昭和47年

年次経済報告

新しい福祉社会の建設

昭和47年8月1日

経済企画庁


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第4章 福祉充実と公共部門の役割

3. 社会的公正と福祉充実

(1) 所得平準化と残された不平等

これまでの高い経済成長の過程では,わが国の所得上昇率は高く,所得の平準化も急速に進行した。しかしこの平準化は主として労働市場における所得格差の縮小を通じて実現されたものであり,経済活動に参加する能力をもたないものは平準化のメカニズムから除外されている。また一般的な所得格差の縮小のかげには,なお多くの不平等が残されている。

(所得平準化の進展)

わが国の経済は戦前からいわゆる二重構造,不完全就業の問題をかかえ,産業間や規模間に各種の所得格差が広く存在していた。

所得格差の縮小が目立つようになつたのは労働力不足が社会的な問題として意識されるようになつた昭和30年代の後半からである。40年代に入るとともに労働市場のひつ迫はいつそう進み,有効求人倍率は30年0.2倍,35年0.6倍から45年には1.4倍まで上昇した。

こうしたなかで賃金上昇はしだいに加速化し,これとともに産業別,規模別,年令別等賃金格差の縮小が急速に進展することになつた。

この結果,賃金所得の平準化は著しく,先進国と比較してそれほど大きな違いのない状態になつた( 第4-18図 )。さらに所得水準の低い農業,零細企業から生産性の高い部門への労働移動が続き,就業者に占める雇用者の増加,業主,家族従業者の減少という就業構造の近代化が進んだ。労働力不足は,これまで家庭内にとどまつていた中高年女子に対しても就業機会を与え,給与所得者ばかりでなく世帯単位でみた場合も,所得格差の縮小は著しいものがあつた。

しかし平準化が主として労働市場における需給関係を通してもたらされたものであつたために,働く人々の間の所得は平準化した反面,労働能力をもたない人々との格差は残り,資産保有の差違などによつて別の格差がつくり出されるという問題を引起こすことになった。

(母子世帯,老令者における所得格差)

第4-19図 世帯類型別の所得階級別累積構成

45年における世帯の所得階級別の累積分布をみると,高令者世帯,母子世帯あるいは有業者のいない世帯の分布は,有業者のいる世帯に比べ低所得にかたよつているが,なかでも有業者のいない高令者世帯の所得は著しく低位にある( 第4-19図 )。

30年代には生活保護を受けている世帯においても臨時,日雇など労働力をもつ世帯がかなりの比率を占めていたが,40年代ではこれらの世帯は減少し,高令者,母子など有業者のいない世帯の比率がふえている。これは生活保護世帯がもつぱら働けない人々で構成されるようになり,それだけ生活保護からぬけ出す機会の少ない世帯が保護世帯として累積しつつあることを示唆している。

また労働報酬が平準化する一方で,就業機会の乏しい高年層の賃金上昇率は相対的に低い。年令別賃金格差の縮小は,能力にみあつた賃金体系への移行としての意味をもつものであるが,20~24才と60才以上の賃金上昇率を比較すると40年から46年までの平均で前者は13.8%,後者は11.0%という格差がある。これは労働市場の年令別需給バランスが高令者にとつて不利に働いていることを物語るものである。このため定年制の延長等老人の雇用機会の増大をはかるとともに,後にみるように社会保障の充実を進める必要があろう。

(各種資産の平等化と不平等化)

貯蓄や金融資産の保有についても平等化が進んだ。貯蓄性預金,有価証券,株式についてみると世帯間の格差が縮まつている。しかし,所得に比べればその不平等度はいぜん大きい( 第4-20図 )。

また不平等要因としてはキャピタル・ゲインの存在も無視できない。経済成長は雇用者所得の平準化をもたらす一方で,資産所得者に対して大きなキャピタル・ゲインを与えるものであつたことに注意しなければならない。たとえば,相続財産についてみると,土地の比重が高いこともあつてその不平等度はほとんど改善を示していない( 第4-21図 )。とくに近年における地価の高騰によつて土地保有者は大きなキャピタル・ゲインをえており,土地を保有しない人々との間の実質的な所得格差はますます大きくなろうとしている。

一方,株式のキャピタル・ゲインを36年から45年の10年間について試算してみると,この間にキャピタル・ロスの発生もみられ,純ゲイン(未実現を含む)は6兆円強となる。また投下資本に対するキャピタル・ゲイン率は,年平均6.8%である。株式のキャピタル・ゲインは,すでに述べた土地のそれと比べて低いことが知られよう。このため株式のキャピタル・ゲインは所得階層別には相違があるものの所得に占める割合が低く,所得分配に与える影響も小さいものとみられる( 第4-22表 )。

資産について法人と個人の保有割合をみると,前者の保有比率が拡大をみたことも高度成長過程におけるひとつの特徴であつたとみられる。一例として42年と45年について法人と個人の土地所有状態を比較してみると,法人のもつ宅地面積が増大しており,とくに3大都市図でこうした傾向が強かつたことがわかる( 第4-23図 )。

第4-24図 所得階層別にみた「購買頻度の高い商品」の消費比率

(物価上昇の影響)

35年以降,所得水準の上昇は著しかつたが,一方においてこの時期には消費者物価の高騰がはじまつた。もつとも,消費者物価でデフレートした実質所得でみても諸外国に比べればその伸びは大きかつた。

消費者物価の上昇は,各人の所得,貯蓄をそれだけ減価するものであり,しかも,すべての消費者が打撃をうけることになる。しかし,物価上昇の影響は,平均的所得を物価の総合指数と比較しただけでは十分には把握できない。

ここでは消費支出を購買頻度の大小によつて区分し,購買頻度の高い商品,サービスへの支出額が消費支出に占める比率を所得階層別に算出してみた。これら購買頻度の高い商品・サービスの価格上昇率は消費者物価総合とほぼ同じ程度であるが,購買頻度の高い,いわば生活必需品への支出が消費支出に占める比率は,所得の低い世帯ほど大きくなつている( 第4-24図 )。

第4-25図 物価調整減税所要額の累年比較

生活必需品は他の商品,サービスに代替することが困難であり,そこでの物価上昇は低所得層の家計に対して大きな圧迫となつているといえよう。

また,同様にして世帯類型別にみれば,所得上昇率の低い老人・退職者,母子世帯に対して,物価上昇は逆進的な打撃を与えていることになる。

(所得再分配政策の機能)

すでにみたように,わが国の所得分布は高度成長の過程で著しく平準化してきた。そしてわが国の税体系はアメリカ,イギリスなどとならんで,所得税を中心に直接税のウエイトが高いため,可処分所得のいつそうの平準化をもたらしている。

第4-26表 税制の所得均等化効果の国際比較

第4-27表 業種別所得者数と所得税納税人員の推移

この間,物価が上昇するなかで負担の急激な増大を緩和するため,課税最低限の引き上げが実施されてきたが( 第4-25図 ),所得水準が著しく向上した結果,納税者数は昭和30年から45年の間に3倍近くに増加した。わが国の税制はかなり強い累進性を備えているものの,その所得再分配機能は所得の平準化とともに相対的にその役割を減少してきているといえよう( 第4-26表 )。

しかし,給与所得者に比べて農業および非農業事業者の納税者比率は低く( 第4-27表 ),また資産所得について株式配当や利子所得の源泉分離選択課税が採用されていることや土地譲渡所得に対する軽課が行なわれていることなどに対する不満が強まつている面もある。

このように,わが国の税体系は所得再分配機能として上にみたような問題点はあるものの,諸外国に比べれば比較的有効に働いてきたといえよう。ただし所得再分配をいつそう進め,福祉の充実をはかつていくためには,財政支出の面で適切な措置がとられる必要があるが,後にみるようにこの面では国民所得に対する振替所得の比率が低いことなど諸外国に比べてかなり立遅れていることは否めない。こうした点はわが国の社会保障制度のあり方も深いかかわりをもつており,次にこの点についてより詳しくみていこう。

(2) 社会保障の展開

(企業,雇用者中心に発展してきた社会保障)

わが国の社会保障制度の発展の経緯をみると,その大きな柱である社会保険制度は,戦前においては,大正末期の健康保険の実施以来,恩給法,労働者災害扶助責任保険法,船員保険法,厚生年金保険法などの企業,雇用者を対象とする各種制度を中心に発展してきた。戦後は,公衆衛生,社会福祉施策面での拡充が進められ,社会保険の面でも国民年金の実施などにより国民皆保険,皆年金の体制が確立し,さらにその後児童手当制度も発足し制度的にはほぼ整備された。このような発展経緯も反映して振替所得の動きをみると,最近では非雇用者制度・一般制度の比重が高まつてきており,雇用者を対象とする制度は全給付の58.9%,非雇用者制度は19.2%,一般制度は21.9%となつている( 第4-28図 )。

社会保障の充実は近年急速に進められてきたが,老令人口の比率が小さいこと,年金が未成熟であることもあつて諸外国に比べ振替所得の国民所得に対する比率は著しく低く,また,現行制度においても制度間の格差の問題などがある。したがつて,今後とも以下にみるような諸点を中心に福祉と負担の関係も考慮しつつ,社会保障の充実をはかる必要がある。

(医療保障にみられる格差と年金保険の未成熟)

医療保険制度は国民皆保険の制度となり,給付水準は西欧諸国に比べてそれほどそん色がないが,職域・地域別に制度が分立しており,制度間で給付,負担に格差がみられる。健康保険についてみると,政府管掌健康保険に比べ組合管掌健康保険は保険料率など有利な点が多いが,健康保険組合のなかでも,その被保険者規模が大きいものほど標準報酬月額に対する保険料率は低く,くわえて本人負担は少ないという傾向がある( 第4-29図 )。これは健康保険が保険料の所得比例制をとつているため,給与水準の高い大企業の健康保険組合では保険料が比較的低くても,所要の経費は確保できるようになることによると考えられる。なお,これら健康保険組合での給与総額に対する実効上の保険料率は,健康保険では保険料算定の基礎となる標準報酬月額に上限が設定されていることもあつて, 第4-29図 に示す保険料率よりもいつそう低くなつているものとみられる。また,地域的に組織された国民健康保険の充実がはかられてきたが,被用者保険である健康保険との間では,医療給付の割合が健康保険被保険者本人が10割に対し国民健康保険の世帯主が7割であり,一方健康保険の家族が5割であるのに対し,国民健康保険の家族は7割となつている。このように,わが国の社会保障制度のうちではもつとも発達している医療保険の面においても,保険給付,保険料負担の両面で制度間に格差・不均衡がみられる。

さらに所得保障面においては,現在の年金制度は,制度としてはすでに国民皆年金となつているが,公的年金の支給は本格化しておらず,老人の拠出制年金受給者はきわめて少なく,これに老令福祉年金受給者を合わせても約500万人にとどまつている。しかも老令福祉年金は47年度には大幅に引上げられたものの,多くの老人がいぜんとして少額の福祉年金で余生を送つている。年金や恩給収入のある老人のうち,それらの収入で生活可能な人は4分の1にとどまり,残りの人々は,それだけでは暮らすことができないという状態であり,とくに高令者ほどこの傾向は強い( 第4-30表 )。

核家族化の進展や物価上昇のなかで生活の安定をはかつていくため年金の充実,老人保健医療対策など老後の社会保障をいつそうおし進めることが肝要である。

(給与住宅入居者と非入居者の格差)

企業に現に雇用されている人々については社会保障制度とは別に企業によつて各種の付加給付が支払われている。これに対し多くの中小企業の雇用者あるいは退職者など非雇用者の場合にはこうした給付がないため,生活面においても大きな格差が生じている。現金給与総額と企業の支払う福利厚生費とを比較すると,わが国では法定福利費が少ない反面,法定外福利費の占める比率が大きくなつている( 第4-31表 )。法定外福利厚生費が諸外国に比べて比較的高いことは,現物給与的な給与住宅など住宅関係費用が含まれている点がかなり大きく影響しているとみられる。

給与住宅制度は労働者の募集と定着を目的とするものであるが,企業の費用に対して金融・税制面での優遇措置がとられてきたこともあつて企業単位の福祉がいつそう促進されることになつた。43年の住宅統計調査(総理府統計局)による給与住宅入居世帯数(併用住宅入居者を含む)は,全国世帯数の6.9%,167万世帯にのぼつている。入居者と非入居者の生活条件の格差はきわめて大きく,給与住宅入居者の家賃は民営借家の3分の2以下であり,公営住宅よりもかなり低く,しかも1人当たり畳数も借家入居者より多い。また,給与住宅入居者の所得水準は相対的に高く,逆に低所得者層は民営借家に入居している割合が多い( 第4-32図 )。

給与住宅入居者と非入居者との間にはこうした居住条件の相違ばかりでなく,両者が将来の生活設計を立て持家を取得しようとする場合にも,家賃負担の差から財産形成のうえで格差が生じる。いま,かりに20才で大企業に入社した青年が独身寮に入り,結婚後は社宅に入居した場合と,当初から民営借家に入居し続けた場合について,両者の持家入手,財産形成への経過を,いくつかの前提をおいて試算してみよう( 第4-33図 )。民営借家入居者は定年間近い50歳ごろにようやく持家建設の借入金を返済し自己保有となるが,給与住宅入居者は,そのころにはすでにかなりの貯蓄をもつようになる。こうした格差の背景には,後者が借入条件の有利な企業内住宅資金貸付制度を利用できる影響も含まれている。もちろん,個人的な差や日常生活上の不慮の災害,病気などがあり,一概にはいえないが,給与住宅に入居できるか否かによつて両者の不平等は大きい。より現実的には,大企業に比べて給与住宅がはるかに遅れている中小企業労働者の場合も,非雇用者と同様に,生涯を通じる財産形成のうえで不利な立場におかれているのである。

このように雇用労働者,とくにそのうち大企業労働者にはいまだ不十分とはいえ生活面で各種の便益が与えられている。しかし,そのことは反面において企業から一度離れたときには,著しく不利な条件に陥ることをも意味している。たとえば企業を退職すれば,健康保険から国民健康保険へと給付内容の低下を免れない。

わが国の労働組合が企業別に組織されていることも,企業中心の福祉制度を強める一因となつている。産業別,職業別の組合組織であればひとつの福祉制度が企業をこえて普及する力をもち,地域的なものにも発展しうる可能性もあるのに対し,企業別の組合組織のもとでは主として同種企業のなかでの波及効果をもつにすぎず,企業間の福利費用の平準化も,労働力不足のなかでの若年労働力確保という市場メカニズムを通じて実現するという側面が大きかつた。

もちろん以上のことは雇用者について福祉が十分ゆきわたつていることを意味するものではなく,また本来,企業が雇用者の福祉向上に努力することは歓迎されるべきである。ただ今後の政策の方向としては,成長のための労働力を確保することよりも,社会的公正をめざし,国民の1人1人に福祉をゆきわたらせることに重点がおかれなければならない。

(社会福祉施設・サービスの充実)

社会的公正の実現をめざす福祉政策の中で老人および心身障害者など生活上のハンディ・キャップをおつた人々に対する公共サービスの提供はきわめて重要である。しかし,こうした部門への資源配分も未充実になりがちであつた。福祉施策のなかでたとえば社会福祉施設についてみると,その整備は漸次進められているがいぜん遅れており,たとえば老人ホームは45年12月末で1.014施設,定員約7.5万人,その収容力は65才以上人口の1%にすぎず,入居希望者に対しその充足率はきわめて低い。とくに心身の障害により自活ができない人々を対象とする特別養護老人ホームの施設数,収容力は少ない(152施設,定員1.1万人)。一方,児童福祉の面においても同様なことがいえる。現在,心身障害児のための施設の整備量をみると身体障害児および精神薄弱児のための施設はそれぞれ約2.2万床および約2.8万床であるが,施設に入所を必要としている身体障害児および精神薄弱児はそれぞれ約2.6万人および約2.7万人も残されている。これらの福祉施設の整備は,老人福祉法,児童福祉法などにより国,地方の財政措置,低利長期資金の融資などにより行なわれているが,共同募金などの資金の果たす役割も大きいものがある。

また,一般的に労働力がひつ迫するなかで今後の施設の増加に対しては,その質的な面を含めて施設従事者の確保等に配慮する必要があろう。

こうした遅れは,身休障害者更生援護施設などの福祉施設においてもみられる。たまたまこうした不幸な境遇に陥ることは,すべての人々にとつてもその可能性があることである。社会的連帯の立場から社会福祉施設が十分ゆきわたるようその整備が望まれる。

(3) 一生を通じた生活権の確保

(私的保障と社会的保障)

すべての人々は,一生を通じてつねに経済的困窮に陥る危険にさらされている。失業,疾病,さらには不慮の災害等によりこれまで享受してきた生活水準を維持することが困難になるという可能性は,すべての国民に共通に存在している。このような将来の不確実性に対してどのような準備をするかについては,国により相違があるが,わが国の場合はその解決が個人の自発的意思にゆだねられ,家計のなかで危険負担を行なうという傾向が強かつた。社会的保障と私的保障との関係をみるために,たとえば国民所得に対する生命保険契約高と振替所得の割合をみると,振替所得の比率が大きい国では,生命保険契約高の比率が低いという傾向がみられる( 第4-34図 )。わが国は,諸外国に比べて私的保険の比率が高く,家計部門における高い貯蓄率も将来のリスクに対する危険負担の意味あいが大きいと考えられる。

社会的保障と私的保障の果たす役割は,国民所得の水準や歴史的社会的条件とともに変化するが,わが国においては伝統的な家族制度の下で国民1人1人の危険負担が「家」という社会集団にしわよせされてきており,上にみたような例もこうした歴史的な慣行が今日まで残されている一端ということができよう。しかしながら,経済成長の過程において,社会は急速に変化し,核家族化の進展に代表されるように,古い家族制度のもつ相互扶助機能は短期間のうちに失われつつある。

もともと私的保障には限度があるが,その基盤すらくずれつつあることにくわえて,保障を必要とする人ほど保障されないという大きな矛盾がある。わが国の社会保障制度が未充足のままに今日にいたつたことは,こうした矛盾をいつそう深刻なものにしてきている。

(社会保障の充実)

わが国の社会保障水準はきわめて低いが,国民所得に占める振替所得の比率が諸外国に比べ著しく低位にあるばかりでなく( 第4-35表 ),その比率の上昇テンポも遅い。

国民所得に占める振替所得の比率が低い理由としては年金の比重が低いこと,児童手当の割合が小さいことなどがあげられる。

年金の比重が低いことは,老令人口の比率が小さいこともあるが,厚生年金保険など拠出制年金においては一応の水準にあるものの,いまだ成熱段階に達していないため,その受給者はごく少数であり,また無拠出制の福祉年金では拠出制年金から取り残された人口の大部分をカバーしているが,その給付額は拠出制年金の給付額に比べて低いことによつている( 第4-36表 )。

老令人口の増加,核家族化の進行等により社会保障への要請がますます強くなつているが,これまでみてきたようにわが国の社会保障は立遅れが目立ち,低水準にあることを考えると,今後は,各人が一生涯を通じてそれぞれの時代にふさわしい生活を享受できること,いわば生活権ともいうべきものの確保をめざして社会保障の充実がはかられなければならない。そのためには,その確保を可能とする水準が設定される必要がある。このための目標設定とその実現のプログラムの作成は緊要性をおびている。

すでに指摘したように,わが国の経済政策は明治以来一貫して工業化の推進を目標に進められてきた。戦後の経済復興とそれに続く高度成長も重化学工業を軸として展開されてきた。こうしたなかで,社会的公正を実現するという意識が広く国民的合意となるにいたらないままに今日を迎えるにいたつた。先進国に追いつき,物質的消費水準を追求する過程で,成長の恩恵は,成長に直接貢献した人々,働く能力をもつた人々に主として与えられ,働く能力をもたぬ人々には十分には及ばなかつた。そして,このことが私的保障への依存を強め,個人貯蓄を増加させたほか,社会保障拠出も総貯蓄の源泉として利用され,高貯蓄,高投資,高成長のメカニズムを組立てるひとつの条件になつてきたのである。

しかし,いまや成長の成果を国民生活の充実にふりむけるための政策転換の時代を迎えている。この意味において,社会的公正の実現のためにわが国の社会保障の給付水準の引上げをはかるとともに,そのかたよりを是正し,一生を通じた生活権を確保するために国民各階層が協力する時点に立つているというべきであろう。