昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


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第2部 経済成長25年の成果と課題

第1章 戦後25年,日本経済の到達点

(4) 日本経済の現段階への評価

この25年間の経済成長は,以上にみたように多くの成果をもたらてきた。昭和45年度の国民総生産は72兆円に達し,2000億ドル水準をこえた。

国民総生産が1,000億ドルを超えたのが41年度,500億ドルを超えたのが36年度であつたから,この4年間で倍増,9年間で4倍増となつたわけである。この間の物価上昇を割引いても,7年間で2倍に,14年間に4倍となつている。また45年度の1人当たり国民所得水準は1,600ドルに近づき,イギリスとほぼ同等の水準に到達しているものと思われる。

いま,戦後25年の日本経済の発展体系を要約的にあとづければ,高成長―高設備投資―高輸出というパターンであつた。そして,高度成長のもたらした物質生活の向上,所得の増加,雇用機会の増大や教育水準の上昇のあとは著しく,また日本経済の国際的比重の高まりは顕著である。

しかし,われわれが25年の成果の上昇に立つて,これからの真の繁栄を指向していくためには,現段階でいくつかの重要な問題を考えなければならない。

(世界のなかでの円滑な発展)

第1は,世界のなかの日本経済を適切に位置づけながら自らの発展をはかることが一段と重要性を高めてきたことである。わが国は海外資源を購入するのに必要な外貨を獲得するため,輸出振興と近代産業の育成強化に非常な努力を傾注してきたが,対外的責務が高まり国際収支が黒字をつづけている現在,日本経済は輸入機会の拡大,対外援助をはじめとして,積極的,多面的な国際的転換を進めなければならない。また,これまでのわが国の経済成長が自由な世界貿易体制によつてささえられるところが大であつたことをよく理解し,平和で自由な世界経済の円滑な発展に対して,自国の経済力を活用していく必要がある。そして,相互依存の世界各国の網の目のなかで,過度の輸出超過に陥ることない相手国の発展に貢献しながら,わが国の国際経済活動を全体として高めていくのでなはればならない。

(福祉向上への資源配分)

第2は,わが国の経済力が拡大を遂げるなかで,生産や消費の面で物質的には豊かになつたが,それははたしてわが国の経済社会が全体として豊かになつたことを意味するのかという問題である。日常の消費生活はたしかに豊かになつたが,生活関連社会資本の基礎はまた乏しく,住宅生活の改善は立遅れており,土地問題は深刻であり,毎日の通勤電車の超満員状態は十数年前よりあまり改善されていない。空気や水の汚染など公害の発生量は年々増大している。これらの問題は,経済問題であるばかりでなく,社会問題と密接に結びついており,また,都市化社会のあり方と密接に関連しあつている。高度成長のもとで急激な人口の都市集中が進んだ結果,現在わが国人口の4分の3近くが都市に居住しているが,こうした都市化の過程で,山村地域などでは過疎問題が深刻になり,それへの対応が迫られる一方,国民全体として福祉の向上と充実を求める声が強まり,これらの面での政策課題はきわめて重要性を高めている。わが国がわずか37万平万キロメートルの狭い国土で国民総生産世界第3位の経済活動を営んでいることは,世界に類例のない高密度の工業化社会,都市化社会の実現を意味しているのであるから,それだけに世界のどの国にもまして生活環境の整備拡充のために資源を重点的に配分することがおおいに必要である。

第75図 は,これらの点に関連して,アメリカやイギリスと日本の現状を比較したものである。国民1人当たりの製造業の設備投資はすでにアメリカと同水準に達し,輸出や工業生産力について彼我の水準はかなり接近している。日本がこれらの面で世界の一流水準に達しつつあることは明らかである。しかし,その他の面に目を向ければ,国民1人当たりの住宅や社会資本のストック水準は,いまだアメリカの4分の1にすぎない。また,社会保障の水準でもわが国はアメリカの4分の1にとどまつている。なかでも,医療保険は比較的進んでいるものの,所得保障の面での遅れは著しい。年金については,制度上昇の給付水準はすでに欧米並みに近づいているが現実の支給水準はまだ低く( 第76表 ),福祉年金支給額も十分でない。これらは制度が未成熱であることや,租税,社会保険負担が低いことに起因するところもあるがそれにしても年令構成の老令化が進みつつある現在,現実の年金制度が老令者の所得保障の機能を十分に果していないのは大きな問題である。

これらの側面においても,日本は欧米に比べてまだかなりの貧しさを残している。こういつた事実は,日本経済がこれからの繁栄を目ざして,その成長力をいかなる面に活用し,その成果をいかに配分すべきかを示唆するものといえよう。

国際競争力のあり方についてしばしば論議の対象とされるのは,各国の社会条件や労働条件,福祉水準の差異である。ここまで成長してきたわが国は,これから公害を克服し,国内の福祉水準を引上げ,対外経済政策を積極的に進める必要がある。これらの課題解決に全力をあげて取り組むならば国際収支も現在とはちがつた姿を示すであろう。先進国としての条件をそなえるのに必要な努力が不十分のままに国際収支の黒字が累増するならば,国民経済的に大きな資源配分の無駄を生じさせていることにもなるのである。わが国は輸出規模が格段に大きくなり国際収支も黒字をつづけている現在,赤字時代における貿易体系の延長線上でひたすら輸出拡大を急ぐのではなくて,国内の社会環境の充実のため成長力を大いに活用し,内外資源の適切な配分という観点から,今後の国際経済活動のあり方を新たに確立していくことが根本的に重要である。

(物価問題への対処)

第3は,企業も家計も赤字で物価が上昇した時代からこれだけ物資が豊富になり,企業も家計もかなりの黒字となつている今日なぜ物価が上昇するのかという問題である。物価上昇は現代の世界先進諸国に共通する問題で,完全雇用型経済における所得上昇圧力が生産性上昇率を上回る強さをもつていることが,その背景となつている。そして,開放経済体制下における諸外国,とくに基軸通貨国におけるインフレが,貿易や国際資金移動を通じてわが国にも輸入されやすくなつている点にも注意を払わなければならない。

ただ,欧米のインフレでは各物価が一様に上昇するのに対して,わが国の場合は卸売物価,輸出物価が相対的に安定し対外競争力が強まる一方,国内的には消費者物価が著しく上昇するという物価の二面変動が特徴である。 第77図 は,消費者物価の卸売物価に対する相対関係について主要国比較を行なつたものであるが,日本の消費者物価が卸売物価とかい離して上昇する度合にはきわめて激しいものがある。これに対して西欧諸国では,この2,3年は卸売物価の上がり方が消費者物価よりも大きい。

わが国の消費者物価が,他の先進国に例がないほど高い上昇を示していることは,基本的には,所得平準化と生産性上昇率格差のからみあいに,よつて影響されている。昭和32年度の経済報告はわが国の二重構造問題を指摘したが,その後しだいに労働力不足基調が強まるにつれて,賃金面での二重構造は急速に解消に向かつた。しかし,賃金格差が縮小し所得平準化が進みながら,生産力面では二重構造が残つていること,とくに消費者物価のうちで大きな比重をもつ農産物,サービス,流通部門の生産性上昇率が低いことが,所得平準化のなかの卸売物価安定,消費者物価上昇というギャップをつくりだしている。

日本の場合,高い生産性の上昇率を維持している製造業大企業部門においては,欧米のような所得インフレ,コストインフレ要因は少ないとみられる。しかし現在のように所得平準化作用が強く働き,しかも高い経済成長への期待を背景に全体として所得要求の強い社会では,こうした所得上昇の社会的連帯性が生産性の傾斜構造を通じて消費者物価上昇を著しく強めがちであるという事実への認識が必要であろう。そして,消費者物価を構成する農産物について輸入自由化への適応力が弱く,サービスについては輸入にかえることが著しく困難だという問題もある。また,労働力過剰下で不況が失業を増大させ企業経営を著しく圧迫することを憂慮された時代につくられた各種の制度には,現在では物価の下方硬直性を強めているものもみられる。この点からも制度・慣習についてたえざる見直しが必要である。寡占問題も含めて,適正な競争条件の確保につとめ物価安定環境を維持していくという配慮を怠つてはならない。

要するに,25年前に物資欠乏のなかからインフレが生じたのと違つて,現代は,物が豊かである反面,各人の所得の連帯的上昇圧力が強いことを念頭におきながら,構造改善,輪入自由化,適切な競争環境の確保など諸般の物価政策を力強く進めていくことが重要である。

かえりみれば25年,風雪にたえて戦後復興期をのりこえた日本経済は,技術革新と輸出振興を双軸として先進国化への道を急いできた。昭和38年度の経済報告は,中進国から「先進国への道」を展望してそのための必要条件を強調した。現在の日本経済は,輸出規模や1人当たり国民所得水準において明治以来常に先例を求めてきたイギリスにほとんど追いついた。明治開国100年あまり,先人たちが大きな目標としてかかげた工業化促進と輸出立国のための政策は,昭和40年代初めの長期好況と国際収支黒字の両立のもとで一応の総仕上げの時期に到達したものといえよう。そして,先進国としての基礎条件を充実した日本経済は,外には先進国としての国際行動原理を身につけ,内には真に豊かな福祉経済を実現することに成長の主眼をおくべき重要な時期を迎えているのである。

以下の章では,日本経済が今後新たに真の繁栄への扉を開くために解決しなければならない課題を検討しよう。第2章でとりあげるのは,世界のなかの日本経済が,国際収支の黒字化のなかでいかなる新たな発展方向を確立すべきかという問題である。第3章では,日本経済も先進国化するにつれて労働力不足基調下の物価高に悩まされるような体質になつてきたが,現在の物価上昇と所得上昇および生産性構造の関係をどう判断すべきかという問題を検討する。そして,第4章では,わが国社会が世界に類例のない速度で都市化していることが,公害,住宅,土地,物価高などの現代の重要問題とどう関連しているか,その解決のための課題はどこにあるかということを考察しよう。


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