昭和45年
年次経済報告
日本経済の新しい次元
昭和45年7月17日
経済企画庁
第1部 昭和44年度の景気動向
第2章 長期繁栄の迎えた試練
鉱工業生産・出荷は,おう盛な需要にささえられて,根強い増勢をつづけた。
生産は44年1~3月期の一時的鈍化の後,4~6月期以降各業種とも急速な拡大に転じ,前期比で4~6月期63%増,7~9月期4.2%増,10~12月期4.8%増と急上昇した。45年に入つて1~3月期には一般機械など設備投資関連財の大幅増があつたものの,輸出鈍化による需要の停滞から家庭電気製品が鈍化したことや,自動車損害賠償責任保険料率の引上げ,モデルチェンジなどの影響で乗用車等耐久消費財の伸びが鈍化したこと,また,鉄鋼に能力不足が生じたことなどにより前期比3.2%増とやや低い伸びとなつたが,44年度全体では鉄鋼,一般機械,電気機械などを中心に前年度比17.7%増と43年度(17.2%増)を上回る高い伸びとなつた。また出荷も18.1%増(43年度15.9%増)の高い伸びであつた。
生産の動きについて,今回の景気上昇過程を岩戸景気時と比較すると,次のような特徴がみられる。
第1は,今回の景気上昇過程においては,生産の伸び(年率)は17.4%で,岩戸景気時の21.1%には及ばないものの,長期にわたつてかなり高い伸びを持続してきたことである。第2は,生産活動の産業間波及過程がちがうことである。岩戸景気時には,まず,白黒テレビを中心とした家庭電気製品など耐久消費財の生産が急増し,つづいてこうした耐久消費財生産の拡大と生産面での技術革新から鉄鋼や機械などの生産財,資本財の生産が誘発された。そして,生産増大に対応して供給力をふやすため設備投資が大きく盛りあがり,いわゆる「投資が投資を呼ぶ」かたちで景気は自己増殖的に上昇した。今回は,カラーテレビ,乗用車などの新しい耐久消費財需要の高まり,設備投資,住宅投資,輸出の堅調を背景に耐久消費財,生産財,資本財がむしろ同時的に盛りあがり,以後それらの伸びは大きく変ることなく拡大をつづけてきた( 第37図 )。第3に,このような結果,生産増加に対する最終需要別寄与率を比較すると,輸出,住宅投資の比重が大きく高まつた反面,在庫投資は大幅に低下し,設備投資も若干低下するなど,生産増加要因は岩戸景気時に比べ多様化した( 第38表 )。
こうした生産拡大のなかで,需給関係は一貫してひつ迫状態をつづけた( 第39図 )。すなわち,鉱工業の需給ギャップは,今回の景気上昇過程で急速に縮小に向かい,44年初一時鈍化気味となつたものの,ふたたび縮小した。そしてそれ以後最近にいたるまで,きわめてひつ迫気味に推移し,現在は32年以来の低水準となつている。
結論的にいえば,こうした需給のひつ迫は,供給能力がかなりのテンポで拡大してきたにもかかわらず,さらにそれを上回る高い需要の伸びが長期間にわたつて持続したことによるものといえよう。生産能力を規定する資本ストックと労働力のふたつの側面からみると,まず,資本ストックについては,①設備投資が需要の高成長と労働代替投資の活発化によつて,41年以降4年にわたつて20%を上回る高い伸びをつづけたこと,②除却比率も最近は比較的安定的な動き(資本ストックに対し約3.5%)を示していることなどから,資本ストックは41年以降伸びを高め,最近では年率16%程度の伸びとなつている。次に,労働力は,雇用者数が労働力不足を背景に30年代後半以降きわめて低い伸びとなり(30年代平均8.2%増に対し,40年代3.4%増),また労働時間も低下傾向にあるため(30年代年平均0.2%減に対し40年代0.5%減),労働力の生産能力に対する寄与は小さいものであつた。しかし,供給能力全体としてみれば,こうした労働力の伸びの鈍化にもかかわらず,資本ストックの高い伸びを反映して,年々15~16%ほどの増勢を示してきた。
以上のような生産活動と供給力増加の関係からみて,長期間にわたつておう盛な設備投資がつづいているにもかかわらず需給バランスがいつそうひつ迫したのは,需要が設備投資,輸出,個人消費等を中心に大幅な拡大をつづけていること,とくに拡大のスピードの速さだけではなく,その期間が長いことが影響している。
このような需給ひつ迫は,最近では電力需給の面にもあらわれつつある。電力需要は,ここ数年来の活発な産業活動による鉱工業生産用需要や冷暖房装置の普及やレジャー消費の活発化にともなう事務用・サービス用需要,さらに加えて新耐久消費財の普及にともなう家庭用需要の増大から44年度は14.4%増(43年度10.9%増)の高い伸びを示した( 第40図 )。一方このような長期にわたる需要の増大に供給力が対応できず,その結果,電力需給はひつ迫基調を強め,46年度から47年度にかけて供給力予備率がきわめて低下するものと見込まれている。電源開発は,公害問題の深刻化,地価上昇,漁業補償等による用地確保難などからますます困難の色を濃くしている。
米価据置きという環境の下で進められた44年度の農業生産は,天候不順もあつて6年ぶりに前年度比3.3%減となつた。しかも,その内容は非常にアンバランスで農産物によつて不足と過剰という対照的な姿を示した( 第41図 )。
第1に特徴的なことは,米過剰の累積である。米の生産量は約1,400万トンと前年より若干減産となつたものの,いぜん1,200万トン程度と想定される国内需要量を大幅に上回つた。この結果,政府の古米在庫はいつそう累積し現状のまま推移すれば45年10月末までに約800万トンに達するものと見込まれ,米過剰問題はいつそう深刻化した。第2は,畜産物需給が生産増によりかなり緩和されたことである。畜産は多頭飼育化が進むなかで比較的安定した生産増を示しており,44年は生乳生産が前年にひきつづき増加したこと,後半における豚肉生産の回復等もあつて,前年比13.4%増と数年来の高い伸びとなつた。これにより,年度前半まではかなり引き締まりぎみであつた肉の需給も後半には緩和した。しかし,乳製品は前年にひきつづき在庫が増大し注目されるにいたつた。第3は,以上とは逆に,需要が増大している野菜,果実の生産が,天候不順や裏年にあたつたことなどからそれぞれ2.2%減,8.3%減となつたことである。このため需給が急激にひつ迫し44年度の消費者物価上昇の要因となつた。
労働力需給は,経済拡大によるおう盛な雇用需要を反映して,求人が前年度を大幅に上回り,一方求職の減少傾向がつづいたため,さらにひつ迫の度を強めた。
まず,新規学卒労働市場をみると,進学率の上昇,ベビーブームの影響が峠をこしたことなどによつて,中卒求職者は38年,高卒求職者は42年をピークに減少に転じており,44年卒の中卒求職者は前年比13%減,高卒求職者は6%減であつた。一方,求人数はひきつづき中卒の不足から高卒への切り換え傾向がみられ,中卒に対する求人は前年比4%減,高卒については前年の大幅増(43%増)の後,44年も20%増の高い伸びとなつた( 第42図 )。この結果,求人倍率は中卒4.8倍,高卒5.7倍といずれも前年を大幅に上回り,求人の充足率は中卒19%,高卒16%の低水準となつた。
一般労働市場では,44年度に入つてからの求人の増加は著しいものがみられる。有効求人数(季節修正値)の前期比でみると,44年1~3月期1.7%増のあと,4~6月期4.0%増,7~9月期5.0%増,10~12月期6.6%増と期を追つて増勢は強まり,45年1~3月期に,0.9%増と若干鈍化したものの,年度全体としては前年度比15.2%増(43年度5.6%増)と著しく高い伸びとなつた。求職は39年度以降6年間減少をつづけ,44年度は3.5%の減少となつた。この結果,有効求人倍率は上昇の一途をたどり,44年度平均では,1.44倍(43に度平均1.14倍)と過去最高の水準に達した( 第43図 )。
こうした労働力需給のひつ迫を反映して,大幅な求人増にもかかわらず,常用雇用指数(調査産業計)はさらに前年度(3.8%増)を下回る低い伸びとなつている(3.2%増)。業種別にみると,電気機器(13.7%増),一般機械(6.9%増)などの機械工業や建設業(7.5%増),金融保険業(3.7%増),卸小売業(3.0%増)など第3次産業の伸びが目だつている反面,繊維(1.4%減),鉄鋼(0.6%増)などの伸びは低い。また,全般的に雇用が鈍化しているなかで,電気機器,精密機器,建設業などの伸びが近年高まりつつあるのが特徴的である。
第44図 所定外労働時間の増大(所定外労働時間の全労働時間に占める割合,男子労働者)
このような労働力不足を反映して,近年所定内労働時間がしだいに減少しているなかで,所定外労働時間の比重は高まつている。 第44図 にみるように,44年の所定外労働時間の比重は38年以来の高水準となつており,パートタイマーの増大とあいまつて,労働力不足に対する対応の一面をあらわしているものといえよう。