昭和45年
年次経済報告
日本経済の新しい次元
昭和45年7月17日
経済企画庁
第2部 日本経済の新しい次元
第3章 高福祉経済への前進
高福祉経済の建設のためには,その基盤として新しい経済成長のあり方が要求される。成長のしかたやなかみは,経済力の充実により重点をおいた時代から福祉豊かな経済社会への移行に対応して変らなければならない。産業構造や労働力の活用の仕方も,土地利用型態や財政金融の役割も,そうした方向で,日本経済の発展段階や環境変化に相応したものに改編していく必要がある。
その過程では,技術,職業や制度,慣行も時代の要請に合わないものは陳腐化し,新しいものにとつて代られることになるが,こうした変革はより豊かで住みよい経済社会をきずくためにのりこえなければならない課題である。それは,わが国がすでに到達した経済力とたくましい成長力を活かし,国民,企業,政府が積極的に適応していくならば,決して困難なことではない。以下では,そうした角度から高福祉経済の建設のための基本的な方向を検討してみよう。
経済成長にともなつて国民生活の中身は高級化し,多様化する。また,産業の生産物も変わり,成長する商品との交代が生ずる。こうしたなかで労働力も産業構造の変化に対応して移動する。わが国の産業構造は,急速な成長過程ではげしく変わり,第2次,第3次産業の就業者の比重が高まる一方,第1次産業はしだいに減少してきた( 第173表 )。
とくに第2次産業では重化学部門を中心とした構造変化が著しく,これまでのわが国産業の高度化をリードしてきたが,この過程は,わが国産業がより技術集約的,より加工度の高い産業構造へと発展していく過程でもあつた。しかし,そのなかで農業や中小企業などでは変化のスピードは相対的に遅く,むしろこれらの部門では,今や発展段階に相応して脱皮していくための構造的な転換と調整をせまられている。
第174図 は,急速な技術革新とその普及が産業の成長と高度化にあたえてきた影響を,新製品の企業化の面からみたものであるが,昭和26年以降に企業化された商品が44年の工業生産の約4割を占めていることがわかる。そして,生産増加に対してこれら新製品が半分以上の寄与をなしている。
新技術の導入は,製造方法や生産組織などの面で,効率性の向上と労働から資本への代替に大きな役割を果すとともに,鉄鋼業,化学工業などの装置産業と機械工業,繊維工業などの労働集約的産業を比べると,前者では相対的により大きな資本節約効果を,後者では同じ労働力節約効果をもたらしてきた( 第175図 )。
こうした産業構造の高加工度化の過程を,付加価値構造の変化からみてみよう。 第176表 は,産業連関表を,製造業については加工段階別に組替え,付加価値構造が昭和35年以降どのような要因によつて変化したかをみたものである。経済の拡大にともなう需要の増加を反映して,どの業種でも,全体的に需要変化が大きく影響しているが,そのなかで経済全体の原材料節約的傾向を反映した投入構造の変化が,素材部門の付加価値減少要因としてかなり寄与していることが目だつている。加工,組立部門では付加価値率の向上がかなり寄与しているが,これは,①30年代後半から家庭電化製品を中心に大型の新しい耐久消費財のウエイトが高まつてきたこと,②製品の高級化,高加工度化にともなう加工工程の増大,精密化を背景に,金属加工や合成樹脂加工などの2次加工用機械,あるいは精密工作機械が著しく増大したこと,③技術革新と労働力不足の進行から,大型機械,省力機械の採用,設置が急速に進んだことを反映したものとみられる。
また,高加工度傾向は,需要の動向に対応したものでもあつた。 第177図 にみるように,消費,投資,輸出のいずれにおいても組立部門における付加価値の比重が高まつている。
さらに,こうした産業構造の変化は,公害多発的な素材産業の相対的比重の低下を通じて,汚染因子の増大を抑制する方向に働いた( 第178表 )。
以上のように,わが国工業は技術革新と需要の高級化に対応して,高加工度型産業構造へと移行してきた。
さらに,近年においては,生活機能の変貌と科学技術の横断的利用によるシステム技術の開発にともなつて,時代の要請に対応した新産業の胎動がみられるようになつた。
こうした新産業をその目的,機能,性格から区分してみると,次の二つに分けることができよう。
第1は,公害などにより悪化した環境の回復,所得水準の向上にともなう消費生活の充実,さらに社会的諸機能の拡大と高度化への要請などに対応するものである。住宅産業,公害防止産業,情報産業などがこのグループにはいる。これらは,その強い必要性,技術的現実性から,すでにある程度具体化しつつある。
第2は,科学技術の積極的な開発とその成果の総合的な利用をはかることによつて胎動しつつある産業てある。原子力産業,海洋開発産業,宇宙開発産業などがこれにあたる。これらは,その性格上,研究開発の比重が高い技術波及度も大きい。さらに,資源やエネルギーの供給にも寄与するものである。しかし,これらは,その分野の範囲がきわめて広く,技術も多部門にわたる総合性を要求され,また,巨額の研究投資を必要とするものであるため,産業としてはまだ出発点にあり,長期的な視野から国民的コンセンサスのもとに取り組む必要があろう。
新しい産業の成立と発展をうながしつつある大きな要因は,経済社会と生活環境の著しい変貌であるが新産業の成長はまた産業構造の高度化を通じて国民生活の内容に新しい豊かさと住みよさをもたらすことになる。このことは,産業発展と技術開発の目標の中心が経済規模の拡大にあつた時代から,国民の福祉向上に移りつつある時代へと変つてきていることを反映するものである。
新産業に共通するひとつの性格は,巨大な社会的欲求に対応して,販売,情報処理技術などの各側面で,総合的・システム的な管理技術が必要とされていることである。その意味で新産業の発展基盤として高度な技術開発が要請されるが,なかでもコンピューターを中心とした情報処理のための技術組織の確立,ならびにソフトサイエンス(情報,科学技術等を中核として複雑な事象を体系的に総合化する科学技術の領域)に負うところが大きい。もちろん,こうしたシステム化はこれからの問題といえるが,既成産業のコンピュータリゼーションは近年急速な勢いで展開しつつある。
わが国のコンピューター保有台数は,著しい伸びを示し( 第179表 ),現在アメリカ,西ドイツについで世界第3位にある。このような急速なコンピュータリゼーション進展の背景として次の2つの要因が考えられる。
そのひとつは,近年急速に深刻化してきた労働力不足への対応である。数多くの産業において,労働力不足と賃金の上昇からぼう大な事務処理をしだいにコンピューターにおきかえていくという動きが強まつている。たとえば, 第180図 は都市銀行上位6行の従業員数と預金の伸びをみたものであるが,40年代に入つて,従業員の伸びは横ばいないしは若干の減少をみているにもかかわらず,預金量はいぜんとして高い伸びで推移している。この間銀行業におけるコンピューター設置額は,40年の151億円から44年には683億円へと著しい伸びをみせている。また,オンラインシステム(各地域で刻々発生するデータを即時的に中央のコンピューターに集め処理する方式)の導入によるコスト面の節約効果も見逃せない。
その2は,経済規模の拡大にともなうぼう大な情報処理への対応である。たとえば,コンピューターの導入は,従来からいくつかの産業において,部分的に各工程において行なわれてきた。しかし増大する需要に対して,価格,品質,納期などの面で需要家サービスを充実させてゆくためには,これまでの部分的な活用では対処しきれなくなつてきた。こうした面から企業のなかには,原材料から製品までの全工程をとらえたトータルオンラインシステム,さらには営業情報システムへと重点を移行させつつあるものもみられるようになつてきた。
そして,このようなコンピュータリゼーションは,大企業のみならず,中小企業においても進みつつある。中小企業庁の調査( 第181表 )によれば,調査対象企業のうち製造業で15.6%,非製造業で15.2%の企業がコンピューターを利用している。さらに,未利用企業のうち約6割が今後の利用を計画している。
第182表 第3次産業の就業者動向(35年から40年にかけての変化)
このように,わが国におけるコンピューター利用は,業種,規模を問わずかなり広汎かつ急速に進みつつあるといえよう。
さらに,コンピュータリゼーションは,前掲 第179表 にみられるように第3次産業や,地方公共団体等の公共機関で急速な進展を示しつつある。これは,消費者の需要構造の変化や,複雑化,ぼう大化しつつある行政需要の迅速な処理の必要性に対応して,国民生活のなかに,新しいサービスの提供が行なわれつつあることを物語つている。最近では,コンピューターと通信手段の結合を通じて,個人や企業が通信回線を利用して大容量のコンピューターを共同利用できるサービスが計画されているが,こうした動きは,本格的な情報化社会の形成を通じて,国民生活に新しい可能性をもたらすことにもなろう。
もちろん,こうしたコンピュータリゼションの進展のなかで,最も重要な鍵となるのは,ソフトウエア(利用技術)の発達である。現在,わが国では,ソフトウエアの開発はかなり立ち遅れており,アメリカに依存している面もある。
これは,わが国のコンピューター開発の歴史の新しさからある程度はやむをえないことではあるが,コンピューター利用が真にわが国経済社会に定着し,国民生活の向上と産業の効率化に寄与してゆくためには,今後,ハードウエアの充実をはかる一方,利用目的の高度化に対応した独自のソフトウエアの開発を,より積極的に行なつていかなければならないし,また,その蓄積がわが国の新しい貴重な資源ともなつてこよう。
第2次産業の発展とならんで,第3次産業も経済成長のなかで急速な拡大を示してきた。第3次産業就業者の就業人口に占める比率は,44年には46.6 %年に達し,アメリカ,イギリスのそれについでいる(前掲 第173表 )。
一般的にいつて,経済が成長し,所得水準の上昇,労働時間の短縮がすすむと,物的な基礎的欲望充足の段階をこえて,しだいに高級な消費サービスへの欲求が高まる。また,経済社会の高密度化,大量生産体制の確立,情報化現象の進行は,物的,知的流通サービスの必要を大きくする。第3次産業就業者の増加テンポを,業種別にややくわしくみたものが 第182表 である。まず,生産者関連業種では,倉庫業,試験・研究所,卸売業,対事業所サービスなどに従事するものの増加が目だつている。また,消費者関連業種では,食生活関係の業種の伸びが相対的に低い反面,スーパーを含む百貨店や家具,建具小売業などの衣,住生活関係業種の伸びが高く,とくにサービス関係では社会福祉事業団体,旅館,貸間,下宿業などの増加が目立つている。共通業種でも,航空運輸業,不動産業など時代の要請に対応した業種の伸びが高い。さらに角度をかえてみると,試験・研究所,教育,郵便・電信電話業といつた知識・情報サービス従業者も着実なふえ方をしている。
ここまで,労働力需給がひつ迫し,不完全就業の取りくずしが進展すれば,低生産性部門の就業者比率は低下すると,みる向きが多かつたが,上述のような動向からして,近年の第3次産業就業者の増加は,基本的には新しい構造変化が重なり合つて進行していることによるものとみてよいのであろう。今後も,所得水準の上昇にともなつて,大量の流通サービスや,知的,情報サービスあるいはレジャー産業といつた新しい第3次産業への需要は増大するであろう。
農業は米の過剰に代表されるように困難な局面に立つている。過剰の原因は,需要の減退,一方での米作技術の進歩などにもよるが米価が生産費および所得補償の立場から,他の農産物にくらべかなり有利な水準に決められていたことも大きく寄与した。そして,食管赤字は,売買価格の逆さやや在庫の増大などによつて著しく増大し,価格政策の限界がみられるようになつた。
過剰対策として,新規開田の抑制や生産調整等の処置がとられ,また,米価水準も44年にひきつづき据置かれることになつた。しかし,米が農業収入の約4割を占めるだけにその影響は大きい。43,44年度農業所得は,米価上昇率の鈍化,据置き等もあつて従来よりその伸びは低まつた。他産業との比較生産性も,一時の格差縮小から停滞へと移つている( 第183表 )。
米だけではなく,みかん,牛乳等も過剰気味であり,また一方価格政策に限界が現われ,また所得均衡の困難が示されるなどむずかしい問題が発生してきている。
国際的にみても,小麦,酪農製品などをはじめ農産物過剰はいつそう進み,カナダ,アメリカでは小麦在庫が8億ブッシェルを越え(1969年7月現在),またEECの酷農製品在庫は,世界の年間貿易量の60%を占めるにいたつている。こうした農業物過剰を契機に,農政の転換がはかられている。EECの場合もわが国同様,価格政策の限界から,構造政策の比重を高め,生産性の低い家族経営からの脱却を通じて,高生産性農業の実現をはかろうとしている。
農産物供給国の過剰を背景に,需要の伸びの大きいわが国に対する自由化要請はいつそう強まつてきている。もとより自由化により過剰の影響を直接的に受ける事態は緩和されなければならないし,また競争力が低いだけにその混乱を妨ぐことも必要である。しかしそれにしても現在の輸入制限品目が多いため,経済の効率化に悪影響をもたらしていることは否定できない。
こうした局面に立つた農業にとつては,高生産性農業への転換と,そのための構造政策がなによりも重要となつている。これからの農業は国際的にみても存立しうる内容をもつために,諸外国に比し日本の気候風土の有利性を最大限に生かし,しかも効率的な土地利用によつて,労働生産性,土地生産性をともに高めていくような高密度,高生産性農業を形成しなければならない。
わが国の家族零細経営は,その枠を乗り越えなければならない事態にきている。農業機械の発達等を中心にした技術進歩は著しく,また大量販売機構の出現による流通上の変化や食品加工業の進展によつて農産物市場は,多様かつ均質性をもつた農産物を適期に,大量に必要とするようになつてきている。こうした変化に,家族零細経営では対応しにくいし,その上,所得格差も現状のままであれば埋めがたい状態になつている。
兼業化の進展,若年労働力の流出等は,家族零細経営の環境変化に対するひとつの対応形態である。一方,零細経営の殻を破り,生産の協業化,集団化あるいは自立的経営へと進み,実質的に生産規模を拡大し,大量の資本投下と新しい技術を導入して高い生産性,所得を実現している経営もみられる。たとえば,養豚,養鶏経営では,マンスホルト提案(EEC委員会が1968年末に発表した「EEC農業改革に関する覚書」)に例示されたEEC農業の10年後の経営目標(養豚450~600頭,養鶏1万羽)を,すでに上回る規模の経営やそれに近いものもあるし,また施設園芸等でもかなり進んだ経営がみられ,水田でも全町的な協業経営等大規模生産のものがみられるにいたつている。
しかし,これらの先進的な経営は,全体からみればまだ少ない。高度な技術に適応した生産規模の経営が,広範囲に進むためには,多数の農業就業者や生産性の低い兼業農家の離農の問題,土地流動化の問題等の家族零細経営に関連する基本的問題に取り組まなければならなくなつている。
当面,米の過剰問題の解決が急がれなければならないことはいうまでもないが,今後の重要な課題の第1は,土地の流動性を高めることである。現在農地の流動性が低いのは,生産規模拡大を指向しない兼業農家が,農地を資産的に保有していることなどによるところが大きい。兼業農家が実質的に農地から離れ,その農地を規模拡大に役立てるには,地価上昇の抑制,家族の生活をささえるだけの勤務先きの賃金水準,さらには土地の利用区分の確定等が必要である。愛知県下の事例によれば,地価上昇は別としても,賃金水準と土地利用区分の条件等がみたされている結果,兼業農家は農地を農協に信託し,その農地は協業経営に廻され規模拡大に役立つている。
第2は,農業就業者の離農を促進することである。農業就業者は先進諸国に較べてもかなり多い( 第184表 )。これは,家族零細経営の枠内で,従来の低い技術水準に依存しているものが多いこと,あるいは地方での他産業への就業機会が乏しいことなどが原因である。就業者の減少をいつそう進めるには,新しい農業技術の導入をはかると同時に,地方への工場分散による地元雇用機会の拡大,職業訓練の充実などを促進していく必要がある。こうした方向は,低い所得から高い所得,低い生産性から高い生産性への移動でもあり,高福祉の実現とその基盤の確立につながることになる。
また,農業就業者の年齢は年々老齢化の傾向をたどりつつあるが, 第185表 にみるように老齢経営主の場合は,青年経営主にくらべ経営内容はかなり劣つている。こうした階層については転職のみで離農を促進することはむずかしく農業者年金制度等により円滑なる引退,離農を実現していくことが必要である。
第3は,農産物の選択的生産をすることである。この選択が進まないとふたたび大きな問題に突き当たることになる。農産物の選択には,国内での合理的な供給増大の可能性,国際的需給,価格の見通しの上に立つて,育成すべきものと他のものとに区分し,育成と調整を計画的に進め,同時に生産地形成をより進めることが重要である。
第4は,農業の装置化を推進するとともに農産物の生産,流通加工,消費の各部門を一体的に組織化しつつ近代化を促進していくことである。これまで生産,流通加工部門の遅れから農産物価格の上昇や,激しい価格変動が生じ,消費者に大きな影響をもたらしてきた。また,これら部門は相互に関連しあつている結果流通加工部門の遅れが農業の遅れの一因ともなつてきた。生産から消費までを結ぶパイプを組織化し,近代化していくことは,消費生活の安定化にとつてもきわめて重要なことである。
第5は,現実の変化に対応しえない制度,慣行の改善である。一部の農産物が過剰で,価格が高い水準に推持されていること,農産物の輸入制限が数多く残つていることなど新しい要請に対応できない制度,慣行などを早急に検討改善しなければならない。
それに代つて,高生産性農業の形成のために必要な新しい制度,慣行の確立が望まれよう。もちろん,当面する農業問題の解決に際しては,農業固有の場だけでは処理しえない問題が多い。EECにおいても高生産性農業への転換は,社会経済全体の問題としては握されている。わが国でも,産業政策,労働政策が全体として一体的に取組んでいく必要があろう。
最近10年間(33~43年)の中小企業の生産額は,大企業とほぼ同じく年率17%という高い伸びを示し,工業生産額のなかに占める中小企業の割合もひきつづき50%程度の比重を保つてきた。
しかし,そのなかで中小企業の構造は漸次変りつつある。第1は,中小企業の地位が,業種別にみるとかなり変化を示していることである。たとえば, 第186図 にみるように,輸送用機械,鉄鋼,家具・装備品などの高成長産業では大企業の生産の増加が進み,中小企業の生産シエアは低下した。逆に,繊維,衣服・身回り品,窯業・土石製品,ゴム製品などの軽工業では,所得水準の上昇にともなう需要の拡大と多様化,製品価格の値上がりを通じて生産活動が刺激された結果中小企業の生産シエアが上昇した。
第2は,小企業の減少と零細企業の増加が目だつていることである。製造業について中小企業の事業所数を規模別にみると,20~49人層の小企業が減少し,反対に9人以下の零細企業が増加している。小企業の減少は,労働力不足の影響をつよくうけた企業規模の縮小と新規参入の減少とによるものであり,零細企業の増加は需要の多様化や下請け利用の進展,上位層からの転落,さらには被雇用者から自営業主への独立意欲の高まりなどによるものとみられる。こうした近年における小・零細企業数の変化は欧米諸国にはみられない特徴のある動きであつた。
第3は,このように小・零細企業層の分解が進む一方,中小企業のなかにも成長をとげ大企業におとらない高い生産性をあげているいわゆる中堅企業がある。
中堅企業は企業成長のためにこれまで製品の品質の改良,性能の向上,積極的な販売策や新製品の開発などを進めたものが多い( 第187図 )。業種的にみても,自動車部品,電気機械部品などの量産業種の下請け中小企業のなかには,親企業の発展につれて専門部品メーカーとして成長をとげたもの,繊維2次製品,家具,建材などではすぐれたデザイン,特色ある製品をつくりだしたもの,あるいはまた印刷,染色加工などでは高い技術水準をもつものなどがしだいに増加している。また小売業でも,立遅れている流通の近代化の新しい担い手として経営効率の高い大量販売店,専門店が相ついで登場してきた(規模別事業所数,規模別零細企業事業所数,中小企業,大企業および重・軽工業別構成の推移については 付表19 参照)。
このように30年代後半から40年代にかけて,中小企業の構造は変化を示しているが,中小企業がわが国経済の拡大のなかで果している役割はいぜん大きい( 第188表 )。とくに軽工業部門ではそうである。しかし実は,わが国産業構造のひとつの大きな問題点は,アメリカ,イギリス,西ドイツなどに比較して規模別生産性格差が著しく( 第189図 ),しかもそのなかで生産性の低い中小企業が数多く存在していることである。加えて,すでにみたように中小企業をめぐる国際環境は急速に変化の方向にむかつており,国内的には物価抑制の面からも,中小企業の生産性向上が強く要請されている。それにもかかわらず,中小企業の近代化が十分に進んでいるとはかならずしもいえない。たとえば,賃金と労働生産性の動きを中小企業と大企業とで比較してみると, 第190表 にみるように労働力不足の進行のなかで中小企業の賃金はかなり大幅に引上げられ,大企業との賃金格差の縮小は著しく進んできた。その反面,中小企業では賃金の上昇に生産性の上昇が追いつかず,しかも大企業との生産性の格差は拡大している。こうした生産性の上昇を上回る賃金の上昇は,中小企業のコスト圧迫要因としてつよく作用しているばかりでなく,中小企業の製品価格引上げの誘因として働いており,価格引上げの理由として「賃金の上昇」をあげるものが「原材料の値上がり」とともに多い( 第191表 )。
大企業にくらべて中小企業の生産性が低いことのひとつの背景には,資本装備率が低いことがあげられる。1単位の生産額当たりの労働(従業者数)と資本(有形固定資産残高)の組み合せをみると,規模が小さくなるほど資本量はすくなく,労働投入量は多くなる。近年(38~42年)におけるその変化をみると, 第192表 に示すように必要労働量は中小企業でも大企業でもほぼ同じ割合で減少しているが,中小企業では大企業ほど資本効率の向上は著しくない。今後も予想される賃金のいつそうの上昇を生産性の向上によつていかに吸収するか,ということが中小企業の大きな課題であるが,それには生産性を規定する条件のひとつである資本装備率を高めると同時に,資本効率の向上のうえからも製品の高級化,高加工度製品への指向,さらには生産設備の近代化にくらべて立ち遅れている経営管理や企業組織の面での改善を進める必要性はますます高まつている。もちろん,中小企業の近代化はこうした個別企業の対応からさらに進んで,共同化,協業化などシステム化(組織化)された中小企業への脱皮がせまられている。その萌芽的形態は協業組合やグループ化などのかたちで綿布,銑鉄鋳物,歯車,ネジなどの業種でここ数年来漸次進行しはじめ,また流通段階でも小売店のボランタリーチェーン化が進んでいる。それらは個別企業の欠陥を補い,その特性を発揮することができ,新しい中小企業の近代化のひとつの方向であろう。
また,よりいつそうの成長部門への傾斜を通じた高加工度産業への転換も必要である。「日本経済の国際的転換」の項でもみたように対先進国,対開発途上国両側面で難問をかかえつつあるわが国中小企業にとつては国際分業への適応がいつそう要請されている。もとよりこうした中小企業の近代化を進めるうえでは多くの障害があるが,労働力不足,国際化の進展など急速な環境条件の変化に対応した企業努力と適切な誘導政策の展開が必要となつている。
すでにみてきたような国際化の進展や国民の生活パターンと欲求の変貌,あるいは,労働力不足の進行といつた産業をめぐる諸条件の変化は,高福祉経済の基本としての新しい産業構造の在り方をもとめている。
それは,①狭い国土と貴重な労働力を有効に利用して,高い生産性と所得水準を確保し,②消費パターンの変貌に適切に対応し,豊かで住みよい生活内容を実現し,③適切な国際分業のもとで強い国際競争力を維持していくような産業構造である。
そのためには,まず第1に現在進行しつつある高加工度型産業構造の方向をいつそう推進し,より頭脳集約的,技術集約的なものへと創造的に発展させていくことが必要である。 第193表 は,ある産業部門に対する最終需要が,当該部門の付加価値をどのように増大させたか,また生産の加工工程を通じて他の部門にどういう影響をあたえてきたか,つまり,付加価値の産業間波及状態をみたものである。
これから①組立,建設,サービス部門での需要増大に対応して供給構造が変化し,当該部門内部での付加価値がふえているとともに,②組立建設部門では他部門の付加価値増大に寄与する度合が強まつていることがうかがわれ,全体としての産業構造の高度化に貢献しているとみられる。また産業構造の高度化にあつては,これまで以上に技術開発が重要となるが,この場合従来のような生産力拡大のみに傾斜した技術から食品添加物問題や自動車の安定性あるいは公害防止などにみられるように,よりいつそう安定性や機能性を重視しつつある社会的経済的要請に対応した技術開発が要求されよう。
第2は,生産組織ないし供給構造のシステム化である。すでにみたように,わが国のコンピュータリゼーションは活発に進みつつあり,また需要構造の変化や新産業の登場は,コンピューターのいつそうの高度利用をうながしつつある。
さらに,産業の高加工度化,生産過程における技術革新の進展,商品の多様化は,産業間の有機的結合の必要性を高めることになろう。そうした意味で,需要予測,生産,在庫,販売流通の各側面を通じて一貫性のある供給システムが望まれよう。
第3は,低生産性部門の近代化である。農業,中小企業においては,以上でみてきたようにそのための模索と努力が進もうとしている。しかし,それを阻害している要因も多く,近代化への道はきびしくけわしい。今後,国際分業への適応と各種の制度,慣行の改善,そして経営主体の自主的努力を通じて高生産性,高加工度型産業へと転換していくことが必要であり,またその過程で生じる経済的,社会的摩擦を円滑に調整していく必要がある。
経済成長の過程でわが国の産業構造は,急速に変貌し,国民の所得水準の向上に寄与してきたが,そのなかで労働力需給はしだいにひつ迫の度を強めてきた。
戦後の経済成長をささえてきた大きな要因のひとつは,諸外国にみられないほど,豊富でしかも質の高い労働力の供給があつたことである。労働力供給は主として新規学卒者の労働力化と農業などからの転換労働力によつてもたらされた。しかし,労働力の増大にもかかわらず,経済規模の拡大,産業構造の変化,需要の多様化にともなつて労働力需要は急速に増大し,30年代後半以降しだいに労働力の不足が表面化するにいたつた。とくに,近年では,①戦後のベビー・ブームの影響がピークをすぎたこと,②進学率の上昇によつて若手層の労働力率が低下してきたことなどから労働力供給は伸び悩みに転じた。こうした事情を反映して,30年代後半以降学卒を中心とした求人倍率の急上昇,充足率の低下が目だち( 第194図 ),30年代後半には主として中小企業の問題であつた労働力不足は,最近では好況の長期持続もあつて,製造業の大企業にも及ぶようになつてきた。
労働省調べ「労働経済動向調査」(44年12月)にみられるように,1,000人以上の就業者をもつ製造業の大規模事業所でも,労働力不足で生産活動に影響が生じたものが31.0%,うち遊休設備が生じたものが6.7%と,労働力の窮迫を訴えるものが多い。今後,①経済成長にともなう需要の増大,②労働時間の短縮などから労働力需要はひきつづき根強いものが予想される反面,供給面ては,①少産少死型人口構造への移行,②進学率の上昇,③労働力構成の老令化など量質両面からの変化が見込まれるなど,人手不足はいつそう進行しよう。そうした意味で,わが国は人の使い方の新しい時代の入口にあるといえよう。
しかしながら,わが国の労働力が今や絶対的な不足状態になりつつあるとみるのは,早計である。人手不足もたとえば職種別,年令別にはかなりのアンバランスがある。技術研究や技能関係職種では不足を訴える企業が多いが,他面,事務管理部門では過剰とする企業もあり,高年令層での求人倍率はかなり低い。労働生産性も国際水準よりまだかなり低い水準にある。 第195表 は,労働生産性を国際比較したものであるが,もしわが国の労働生産性が西ドイツなみになるならば,労働力は現在の半分程度でも充足できることが読みとれる。わが国では,労働力の効率的活用が十分でない分野が多いため,いわば過剰と不足と併存している状態にあるといえよう。これは,人手過剰時代に形成された労働力のぜいたくな使い方が今日でもなお尾をひいている面によるところも大きいとみられる。
こうした観点から,これらの労働力の活用にあつては,まず,基本的に労働生産性の向上が要請される。省力的技術の開発と設備の導入,労働力過剰時代に成立した人員配置の改善などが積極的に推進されなければならない。 第196図 にみるように,これまでも,労働から資本への代替が進められ,生産性向上に大きな役割を果してきた。今後,いつそうの推進をはかることが必要となろう。
その2は,労働力供給源の開拓をはかることである。たとえば高齢者や家庭婦人のなかには,適切な雇用機会に恵まれないため,その能力が十分にいかされていない層もある。このような未活用労働力の活用をはかるため,職業訓練,ジョッブ・リデザインなど雇用条件の改善および環境等の整備を行なうことがますます必要となろう。
その3は,労働力の質の向上をはかることである。そのためにはまず急速に変化する社会的技術的変化に対応して,新しい職業能力を賦与するための職業教育,職業訓練が必要である。こうした教育,訓練は,職業生活の全期間にわたつて,継続的に行なわれなければならない。
また,一般教育の充実向上を通じた人間能力の開発も大切である。教育は新しい社会,新しい技術への適応性の高い能力をつくる。 第197図 にみるように,わが国では30年代以降,進学率の高まりもあつて直接間接の教育費の伸びは大きく高まり,他方,賃金水準の上昇に対して教育水準の上昇が影響する度合は強まつている。長期的にみれば賃金は労働力の生産性の動向を反映するものであり,以上のような傾向は,教育水準の向上が生産性の上昇に果している役割を示唆しているといえよう。
その4は,労働力移動の円滑化である。労働力人口の高齢化と需給のひつ迫から,労働力移動に占める中高年齢層のウエイトはしだいに高まりつつある。( 第198表 )。この傾向は,今後いつそう強まろう。しかし,一般的にいつて,中高年労働力は,能力上,適応性に乏しく,住宅,家族構成などから地域的流動性も小さい。また,企業側も若年層よりコスト高になることもあつて相対的に求人意欲は弱い。今後の,労働力流動化対策はこうした諸問題を克服していかなければならないが,そのためには,労働者の専門能力などを重視した雇用,賃金制度の採用,地域的流動性を高めるための住宅や職業転換援護措置の拡充,求人求職など労働市場に関する情報の迅速かつ広汎な提供が必要となろう。
日本経済の長期にわたる高度成長は,国民の所得水準の著しい高まりと国際的地位の向上をもたらした。しかしながら,反面,序章「日本経済の現勢」の項でもみたように,巨大化した経済規模に対し国土面積の狭さが,急速に制約要因となつてきた。過密現象,公害,住宅難など今日国民の生活環境の大きな障害となつているもののほとんどについて,改善のための努力が立遅れたということももちろんであるがそのかなりの部分が土地問題に関連しているといつても過言ではないであろう。
第199図 面積(低・平地面積)当たり人口・資本ストックの国際比較
現在,この国土(低・平地面積)がささえている人口,資本ストックの大きさを単位面積あたりで国際比較してみると,アメリカにくらべ人口で約36倍,資本ストックで約9倍と圧倒的に高く,わが国は世界に類例をみない超高密度社会を形成しているといえる( 第199図 )。こうしたなかで,大都市の生活環境は悪化の一途をたどつている。過密と集積の状態を計量的にとらえることはむずかしいが 第200図 はかりにいくつかの指標を合成することにより東京都における両者の状態をみたものである。これにより集積の利益より過密の弊害の方が伸びが高いことがうかがわれる。また,すでにみたように公害問題も深刻の度を強めている。 第201図 は地域別に汚染因子排出量の分布をみたものであるが,近畿臨海,関東臨海,東海,山陽など,いわゆる大都市地域については可住地面積当たり汚染因子が相対的により多く排出されていることがわかる。さらに地価上昇により,都市において住宅建設等に種々のひずみが生じてきている。このように都市における住民の生活環境の劣悪化が目だち,このまま放置するならば今後の日本経済の発展にとつてそれは重大な障害になりかねないであろう。しかしながら面積の狭さを宿命論的に受けとる必要はない。このような現象が生じたひとつの大きな要因は,国土利用が地域的に偏つていることによるものである。 第202表 にみるように人口,出荷額とも地域的偏在が顕著でおる。今後,国土の有効利用をはかり高福祉経済建設のための基盤をととのえていくためには,日本列島の有機的利用を進める必要があるといえよう。以下,そのためにももつとも重要な産業立地についてくわしくみてみよう。
わが国鉱工業の地域的分布は,主として三大工業地帯とりわけ京浜,阪神両地域への著しい集中が特徴的である。最近の産業立地において,三大工業地帯のなかで,中核部よりは周辺部におおく立地する傾向がみられるが,三大工業地帯全体としては,なおかなりのウエイトを占めている。しかし,大都市圏を中心とする過密現象,公害,地価上昇等により,産業立地圏は,三大工業地帯の外縁部等を中心に広がる傾向もみられる( 第203図 )。
こうしたなかで,最近,産業立地の問題が大きくクローズアップされてきた。これは基本的には次の要因にもとづくものとみられる。
第1は,今後のわが国の工業発展に対応して莫大な工業用地の確保(新全国総合開発計画では,昭和60年の工業用地需要を30万haと40年の3倍を見込んでいる)とこれに関連する工業用水道,道路,港湾等産業関連施設の整備の必要性が高まつていることである。工業用地,用水をまず需要面からみると,生産の増大により全体として莫大な工業用地,用水を必要とするばかりでなく,工場規模そのものが,技術革新の進展を背景とした設備の巨大化によつて,年々大きくなるとともに,また異業種間の有機的連携もより密接となつていることなどから,工場当たりの工業用地,用水はきわめて大規模なものが求められるようになつた。
供給面では,ここ10数年来の,鉱工業の発展によつて工業用水源はじめ,各種の産業関連施設に比較的恵まれた工業用地は急速に希少化しつつある。このため,最近企業では工業用地生産性,工業用水生産性向上への努力が進められているが( 第204表 ),今後も,工場の立体化,高加工度産業への傾斜,原単位の向上等によつてその生産性をいつそう高めていく必要があろう。
第2は,都市化,工業化の急速な進展のなかで,都市における過密の弊害および公害問題が深刻化し集積の利益が失なわれ,住民の生活環境の悪化が問題となつてきたことである。加えて最近では都市以外の地域でも,電力などについては,公害,漁業補償等の問題によつて立地地点の確保がきわめて因難になるなど,産業立地をめぐる環境にはきびしいものがみられる。
わが国経済社会の今後の発展をはかるには,従来のような無計画な立地ではなく,総合的な国土利用計画による土地の利用区分にもとづき,次のような配慮を行ないつつ,産業構造の変化に対応し,かつ,地域住民の安全性や健康を阻害しないような産業立地が要請される。
第1は,国民経済全体の観点からの配慮である。具体的には,①全国的視野からの大規模な工業基地の開発と工業用水を含め産業関連施設の整備,②機械,金属製品,雑貨等都市型工業の内陸部での団地化の推進,③繊維,機械部品等労働集約型産業の農村地域への立地,④近年海外立地が活発に行なわれている石油,鉱物,木材等の資源立地型産業,繊維,機械部品等の労働集約型産業等のいつそうの海外進出の促進などである。
第2は,国土や国民の環境保全の立場からの配慮である。公害防止のための排出基準の強化,防止技術の開発,共同処理施設の設置等の措置を積極的に推進するとともに,大都市への産業,人口の過度集中が諸弊害の主因であることにかんがみ,大都市地域に立地することが不適当な工場等を他地域に分散させねばならない。また,これからは,農地の非農業用途への転換を進めなければならないが,それにともなつて農地の荒廃を防ぎ,水利用の適切な調整をはかつていくことが重要である。もちろん農業上の利用を中心とする地域については,密度の高い土地利用が可能となるような条件整備も必要であろう。
高福祉経済を実現していく過程で金融と財政は大きな役割をになう。金融機関を通じる自由な資金の流れは経済の変貌や国民の生活欲求の変化にダイナミックに応え,高福祉経済の基盤を形成していくうえで大きな役割を果す。また財政政策はより意欲的に高福祉経済を実現していくための重要な政策手段となる。
金融機構を通ずる資金の流れが高福祉経済の実現に役立つためには,①民間金融機関を通ずる資金の流れを,基本的には,適切に機能する自由市場のメカニズムにまかせることになつて,産業発展の変化や国民生活水準の上昇のもとで多様化する資金需要に弾力的にこたえていくことと,②自由な市場メカニズムのなかではみたされないおそれがあり,しかも国民経済的に必要とみられる分野には,必要な資金が確保されるよう,金融制度,政策金融のあり方に不断の検討をかさねていくことが必要である。
最近の民間金融機関を通ずる資金の流れのなかでもつとも特徴的なことは,規模別には大企業より中小企業,業種別には,電力,鉄鋼,化学などよりサービス,建設,不動産に資金が流れやすくなつていること,さらに家計にも住宅ローンや消費者信用などの拡大により資金がしだいに流れるようになつていることなどである。こうした変化は民間金融機関による資金配分が経済の変貌や国民の欲求の変化にある程度対応してきたことを示すものである。
以下ではこうした変化の背景について検討してみよう。
資金の流れを変えた第1の背景として,金融機関の間の預金吸収力の格差があげられる。30年代を通じ中小企業金融機関,なかでも信用金庫は高い預金吸収力を示し,中小企業への資金の流れを容易にする役割を果した。都市銀行と信用金庫の預金平残増加率(43年下期/34年下期)を比較するとり前者は3.5倍,後者は7.3倍と大きな差がある。こうした預金吸収力の格差をもたらした理由は何だろうか。
まず,考えられるのは店舗数の増加率の違いである。同じ期間に都市銀行店舗は1.2倍になつているのに対し信用金庫は1.4倍となつている。しかし,注目されるのは預金増加率の格差が店舗増加率の格差をはるかに上回つており,1店舗当たりの預金増加率が信用金庫できわめて高い点である(34~43年で都市銀行3.3倍,信用金庫5.2倍)。
1店舖当たり預金吸収力の格差の生じる要因として,店舗配置の地域的構成が考えられる。しかし都市銀行は 第205表 にみるように一般預金の増加率の高い関東,東京,近畿,東海地方に重点的に店舗を配置し,しかも近年これら地域の店舗の比率を増加させるなど,むしろ支店配置の面では都市銀行の方がより有利な条件を占めつつある。
取引先企業の現預金の伸びも預金吸収力に格差をもたらす要因になろう。後に述べるように中小企業,中堅企業の現預金の伸びは大企業に比べて総じて高く,中小企業金融機関の成長をささえたとみられる。しかし,それは預金吸収力に格段の差が生ずるほどの要因とはいえない。
金融機関の預金吸収力に格差が生じた主要な原因はこうした制度面,行政面,取引先構成の違いなどによるよりは,金融機関の行動様式の違いとそれに対応した預金者の金融機関選択の結果であつたといえる。すなわち,信用金庫は地域社会に密着しながら若干高い預金利率に集金業務その他のサービスを加え,人件費コストを中心に高い資金コストを払いつつ預金吸収に努めてきた( 第206表 )。とくに1人当たり人件費がこれら金融機関では都市銀行に比べ相当低いこともあわせ考えると,預金量当たりでみると多量の労働力を投入し強力な預金活動を行なつてきたことがわかる。このように預金吸収面での高い資金コストは中小企業金融機関の預金吸収力の最大の根源であつたが,そうした行動が可能であつた原因のひとつは,資金運用面て実質貸出金利の高い貸出を行なつてきたことにあると考えられる。これと対照的に都市銀行は概して比較的低金利の貸出を行つてきており,預金コストにはおのずから限界があり,高コストの預金吸収にもある程度限界があつたといえよう。
中小企業金融機関の資金コストの高さはこれら金融機関の効率の低さを反映した面もあり,今後とも効率の向上に努めていく必要があることを示している。しかし,集金などのサービスのかたちで預金者に還元されているものも多く,これが預金吸収力として働いたといえる。このように金融機関サービスの還元がその預金吸収力に大きな影響を与えてきたことから,近年都市銀行等においても各種料金の自動振替などサービスの強化をはかる動きが目だつている。
第2に,資金の流れをかえたもうひとつの理由として,金融機関が全体として収益性を重視する資金運用態度になつてきたことがあげられる。
都市銀行の資金運用についてみると,系列大企業に対する貸出比率はかなり低下している。たとえば,都市銀行5行について融資順位第1位の企業のうち上位30社に対する融資率(融資額/総貸出)は36年上期の18.4%から43年下期には15.6%低下している。また融資順位第1位および第2位の企業に対しては同じく23.3%から19.8%と低下している。都市銀行等におけるこうした変化は収益マインドの高まりのなかで,従来の系列大企業からしだいに貸出先を多様化していつた結果と考えられる。
企業の支払金利や,企業の収益性,将来性などに規模間,業種間の格差があることも資金の流れに難易が生じる要因のひとつとしてあげられる。
規模別にみると,中小企業,中堅企業は大企業に比べて支払い金利が高い( 第207表 )。さらに預金の歩留り率(預金/借入金)も高いことを考慮すると,実質的な支払金利はきわめて高いと推定される。また,これらの企業は,高い利益の成長を実現しているものが多く,貸出先としての信用度はしだいに向上している。
つぎに業種別にみると卸小売業,サービス業,建設業,輸送用機械,不動産などで借入金の伸びが全産業平均を上回つている( 第208表 )。これらの業種では,預金歩留り,支払利子率が総じて高く,しかも利益の高い伸びが同時に実現している。
このような金利格差,歩留り格差は必ずしもそのまま中小企業向け貸出の有利性を意味するものではない。貸出単位の相違による経費の違いや貸出債権の安全性の違いもあるからである。しかし,金融機関の収益マインドが高まり,中小企業の体質も強化される過程で,こうした格差や企業の成長性,将来性の違いが金融機関にとつて重要となり,金融機関はしだいにこうした中小企業向け貸出に積極的になつていつたものと思われる。
今後金融面では公社債市場を含め,金融市場全般にたえざる改善を重ねていく必要がある。そのひとつは以上のべたような金融のメカニズムの変化のうえに立つて,民間金融が,全体として市場原理にそつて機能するような環境をととのえることである。まず資金需要側についていえば,資金の必要性に応じて支払金利を調整をすることは当然であろうし,また資金需要を一部金融機関に集中せず分散化していくことも必要であろう。市場原理の面で遅れのみられる公社債市場にも金利メカニズムが重視されてこなければならない。公社債発行条件を市場の実勢に近づけていくことは健全な公社債市場の発展の大きな要因となり,資本市場が貸付資本市場と相互に補完しあうことによつて企業の資金調達にも新しい側面を開くことになろう。また,預金市場における競争にも,現在ではさきにみたように各種サービスの無料提供といつた金利以外の競争によるところが多いが,これは受益と負担の間のアンバランスを生む場合もある。預金面においても基本的には金利や手数料など価格メカニズムの役割を回復していくことが大切であろう。こうした金利メカニズムに加え経営面での競争原理の役割を高めることによつて,金融機関の効率化を促進し金融媒介費用( 付表24 参照)を圧縮し,金利水準の上昇を防ぎつつ,経済全体としての効率化を実現していくことが可能となろう。これらに関して,45年春に行なわれた公社債発行条件の改定や預金金利の引上げは市場メカニズムの回復がさらに進められたものとして評価できよう。
しかし,市場メカニズムがすべてでないことは言うまでもない。現実の民間金融市場においては自由な競争が行なわれにくい場合があるし,また自由な競争が国民的な要請をすべて満たしてくれるものと期待することは難かしいかもしれない。したがつて国民経済的に必要とみられる分野には必要な資金が流れるよう民間金融制度のあり方,政策金融のあり方を検討していかなければならない。
政策金融は国民経済的に必要とされる分野に補完的かつ目的に応じた資金ルートを確保していく政策手段である。政策金融の現状についてみると( 第209図 ),30年代以降輸出入金融,地域開発金融,中小企業金融は平均伸び率を上回る伸びをしており,これらの分野に重点的に資金が供給されてきたことがわかる。そして輸出金融や中小企業金融を中心とする政策金融は,わが国国際競争力の強化や中小企業の成長に大きな役割を果してきている。また一方では,物価安定の必要性,社会開発の促進など高福祉経済実現のための新たな要請も大きくなつており,政策金融をめぐる環境は変化しつつある。
他面,政策金融のもつ国民経済的な負担も決して軽視してはならない。現在,政府関係金融機関の貸出残高は6兆円を上回ており,市場金利との格差を考えれば全体としてかなりの金利優遇になつているといえる( 第210表 )。これはなんらかの形で,国民全体の負担となつていると考えることができる。
政策金融は高福祉社会を建設していく上で大きな役割を果たすものであるが,以上のような点を考え,今後ともたえざる見直しをはかつていくとともに,市場原理では充分資金が確保できない分野に限定していく態度が必要であろう。
高福祉社会を建設していくためには財政による政策的な資源の再配分が必要となる。戦後20年間,経済成長に貢献するところの大きかつた財政も,今後は成長の成果を国民福祉のためによりいつそう重点的に配分していくことが必要となつている。こうした観点から欧米諸国との比較を試みながら新しい時代における財政の役割を考えてみよう。
わが国の財政支出(中央,地方)構造をアメリカ,イギリスのそれと比べると次のような特色がみられる( 第211表 )。
まず,財政規模全体の国民総支出に対する比率では日本は最も低い,これは防衛費の違いによるところが大きく,これを除くとアメリカよりは高い。この内容を機能別(分類については 第211表備考 参照)にみると,①経済サービスでは,イギリスを若干下回るが,アメリカよりはるかに高く,なかでも農林水産にかなり高い支出が行なわれていること,②道路など国土開発の比重が高い反面,教育サービス,社会サービスの比重が低いこと,③時系列的にみると,アメリカ,イギリスで拡大している教育サービスや一般サービスの比重がわが国で縮小していることなどがうかがわれる。また,経済性質別には,資本形成の割合が高く,かつそのウエイトも上昇している反面,社会保障などを含めた移転的支出のウエイトは低いのが特徴的である。
もちろん,こうした国際比較には,国情のちがい,発展段階や国民の負担の程度の差があり,いちがいにはいえないが,以上を概括していえば,アメリカ,イギリスにくらべ,わが国では農林水産や道路建設など経済活動に関連の深いものの比重が高く,逆に,教育サービス,社会サービスなどの支出は,財政規模の過大な拡大を抑制しなければならないこともあつて,相対的に圧縮されがちであつたといえよう。
しかし,今後は国民生活に関連の深い分野の充実がいつそう望まれる。生活関連社会資本に重点をおいた公共投資と,国民福祉の基礎的部分を充実していくための社会保障の拡充により以上に努力していかねばならない。
財政の資源配分機能を高めていくためには,財政支出の量的拡大だけではなく,支出の効率化をはかつていく必要がある。
支出の効率化をすすめていくためには,既定経費の洗い直しを進めて財政の硬直化打開を進める一方,従来の社会資本や社会保障の充実の方法についても新しい考え方をとりいれることも適当と思われる。
第1は,長期的な視野に立つた財政運営の必要性である。今後財政に対する需要はますます強まると考えられるが,財政支出の安易な膨張は財政の硬直化を招き,需要圧力の強い状態の下では経済の安定的成長を阻害する。とくに今後,充実を必要とされている社会資本投資について長期的視野にたつた計画性が強調されなければならない。従来,わが国の公共事業は各事業の量的拡大を重視した形で行なわれることが多かつた。これは,各種の社会資本にいつて強い立遅れ意識があつたことや,各種公共事業の国民経済的優先順位を考慮することが困難であつたためともみられる。今後は,PPBS等の科学的分析手法を用いて,各種の公共事業計画の国民経済的優先度を明らかにする努力をはらいつつ,重点的システム的に実施していくことが必要である。
第2に,社会資本充実のため,可能な分野に民間資本を導入していくことである。
従来,社会資本の整備は公共投資を中心に行なわれてきており,民間企業の社会資本整備への参加は十分ではなかつた。しかし,前年度本報告でもみたように,交通関連社会資本(大型船岸壁,トラックターミナルなど)の分野では民間企業による整備がすすめられているほか宅地開発,都市再開発,流通施設などの整備にも民間企業は着実な実績を示し始めている。今後,急速に膨張が予想される社会資本需要に応えるため,収益性を確保しうる分野については民間事業主体の効率的活動を促進する環境をととのえていかなければならない。
第3に,政府が提供するサービス購入するサービスについても,ある程度価格メカニズムを活用していくことが必要である。公共財は原則的には価格メカニズムに依存できないため,政府部門の責任において供給されるものであり,とくに国民生活の根幹をなす基礎的な部分についての政府の供給責任は大きい。しかし,経済の成長,国民生活の向上にともない,社会資本の種類によつては,価格メカニズムをある程度併用した方が資源の最適配分をもたらす面もある。たとえば高級な社会資本であるにもかかわらず利用料金が極度に低い場合は,社会資本の過度の利用と不足感が生じ,その混雑を回避するためにさらに投資が必要となり,資源の最適配分がそこなわれることもある。応益負担制度はそうした事態をさけ,社会資本需給に市場原理の働きを併用させるための手段である。
まず,各種の公共料金は,40年以降コストの動きを反映する度合が強まつてきている(第2章第1節「物価問題の所在とその要因」参照)。しかし公共料金のなかには高級な社会資本であり,収益力が強いにもかかわらず原価主義を採用しているものやコストを十分カバーしてないものがみられる,これらについても,物価安定の原則に立ちつつ,応益負担の考え方を取り入れていく必要があろう。
つぎに,社会資本建設の財源をみると( 第212表 ),公共事業関係費のなかで,財政投融資等の資金の割合が30代以降上昇してきている。財政投融資等の資金による投資は,料金,利用料などによる償還が可能な分野に限定されていることを考えると,公共投資のなかで,応益負担の原則が働いているものの比重が高まつてきていることを示すものといえる。
また,いくつかの社会資本種類別に応益負担的財源を試算してみると,社会資本の種類,性格によつて負担に高低があるのはある程度当然であるが,公共下水道,港湾,農業基盤については,応益的な財源の比率は低い反面,道路,空港,電信,電話などでは比較的応益負担的財源の比率が高い。
こうした応益負担の原則の活用は,公害問題など外部不経済の解決に際しても役立つであろう。経済の発展段階に応して,要求される社会資本の内容は変化するであろうし,とりわけ,公害問題の防止と解決にあたつても,社会資本の果す役割は大きいであろう。しかし,それにともなつて社会的コストに対する認識をいつそう深めていくような負担の体系を考慮していくことも必要である。生産規模の拡大,都市における集積の利益,モータリゼーションの進展などによるメリットの享受は,他方で相応した資源配分の新しいあり方を要請するであろう。
高福祉経済を実現するため,財政支出の役割は高まり,それにともなつて租税などによる国民の負担もある程度高まらざるをえない。わが国の租税負担率は,所得水準との関係でみると先進国に比べむしろ低い方に属している( 第213図の① )が,国民はその税負担については常に高いと感じているのが現状である。これは,①個人の租税負担は直接金額で表示されるが,受益の程度は,金額的に明確でないところから,個人の負担と受益の対応にはアンバランス感があること,②わが国の税制における直接税の比重が,アメリカに次いで高く,しかも高い経済成長にともない所得税の累進構造が働いて相対的に重税感が高まる結果となつていること,③租税特別措置などのために税の不公平感がとること,④源泉徴収による給与所得納税者は申告納税者に比べて不平等感をもちがちであることなどのためであろう。
このうち租税特別措置についてみるとこれによる減収額は3,226億円(44年度)でありその国税総額に占める割合はこのところ低下しているものの,なお5.6%(39年度7.4%)におよんでいる。特別措置の改廃は徐々に進みつつあるものの,今後とも政策目的の合理性の検討と効果の判定を厳格に行ないつつ負担の公平化をはかつていく必要がある。
また,間接税についてみるとわが国の間接税の租税負担に対する比率は西欧諸国と比べて低くなつている( 第213図の② )。間接税を今後いかなる方向にもつていくかは,今後の財政事情にもよるが,国民の負担感が少ないという利点と,物価の上昇を招きやすく,課税対象の選び方によつては逆進的になりやすいという欠点の間のバランスを十分配慮して慎重な検討を重ねていく必要があろう。