昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


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第1部 昭和45年度の日本経済

第5章 景気の現局面と今後の課題

1. 景気現局面の評価

昨年の夏ごろを境として後退過程にはいつた景気は,昭和46年になつてからも現在までのところでは弱い基調で推移している。

鉱工業生産指数の足とりは重く,出荷指数の伸びもまだ弱い。製品在庫のふえ方はしだいに小幅となつているが,製品在庫率指数の水準はなお高い。こうしたなかで,商品市況は産油国の原油値上げを背景とした石油製品のジリ高要因を別とすれば,総じて基調は弱含みである。業種別動向をみると,カラーテレビなど一部の消費財では底入れから回復への動きを示しているものへ鉄鋼,石油化学などの生産財や,民間設備投資に関連の深い資本財では不況感がなお強い。

この間,輸出はかなりの増勢をつづけているが,内需が不活発なために景気の回復力は弱い。そして,輸出の増大は国内景気の落込みを少なくさせる働きをしている反面,国際収支黒字増大の要因となつている。

個人消費や賃金は,景気後退の影響をそれほど強く受けていないが,労働力需給の緩和や残業時間の減少などを背景として,その伸び率に鈍化があらわれている。

46年の2,3月ごろから最近にかけて,金融市場の緩和は急速な進展を示している。これは金融引締め解除による緩和要因に加えて,国際収支黒字幅拡大下の外国為替会計の資金支払いの増大が,金融緩和を促進する要因として働いているためである。銀行貸出も,大企業を中心にかなりの増大をつづけつつ現在にいたつている。これらの貸出増大は,引締め期間中に繰延べられていた設備資金の決済が集中して表面化したことや,景気後退下の滞貨資金,減産資金が増加したことなどによるものが多い。これらの企業資金需要が一巡するにつれて,金融は全体として緩慢化への動きを強めている。

当面の景気基調はまだ弱いが,これまでの公定歩合引下げと,46年度財政執行におけ公共投資促進や財政投融資拡大などの政策効果の発現と相まちながら,景気が回復軌道にのつていくことが期待される。

これからの景気回復についてまず注目されるのは,在庫投資の回復であろう。従来の景気後退期には在庫投資が急速に縮小する反面,その急速な回復が景気の速やかな回復を促した。この点,今回の引締め期間中には製品在庫調整がほとんど進まず,引締め解除後も製品在庫が累増し,在庫調整が長引いたことが企業の在庫圧迫感を強め,景気の立直りを遅らせる一因となつた。しかし,最近の製品在庫の増勢は弱まつており,これから在庫調整が一巡するにつれて,在庫投資も回復に転じていくであろう。在庫投資が回復に移れば,それは関連産業の需要を回復させ,出荷を増加させる過程を通じて,景気に浮揚力をつける要因として働くであろう。

在庫投資が回復に向かつても,その回復力の強弱は最終需要の基調によつてかなりの程度に影響されよう。先行きの景気回復力を判断するにあたつて最も注目されるのは民間設備投資の動向である。

この点について,電力や運輸部門を中心とした非製造業の設備投資の基調は強い。そして設備過剰感が乏しい一部の製造業では金融緩和のなかで投資意欲が上昇向いていくであろう。また,公害防止や省力化のための投資増加も,民間設備投資の落込みを小さくする歯止め要因となろう。しかしながら,製造業の多くの業種では,長期好況下の設備投資の急速な累増がつづいたのち,すでに供給力に少なからぬ余剰が生じており,その面から近い将来にわたつて設備投資の自律的調整過程がつづく可能性もある。かつて,昭和34~36年の高度成長期に設備投資が顕著に増大したあと,37~40年にわたつて製造業の設備投資調整要因が働き,民間設備投資全体の伸びは著しく減速した。現在の製造業全体の設備能力過剰の度合は当時ほど大きくはない。それにしても,これからの景気回復およびその後の経済成長にあたえる民間設備投資の役割を過大に評価し,期待するのは問題である。

今回の景気調整過程には,製造業の設備投資以外にも自律的ないし構造的要因が働いてきたが,この面からも今後の回復力の強さを過信することはできない。最近の耐久消費財は,カラーテレビが内需立直りにつれて回復に向かつているものの,耐久消費財が全体として国内の普及率を高め,需要の伸びが鈍化していることは,これからの景気回復力の強さにやはり影響しそうである。また過去の景気後退期には,農家の支出は景気の落込みを下支えする要因であつたが,現在では米の生産調整のもとで農家支出の伸びは弱まつている。

これに対して,輸出は高い増勢をつづけ,景気の下支え要因となつている。従来の景気回復においては,輸出増大は国内の在庫投資回復と相まつて,景気の速やかな立直りを促進した有力な要因であつた。しかし輸出増大が国際収支赤字克服と景気回復の両面の効果をもつた時代と異なり,国際収支が大幅黒字をつづけている今日,景気立直りとその後の経済成長に対していままでのような輸出の主導的役割をいつまでも期待することには問題がある。

これらの要因からすれば,景気は先行き回復に向かつても,その回復力は従来の経験ほどの強さを再現するとはみられず,今後の経済政策のあり方によつて影響されよう。


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