昭和46年
年次経済報告
内外均衡達成への道
昭和46年7月30日
経済企画庁
第2部 経済成長25年の成果と課題
第4章 都市化社会の現代的課題
すでにみたように,わが国の都市化の進展は人口動態から考察しても,どの先進国よりもきわめて急速である。これは,①工業化と国際化を軸としたわが国の急速な高度成長が産業発展を通じて地域社会の構造変動を促し,②高所得の就業機会を求めて,人口が地方集落から都市へと急速な移動をつづけ,③大量消費,大量販売,大量生産といつた形での規模の経済性が,都市人口の集積を促進するなどの,一連の都市集中のメカニズムがわが国でとりわけ働いたからであつたといえよう。
まず,工業化がどのようなつながりで,都市化を促したか。
近年のわが国の工業化は,技術革新と消費革命の二大要因によつて大きく影響されたが,これらは,近代化と大規模化のための民間設備投資の盛行と,耐久消費財の目ざましい普及という姿をとつて展開した。
とくに,昭和30年代の新規大規模工場の建設が大消費地に近い地域に集中する動きをしたことが,都市の経済活動を高めると同時に,人口の都市集中を促進した。また,都市の中流所得階層の発展とともに都市はデモンストレーション効果のききやすい大量消費市場を形成し,耐久消費財が急速に普及した。耐久消費財の多い電気機械,輸送機械の生産は,中小企業の部品部門を含めて,東京,神奈川,愛知,大阪などの大都市周辺の既成工業地帯での集積が著しい。
このような消費地立地要因とならんで,工業生産力の都市集中をもたらしたものとして国際化要因があげられよう。すなわちわが国工業は,経済の国際化に適応する過程で環太平洋圏との貿易関係を深め,鉄鋼,化学,石油精製など輸入資源依存型産業を中心に太平洋岸での港湾立地傾向を強めた。また電力も石油輸入に便利で送配電コストの安くつく大消費地近辺に発電所立地を求める傾向を示した。
このように,わが国の工業立地は,既成の大都市を中心として都市の活動領域を拡大させるパターンで進んだが,このため,規模の経済性という面でも,輸送効率という面でも,相対的に低コストですんだといえよう。しかし,その反面,急速な都市化と工業化のもとで都市の生活機能と生産機能が錯雑化し,公害の増大などをはじめとした諸種の弊害が激化してきたことは,否定することができない。たとえば,大気汚染と水質汚濁に影響の大きい産業の地域的分布をみると( 第133図 ),大阪をはじめ東京,神奈川,愛知,兵庫などの大都市圏でのウェイトがきわめて高い。また, 第134図 は,亜硫酸ガスの増加に国民総支出の各項目がどのような影響をもつたかを計算したものであるが,個人消費支出,民間設備投資,輸出などの影響率が高い。このことはわが国の高度成長に大きな役割を演じてきた設備投資や輸出が,大気汚染型産業の生産拡大に依存する面が強く,わが国はとかく公害をひき起こしやすい産業構造になつていることを示している。都市における社会資本の未整備,公害防止技術の立遅れ等に加え,こうした産業構造のもとで,工業立地が都市周辺に求められたことも,都市化と公害の深刻化を平行させるひとつの要因になつたといえよう。
昭和40年代にはいつてからの最近の動きをみると工業立地の遠隔化,新しい都市型産業の発達など,都市化と産業発展の関係も新たな局面を迎えつつあるようにうかがえる。
都市化の進展のなかで産業発展が変容をみせはじめた第1の動きとしては,都市,とくに既成の大都市地域における工業集積のデメリットが急速に増大したことである。このことは用地用水の不足,公害問題の深刻化などに対処した工業立地規制その他の誘導政策の方向変化と相まつて,工業生産の地域的集積に対し,遠隔地立地など新しい動きを生じさせている。第2は,都市地域のなかで,サービス消費に関連が深い産業や,企業の管理組織に関連の強い産業などを中心に,新しい都市型産業が拡大してきたことである。
都市集中過程における工業集積のメリットとデメリットを計測することは決して容易ではないが,各種の指標を組み合わせて若干の試算をしたところでは( 第135図 ),次の傾向がうかがわれる。すなわち,工業の集積はメリットだけでなく,一般にデメリットをともないながら進むが,工業化がまだ若い段階ではメリットの増加の方が著しい。しかし,工業化がある段階に達すると水資源や用地の不足,公害の発生などのデメリットが急速に増大する。
既成工業地域においてデメリットが増大する一方,その他地域での社会資本整備の進展,交通通信手段の発達もあつて,工業立地にもしだいに方向変化が生じている。たとえば鉄鋼業では,水島(岡山県),福山(広島県),大分などの遠隔地において製鉄所の建設が行なわれるとともに,大都市圏に近い地域でもこれまで比較的工業開発の遅れていた君津(千葉県),鹿島(茨城県)などへの立地がみられる。電力も,原子力発電を中心に電源を遠隔化させている。また機械,化学などの中小企業でも,しだいに人口集中都市から近接内陸部に立地の移動を示している。さらには全国総合開発の見地に立つて現在調査・検討が進められている大規模工業基地開発プロジェクトについてみても,むつ・小川原地区(東北),志布志湾地区(南九州)など,工業立地は一段と遠隔化を指向しつつある。
工業立地の方向変化がみられる一方で,都市には中枢管理機能に関連した産業や都市型消費に関連した産業の活動が増大している。
第136図 は3大都市(東京・大阪・名古屋)の産業機能がどのような姿で特化しているかをあらわしている。3大都市は,およそあらゆる産業機能をもつているが,生産財,資本財,消費財など物財の生産の3大都市への集中度は低く,いわば脱工業化の姿がみられる。しかし一方で,金融,保険,証券,マスコミ産業,学術研究,文化,教育といつた事業では3大都市への集中度は著しく高まつている。また,大都市生活者の高い所得上昇率にささえられて,消費生活関連産業の大都市集中度も高い。
このように,都市集中のなかで大都市経済は著しくサービス化し,第三次産業的な特性を高めており,なかでも中枢管理機能産業の高まりが目立つている。
この中枢管理機能の大都市集中には,国際交流がさらに進むなかで,内外の情報が最も早く集まり,商取引が迅速に行なわれやすいという大都市の有利性が強く影響しているとはみられる。とくに東京は国際空港羽田を中心に,世界の都市化地帯の一中心地として発展している。また,大都市は行政の中枢管理機能が業中していることもかなり影響しているであろう。大都市のなかでも東京は,政府の意思決定とビジネスの意思決定が相互に働きあう場であり,それによつて経済社会全体に対する大都市の中枢管理機能が高まるからである。
また,文化活動は都市の重要な機能であるにしても,教育,文化機能が大都市に著しく祭中していることは,わが国のきわだつた特性である。たとえば,全国約140万人の大学生の45%までが東京に集中するという偏重がみられる( 第137表 )。今後のあり方としては,地方の教育,文化活動を高めることによつて,教育,文化機能の極端な中央偏重の排除につとめることが,根本的に重要であろう。
つぎに,都市化のなかの金融機能や流通機能についてややくわしくみよう。
金融機能は銀行,保険,証券など,いずれもかなり都市集中型であるが,金融のなかでも最も都市機能を象徴する銀行の機能についてふれておきた。
銀行の預金・貸出に占める大都市圏の比重は圧倒的に高い。昭和45年度末の全国銀行の一般預金残高のうち73%が,同じく貸出残高のうち77%までが大都市圏(関東臨海,近畿臨海,東海)に集中している。
もつとも,大都市圏にあつまつた巨額の資金がそつくりそのまま大都市圏内の実物投資として使われるわけではない。頂金として集められた資金は,大都市圏で集中的に貸出され,実行面の実物投資は再び全国に分散して配分されるメカニズムがとられている( 第138図 )。
大都市圏での貸出集中を業種別にみると,鉄鋼,化学,石油など大量資金調達型の装置産業が目立つ( 第139図 )。また近年では,前述の都市型産業への貸出の増勢が高くなつている。
金融機能の都市集中が著しいのは,大都市の利便を求めて企業本社の大都市集中が進み,これとともに企業の大都市における資金調達が増大したことがかなり影響している( 第140表 )。しかし,こうした金融機能の都市集中のなかにも最近変化が生じている。すなわち,貸出の大都市圏集中度は30年代に上昇をつづけたあと,40年代にはいつてやや低下している。これは41年ごろを境として,①大都市圏集中度の高い大企業向け貸出の伸びが相対的に鈍化し(大企業向け貸出に占める大都市圏集中の割合は約85%),②大都市圏集中度の低い中小企業向け,個人向け貸出が高い増勢をつづけている(大都市圏集中度はそれぞれ58%,66%)ことによる( 第141図 )。今後,銀行貸出に対する大企業からの強い需要がしだいにやわらぎ,中小企業や個人に対する銀行業務の役割が一段と増加していくことが考えられ,資金運用面では大都市集中傾向が緩和されることも予想される。経済全体としての都市化のなかで金融機関の活動はひきつづき都市に高いウェイトをかけていくものとみられ,とくに金融機関のもつ決済機構としての働きは都市集中をいつそう強めるものと考えられるが,上述の資金運用面の変化によつて銀行機能の都市集中にもいままでとは異なつた展開がみられるものと思われる。
都市化の進展のなかで流通機構にも大きな変化が生じている。都市化が流通機構の変化をもたらす第1の要因は,都市への購買力の集中,情報の集中による商業機能の高まりであり,第2の要因は過密の進展と人件費上昇にともなう都市内輸送コストの上昇である( 第142表 )。
こうした事情を背景に流通機構に多様な変化が生じている。
第1は,スーパーマーケットなど量販組織の拡大である。消費者の小口毎日買いなど消費慣習にはなかなか変化しにくい面もあり,流通体系の変化が急激に生じているわけではないが,スーパーマーケットなどは経費率が低いこともあり( 第143表 ),人口集中地域では高い成長をつづけている。
第2は,こうした大量販売組織の拡大もあつて,生産者と消費者を直接的に結ぶ流通ルートも重要性をましてきていることである。農産物について生産者と消費者を結ぶルートはいくつかのタイプに分けられるが( 第144図 ),スーパーマーケットなどの出現もあつて,野菜,畜産物などの場合,需要者サイドからの注文による出荷,あるいは契約による生産・出荷が行なわれるなど卸売市場を経由しない流通ルートが芽ばえている。
第3は,物的流通機能と商業取引機能の分離傾向がみられることである。都市化の進展,経済の国際化などを背景に,卸売取引における大都市とくに東京の重要性がましているが,都市内交通渋滞の影響もあつて,トラックターミナル,集配センターなどの物的流通施設は大都市郊外に立地を求め,しだいに分散化する傾向が強まつている。
以上の変化はいずれも都市化のなかである程度自律的に生じてきたものであるが,こうした変化と平行して制度・政策面でも都市化への対応が必要となつている。生鮮食料品流通における卸売市場の重要性はいぜん大きく,卸売市場法の制定によつて,施設整備の促進や価格形成の合理化がいつそう進むことが期待される。また,都市の流通機能を高め,消費者物価の安定をはかるためには,総合交通体系の整備とあいまつて,すでに芽ばえている新しい流通機構を適切に方向づけながら,近代的流通体系を確立していく必要がある。