昭和47年
年次経済報告
新しい福祉社会の建設
昭和47年8月1日
経済企画庁
第4章 福祉充実と公共部門の役割
成長と福祉との乖離を是正するには,市場メカニズムの働きのみにまかせておくことはできない。資源配分と所得分配の両面において福祉充実のために公共部門の果たすべき役割は急速に大きくなつている。
すでにみてきたように,成長と福祉の乖離は種々の側面にわたつてみられるが,それを総合的に把握するには,従来の資源配分のパターンを検討する必要がある。
そこで,社会目標を設定し,国民総支出(GNE)がどの目標分野にどれだけ振り向けられたか,いいかえれば,生産された財貨,サービスが何のために用いられたかを試算し,政府と民間の目標分野別の役割分担をみてみよう( 第4-37表 )。
目標別にみると,当然のことながら,「基礎的生活の維持向上」がもつとも大きく,これに「生産の増大」が続いている。これに対し生活環境施設など福祉に直接結びつく目標への支出は大きくない。
次に主体別にみると,全体として民間部門のウエイトが圧倒的に大きいばかりでなく,福祉に直接関連する目標分野についても民間部門のウエイトが大きい。政府部門の支出の内容をみると教育,文化,国土開発や一般行政サービスなどへの支出は大きいが,住宅,生活環境整備,リクリエーションなどへの支出は小さい。
しかも,30年代後半には,政府部門の伸びが比較的高かつたのに対し,40年代前半には民間部門における生産増大への資源配分が中心となり,政府部門の伸びが相対的に落込んだ。
上記のことは,成長と福祉の乖離の背景に民間部門の生産増大への資源配分が大きかつた事実があることを示唆している。
今後は,社会目標別には従来立遅れていた住宅,生活関連社会資本,社会保障への支出を優先し,部門別には公共部門へと資源配分の重点を移して広く国民生活の向上をはかる必要があろう。
わが国では国際的にみても政府部門の支出の国民所得に対する比率は低い。西欧諸国においては政府部門の比重が大きく,なかでも福祉充実という観点からは,社会保障費の占める割合の高いことが指摘されよう。ただし政府固定資本形成については,社会資本の蓄積が進んだ国においてはわが国よりそのウエイトは小さくなつている。
国民所得の水準が上昇するにともない,政府部門のウエイトが増大し,振替支出の比率も高まるという傾向は一般的にみられるものであるが,その背後には国民の高負担がともなつている。社会保障負担を含む税および税外負担の国民所得に対する割合はスウエーデンの48.3%,イギリスの44.1%など,わが国の25.1%に比して,ほぼ2倍近い高水準にある( 第4-38図 )。このうち移転的支出である社会保障費と公債利子を差し引き,さらに軍事費を除いて,各国の負担率を比較すると,わが国と欧米諸国との間には税および税外負担を比較した場合ほど大きな差はない。すなわち,わが国では社会保障費の比率が低いことが,政府部門のウエイトを小さくしている要因のひとつであることがわかる。
もちろん,政府支出についてもその効率が重視されなければならず,必ずしも政府部門の比重を西欧諸国の水準にまで高める必要があるわけではない。たとえば,イギリスをはじめ,社会保障制度が完備した国においてもより少ない費用でより多くの成果をあげようとする努力がなされている。
しかしながら,今後わが国が福祉向上の一環として社会保障の充実をはかつていくためには,国民の負担がある程度上昇することもやむをえないものと考えられる。
現在のわが国の税体系を国税についてみると,所得税,法人税,間接税がほぼ3分の1ずつを占めており,い近年間接税の占める割合は低下してきている( 第4-39図 )。また,国民所得に対する租税負担率は30年以降ほぼ安定的に推移している。今後,租税負担率を漸次高めていく場合,現在の税制を前提として減税を行なわないとすれば,所得税の比重が著しく高まると予想され,これに対し,法人税の比重はやや低下,間接税については大きく低下することになろう。したがつて,負担が増大するとしても,それを所得税負担率の上昇によるか,あるいは付加価値税等の間接税の強化をはかるか,あるいは社会保障負担という形によるかは国民の選択課題となつてくる( 第4-40図 )。
さらに,わが国の場合,政府の支出が生産の拡大,産業基盤の育成にかたより,福祉充実が立遅れたことが国民のなかに負担の増加に対する抵抗感を強めていると思われる点についても注意が必要である。このことは,公共部門の比重増大を妨げ,福祉充実を遅らせるという悪循環につながりかねない。したがつて,国民の負担の増大によつて,公共部門を拡充し,福祉充実を進めるには,明確な福祉充実のための計画が国民に示され,国民の合意を得る必要があろう。
これまでみたように福祉充実のためには,住宅,生活環境施設等社会資本の整備,社会保障の充実など政府支出の増加をはかり,資源配分についても公共部門の比重を増大していかなければならない。
こうした公共部門の量的拡大とならんで,公共部門の果たすべき役割についてはいわば質的な転換が要求されている。
すなわち,成長と福祉の乖離が市場メカニズムの欠陥によつて生じている面も大きく,これを補うものとしての公共部門の機能を強化する必要性はますます強まつている。このことは市場メカニズムを否定することではなく,福祉充実に役立つよう市場メカニズムをいつそう活用することを意味している。たとえば,外部経済の利益を吸収し,外部不経済を防ぐ仕組みを市場メカニズムのなかに組入れることは生活環境改善のための枠組みとして必要なことであり,このため,開発利益の事業主体への還元,巨大都市における事業所課税の強化,汚染源に対する法的規制と課徴金等新しい仕組みの検討が必要である。
また,いわゆる公共財の提供や社会保障充実は市場メカニズムの欠陥を補う政府の重要な機能であり,その重要性が今後さらに増大することはこれまで指摘したとおりである。しかしながら,これらの分野では消費者が自らの所得で市場を通じて必要とする財貨,サービスを購入する場合と異なり,非効率な資源配分の行なわれるおそれもある。すなわち,公共サービスにおける便益自体の把握が困難であるという条件に加えて,便益を享受する主体と費用を負担する主体の結びつきが不明確であるなどの理由から,費用,便益の直接的な比較が行なわれにくく,資源の最適配分がゆがめられる可能性がある。このため公共部門への資源配分がある分野では不足し,別の分野では過剰になるという事態が起こりがちである。社会資本の立遅れは前者の例であり,行政機構がともすれば巨大化するおそれがあることは後者の例にあたる。したがつて,より正確な便益の把握に努めるとともに公共活動と市場メカニズムを組合わせることによつて,効率的な資源配分が行なわれる必要がある。
また,政府が直接管理する諸機関(政府系金融機関,国営企業,公立病院等)の機能を活用することによつて,民間活動を福祉充実へと向かわせることも重要である。従来,これらの機関は民間活動を補完する機能を果たしてきたが,福祉充実への路線変更にともない,民間活動の方向転換を助長するものとして積極的に機能することが期待される。
以上のように,公共部門の果たすべき新しい役割は市場メカニズムの欠陥を補いつつ,これを活用し,日本経済全体が福祉充実の方向に向かつて前進するよう,その先導役になることにあると考えられる。
これまでの日本経済においては,所得水準の向上をめざす成長政策が重視され,経済発展の条件を整備するため中央政府は大きな役割を果たしてきた。
しかしながら,福祉充実の問題は本来住民の日常生活に密着したものであり,地方公共団体の果たすべき役割は大きいが,とくに人々の欲求が高度化,多様化するにつれてそれはますます大きくなる。
環境問題を例にとつてみても,人間の生命健康にかかわる全国的基準とならんで,地域にふさわしい環境基準の設定が必要であり,都市の混雑に対する規制や課徴金の決定も窮極的には地域住民の選択にまかされている。さらに,日照権,ゴミ処理問題から自然の確保,リクリェーション,医療,社会福祉施設のあり方など住み良い地域社会建設の枠組みは画一的に与えられるものではなく,住民の参加と責任をいかしつつ地方自治のなかで決定されるべきものである。
このため高度化し多様化する国民の要求を全国的施策に反映させるとともに,住民の利害の調停,全国的開発計画と地域社会の利害の調整をはかり,地域の特性に応じた福社社会の建設が進められなければならない。