昭和45年

年次経済報告

日本経済の新しい次元

昭和45年7月17日

経済企画庁


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第2部 日本経済の新しい次元

第1章 日本経済の国際的転換

4. 国際収支黒字の意味するもの

わが国の国際収支は,急速な経済成長とともにその構造を変化させながら,貿易収支で黒字を増大し資本収支で流出超過を示すというパターンへと移行してきた。こうした変化は, 第106図 にみるとおり,先進国の国際収支構造の変化方向と軌を一にしている。

最近のわが国の国際収支パターンは貿易収支の大幅黒字,貿易外収支の大幅赤字という点で主要先進国のなかでは,概して西ドイツと似通つている( 第107図 )。しかし,西ドイツと比べれば,わが国国際収支に反映された対外経済活動の規模は大きな違いをもつており,たとえば,輸出(国民所得ベース)の国民総生産に対する比率は,西ドイツが23.7%(1968年)であるのに対し,わが国では9.5%(1969年)であり,また,海外経常余剰の国民総生産に対する割合も西ドイツの3%程度に対し,わが国では1.4%(1969年)にとどまつている。さらに,外貨準備高の差も大きく,1969年末時点で西ドイツは7,129百万ドルであるが,わが国は3,496百万ドルと半分程度である。これに加えて西ドイツは民間の自由な外貨保有を認めており,この民間の手持外貨も考慮すればその差はいつそう大きくなるものと思われる。

以上のように,わが国と西ドイツでは海外経常余剰の国民総生産に対する比率や外貨保有の規模においてかなりの差異がみられるほか,わが国の場合,現在の国際収支黒字がそのままわが国の対外的な実力を示す総合指標たりえないという面が多分にみられる。

現在の国際収支黒字は,基本的にはわが国経済力を反映した面が多いとみられるものの,輸出活動に比べてその他の対外経済活動が立ちおくれているために黒字幅が大きく増幅されてきた面も多い。これが,一方における,わが国産業の著しい傾斜構造によつて加速化された高生産性部門商品の輸出の増大と,低生産性部門商品の輸入の伸び悩みとがあいまつて,いわば実力以上の黒字を生み出す要因となつている。

近年のわが国の国際収支の実績にかんがみつつ,今後世界のなかで円滑な発展をはかるための,現状における主要な問題はおおよそ次の通りであろう。

第1は輸入制限の問題である。わが国は残存輸入制限の撤廃に努力を払いつつあり,この約1年間に制限品目数は120から98に減少し,また明年までに60に縮小することが決定されている。輸入制限の緩和,撤廃は国際収支の余裕を国民生活の安定のために活用していくのに有意義であるばかりでなく,近年とかく高まりがちな他国の保護主義的な動きを緩和し,世界と日本貿易の自由な発展を堅持していくとの観点からもきわめて重要である。

第2に,資本面についてみると貿易規模に比べて資本の流出規模が小さいことである。また,その内容もさきにみたようにわが国長期資本支払額のうち約56%と過半数が輸出に関連した延払い信用である。その反面,直接投資は約22%(いずれも1961~68年平均)と低水準である。これらのことがわが国の国際収支黒字を大きくする効果を少なからずともなつているとみられる。

第3に,経済援助についての相対的な立遅れが,わが国の国際収支黒字を高水準に保つている面もみられる。わが国の援助総額は,1968年にはアメリカ,西ドイツ,フランスにつぐ水準に達しているが,国民総生産に占める援助の比率は西ドイツの1.26%,フランスの1.24%に比べて,なお0.74%(1969年には0.76%)と小さい。今後,わが国が経済援助を高めていくにあたつて,これが国際収支面に少なからぬ影響を与えることも予想される。

以上みてきたように,輸出に比べてその他の対外経済活動が立遅れていることが,国際収支黒字を増大させる影響を与えている。その上,輸出についてもこのような点がなくはない。わが国は,比較優位の原則に立つて,その輸出を伸長させてきたが,その一面では輸出促進的な産業・金融政策の効果もあつたものと考えられる。

要するに,わが国国際収支構造にみられる対外経済活動が非整合的で,日本経済の総体的な国際化がいまだ不十分なことが,「保護された円」という性格をもたらしている。しかしながら,国際収支の黒字や外貨準備高のふえ方があまりに急速である場合には,それが第2章でも述べるような通貨供給上の過剰流動性をもたらしがちであり,いわゆる輸入されたインフレが国内物価に大きな影響を与えることも懸念しなければならない。日本経済は西ドイツ型の輸入インフレに悩む経済とはかなり異なつているとはいえ,この面からも年々の国際収支黒字や外貨準備の増加テンポは適度であることが望まれる。

長期繁栄のなかで培われた国際収支の余裕を積極的に経済構造の転換,物価安定と国民る生活の充実,さらには世界経済の調和的繁栄に積極的に役立てていくことが,国際的次元での新たな発展を志向するわが国の努力目標となろう。そのための諸課題について以下に考察しよう。


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