昭和47年
年次経済報告
新しい福祉社会の建設
昭和47年8月1日
経済企画庁
第3章 変動する世界経済と日本
わが国は国際協調に立脚した新たな体制づくりに積極的にのり出すべき立場に立つているが,そのためには輸入の拡大,資本輸出の促進,経済援助の増加を進めるとともに,輸出の急伸によつて国際的摩擦を生じないよう配慮しつつ,世界的視野に立つた経済運営を行なつていかなければならない。
戦後世界経済の自由化の流れのなかで昭和35年以降わが国も急速に貿易の自由化をおし進めてきた。その結果,昭和47年4月1日現在の残存輸入制限品目は33品目(うち鉱工業品9,農水産物24)となつている。
工業品においては,電子計算機等,まだ自由化されていない重要品目が残されているものの,これまで自由化はかなり急速に進められてきた。しかし,原材料を輸入してそれを製品として輸出するという加工貿易形態が完全に定着したわが国においては,工業品貿易における大幅な輸出超過が続き,貿易収支の黒字幅拡大の主因となつた。わが国の国際収支構造からみて,貿易収支のある程度の黒字は維持しなければならないが,あまりにも大幅な黒字は,わが国をさきの国際通貨危機の渦中に立たせたものであつた。円の切上げは大幅な輸出超過傾向を是正する一つのきつかけとなるが,その効果が定着するには,わが国の貿易構造そのものが変化しなければならない。
貿易構造を規定する条件としては,資本,労働力,天然資源の存在量がまずあげられるが,最近ではこれに加えて,技術や市場の発展状況も重要だとされている。そこでいま従業員1人当たりの付加価値と賃金率等を基準として,工業品を技術集約型工業,大量生産型機械工業,資源使用型大量生産工業,平均的技術資本使用型工業,単純労働集約型工業の5つに分けて,アメリカ,EC,日本それぞれの輸出特化のパターンをみると, 第3-6図 のようになる。アメリカでは技術集約度が高いほど輸出の特化度合をつよめているのに対して,わが国はちようど逆に単純労働集約的な工業の輸出に大きく特化しており,ECは両者の中間にある。
しかし過去10年を通じてみると,アメリカ,ECともその輸出パターンに大きな変化はみせなかつたのに対して,日本は単純労働集約型工業の特化度合をかなり弱め,大量生産型工業の輸出への特化を急速に高めてきたことが特徴である。
大量生産型工業の輸出産業としての成長と,単純労働集約型工業の輸出産業としての地位持続の結果,わが国は工業品貿易において著しい輸出超過傾向をつづけた。アメリカ,EC等先進諸国は,1960年代にはほとんどすべての商品類においてわずかながらも輸出超過の度合を弱めてきており,とくに単純労働集約型工業の場合にはOECD全体としてはむしろ輸入超過となつている。わが国の場合には大量生産型商品類においてむしろ輸出超過の度合を強めており,全体としての輸出超過の度合はほとんど変化していない。とくに他の先進諸国と比べて,大量生産型機械工業と単純労働集約型工業において,輸出超過が著しい。
第3-7図 商品類別輸出入比率(輸入/輸出)の比較(1969年)
同様のことは,対発展途上国に対する輸出入についてもいうことができる。先進諸国全体としては,発展途上国に対する工業製品輸出の3分の1以上に当たる工業品輸入を行なつているが,わが国はそれが2割以下にすぎない。しかも発展途上国が優位性をもちつつある単純労働集約型商品において,先進国全体としては輸入超過となつているのに対して,わが国は大幅な輸出超過となつているが,これはわが国に対する片貿易是正の声が発展途上国から強まつている要因の一つであろう( 第3-7表 )。
こうしたわが国の輸出入パターンの一般的特徴の中でも過去10年間にいくぶん変化のきざしがあらわれてきている。大量生産型機械工業では,輸出依存度はかなり上昇する一方,輸入依存度はかなり低下している。しかし単純労働集約型工業では輸出超過傾向を改めるまでにはまだ遠いが,輸出依存度は低下する一方,輸入依存度は大きく上昇している。これは,大量生産型機械工業が輸出産業としての地位を確立する一方,単純労働集約型工業の競争力は低下しつつあることを物語つている( 第3-8図 )。
35年以降の工業生産増加への輸出入面からの寄与度を30年代前半と比較してみても,機械,金属,化学工業等において輸出増加の寄与度が高まり,他方,繊維,雑貨等の労働集約型工業においては,輸出増加の寄与度が低下し,あるいは国内生産を輸入で代替する傾向が強まつている( 第3-9図 )。
わが国の貿易構造はこれまで量産型工業の輸出が急増する一方,単純労働集約型工業の輸入は増加のきざしをみせてはいるもののその水準はまだ低い段階にあり,このため貿易収支の黒字幅が大きくなつていた。すべてのタイプの商品について,著しい輸出超過傾向がみられるのは,わが国の貿易が先進国のインフレによる競争力減退と発展途上国の工業化のおくれの間隙を埋める形で伸張した結果である。それは量産型工業が成長期に達する一方,単純労働集約型工業を発展途上国にしだいに依存していく過渡期の姿をあらわしている。
この過渡期はまた固定平価のもとで360円レートが国際的に割安となつてきたことにより,長引かされた。円の切上げはこのような貿易構造の変化を加速させるものであるが,切上げによる価格効果に加えてより直接に国内の産業調整や発展途上国の開発を推進することが,この移行をより円滑にすすめるために必要となつてこよう。
また,最近先進国間の貿易不均衡とくに日米貿易の不均衡が目立つていることを考えるとき,先進国相互間の水平分業を促進して工業品の輸出を拡大して行くことも必要であろう。わが国とECの工業品の対米貿易パターンをみると,ECはおおむねアメリカとの工業品貿易は均衡しているのに対して,わが国は貿易量のウエイトの小さい技術集約型商品を除いてすべてのタイプの工業品で著しい対米輸出超過となつている( 第3-10表 )。わが国はアメリカから多額の農産物を輸入しているが,工業品貿易についてもアメリカからの輸入を拡大することが必要であろう。
第3-11図 関税率の国際比較(ケネディラウンド後の関税率)
以上のような従来のわが国の輸出入パターンの形成には,関税構造の影響によるところも少なくなかつた。
関税率の国際比較を行なつてみると,アメリカでは著しく比較優位のおちた単純労働集約型商品の関税率がひときわ高いほかは,技術集約度が高まるにつれて関税率が低くなるというパターンになつている。これに対して,わが国とECでは単純労働集約型商品と大量生産型機械の関税率が高い( 第3-11図 )。
とくにわが国では,ECにくらべて全体としての関税率が高く,幼稚産業保護と衰退産業保護との二つの役割を関脱構造においても果たそうとしてきたことをうかがわせる。こうしたなかで,当初幼稚産業であつた大量生産型機械工業は,輸入を低くおさえつつ,輸出産業としての地位を確立してきたのであつた。しかもわが国の関税構造は他の先進国と同様に原材料に低く,最終製品になるほど関税率が高まるという形をとつており,これによつてわが国は幼稚産業としての機械工業を輸出産業として育てる一方,比較優位の弱まりつつある労働集約型工業への打撃を軽減してきたとみることができよう。
わが国の輸出競争力が強まり,貿易収支の黒字が累積している現段階においては,こうした関税構造も新たな視点から見直すことが必要となつている。それは発展途上国の工業化を助けつつ日本経済の効率化をすすめる道であり,また,世界経済の調和に役立つものでもあろう。
以上のようなわが国の輸出パターンを,やや細かく商品毎にみて,わが国の輸出基調を考えてみよう。
各国別に商品毎の輪出の成長率と,その商品の輸出額が世界貿易に占めるシエアとの関係で,各国の輸出商品を分類してみると, 第3-12図 のようになる。わが国では低いシエアから高い輸出成長率を維持しつつ輸出を拡大させている輸出商品が多く,一方西ドイツでは高いシエアの下でかなりの輸出の伸びを維持している輸出商品が多い。これに対してアメリカではシエアは高いが輸出の伸びは鈍化している商品が多く,またイギリスでは輪出の伸びは低くシエアも低下している商品が多くなつている。各国毎に輸出商品の成長過程は当初低いシエアから出発して高い伸びをつづけ,やがてシエアが高まるにつれて伸び率が鈍化して行くという過程をたどるものとみられる。わが国の場合には,その意味で低いシエアから高い伸びをつづけるという輸出商品として成長期の段階にあるものが多いといえる。
より具体的にみると,わが国において輸出商品として成長期にあるとみられる商品には,自動車,テレビ等の機械類が多く,一方輪出商品として成長力を失いつつあるとみられるものは繊維,雑貨等すでに発展途上国に追いあげられつつある商品である。わが国が輸出商品としてようやく成長期に入つた輸送機械,電気機械等は世界的にも需要の拡大しているものであり,一方わが国の輸出が成長力を鈍化させてきた商品の多くは世界的にも需要の伸びがあまり大きくない。このため,全体としてみると,わが国の輸出は基調的にはかなりの伸びを持続する段階にある。
このように成長期にあるわが国の輸出に対して,昨年末の円切上げはどのような効果をもつだろうか。それをみるには1961年の西ドイツのマルク切上げの例が一つの参考になろう。60年代前半の西ドイツでは,現在のわが国と同じように多くの商品が輸出の成長期にあつた。
切上げ後約2年間西ドイツの輸出の伸びは鈍化し,世界貿易に対する弾性値も低下したが,その後は再び弾性値も上昇している( 第3-13図 )。
60年代前半の西ドイツと現在のわが国とを単純に比較することは必ずしも適切でないが,わが国では多くの成長商品がようやく輸出でも成長する段階にさしかかつたことやアメリカにおけるインフレの持続等を考慮すれば,昨年末の円切上げによつてわが国の輸出の伸びは一時的には鈍化しても,中期的には相対的に高い伸びを示すものと思われる。ただ,すでに衰退期にある繊維,雑貨等の単純労働集約型商品については切上げ効果は大きいものと思われ,業種間の明暗は大きくなつてこよう。
このように輸出の伸びは当面鈍化するとしても,基調的には高い伸びが見込まれるとすれば,貿易収支のかなりの黒字基調はなお続くことが予想される。
しかし,成長段階にあるわが国の輸出に対して,その伸びを個別的人為的におさえることは,長期的安定的な国際均衡の達成をはかるものとはいえない。むしろ,農産物や工業製品の輸入の拡大をはかるよう産業構造,貿易構造をこれまでより輸入促進的なものにあらためるとともに,資本輸出,政府援助を行なうことによつて国際収支の均衡を達成することが重要であろう。
ちなみに,単純労働集約型商品だけに限つてみてもわが国の輸入依存度が67年のアメリカ並みの水準になつたとすれば,69年において5億ドル以上の輸入増加要因になることになる。資本輸出,政府援助も発展途上国の工業化等を促進することによつて,いずれはわが国の製品輸入につながるものであり,商品と資本とを有機的に結びつけた国際分業関係を創出することによつて,効率的な世界経済をつくり上げつつ国際収支の均衡をはかることがのぞましい。
国際的な資金循環の変化からみても,わが国は資本輸出を行なつていく段階にきている。
35年と45年について,国際的な資金循環の動きを比較してみると, 第3-14表 のようになる。35年には,アメリカが世界各地域に対して商品貿易の面で黒字を示し,これを世界各地域に対する長期資本や政府移転支出の流出でうめていた。ECや日本は,アメリカ・カナダ以外に対しては貿易収支で黒字となつていたが,長期資本収支や政府移転収支の流出はあまり大きなものではなかつた。
45年になると,アメリカの貿易収支は,日本,カナダに対して赤字に転化したため,全体としての黒字幅は大幅に縮小した。これに対して,長期資本収支は,対ヨーロツパでは黒字に転じたものの,全体としては大幅な流出がつづき,政府移転収支も各地域に対して赤字が続いた。そのため,全体としての国際収支の赤字が大きくなつた。一方ECは,貿易収支がアメリカ,カナダに対して赤字となつているものの全体としての黒字幅は拡大し,長期資本収支,政府移転収支とも各地域に対しかなりの流出超過となるに至つた。わが国は世界各地域に対して貿易収支で大幅な黒字となつているにもかかわらず,長期資本収支,政府移転収支とも流出幅は小さい。アメリカの相対的な地位低下にともなう国際的な資金の流れの変化を考えれば.わが国もECと同じように長期資本収支,政府移転収支で流出超過幅をひろげて国際収支の均衡を保つべき段階になつていると思われる。
第3-15表 日本とアメリカの先進地域と発展途上地域への直接投資の比率
わが国の対外直接投資が本格的に増加しはじめたのは,国際収支の黒字基調が明らかとなつた43年以降であるが,近年の増加はめざましく,この傾向はなお続くものと思われる。
現在までのわが国の直接投資の特徴の第1は,発展途上国向けが多いことである。わが国の場合,製造業は主としてアジア,中南米ヘ,鉱業は中近東,大洋洲へ,商業,金融は先進地域へとわかれている。
これに対してアメリカの場合には,直接投資の半ば近くを占める製造業もヨーロッパ,カナダ等の先進地域向けが多い( 第3-15表 )。
特徴の第2は,製造業の直接投資の中で,繊維,木材・木製品等労働集約的なものの比率が高いことである。これに対して,アメリカの場合は化学,輸送機械,電気機械等量産型先端工業の比率が高い( 第3-16表 )。
特徴の第3は,製造業の直接投資の業種構成からも明らかなように,わが国の直接投資は,国内における労働力の確保難や発展途上国における輸入代替政策によつて行なわれたとみられるものが多く,現地市場確保的性格をもつていることである。
これは,先端的大企業における世界市場への進出をめざした直接投資が多いアメリカの場合と対照をなしている。
わが国の製造業直接投資の多い東南アジアについてその進出の目的をみると,労働力確保や現地市場確保あるいは原料,機械の輸出を目的にしたものが圧倒的に多く,わが国や第三国への輸出を目的としたものは少ない( 第3-17表 )。
また,わが国とアメリカについて,量産的先端産業とその他とにわけて,国内生産,直接投資残高,輸出,輸入,進出企業からの輸入の関係をみると,日米直接投資の差はいつそうはつきりとする( 第3-18図 )。アメリカの場合は,国内生産における比率以上に直接投資残高における先端産業の比率が高く,それにともない進出企業からの先端産業商品の輸入も多くなつている。その結果,新しい先端産業出現の可能性がかなり少なくなつた現在のアメリカにおいては,雇用問題,国際収支の悪化問題等について国民経済的利益と多国籍企業の利益との間に乖離が生じる可能性が出てきているのに対して,わが国の場合は国際分業促進型の直接投資が多く,国民経済的利益の方向にもそう形になつている。
特徴の第4は,わが国の直接投資は小規模で出資比率も50%以下のものが多いことである。他方アメリカの場合は1件当りの投資額が大きく,出資比率も50%以上となつているものが多い。現在の発展途上国の外資に対する政策を考えると,こうした特徴をもつわが国の製造業直接投資は,その運営をうまく行なえば,発展途上国開発のための有力な手段となりうることを示している。
わが国の直接投資のうち,商業部門の投資はわが国の輸出を促進させる働きをもつものが多く,一方,資源開発のための投資は輸入促進的とみられる。これらの資本進出については,その効果は比較的明白である。これに対して製造業部門における直接投資はもともと市場防衛的性格が強く,反面直接投資と関連した原材料,資本財の輸出増もあるため,その貿易収支に与えた影響は,これまでは少なかつたものとみられる。しかし長期的にみるならば,直接投資は発展途上国の工業化等を促進し,わが国の輸入増となる効果をもつことが期待される。一例として,わが国からの直接投資が圧倒的に多いタイにおける繊維産業の例をみると,わが国からの繊維産業投資の増加にともない,タイの繊維品の輸入依存度は急速に低下し,一方,繊維品の輸出額は急増している( 第3-19図 )。
同様に東南アジア向けの繊維産業と電気機械工業の投資額と,同地域からの繊維品,電気機械の輸入額の関係をみると,投資額の増加にともない近年では輸入額も増加していることがわかる( 第3-20図 )。
直接投資はやがては投資収益の増加となるが,投資残高の少ない当面は,その受取は小さく長期資本の流出により赤字要因として働く面が大きい。このほかやがては輸入増大要因ともなり,国際収支の不均衡是正に役立つものと思われる。
このように,わが国の直接投資は国際収支均衡に役立ち,また,効率的な国際分業関係をつくり上げることによつて,内外の利益にも合致しうるが,現実には,発展途上国の中で直接投資が行なわれうる地域は,比較的開発の度合が進んだところに限られる。そのため,一部諸国に直接投資が集中すると,その国の民族主義的感情とも摩擦を生じるおそれがないわけではない。直接投資にともなう国際的摩擦をさけるため,民間海外投資のよるべき基準の作成等も必要となろうが,このほか発展途上国向けの直接投資のすそ野を広げるために,各種の条件整備が先行しなければならない。また,流動的な国際通貨情勢の下で直接投資を安定的に拡大して行くためには,制度面での検討を行なうことも必要であろう。
発展途上国における工業化を促進し,その輸出を拡大させるものとしての発展途上国に対する一般的な特恵関税は46年8月1日から実施されたが,それはわが国の輸入促進の効果をもつものである。
特恵関税の効果を46年度の実績からみると,特恵限度額を突破した項目は特恵対象項目214中全特恵受益国適用停止42項目,一部受益国適用停止29項目にのぼつており,特恵限度額に対する特恵輸入額の比率をみると,繊維品衣類,皮革,木材・木製品,がん具,雑品,一部電気機械等労働集約型商品の充足率が高いことがわがる( 第3-21図 )。特恵限度額については,今後わが国としては他の特恵供与国と協調しつつこれを高める努力が必要となろうが,その運用においては国内における産業調整策の進展をふまえつつ,発展途上国の現実にてらして弾力的に行なうことが必要となつてこよう。
このように特恵関税の輸入拡大効果は,限度額が拡大されその運用が弾力的に行なわれればかなり大きいものとなり,それは発展途上国の輸出促進,ひいては工業化に貢献するとともに発展途上国向け直接投資増加の誘因となり,望ましい国際分業関係をつくり上げるものである。ただ,現状では特恵の効果の大部分が韓国等一部の国に占められていることにみうけられるように,すでにある程度開発の進んだ国に重点的に効果が及びがちなことも否めない。その意味では発展途上国全体のレベルアップをはかるものとしての政府援助の役割が大きい。
政府援助と民間直接投資との関係について,DAC(開発援助委員会)加盟国全体とわが国とを比較してみると 第3-22図 のようになる。
工業化が進み発展段階が進むにつれて,民間直接投資の比率が高まるという傾向には両者変わりがないが,わが国の場合には全体として政府開発援助の比率が低いことが特徴である。またDAC加盟国全体としては,工業化の段階の低い国に政府開発援助を投じ,工業化の進んだ国には直接投資が投じられるという明確なパターンとなつているのに対して,わが国の場合には政府開発援助の分布と民間直接投資の分布とがほぼ同じパターンとなつている。これは一面では,わが国の援助地域が東南アジアに集中し,それらの国はほとんどが鉱工業化率10~20%に位置していることの反映であるが,このような援助パターンは,一面で政府援助とともに民間投資が集中するという問題もないわけではない。
政府開発援助を拡大して発展途上国開発のための基礎条件をつくり上げるとともに,民間直接投資の地域的多様化をはかつて行くことが必要である。
一方,農業については自然的社会的条件の制約が多く,経済成長に対する構造的適応には多くの困難があるが,新たな国際環境のもとでそのあり方を考えるべき段階にきている。
農水産物についてはここ数年の自由化の進展はかなりすみやかであり,44年4月1日現在68品目を数えた残存輸入制限品目数は47年4月1日には24品目(うち水産物4)にまで減少し,農水産物の残存輸入制限品目数としてはフランス,イギリス,西ドイツと並ぶところまできている。また非自由化品目についても,国内需要の増大にともない,次第に輸入割当量を増加させてきた。日本農業の国際化は,麦類や大豆の輸入の増大,輸入飼料を基礎とした畜産の発展など,かなり進展した面もある。これはわが国の農産物輸入が欧米諸国を上回る速さで増加し,今やアメリカ,イギリス,西ドイツについで世界第4位の農産物輸入国となつていることにもあらわれている。
このように農産物の輸入自由化はかなり急速に進められてきたが,輸入制限の残されたものについても,国内需要や国内生産の動向からみて今後輸入量が増大するとみられるものも多く,諸外国からの自由化,農産物輸入増大への要請も高まる傾向にある。しかし農業についてはその生産が自然条件に左右され易く,また海外からの農産物輸入に対して資源の移動を通じて急速に適応していくことが困難なことが少なくない。そのため自由化に当たつてはかなりのあつれきを生じ,政治外交問題に発展する場合がある。こうした事態を回避するためには,問題が頻発する背景にさかのぼつて認識を深め対策を整備する必要があろう。
農産物貿易をめぐる国際調整が困難となる理由については上述のような事情によるが,その背景には,世界の農産物需給が穀類,乳製品を中心に緩和傾向にあり,当面それが続くとみられることがあづかつている。
緩和の要因をみると,供給面では,戦時中の不足から脱却するため,各国はきそつて食糧増産に努めたが,その過程で農業機械(トラクター,コンバイン)や品種改良の発達と普及が著しくなつた。農業における技術進歩は戦後一段と加速され,多くの国では生産力の著しい上昇がみられている。このような供給力の増加に対して,農産物需要は所得水準が上昇するわりには増加率が低く,また値下げしても消費量が急増するという性質のものではない。そこから自ずと供給過剰傾向が強まり,農業所得の停滞が生じた。これに対して社会面の要請から農業所得維持政策がとられたことも農産物過剰傾向をさらに根深いものとする結果をともなつた。こうした事態が世界的な規模であらわれているところに,問題が深刻となる背景があるといえよう。
これまでの動きをみても,食用穀類,乳製品等はすでに世界的に過剰傾向にあるとみられ,果実についてもアメリカを中心として過剰気味であつた。そのためこれらについては1人当たり消費量の伸びは小さく,輸出量は伸びなやみ,輸出単価の上昇率も小さい。これに対して世界的に不足状況にあるのは牛肉などの食肉類であり,1人当たり消費量の伸びは大きく,輸出量,輸出単価の上昇率も大きい( 第3-23図 )。
もとより現在の発展途上国には膨大な食糧の潜在需要があり,今後における世界人口の増加が食糧需給におよぼす長期的な影響を憂慮する声もあるが,現在の世界各国の経済事情,農業政策を前提とした場合,1980年の世界農産物需給は穀類を中心として多くの農産物について過剰傾向を続けるものとFAO(国際農業機構)では予想している( 第3-24表 )。
以上の一般的傾向に加え,とくに,わが国をめぐる農産物需給に関連の深い問題として,地域統合進展の影響をあげなければならない。
これまで農産物輸出の多くを,イギリスに依存していたニュージーランド,オーストラリア等は,拡大ECの発足にともないその輸出先をわが国を含めその他の市場に転換しようとする動きが出てくることが予想される。ちなみに1969年において,ニュージーランドは農産物輸出の42.5%を,オーストラリアは同じく14.4%をイギリスに依存しており,品目別にはニュージーランドは羊肉,バター,オーストラリアは果実,砂糖,小麦,バター,牛羊肉の輸出が大きかつた。また中国の国際社会への復帰にともない,今後日中貿易がさらに増加することが予想されるが,その場合には中国からの食糧輸入の増大が要請されることも考えられる。
このような世界の農産物需給の動きや地域統合の進展から判断すると,日本国内で今後需要が増大するとみられる果実,乳製品等に対する輸入拡大の要請はさらにつよまることが予想される。
このようなわが国農業をめぐる新たな国際環境の動きの中で,今後わが国農業はどのような道をとるべきであろうか。
このためまず農産物価格の国際比較を行なつてみよう。もとより農産物価格の国際比較には各国の農業政策や品質の差もあつて比較困難な面が少なくないが,仮りに主要農産物についてわが国の生産者価格と他の先進諸国のそれとを比較してみると,一部品目を除いて日本の方がおおむね割高となつている。わが国の国内価格と輸入価格とを比較してみてもEC諸国等の場合と同様,一部品目を除いては国内価格が割高となつている( 第3-25表 )。また価格上昇率の面でも,輸出価格は前記のような農産物需給事情および輸出国の輸出補助措置等もあつて停滞的である反面,国内価格は一般的に所得水準の上昇にともなつて上昇する傾向があるため,ほとんどの品目で世界の輸出価格を上回る上昇がみられた( 第3-26表 )。このような農産物価格の上昇はわが国では一面において畜産物,果実を中心に需要の伸びが顕著だつたことにもよるが,基本的にはわが国の農産物生産費に占める労働費の比率が比較的高く,またわが国経済全体の所得上昇率が著しく高いなかで,農業構造の零細性から他産業に匹敵する生産性の向上が困難であつたことによるものである。農産物価格の安定のためには農業生産の選択的拡大に資するような価格政策の展開,国内流通機構の改善等,多くの問題があるが,今後は農地流動化の促進や経営規模の拡大等により国内農業の生産性の向上を進めるほか,輸入の拡大をはかり安定した価格による農産物の供給に努めるべきであろう。
つぎに農産物の輸入依存度の国際比較を行なつてみよう。農産物の輸入依存度は各国の消費慣習等によつて左右されるものであり,単純に比較することはできないが,わが国の輸入依存度は先進諸国のなかで高いものとはいえない。またわが国の食料品消費支出に占める食料品輸入の割合をみても,西欧諸国よりおおむね低くなつている( 第3-27表 )。食料消費の高級化,多様化に対応して,今後とも輸入が増大する可能性はかなり大きいものと思われる。
もとより農業は,単に国際競争力の観点だけから考えることはできず,食料自給率の問題,農村における雇用問題,特定産地での地域経済問題,自然環境の保全等高密度社会における農業の役割と関連して多面的な考慮が必要であろう。
しかし,以上みてきたようにわが国農業をめぐる内外の情勢は急速に変化しており,わが国農業はこれに対処して国際的視点もとり入れつつ,構造改善を基本とした生産性向上と生産の再編成の促進とをはかる必要があろう。また農産物貿易をめぐる国際環境や国内需給の動向などを考慮して,国内農業との調和をはかりつつ,貿易障壁の軽減,撤廃をすすめるための努力を払つて行くことが必要であろう。このことは,農産物貿易の安定的拡大により世界経済の調和発展に資するとともに,結局は国民の福祉向上にもつながるものと考えられる。