昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


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第2部 経済成長25年の成果と課題

第2章 世界のなかの日本経済

1. 世界の貿易拡大とインフレの影響

(1) 世界貿易の発展

戦後の世界経済の動きのなかで最も特徴的な事実は,世界貿易が高い拡大テンポをつづけてきたことである。

1970年の世界貿易総額(社会主義国を含む,輸出通関額)は,ほぼ3,000億ドルに達している。

この水準は名目で1960年の2.4倍,1950年の6倍にあたり,戦前の1938年に比べると実に12.6倍となつており,戦後の世界貿易の拡大がいかに目ざましかつたかを物語つている。このなかでわが国の輸出も著しい拡大を遂げ,1970年には約200億ドルと世界第3位の輸出国であるイギリスと肩を並べることとなつた。現在のわが国の輸出は世界輸出全体に対して6%強,自由世界全体に対して7%強の比重を占めている( 第78表 )。

このような世界貿易の目ざましい拡大は,いくつかの要因によつてもたらされたものである。第1は,戦前の経済沈滞と大量失業に痛くこりた世界の主要国が,経済成長と完全雇用を促進するために積極的な経済政策をとつてきたことである。各国の成長促進は相互に成長を高めあう効果をもち,各国の貿易市場の拡大をもたらした。第2は,成長促進のもとで各国が国際分業の利益を追求しながら,積極的に自由化を進めたことである。そして,第3には,国際機関が自由体制のもとでの世界貿易の円滑な拡大のために指導的な役割を果たしたことがある。この点について,ガット(関税と貿易に関する一般協定)は輸入自由化促進やケネディ・ラウンドにみられるような多国間関税引下げに努め,IMF(国際通貨基金)は国際通貨体制の安定化をはかりつつ全体として世界貿易拡大の基盤をつちかつてきたし,OECD(経済協力開発機構)も先進国間協議の場を広げながら世界経済の成長と貿易拡大に貢献してきた。第4は,世界的な情報革命・輸送革命の進展が世界の各市場の自由な接触を促進する影響をもち,情報と物の流れを著しく活発にさせたことである。第5は,次にのべるような世界的インフレ傾向が近年とくに世界貿易の拡大を速めたことである。

(2) 内在する世界的インフレの問題点

近年の世界経済には世界的インフレの影響が強く加わつてきた。

(世界インフレの進展とその背景)

欧米諸国は1960年代後半において,経済成長と完全雇用の促進のもとで,賃金およびその他所得の上昇が加速化し,強いインフレ圧力をともなうにいたつた。そして引締め策によつて需要圧力が減じたあとも強い賃金上昇要求が残り,コストインフレ傾向がつづいている。とくに1970年には欧米の景気停滞にもかかわらずインフレが根強く進行し,いわゆるスタグフレーションの様相が深まつた。こうした先進国内部のインフレは,貿易価格の上昇などにも波及して,「輸入されたインフレ」,つまりインフレが国際的に波及する傾向が強まつた。従来,先進国全体の貿易価格は年に1%程度の上昇にとどまつていたが,1969年および70年にはそれぞれ4~6%もの顕著な上昇を示した。これには第1部でもみたように,現在の世界経済ではインフレ圧力が国際間で波及しやすいことや,世界インフレの発端が基軸通貸国のインフレにあつたことなどが影響している。

そして,インフレの各国間相互作用は先進国間の貿易取引にとどまらず,しだいに開発途上国の交易条件改善ならびに所得上昇欲求を誘発し,たとえば産油国の石油価格値上げ要求のひとつの背景ともなつている。

(世界インフレと国際通貨問題)

世界インフレの進行は,国際通貨問題の所在をきわめて複雑にさせている。インフレが世界的な傾向を示したといつても,各国のインフレの程度や海外インフレの影響は一様ではない。各国の生産性上昇率の高低,経済発展段階の差,経済政策の違いなどにより各国間のインフレ阻止力に差異が生じ,それが国際競争力の差となつてあらわれ,国際収支の赤字と黒字をとかく定着させる傾向をもつた。そして1960年代後半のインフレ過程で,とくにアメリがイギリスの両基軸通貨国の競争力低下が表面化したが,イギリスが67年のポンド切下げ後に国際収支の改善をみている一方,アメリカはいぜんインフレと国際収支赤字拡大に悩み,それが世界貿易の健全な発展をおびやかす主要な一因となつているのが現状である。

第79図 過去10年間の国際流動性増加の内容

戦後の世界経済を一貫してリードしてきたアメリカは,現在でも最大の貿易国であり,その巨大な生産力は世界経済に大きな影響力をもち,かつ基軸通貨国としての責任と役割は絶大である。しかも欧米景気がすれ違つたこともあつて,最近赤字拡大によるドル流出が加速化しているために( 第79図 ),諸外国の通貨供給面にインフレ的作用を及ぼしている。また,最近のアメリカの保護貿易主義の動きも,インフレ下でアメリカ産業の国際競争力が低下していることと関連している。

(3) 世界インフレとわが国貿易収支

(わが国物価変動の特色とその背景)

世界インフレの波のなかにあつて,この一両年,わが国の物価も騰勢を強め,とくに消費者物価は著しい上昇を示した。しかし卸売物価や輸出物価は,海外の著しい上昇に比べると,相対的にはかなり安定的な動きとなつた。このことは,貿易活動の中心をなす製造業において,わが国の賃金上昇率は他の工業国よりも高いにもかかわらず,生産性上昇率が近代化や量産化の効果もあつて他国よりもきわめて高かつたことを反映している。 第80図 は,日本およびアメリカ,西ドイツの輸出産業における生産性上昇率を,輸出規模順に並べて比較したものである。わが国産業の生産性上昇率ほどの業種でもアメリカ,西ドイツより高く,また機械や金属のように輸出全体に占める比重が大きい産業ではとくに彼我の生産性上昇率格差が著しい。こうした輸出産業の高い生産性上昇率をも反映して,日本の製造業の賃金コストは競争国に比べ相対的に安定した動きを示している( 第81図 )。

(世界インフレのわが国貿易収支に及ぼした影響)

わが国の輸出物価および国内卸売物価が相対的な安定をつづける一方,海外主要国でインフレが近年著しくなつたため,わが国貿易収支も多面的な影響を受ける結果となつた。わが国の輸出は世界インフレの影響でいつそう増加を強めたし,輸入は海外物価高によつて抑制されがちであつた。こうして世界インフレの影響を定量的に把握することは,いくつかの困難をともなうが,輸出入関数をもちいて試算すると 第82表 のとおりであり,1969~70年にかけての世界インフレによつて,45年のわが国貿易収支は7億ドル弱黒字幅が拡大したとみられる。

他方,世界インフレのなかでわが国輸出物価が相対的に安定していたことによつて,日本商品の輸入国にとつては,外貨支払を節約できたことも指摘できよう( 第83表 )。