昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


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第2部 経済成長25年の成果と課題

第4章 都市化社会の現代的課題

3. 都市化と農業

都市化社会の進展のなかで,農業および農村地域も著しい変ぼうを遂げつつある。

(1) 都市化と農業経済の変化

(農業就業人口の急減)

都市化の進展のなかでの農業における最も大きな変化は,農家人口および農業就業人口の急速な減少である。この10年間に全国の農家数は11.8%減,農家人口は23.9%の減となつたが,農業就業人口もほぼ同じ期間に23.6%の著しい減少を示した( 第145表 )。また,1農家当たり世帯員のなかの就業者のうち,農業就業者の割合は低下し,非農業への就業者は増大している。これらは,農村の人口が全体として減少しているばかりでなく,農家に住みながら近隣都市に通勤する人が,全国的にふえている傾向を反映したものである。

もちろん都市化による農家人口の移動の影響は,農村と都市との距離,交通体系の整備の度合,近隣工場の雇用吸収力など,地域によつてかなり異つている。都市化の影響が強くあらわれているのは,南関東など大都市近郊農業地帯である。この地帯の農家人口比率および農業就業人口比率は,現在13.4%および9.9%に低下しており,全国平均の25.3%および20.5%を著しく下回つている。これに対して東北などの遠隔農業地帯や,北関東などの中間農業地帯では,農業就業人口の減少テンポは大きいものの,農業就業人口比率そのものはまだかなり高い。

(農地の転換)

他方において,都市圏の拡大と人口の都市集中にともない,宅地や工場用地などの需要は急速に拡大している。そして,既成市街地内部の地価が高騰するにつれて,都市近郊の土地需要が急増し,耕地を中心とした土地利用の転換も急速に増加している。

第146表 にみるように,耕地の人為かい廃面積すなわち耕地をつぶしたり他の利用に転換した面積は,昭和36~45年間の累計で61.6万ヘクタールとなつている。これは現在の耕地面積全体の10.6%にあたつており,耕地面積は全体的な縮小傾向にある。この人為かい廃面積の半ば近くまでは,宅地,工場,道路などへ土地利用の転換が進められたものである。地帯別には,南関東,近畿,東海など3大都市に近接したところでの土地利用の転換がとくに多い。

都市化の進展による土地利用の転換過程において,現在いろいろな摩擦現象が生じている。その第1は,土地価格の上昇である。従来,農地価格は基本的には農業収益によつて決まつていたが,住宅や工場の農業地帯進出による土地需要圧力の増大から農地の転用価値が高まり,農地の価格が急上昇するにいたつている。このため,土地の資産的保有傾向が強まり,とくに売買を通ずる規模拡大をはかることが困難になる一方,一部には耕作放棄などもみられる。

第2は,こうした土地利用の転換過程で,とかく自然の破壊やスプロール(工場,住宅などの無秩序な郊外への拡大)現象がみられることである。それは,農業の生産基盤や生活環境の悪化を招くことにもなつている。

これらは,都市化の過程で生じた農地利用上のマイナス面であるが,一方では,技術と資本投下によつて高い生産性を実現するいわゆる資本集約的農業の形成と発展が促される契機ともなつている。

(農業生産の変化)

経済発展のなかで国内純生産に占める農業純生産の割合は,昭和35年度の10.2%から44年度の6.6%に低下しているが,多様化・高級化する国民の需要に対応して,弾力的・安定的な食料供給者としての農業の役割はきわめて重要である。35~44年間の農業生産は年率2.9%の増加で,作物別には米が生産過剰となつたが,畜産,果実,野菜などの成長的農産物の生産はかなりの増大を示した。

では,都市化のなかで農業生産地帯にはどのような変化が生じているだろうか。大都市近郊地帯では,都市地域に農村が組込まれていくなかで耕地の縮小などにより全体として農業生産は停滞的となり,しかも米作比重が低まり,野菜,畜産物の比重が高まつている。一方,遠隔地帯では農業生産全体が高まるなかで,米への依存度が強まり,また畜産の比重が高まつている。この変化を県別にみれば地域的な特徴がよりきわだつてみられる( 第147表 )。米作依存度の高い県では,これまで米作が増勢をつづけていただけに,米の減反の影響は大都市近郊の農業地帯以上に深刻なものがある。

都市化のなかで産地移動がどう進んでいるかを野菜についてみてもその生産地は大都市近郊の比重が後退し,しだいに遠隔化していく傾向がある。たとえば,野菜の東京都中央卸売市場への入荷量はこの10年間に約1.5倍にふえているが,出荷県のシエアには少なからぬ変化がみとめられる( 第148表 )。すなわち,東京,神奈川,埼玉からの入荷の比重が低下し,かわつて千葉,茨城,群馬,北海道の比重が高まるなど,産地移動を反映した動きがうかがわれる。

都市化があたえているいまひとつ重要な変化は,農業労働力に対する評価の高まりである。農業労働力の都市への流出を反映して,農業労働賃金はこの10年間に年率にして15.3%もの上昇となつた。農業県での賃金レベルは大都市近郊県に比べるとまだ低いが,賃金上昇率としてはこれを上回る高さを示しているものもある。このような農業労働評価の高まりは,農業生産の機械化を促進させる要因ともなつている。農家100戸当たりの動力耕運機,農用トラクターの所有台数の全国平均は,35年の8.5台から45年には64.6台へと大幅に増大している。

(農家生活様式の都市化)

都市化の波を受けて,農家生活も変容を示している。

第1の変化は,農家世帯員数の減少である。これは,都市化社会のなかの核家族化の進行と表裏した動きである。第2は,農家世帯員のなかでも通勤兼業者がふえたことである。とくに都市近郊農家においてこの傾向が強い。

このような世帯内の就業形態の変化は,当然のことながら,農家の所得源泉の変化となつてあらわれている。全国平均の農家所得は,37~44年度にかけて年率13.2%の増加を示したが,この農家所得増加のうちの64.2%までは農外所得の増大によつてもたらされたものである。地域別にみると,大都市近郊ほど農外所得によつてえられた所得増大分が多い。昔は,農外所得は農家にとつて家計補助的なものが大部分であつたが,いまでは,農外所得が農家所得の大きな部分となつているのである( 第149表 )。

つぎに,農家の家計費についてみても,都市化の影響は強く,生活様式は変化している。家計費が上昇するなかで,エンゲル係数は着実に低下している。そして飲食費,光熱費を中心に家計費全体のなかの現金支出の割合が増大している。これは,社会的分業の進展のもとで自給部分が著しく低下し,現金必要額が全体として高くなつたことを反映している。また,耐久消費財の普及率が高まつていること,教養娯楽費・交通通信費などの家計費に占める割合が上昇していることなどの変化もみられる。農家の収入パターンが変わつてきたのと同時に,消費パターンも全体として都市勤労者と平準化する形,都市化の波が農家生活を大きく変えているのである。

(2) 変ぼうする農村地域社会

都市化の波の広がりは,経済的側面から農業の変化を促進したばかりでなく,農村地域社会をも大きく変える作用をしている。

農村地域社会を農業集落についてみると,一定の土地と家を主な成立要件としている農業集落にもかなりの社会的変動が生じている。 第150表 からもわかるように,昭和35年に比べ45年には1集落当たり世帯数がふえているが,これは非農家世帯の増加によるもので,農家世帯は反対に減少している。なかでも,大都市圏内に位置する南関東や近畿などでは,その傾向が顕著にあらわれている。南関東の場合,10年前よりも世帯数全体は約70%もふえて,非農家世帯の世帯総数に占める割合も現在では80%近くにまで高まつている。この傾向は大都市から遠ざかるほど弱いという差はあるものの,ほぼ全国的な基調となりつつあり,従来の農村地域社会が大きな変ぼうを遂げる時代にあることを物語るものであろう。

(都市に組込まれた農村の変化)

都市化による農業および農村の変化が,最もするどく,しかも集中的にあらわれ,様相が変わつてしまつたのが都市に組込まれた農村である。従来,野菜などの有力な供給地であつた大都市近郊農村の多くはベッドタウンとなり,人口の急速な増加のなかで農家,農地,農業就業者は急減し,また,村落共同体的な結びつきも弱まつている。

これら,都市圏に組込まれた地帯では,在来の農村社会が分解し,新しいコミュニティが秩序づくられる過程にある。こうしたなかで,農業生産も従来の水利用などを中心とした地縁共同体的な形のものはくずれ,それにかわつて点在的な都市農業経営が行なわれている。そこでは,耕地規模の拡大よりも資本投下による生産性の上昇がはかられているが,市場に近いという地理的有利性などをいかに発揮するかが大きな課題となつている。

(都市化のなかの過疎問題)

人口の都市集中が進む反面,急激な人口の減少と老令化のために,その地域社会を維持するうえでの困難が生じている過疎地域がある。人口が年率2%以上減少している市町村数は,46年には全国市町村数の約3割にも及んでおり,とくに九州,中国,東北,北海道に多く存在している。また,過疎市町村の65%までは山村である( 第151表 )。

この過疎市町村に共通していえるのは,①若年および壮年層人口の急激な減少によつて,②世帯数が減少し,③年令構成が著しく老令化し,④人口動態面では死亡が出生と上回つているものが多く,⑤所得も低いなどということである。従来これらの社会では,道路の補修は住民共同体的な負担によつて維持されていたが,現在ではその維持さえ困難となり,また人口減のために学校,商店,医師などの存続がむずかしくなつている。そしてこうした過疎地では,働きざかりの社会構成員の減少によつて市町村財政が窮迫する悪循環も生じている。

(3) 多面化する農業問題

(都市化と農業近代化)

これまで述べできたように,都市化の急速な進展のなかで農業および農村は大きく変化しているが,それは意識の変化をともなつている。そのひとつは,農家の自己労働対する評価を高めたことである。これは,高い所得を求めての労働力移動を進め,また,他方において農業の機械化・省力化を促すことにもなつた。これまでの農業技術は主として土地生産性を上げることに重点がおかれていたが,現在では労働生産性をいかに高めていくかという方向に進んでいる。

また一方,経営形態の近代化も示されている。都市のなかに点在する農家は生花,植木,鉢物などを企業的に生産したい都市近郊では施設園芸や集団的な野菜生産がみられ,さらに遠隔の農業地域では畜産の多頭飼育や稲作の実質的な大規模生産などが行なわれている。しかし,こうした近代的な経営はまだ萌芽的な域をでていない。進んだ技術を装備した高生産性農業が広範に形成されることが,都市化社会における農業の今後の課題になつている。

一方,過疎地域に対してもその地域の特性に応じた積極的な対策が必要である。過疎市町村の多い山村地域振興に対する住民の希望を当庁「山村住民意織調査」でみると,市町村道をはじめとする交通施設の整備を望んでいるものが最も多く,ついで産業の振興策,厚生施設など生活環境改善が強く望まれている。

(都市と農村の調和)

都市の人口集中にともなう物価高,生活環境の悪化などの問題に関連して,農業にもいろいろな課題が加わつてこよう。国民への食料供給にしても量・質ともに多様化する消費に適応したものでなければならず,かつ安定した価格で供給しうる生産と流通体制を一段と整備していかなければならない。また自然環境の破壊を防止し,これを保全する役割は従来以上に高まり,さらにはレジャー農園,休養村など余暇時間の利用対象としての農業の役割も増加していくであろう。

都市と農村が調和した姿で発展していくことが,これからの都市化社会の基本的方向である。その過程で最も重要視されるのは,土地問題である。新都市計画法,農業振興地域整備促進法によつて計画的な土地利用を進めるとともに,さらに農産物の選択を進め,しかもその上で農業生産の地域分担を一段と展開し,高生産性農業を実現し,農工一体化を円滑に促進するなど,都市と農村が調和した住みよい経済社会を建設していくことが,ますます必要な時期を迎えている。