昭和48年

年次経済報告

インフレなき福祉をめざして

昭和48年8月10日

経済企画庁


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第1章 昭和47年度経済の動向

1. 昭和47年度の経済情勢の推移

(1) 景気はゆるやかな回復から急上昇へ

47年度の景気は,前半のゆるやかな回復から,後半の急上昇へと展開し,次第に過熱的様相へと向かつた。

(当初のゆるやかな景気回復)

47年前半についてみると,前年から展開されてきた景気対策の効果が円切上げによる不況圧力を相殺し,景気はゆるやかな回復の道を歩んだ。鉱工業生産は46年12月を底として増加に転じ,出荷はこれを上回るテンポで増加した。製品在庫の調整が進み,製品在庫率はしだいに低下した。商品市況も46年末には下げ止まり,47年に入つてからは強含みから漸騰傾向に変わつた。労働市場の需給を示す有効求人倍率も,新規求人の回復を反映して1月以降上昇に転じた。当庁の「景気動向指数」で景気指標の動きを総体としてみても,1月以降は総含系列が確実に50%を上回るようになつた( 第1-1表 , 第1-2図 )。

こうした景気回復の動きは,夏頃まではまだゆるやかであつた。生産・出荷の動きをみると,47年春の暫定予算や海員ストの影響もあつて,その回復テンポは従来の経験と比べ鈍く,業種間にも大きな相違がみられた。建設投資・サービスなどに関連した分野では業績好転が明らかであつたのに対し,輸出や大型設備投資に依存する主要業種では,需要の伸びは鈍く供給圧力も大きかつた。この間,商品市況立直りのために市況対策をとる業種も多かつた。

しかし,8月頃から,舞台は急激に回転していく。商品市況は一段と騰勢を強め,需給の改善が進んだ。たとえば,深刻な不況下にあつた化学工業においても,石油化学系の誘導品のなかには品不足による値上りをみせるものもあらわれてきた。

こうした動きは,45年から46年にかけて拡大しつづけてきた需給ギャップが,47年に入り縮小してきたことを意味している。全産業および製造業の需給ギャップは,後掲 第1-32図 のごとく46年10~12月でもつとも大幅となり,その後,しだいに縮小してきたが,秋口以降,その縮小テンポは急速に高まつた。

(47年秋からの急上昇)

需給関係の好転を背景として,景気は秋以降急激な拡大過程へと突入する。鉱工業の生産,出荷は,9月以降一段と増勢を強め,生産は47年10~12月に前期比4.8%と大幅に増加し,製品在庫率は急速に低下した。労働市場でも有効求人倍率の上昇が著しくなり,日銀「短期経済観測」でも,経営上の隘路として「人手不足」をあげる中小企業が多くなつてきた。日銀券の増勢も9月頃からいつそう高まつてきた。

こうして47年度後半に入ると,景気は急上昇する。その拡大がいかに急激なものであつたかは, 第1-1表 に明らかである。10~12月の国民総生産は,前期比で名目5.8%,実質4.0%の伸びとなつているが,47年4~6月,7~9月の名目4.2%,4.9%,実質3.0%,3.4%に比べ大幅な伸びとなつている。民間設備投資や鉱工業生産等については,その動きがより顕著である。 第1-3図 に示すように,鉱工業生産の上昇テンポは,7~9月頃までは前回や前々回の景気回復期よりゆるやかであつたが,10~12月以降の上昇率は急速に高くなつている。

この時期においてとくに注目されるのは,卸売物価の急上昇がみられたことである。卸売物価は47年8月に前年同月の水準をこえ,10月には前回好況期のピークを上回つた。10~12月の卸売物価上昇率は年率10%をこえるものとなり,とくに木材価格は9月から12月までに42.5%もの暴騰を示した。また鉄鋼,パルプ・紙,セメント等広範囲に値上りがみられた。こうして今回の景気上昇は,数量景気の段階をへないまま価格・数量景気に突入する様相を示した。

(需給ひつ迫強まる)

こうした下期の急速な景気上昇過程で需給ひつ迫傾向が強まり,48年度には過熱的様相を呈するに至つた。当庁「景気警告指標」は47年12月から赤信号に転じた。鉱工業生産は1~3月前期比6.7%の増加と過去10年間で最高の伸びを示した。設備の稼働率は過去の好況期に比肩する水準に達して頭打ちとなり,製品在庫率は急低下して過去10年間で最低の水準となつた。所定外労働時間の増加は限度に近づき,有効求人倍率も,2月には1.65倍とこれまでの最高となり,さらに5月には1.75倍へと上昇した。

こうした需給ひつ迫を背景に,卸売物価は47年11月以降5ヵ月連続1.5%以上の大幅上昇となつた。消負者物価も47年中は,上昇幅が小幅にとどまつていたが,48年に入ると騰勢を強め,5月1.7%(前年同月比10.9%),6月0.2%(同11.1%),7月(東京都区部・速報)0.6%(同12.2%)の急上昇となつている。

また東証第1部上場会社の48年3月期決算をみると,売上高(全産業)は前期比で47年9月期の6.4%増から14.5%増へ,経常利益は同10.8%増から39.9%増となり,税引利益も同8.6%増から25.2%増とさらに大幅な増収増益となつた。これは需要急増を背景に販売数量が大幅に伸びたこと,市況産業を中心に価格上昇が著しかつたこと,金融費用や減価償却費などの資本費負担が低下したことなどのためである。

はずみのついた景気の急上昇には,国際通貨不安によるドルの切下げや円の変動相場制移行後もさしたる変化はみられなかつた。こうしたなかで1月と3月の2回にわたり預金準備率の引上げが行なわれ,48年度に入つてから4月2日には公定歩合も引上げられた。4月13日には7項目の物価安定対策を実施することが決定され,さらに,5月30日には公定歩合が再度引上げられるとともに,預金準備率の第3次引上げも決定された。財政面からも,48年度予算の公共事業等の年度内の施行時期について調整がはかられることとなつた。需要管理政策は引締めへと転換したのである。

(2) 予想をこえる経済拡大と物価上昇

以上のように,景気は尻上りの上昇を示し,48年度には過熱的様相を呈するにいたつたが,こうした事態は多くの人の予想をこえるものであつた。各種機関の予測も実質成長率を6.0%から8.0%までに見込むものが多く,9.0%以上を予測したものはわずかであつた。卸売物価については予測と実績の乖離はいつそう大きい。これに対して消費者物価の上昇率は予想を下回り,貿易収支については年度を通じての結果としてはほぼ大方の予想通りであつた( 第1-4図 )。しかしこの場合も,47年中の消費者物価の落着きと国際収支の大幅黒字,48年に入つてからの消費者物価の急騰と国際収支黒字の消滅という事態の急変は,必ずしも予見されていなかつた。

こうした予測違いはなぜ生じたか。当初各機関の予測が行なわれたころは,不況下の円切上げであつたため一般的に円切上げの不況圧力が実態以上に強く懸念されていた。しかし,景気回復のための各種の措置がとられたこともあつて,消費支出,住宅建設など最終需要の堅調,ストック調整の進展による設備投資増加への動きなどが予想以上に強くあらわれた。さらに予期に反して世界的インフレーションの高進,国際通貨不安の再発,異常気象下の世界的食糧不足などが続いた。激動する内外環境の下で事態の進展をあらかじめ予想して行動することは至難のわざではあつたが,こうした予測外の事態がすでに回復過程へ入つていた景気を加速させ,物価急騰を招く一因となつたことも否定できない。

年度前半の景気回復や物価上昇がゆるやかであり,国内面では福祉の充実を進め,円切上げ後も増大しつつある国際収支黒字の縮小をはかるため,財政金融面から積極策が追加された。47年度後半に入つて景気が急上昇すると,企業ではにわかに設備不足,在庫不足が自覚され,買占め売惜しみに走るものもあらわれて,需給ひつ迫感が強められた。この予想以上の経済拡大と物価上昇は,企業に意外な利潤を与え,所得分配に歪みをもたらした。


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