昭和45年
年次経済報告
日本経済の新しい次元
昭和45年7月17日
経済企画庁
第2部 日本経済の新しい次元
第1章 日本経済の国際的転換
戦後の世界貿易は,自由な国際交流を前提とした国際分業体制の推進の中で拡大をつづけてきた。
そのような過程にあつて,わが国はどのように対応してきたであろうか。わが国と諸外国との貿易を通じての結びつきをみたのが 第108表 である。これでみるとわが国は,アメリカ,東南アジア,オーストラリアとの結びつきが強く,概してヨーロッパ諸国との結びつきが弱いことがわかる。
とくに東南アジア諸国との関係においては,わが国は相互の輸出入構造から予想される補完度に対して,輸出面で著しい超過傾向を示しており,他方,輸入面における相互の補完度は大きい。国際分業は相互の国の輸出入構造がうまく補い合つている場合に,お互いが最も大きな利益を享受し合えるわけで,この意味で,今後東南アジア諸国からの輸入を伸ばしていくことが望まれる。
次に先進諸国との関係については,同種商品間での分業すなわち水平分業での利益が大きい。 第109表 にみるように,欧米先進国の間ではこの種の分業が盛んであるが,わが国と先進諸国との間の水平分業はなお低水準である。これは,輸出面で対日差別が行なわれたり自主規制が要請されるなどの摩擦現象によるところもあるが,先にみたように,わが国の貿易が輸出にくらべ輸入面で立遅れていることによるところが大きい。
以上みてきたように,今後わが国が国際分業を推進してゆくためには,まず輸入自由化を積極的に行なつていくことが必要である。自由化や関税等が輸入に与える影響を定量的に測定することにはいくつかの困難をともなうが,過去における自由化等の影響をかりに試算してみると 第110図 のとおりである。これによると,昭和35年から44年までの輸入増加のうち約6%程度は36年以降の自由化促進による効果とみられる。
ただし,従来の輸入自由化の中心をなした原材料については,自由化前から輸入割当枠がかなり潤沢であつたことや,輸入原材料のうち綿花,羊毛,生ゴムなどは国産合成原料による代替効果が少なからず働いていたことも考慮する必要があり,今後の輸入自由化の促進効果は従来よりも大きくなるであろうとみられる。
なお,この間国民経済的にみた関税負担(関税収入総額/輸入総額)は,経済成長や輸入自由化の進展にともなう輸入構成の変化等の要因もあり,増加する傾向にあつた。
しかし,関税率体系としては石油関税等の引上げが行なわれたほかは,ケネディ・ラウンドによる関税の一括引下げをはじめ,毎年政策的な関税の引下げが行なわれており,最近ては,この国民経済的な関税負担はしだいに低下しつつある。
ところで,輸入自由化の積極的推進は関税率の引下げをともなえばいつそう実効的である。わが国の関税構造は, 第111図 にみるように,産業別にみると農業,製造業で高く,製造業では軽工業品とくに食料品,皮革製品,衣料品,皮革製品,衣料品,家具製品など概して生産性の低い業種で高いという特色をもつており,これが国民生活に与える影響は少なくない。
また,生産段階別にみると原料では低いが,中間財,完成財と加工度が高まるにつれて関税率が高くなつている。このことは,完成財においては製品価格を国際価格より関税分だけ高くすることができ,しかも原料関税が低いため安く原料を調達できるという保護が与えられていることを意味している。現在,関税率の引下げは,ケネデイ・ラウンドを中心に段階的に推進されつつあるが,関税率の引下げは各国の相互主義的な引下げにとどまるのではなく,わが国が国際分業の推進のなかで産業構造を高度化し,それにより国民生活の発展を促進するという主体的な立場から,さらに積極化させていく必要があろう。
わが国経済成長にともない,鉄鉱石,原料炭,非鉄金属,石油などの原燃材料の需要は,年々著しい伸びを示している。とくに重化学工業化の過程がこれに拍車をかけ,多くの原材料需要では,経済成長を上回る増勢がみられた。それにともない,わが国の主要資源物資需要の世界に占めるウエイトも,拡大の一途をたどり,1968年には銅,亜鉛それぞれ14.5%,ニッケル12.9%,粗銅15.8%,アルミニウム9.6%,石油8.5%といずれもアメリカに次いで自由世界第2位となつている( 第112表 )。
一方,わが国の国内産出資源は,その規模がきわめて小さいために,急増する資源需要に対応するためにはいきおい輸入に依存せざるをえず,その結果 第113表 に示すように,主要資源の海外依存度は著しく高いものとなつている。
しかしながら,ばく大な量の資源輸入には量的な面での各種の制約があるのみならず,中東動乱期にみられたようなリスクや国際資本による独占的供給体制にともなう弊害なども多く,このため,新たな視野に立つて,資源問題を再検討すべき時期にきているといえよう。そのためには,資源ごとにその特殊性や環境条件を総合的かつきめ細かく検討しなければならないが,基本的には経済ベースにのつた国内資源の開発,輸入先の分散などを図るとともに,より積極的に海外資源の自主開発を推進してゆく姿勢が必要となろう。
海外資源の開発は 第114表 に示すように現在すでに開始されているがこれには,巨額の投資の必要性,開発期間の長さ,開発リスクの大きさなど困難な問題も多い。しかしながらわが国にとつて,資源をわが国の主体性にもとづいて安定供給できる自主開発資源をもつことは,欧米の独占的資源企業に対するバーゲニング・パワーともなりうるなどの大きな利益が期待される。
さらに,開発途上国に対しても,経済協力,技術協力を資源開発を通じてより効果的に行なうことができよう。
また,その国も資源輸出を通じて外貨が蓄積され,これによりその発展段階に応じた工業化推進が容易になるなどのメリットを与えることになろう。
以上のように,海外資源開発を通じて世界資源の有効利用をはかるとともに開発途上国の発展にも積極的に寄与してゆくことが,わが国にとつて今後ますます大きな課題となってくるであろうし,それはわが国の利益にもなろう。
わが国の対外直接投資に占める製造業の割合は,昭和43年度末累計額で30.2%,鉱業の30.7%とほぼ同じ比率に達している。しかしながら,製造業の対外直接投資は,概して規模も小さく,また輸出増加を目的としたものが大部分を占めている。
また業種別にみると,鉄,非鉄金属,木材など資源開発輸入のための投資のウエイトが大きい。しかし一方では, 第115図 にみるように電機,繊維など労働集約的な業種の一部では開発途上国の安価で豊富な労働力を活用し,製品を第3国または日本に輸出するといつた新しい形態の投資が増加しており,これらは開発途上国の現状に適合して,その工業力水準をも向上させることになつている。
反面,開発途上国においては,政治経済情勢,工業発展段階,比較生産費構造の違いなど投資の実行にあたつては慎重に検討を要する問題も多い。
今後わが国が海外直接投資を推進してゆくにあたつては,とくにこれら開発途上国における情勢を十分考慮するとともに,その国の工業水準を高め共存共栄しうるような方向でなければならない。このためには,貿易における垂直分業の促進,経済援助の推進などの動きと調和させながら海外投資を長期的な観点に立つて継続的に行なつてゆく必要があろう。
わが国は,輸出の43.3%,輸入の40.6%(いずれも1968年)を開発途上国に依存しており,この比重は主要先進国中もつとも高い。このことはわが国が開発途上国の経済建設に積極的に寄与してゆくことが,両者にとつて大きな利益となりうることを示している。経済援助は,世界のあらゆる人的能力,物的資源を可能な限り高度に活用していくことをめざすものであり,それは,人類の福祉を世界的観点から高めていくことにもなる。それゆえ経済援助の促進は,世界経済との相互関係をますます強めていくわが国に課された大きな使命でもあり,さらに,そのことが結局世界経済の繁栄を通じてわが国自身の利益にもつながるものである。わが国経済の規模拡大にともなつて,そのような共存共栄の必要性は今後一層大きなものとなつてくるであろうし,また貿易収支の黒字増大により,援助のための環境は整えられつつある。こうした背景から政府は本年5月,対GNP1%目標を1975年に達成すべく努力することとした。また,政府開発援助についても財政力に配意しつつ,そのGNPに対する比率を高めるよう努力することとしている。
今後,わが国が経済援助をさらに充実していくに当つての課題は,第1にその量的な拡大である。わが国の経済援助総額は着実な増大を示し, 第116表 でみるように現在アメリカ,西ドイツ,フランスにつぐ水準に達している。しかし,GNPに対する援助の割合は1969年に0.76%で上記の目標を達成するには従来以上の努力が必要であるが,民間のイニシアティブに依存する分野も大きく,開発途上国の受入体制にも左右されるところが少なくない。
第2の課題は,内容の充実とりわけ政府開発援助の比重の増大と援助条件の緩和である。わが国の政府開発援助の内容をみると 第117図 のとおりで,とくに技術援助の割合がきわめて低いことが目立つ。政府開発援助は開発途上国の緊急の需要または社会資本など基礎的な分野に効率的にこたえるものであり,それが開発途上国に果たす役割はきわめて大きい。
さらに援助条件については,近年緩和の方向にすすみつつあるが,1965年のDAC勧告の目標を達成していくためには,比較的条件の緩やかな政府開発援助の充実への努力が必要である。
第3の課題は,援助の効率化である。これまで先進国から開発途上国に対し多額の援助がなされてきたが,なかには受入国の開発目標との関連からみて効率性に欠けるものもみられる。援助の効率性を高めていくためには,受入国側における自助努力,援助受入環境の整備が前提になることはもちろんであるが,供与国側においても適切な援助方針のもとに開発途上国の実情にそつたプロジエクトの選定などに配慮をする必要があろう。
援助の効率性という観点から民間ベース援助の重要性は大きい。他方,経済成長の基盤となる社会資本関連施設の不足している国については,政府開発援助に期待されるところが大きい。また,二国間援助方式は,歴史的,文化的,地域的に深い結びつきのある諸国に対して集中的に援助を行なうことができるという利点があり,多国間援助は原則としてアンタイド・エイド(資材またはサービスの調達先を供与国に限定しない援助)であり,国際的判断のもとで貸付対象を幅広い視野から選択できるという利点があるが,そうした意味から,今後わが国は資金協力と技術協力,政府ベースと民間ベース,二国間援助と多国間援助とを有機的に組合わせて効率の高い援助の推進を図ることが必要てある。