸びを保つたためで,農家総所得の伸びは全国勤労者世帯収入の12.7%増を大幅に上回つている( 第1-23表 )。
農業所得が大幅に増加したのは,45,46年度とほぼ横ばいに推移していた農産物価格が野菜,畜産,米を中心に5.4%上昇したことのほか,農業生産指数も作柄がよかつたこと等もあつて4年ぶりに前年比6.2%と増加したためである。
このように所得が増加した結果,農家の家計支出も教養娯楽費(前年度比19.1%増),家財家具(同15.9%増),被服費(同16.8%増)などで著しい伸びを示し,前年度比13.9%増となつている。また自動車購入額も前年度比23.8%増と著増している。
以上みてきたように,47年度における需要の動きは,上期においては,公共投資と住宅建設とが景気回復を支え,そして下期において各需要がいつせいに増加するという形をとつた。その結果,景気が急上昇することとなつたのである。
第1-24図 は,鉱工業生産の増加に対する各需要の寄与度を,産業連関表によつて試算したものであるが,下期には各需要とも寄与度を高めていることがわかる。とくに大きな寄与度を示したものは民間設備投資であり,消費支出,輸出の寄与度も高まつた。
ここで注目されるのは,過去と比較して政府投資の寄与度が大きいことである。従来の景気上昇期においては,40年度下期,41年度上期,下期の推移にみられるように,公共投資の生産増加に対する寄与度は低下するのが通常であつた。これに対し他の需要が上昇に転じた47年度下期にも公共投資の寄与度が低下しなかつたことが今回の特徴であり,それだけ,財政政策の影響が強かつたということができよう。
これまで47年度経済における需要の急速な盛上りについてみてきたが,これに対する供給の側の適応は必ずしもスムーズではなかつた。また供給力の増加を目指した設備投資は,いつそう需給のひつ迫や物価上昇を強めることとなつた。
今回の景気回復から上昇への局面で,供給の対応が遅れた理由のひとつは,先行する景気停滞期間が長く,設備資本のストック調整が従来以上に進展していたため,資本ストックの伸びが低かつたことである。
45~46年にかけての景気停滞は,46年春から夏にかけての回復への動きの芽生えが,8月のアメリカ新経済政策の発表とその後の通貨危機のなかでいつたんつみとられたため,とくに長びいた。こうした景気回復の遅れと,それに伴う長期にわたる製造業設備投資の停滞は,景気回復過程での製造業資本ストックの伸び率を相対的に低いものとした。そのため,同じ需要の増加に対しても,需給ギャップの縮小は速い速度で進められることとなつた。この需給ギャップ縮小に応じて設備投資が再開されたとしても,それが能力化するには若干のラグがあり,その間は需給のひつ迫が続きやすい。
第2には,公害,立地問題が深刻になつてきたことである。これは,これまでの企業の成長中心的な行動の結果,公害,立地といつた問題に対する配慮が必ずしも十分でなかつたことが,ここへきて表面化したといえる。当庁「当面の企業行動に関する調査」(48年2月実施)によれば需要以外の条件で設備投資計画の実施が遅れている企業は製造業で28.2%あり,その理由としては公害問題(41.9%)土地確保難(36.9%)が1,2位となつている。業種別にみると石油・石炭,非鉄金属,鉄鋼,化学など資源多消費型産業にこの傾向が強い( 第1-25図 )。
第3に,需要の伸びが予想を大幅に上回つたために,供給態勢整備が遅れたことである。46年の国際通貨危機は,企業心理に大きな傷痕を残した。46年の需給ギャップは40年不況時より小さかつたが,企業の不況感は今回の方が強かつた。日銀「短期経済観測」によると41年当初には,製造業の先行き判断で,「良くなる」と答えたものが,「悪くなる」と答えたものを上回つていたが,45年末からこれが逆転し,とくに46年夏にはまだ「悪くなる」とみるものが圧倒的多数となつた。この企業マインドはその後に尾をひき,「よくなる」と答えたものと「悪くなる」と答えたものがほぼ同数となつたのは,景気急上昇がすでに明らかになりつつあつた47年末以降のことであつた( 第1-26図 )。
こうした企業態度を反映して,設備投資もはじめは抑えられ気味であつた。日銀「短期経済観測」によると,47年度の製造業大企業の設備投資は当初は6.6%減の計画ではじまり,後半急増に転じたものの,前半の伸びが低かつたことから,年度としては,8.5%減で終わつた。景気局面や需給ギャップ縮小テンポなどからみて,47年度に近い41年度の製造業設備投資が当初1.4%減の計画ではじまり,結局5.9%増の実績で終わつたのとはやや異なつている。それだけに需給ひつ迫後の設備投資の伸びは急になる。48年5月時点での製造業大企業の48年度上期の設備投資計画は前期比21.8%の伸びを示レ42年5月時点の42年度上期のそれ(17.2%)をかなり上回つているのである( 第1-27表 )。
第4に,企業の需要見通しが弱気であつたことなどのため,業界の協調により需給を改善しようとする動きが長びき,生産態勢がととのわなかつた面も否定できない。こうした協調減産,不況カルテルなどの動きはその他の要因と重なつて供給の遅れをもたらしており( 第1-28表 ),これらについては第3章でさらにくわしく検討したい。
もう一つの生産要素である労働力の伸びも,47年度はこれまでの回復期より鈍かつた。前回景気回復期の41年度の労働力人口増加は,戦後のベビー・ブームの影響もあつて,92万人(前年度比1.9%増)に達したが,47年度のそれは後半かなりの増加をみたものの,28万人(同0.5%増)にとどまつた。労働力人口の増加が小幅であつたのは,不況の46年度において減少した女子労働力人口が,景気好転後もしばらく減少をつづけ,秋口からかなりの急回復をみせたものの,全体として低水準にとどまつたことの影響が大きい。
女子労働力人口は,これまでしばしば不況期に増加し,いわゆる「低収入多就業」の姿をみせたが,45年以降は就職条件の不利な不況期の減少が目立つようになり,家計の項でもみたように,景気急上昇や物価上昇が顕著になつた47年後半に入つてから急増がみられたわけである。女子労働力人口のこうした動きは,男子世帯主労働者の所得水準が上昇したため,家族が就業する場合,その条件を選ぶようになつてきたことを反映するものと思われる。
こうした労働力増加の鈍さを反映して,非農林業雇用者数は伸び悩み,常用雇用指数も低い伸びにとどまつた。
労働時間の増加も,これまでの回復期に比べ著しく弱い。前回の景気上昇期である41年と比べ週48時間以上の長時間勤務はすでに大幅に減少していたが,さらに46年から47年にかけて,週休2日制の採用など労働時間短縮の動きを反映して,47年度の週所定内労働時間は前年度比0.8%の減少となつた。労働時間は制度上からみても週42時間のものの割合が目立つて減り,その分だけ短時間労働の割合がふえている( 第1-29図 )。また,所定外労働時間も,47年に入り回復に向かつたものの,48年に入る頃から週17時間程度で足ぶみしている。41年には1月の16時間から12月の20時間まで増加したのに比べ,その伸びはかなり鈍い( 第1-30表 )。これは,労働者の余暇選好の高まりを反映したものであり,需要の急増は労働力供給の制約に衝突せざるをえないことを示している。
こうした労働供給面の事情もあつて労働市場は著しくひつ迫した。有効求人数は,47年10月には45年の水準に達し,48年1月にはさらに急増したが,求職数は減少傾向にあり,有効求人倍率は48年2月以降1.6倍以上となつた( 第1-31図 )。
求人の動きを産業別,規模別にみると,47年前半は非製造業,中小企業において増加していたが,47年10~12月以降は景気上昇の加速化に対応して製造業,大企業において急増している。製造業ではとくに技能工,一般労務者の不足が,また卸小売においては,販売従事者の不足がそれぞれ目立つてきている(労働省「労働経済動向調査」47年2月)。
以上の需給両面の動きを,需給ギャップの推移により要約してみよう。
需給ギャップは45年の初め以降,全産業においても,製造業においても拡大し続けてきたが,46年10~12月にようやく底を打ち,その後縮小過程に入つている( 第1-32図 )。
こうした需給ギャップの縮小には公共投資と住宅建設とが大きな役割を果たしてきた。しかし,47年9月以降はこれに加えて輸出の再増,在庫投資の回復,民間設備投資の増加が重なり,供給の適応がおくれたこともあつて,47年末には需給ひつ迫が著しくなつた。この間の需給ギャップの縮小テンポは表面上はこれまでの景気回復期と変わらないが,意図せざる在庫投資の減少や未充足の需要を考えれば,実勢としてこれまで以上に急激なものがあつたと考えられる。
供給態勢の適応のおくれは,資本ストックの伸びの低さにあらわれたばかりでなく,製品在庫の「意図せざる」減少になつてあらわれ,また,「未充足の」需要累積の形でもあらわれた。需要が予想を上回つて伸びたため生産態勢がととのわず,製品在庫は急減することになつた。47年度の稼働率の上昇テンポは41年度のそれとほぼ同じであつたが,もし在庫水準を一定に保つように生産が行なわれたとすれば,今回の稼動率の上昇はかなり急傾斜となつたであろう( 第1-33図 )。また,生産が追いつかないために未充足のまま持越された需要が少なくなかつたことは鋼材,設備機械,建設工事などについて受注残高が膨張し,その手持月数が増大したことからも想定できよう( 第1-34図 )。48年に入ると,一部では原料不足から納期遅延,出荷割当てなどが広がり,これが稼動率を上げさせない要因としても作用している。こうした「意図せざる在庫投資の減少」や「未充足需要の累積」は,表面上の需給ギャップの縮小が示す以上に需給がひつ迫していたことを意味するものであり,その影響は第3章でみるように,とくに物価の上昇となつてあらわれたのである。47年度において,生産や稼動率などの実物指標以上に物価上昇が著しかつた理由の一半はここにある。
また,業種別にみてもパルプ・紙,繊維,化学のように47年前半は需給ギャップが拡大ないし横ばいのものもあつたが,47年10~12月以降はほとんどの業種で縮小を速めることとなつた( 第1-35図 )。
48年に入ると,設備投資は一段と強くなる動きを示し,先行指標である機械受注額は前期比で1~3月に11.7%増加し,4~6月にも同程度の増加が見込まれている。また,各種の投資計画調査によれば,48年度の設備投資は前年度比2割以上の大幅な増加が見込まれている。
その結果,需給がひつ迫して投資がよびおこされ,投資がふえるので需給がさらにひつ迫するという過程が現在進行している。このため,48年に入り金融引締めなどの総需要抑制措置がとられた。
総需要調整のねらいの一つは設備投資の抑制にある。しかし,これに対しては,設備投資を抑えれば供給能力が増加せず,したがつて需給緩和に役立たないのではないかとの疑問がしばしば提起される。これは,設備投資に生産力効果と需要効果の二面性があることや,経済全体と個別産業では事情が異なることなどからくる問題である。個別産業の事情をしばらく別にして,経済全体のバランスという観点から当面の設備投資についてどう考えればよいか,その筋道を整理しておこう。
いま生産関数を用いて48年度における設備投資の伸びと生産能力の伸びの関係を推定すると, 第1-36表 に示すとおりで,短期的には設備投資の伸びが大きく変化しても供給力の伸びはそれほど変化しない。これは供給力が資本ストックによつて決まるものであるのに対し,設備投資はその増加分にすぎず,供給力にとつては,設備投資そのものの伸び率よりも,資本ストックに対する設備投資の比率の影響が大きいからである。
これに対して需要要因としての設備投資は実質国民総支出の約2割を占めているため,短期的にはその変化分も需要全体の伸び率に直接かなりの影響を与えることになる。試算では, 第1-36表 のように設備投資5%の増減は供給力を約0.7%,総需要を約1.1%変化させる関係にある。このことは,48年度のような局面に関するかぎり,設備投資をふやすことによつて供給力を高め,それを通じて短期間のうちに需給のバランスをとることが経済全体としては難しいことを示すものといえよう。
上記試算によれば,設備投資以外の需要の伸びが実質で10%であれば,設備投資の実質の伸びが10%で需給はバランスする。この場合,設備投資を20%ふやせば,需給はかえつてひつ迫する。設備投資20%増加のもとで需給を緩和させるには,その他の需要の伸びは8%以下でなければならないことになる。これは実質の消費支出や公共投資の伸びを最近のすう勢よりもかなり低下させることを意味している。
つぎにこれをやや中期の観点からみると,設備投資の需給に与える影響は,現在の局面とかなり異なる( 第1-36表 )。この場合は,福祉社会の建設のために,社会資本の充実,公害の防除等を進めていく必要があり,そのためには設備投資による供給の確保を図らなければならない。もちろん設備投資の伸びが高すぎると日本経済はふたたび高投資高成長路線にもどり,資源配分のあり方が問題となる。
以上のような短期的および中期的な観点から最近の状況をみると,現在は,需要全体を抑制しなければならない段階にある。このため急増の気配を示している設備投資についても,これが当面供給能力をふやす効果よりも需要増加を促しやすい局面にあるだけに,需給緩和のためにはその総量を抑制しなければならない。ただ個別産業の設備投資については,福祉充実のために緊要なものであるにもかかわらずそれを制約する要因が強いような場合には,きめ細かな対策を考えることも必要となろう。
現在の激しい物価上昇を抑制するため,そして長期的に福祉充実への資源配分を確保するために適切な総需要管理がいまこそ必要である。