昭和47年
年次経済報告
新しい福祉社会の建設
昭和47年8月1日
経済企画庁
第2章 円切上げの影響
昭和46年末の多国間通貨調整は,大きく変化したアメリカ,西欧,および日本の経済力を評価し直し,これを今後の国際経済関係の出発点としようとするものであつた。そうしたなかで,円は主要国通貨中最大幅で切上げられた。このことは,わが国の技術や労働が,国際的にはこれまで以上に高く評価されるようになつたことを意味している。
円の切上げは,相手国市場におけるわが国輸出価格の上昇,国内における輸入価格の低落をもたらし,輸出の伸びを抑え,輸入の伸びを高めることによつて,国際収支の黒字幅縮小と国内物価の安定に寄与するはずである。それはまた内外における競争を促進させ,低生産性部門の転換を促がし,経済構造の近代化を進めるとともに,これまで輸出に傾斜しがちであつた資源配分のパターンを是正し,福祉充実へのきつかけとしても役立つ。しかし,これらの効果は,景気局面や他の政策の進め方によつてもあらわれ方が異なり,対応を誤まれば,景気の停滞,貿易収支黒字の残存,失業や倒産の増加,労働条件の悪化など副作用のみが目立つ結果となることもありえないことではない。
46年末の円切上げ以後の経済情勢の推移をみると,輸出の増勢鈍化と輸入の増大傾向が顕著となり,輸入価格は低下し,海外インフレの影響はいつたん遮断されたとみられる一方,景気は他の需要に支えられて回復に向かい,金融緩和や緊急対策の効果もあつて,新レートへの調整にともなう摩擦はそれほど表面化することなく経過している。しかしその反面において,輸出入の水準には依然として大きな格差があるため,国際収支の均衡回復にはなお若干の時日を要するとみられ,円切上げによる消費者物価安定効果は輸入の拡大,流通機構の刷新を同時にともなわない限り微弱なものにとどまらざるをえない。46年末の円切上げは国際協調の実をあげ,資源配分転換へのきつかけを与え,それ自体としては有意義であつたが,平価調整は決して万能薬ではない。国際協調と福祉充実のためには,適切な為替レートのもとで,新しいビジョンに基づいた政策展開が要請される。史上はじめて国際協調による通貨調整が実現したとはいえ,世界インフレはいまだ収まらず,国際経済情勢はなお流動的であり,柔軟な対応が必要とされる一方,国民の欲求にこたえて福祉の充実をはかつていくには,社会資本や社会保障への公共支出を着実に増大させるとともに,成長と福祉との乖離を埋める新たな仕組みをつくり出していかなければならない。これらの課題については,以下の諸章でさらに検討しよう。
ふり返れば円切上げの行なわれた昭和46年度は,波乱に富んだ歴史の曲り角であつた。政策運営の面でも,これまでの行きがかりにとらわれた発想への強い反省を迫られた点が少なくない。しかし新しいビジョンと日本経済の転換能力をもつてすれば,この経験を新しい繁栄への契機とすることは困難ではないであろう。