昭和47年

年次経済報告

新しい福祉社会の建設

昭和47年8月1日

経済企画庁


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第2章 円切上げの影響

2. 貿易および国際収支への影響

(1) 国際収支への影響

(国際収支局面の変化)

46年度の国際収支状況は国際通貨情勢の変化に応じ,三つの局面にわけて分析することが有益であろう( 第2-2図 )。

第1は5月のマルク投機前後からアメリカの新経済政策発動のあつた8月までの局面である。40年代に入つて基調的黒字を続けてきた貿易収支は46年に入つて国内不況による輸入の停滞と輸出の増加傾向から,黒字幅を拡大しつつあつた。45年の月平均貿易収支は3.3億ドルの黒字であつたが,46年1~3月には5.1億ドル,4~8月には6.6億ドルとなつた。こうしたなかで円切上げの予想が強まり,外国からの証券投資が46年に入つて大幅に増加した。また,従来厳重な為替管理のもとであまり大きな変動をみせなかつた短期資本収支等も5月には国際通貨不安の影響で大幅な流入超となつた。6,7月には国際収支はいぜん大幅な黒字ながらも短期資本収支等は小康状態を保つたが,8月15日のアメリカ新経済政策発表により輸出前受金を中心とした短資等の流入は5月を大幅に上回り,8月だけで25.1憶ドルの黒字となつた。このため総合収支も32.1億ドルの黒字となり,外貨準備高は,3月末54.6億ドル,7月末79.3億ドルに対し,8月末には125.1億ドルと急増した。

第2は,9月から12月にかけての変動相場制下の局面である。9月以降法貿易収支は大幅な黒字を続けたが,外人証券投資の流出,本邦資本の直接投資および証券投資の増加等による長期資本収支の赤字幅拡大,8月までに流入した輸出前受金の引落しによる短資等の流出増により総合収支の黒字幅は縮小した。

第3は円切上げ後の局面である。12月に円が対米ドル16.88%切上げられた。切上げによる交易条件の好転もあつて1,2月の貿易収支(季節調整値)はいぜん7億ドル以上の黒字を示し,長期資本収支も本邦資本を主因に流出超を続けた。しかし,円切上げとともに短資等に関する規制が緩和されたため,再び輸出前受金を中心とした短資等が大幅に流入し,総合収支の黒字幅も拡大した。このため2月末にいたり輸出前受金の規制は再び強化された。

3月以降,輸出の増勢はドルベースでも鈍化し,輸入の水準も46年に比べて一段と高まつたため貿易収支の黒字幅は若干縮小している。長期資本収支は,国内株式市場の活況や円再切り上げ思惑等もあり外人証券投資の流入が再び増加したが,本邦資本の流出増が続いているため全体としては大幅な流出超を続けている。短資等の流入は規制強化により減少し,引落しが進んで再び流出超となつた。このため総合収支の黒字幅も縮小し,外貨準備高は減少した。

以上のように,46年度の国際収支は国際通貨情勢の激動の中で大きく変動した。そして46年末までの外貨準備高の増加は顕著であつたが,それは国際通貨不安の下での短期資本の流入と,為替リスクをさけるための外国為替銀行のドル売りの影響によるところも大きかつた。

(円切上げと国際収支)

46年8月の円の変動相場制移行と12月の多国間通貨調整が国際収支に及ぼした影響についてみると,貿易収支にはまだ顕著な影響を与えたとみることはできない。しかし,3月以降になつてようやく影響のきざしがでてきており,最近の輸出入関係の指標からみると円切上げの効果はしだいに貿易収支にもあらわれてくることとなろう。

貿易外収支,移転収支についてみると,西ドイツでは過去のマルク切上げに際し観光収支や民間移転収支が大幅な悪化をみせたが,わが国の場合はこれまでのところ切上げの影響はほとんどみられなかつた。運輸収支への影響もほとんどみられず,むしろ輸出入の動向を反映して赤字幅は縮小した。このための貿易外収支は,年度を通じてみても45年度より赤字幅は縮小した。

第2-3図 直接投資と証券投資の推移 (月平均値)

一方,資本収支には切上げの影響はかなりはつきりあらわれた( 第2-3図 )。長期資本収支では,対外証券投資の自由化の影響もあつて,46年度後半から対外証券投資,直接投資の増加が続いている。

(2) 輸出入への影響

(切上げ効果の試算)

円の変動相場制移行から円の切上げの結果としてのドルベースの輸出価格の上昇と,円ベースでの輸入価格の低下は,輸出入に対してどのような影響を与えたであろうか。まず,輸出入関数によつて全体としての効果を試算してみよう( 第2-4図 )。輸出の場合には交易条件の改善の効果を織込んだ名目(ドル)ベースでの影響と,価格変化を除いた実質(数量)ベースでの影響とをわけて考えなければならない。

名目では,輸出の実績値はむしろ円切上げがなかつたと仮定した場合の輸出推計値を上回つており,その額は47年1~3月で約2.8億ドルに達している。これは,46年度中は相対価格の上昇が輸出数量の減少となつてあらわれる効果よりも,輸出価格上昇の名目的な効果の方が大きかつたためであり,円切上げによつても外貨手取額は減少しなかつたことを物語つている。

これに対して実質では,円の変動相場制移行と円切上げの効果は,46年10~12月から徐々にあらわれはじめ,47年1~3月には輸出の実績は円切上げがなかつたと仮定した場合の輸出の推定値を約2.9億ドル(46年4~6月価格)下回つている。

一方,輸入についてはマクロ的には明瞭な効果は検証されない。

鉱工業生産指数と輸入素原材料在庫率指数の関係から推定した輸入の推定値と実績値とを対比してみると,46年7~9月には推定値に比べて実績値が大きく落込んでいるのに対して,47年1~3月になつてようやく実績値が推定値を上回るようになつている。これは,46年7~9月には,円切上げ見込みから輸入を手控えようとする動き(ラグズ)があつた反面,10~12月以降はラグズの解消と,消費財を中心とした輸入価格(円ベース)の低下の効果が加わつて輸入が増加してきたことを物語るものであろう。

(円切上げと商品別輸出の動向)

変動相場制移行後本年3月までにおける輸出価格(ドル)と輸出数量の動きを業種別にみると( 第2-5図 ),輸出競争力が強い電気機械や輸送用機械などは対ドル切上げ率にほぼ見合う輸出価格の引上げのなかで輸出数量も伸びている。一方,鉄鋼と繊維は円切上げの一部を輸出価格の上昇に転嫁させたが輸出数量は減少している。もつともこのような傾向は国内における生産調整や輸出自主規制の影響によるところも大きいと思われ,輸出価格は今後さらに上昇するであろう。また,化学品,食料品等国際競争力の弱い品目の中には,価格の引上げが困難なため輸出価格をすえおいて輸出数量を維持しているものもあるが,他方,ラケット,グローブ,めがね枠など一部の労働集約的な軽工業品は元来,輸出価格が採算上,限界にあつたことから,円レートの大半をドル建て価格に反映させざるをえず,そのため競争力がいつそう低下し,輸出が激減している。このような輸出価格と輸出数量の動きからみるとき,わが国の輪出構造は機械類を中心として今後さらに高度化するものとみられる。

(市場多角化の動き)

46年度の地域別輸出動向をみると,アメリカ向けが輸入課徴金,円切上げにもかかわらず,平均の伸びを上回る25.5%(前年度比)の増加をみせたが,カナダ,EC等の先進地域向けや,ラテンアメリカ,中近東等の発展途上地域向けも大幅な増加を示し,輸出市場多角化の動きがみられた。とくに切上げ後の47年1~3月には,西欧向けが大幅な増加となつた。輸出信用状の動きからみても,市場多角化がさらに進む傾向がみられる。

もつとも最近では,とくに西欧でわが国の輸出の急増に対して警戒の動きが出てきており,輸出市場多角化の動きと,秩序ある輸出とのかねあいが問題となつている。

(円切上げと消費財輸入の急増)

46年10~12月,47年1~3月と輸入は増加に転じたが,この輸入増加,とくに消費財等の輸入増加には( 第2-6図 ),変動相場制移行と円切上げによつて輸入価格(円)が低下したことが作用していたと思われる。

変動相場制移行後の輸入物価(円)は全体としても大きく低下しているが,なかでも食料品を除いた消費財の価格低下が顕著であつた( 第2-7図 )。食料品価格(飼料を除く)はむしろ上昇しているが,食料品輸入の場合には需要の価格弾力性が低いこと,および最近は輸入枠の増大が行なわれたものもあつて輸入量は増大している。

消費財の中では,外衣,婦人くつ下などの繊維二次加工製品,がん具,書籍,ゲーム用品,運動用具等の増加が大きく,これら消費財の輸入は46年8月以降47年2月までに数量ベースで5割以上の急増となつている。

なお,こうした消費財輸入の急増には,第3章でみるように46年8月から実施された発展途上国に対する特恵関税の効果も加わつていたとみられる。

(輸入構造変化のきざし)

30年代の不況期においては,輸入総額の減少がみられたのに対し,40年不況では若干の増加となり,今回はさらに増加幅が大きかつた。また,加工製品,とくに雑品の輸入が不況期にもかかわらず,増加したのは輸入構造の高度化の反映とみることができる( 第2-8表 )。

円切上げは,このような輸入規模の拡大や輸入構造の高度化などをさらに促進させる役割を果たすものといえよう。