昭和44年
年次経済報告
豊かさへの挑戦
昭和44年7月15日
経済企画庁
第2部 新段階の日本経済
4. 新らしい経済政策の方向
わが国では30年代以降,主として国際収支の悪化に対処するため,財政政策,金融政策を組合わせた景気調整策が実施され,国際収支の改善とともにそれが解除されるという政策がくり返されてきた。この過程をやや長期的にみると,財政支出は対国民総生産比率で上昇,財政収入はおおむね横ばい,金融政策は金利低下の方向というすう勢をとつてきた( 第218図 )。
こうして,最近にいたるまで高い経済成長が維持され,また国際収支の天井が高められる結果ともなつた。しかし,財政支出の比率が上昇したにもかかわらず,社会資本の立遅れが生ずるようになつてきたことも否定できない。
今後とも,短期的な経済変動に対処して国内需給と国際収支の均衡の両立をはかる必要があるのはもちろんであるが,より長期的には社会資本の充実など資源配分を重視していく必要があろう。長期的な資源配分の目標を達成しつつ,均衡成長(需要の成長率と供給の成長率の一致)を実現していくためには財政政策と金融政策をどのように組合わせていけばよいだろうか。
財政金融政策の手段はいずれも需要のレベルに変動を与えると同時に,民間設備投資,財政支出,個人支出などの間の資源配分のあり方に影響し,長期的な経済の成長率に変動を与える。一般的には金利水準が低いほど民間投資が促進されて成長率が高まり,財政支出を増加して,公共投資,社会保障にまわすほど,社会生活が充実される。また税などによる国民の負担が小さいほど消費生活は充実される。しかし国内需給の均衡を維持するという制約のもとでは,財政金融政策の各手段の間には一定の枠があり,金利引下げ,財政支出の拡大,租税負担率の引下げを同時に実施することは不可能といえる。
このような制約のもとにある金利水準,財政支出,租税負担率の組合わせ如何が設備投資,公共投資,個人消費などの間の資源配分のあり方に影響を与え経済成長のパターンを性格づけることになる。こうした資源配分と成長パターンの関係を簡単なモデルを用いて試算し,図式的にのべると次のとおりである( 第219表 )。
まず30年代における平均的な財政支出,国民の負担,利子率の組合わせと同じ姿で均衡成長を続ける場合,社会資本ストック対民間資本ストックの比率はほとんど上昇せず社会資本の立遅れは改善されないこととなる。
社会資本の項でみたように,交通関連社会資本や生活関連社会資本のバランスを回復するためには公共投資対国民総生産比率は現在よりも上昇しなければならない。そこで,同じモデルを用いて公共投資増加のため財政支出対国民総生産比率を引き上げるいくつかのケースを想定してみよう( 第219表のケース①,②,③ )。このモデルからみる限り,資本係数,消費性向に大きな変化がないという仮定のもとで成長率を維持しつつ公共投資の比重を高めようとすれば国民の負担は上昇せざるをえないし,逆に国民の負担を現在の水準に維持しつつ財政支出の拡大をはかる場合には民間投資は低目に抑えられ成長率の鈍化が避けられないという結果が導き出される。
これは,社会資本を充実するためには,公共投資対国民総生産比率を引上げなければならないが,そのためには金利水準引上げによつて民間投資を抑制し,民間投資対国民総生産比率を引下げるか(成長率の鈍化),あるいは税等による国民の負担の増大によつて民間消費を抑制し,民間消費対国民総生産比率を引下げていくしかないためである。民間投資比率が下がれば経済成長率が下がるし,国民の負担が高まれば国民は消費水準の向上をある程度犠牲にしなければならない。逆に,高い経済成長と低い負担をつづけようとすれば,公共投資対国民総生産比率の向上はのぞめず,社会資本の立遅れは改善されないかたちとなる。いいかえれば,経済成長率,社会資本の充実,私的消費の向上という三つの政策目標の間には制度や効率の変更がないかぎり一定のトレードオフの関係があるということである。今後のポリシーミックスの問題はこれらの成長のパターンに関する国民自身の選択の問題であるといえよう。
以上は資本係数,消費性向などが30年代と変化がないという仮定をおいた単純なモデルから出る結論であるが,現実の経済にはこうしたモデルでは予測できない大きな問題が残されている。民間資本の効率(資本係数)が社会資本の存在によつてかなり影響されるという点である。とくに道路,港湾等の立遅れが生産活動に及ぼす影響はきわめて大きい。したがつて社会資本の立遅れを残したままの成長パターンで今後とも高い経済成長を実現できるとはかぎらない。逆に,社会資本の充実が民間資本の効率を高め,均衡成長率をさきのモデルで試算したものよりも高める場合もある。
しかし,いずれの場合にも,経済成長,社会資本の充実,私的消費の向上といつた目標をできるだけ満足させ,しかもひきつづき国際競争力の強化につとめていくためには技術革新をさらに活発にし,制度慣行を改めるなどして経済全般にわたつての効率化をいつそう進めることが必要である。
以上,やや長期的な成長パターンに関する問題であるが,現実の経済はつねに景気の一局面に属している。長期的なポリシーミックスも,なるべく変動を少なくするという景気対策との関連で具体的な姿を変えていく必要がある。
たとえば,長期的な政策としてケースIIの組合わせ(金利水準維持,財政拡大,負担の引上げ)が好ましいとしても,一時的に景気が過熱しているときには金利を引上げ(金融引締め),財政は緊縮の方向で運用しなければならないだろう。しかし,その場合も社会資本の不足が目立つようであれば,金利引上げと税率の引上げにたよることになろう。反対に,景気刺激策が必要とされている場合は,金利引下げ,財政支出の拡大,税率の引下げがいずれも可能になるが,長期的な資源配分からは社会資本投資が重要な役割をになうことになろう。
またポリシーミックスは国際収支の動向からも制約を受ける。短期的に対外均衡と国内均衡を同時に実現する場合のポリシーミックスのあり方については,43年度の年次経済報告でのべたとおりである。今後,国際収支が金利差によつて動く資本の移動によつて大きく左右されることになるならば望ましいポリシーミックスの姿も一時的には修正されざるをえないであろう。たとえば,国内景気の過熱時に,金利の引上げが大幅な資本流入を呼ぶおそれがある場合は,税率の引上げを中心に景気調整を進めることになり,逆に不況期に国際金利の高騰から金利水準の引下げが不可能な場合は財政政策による景気刺激策が登場しよう。
以上のような短期の景気調整の積重ねは結果的に長期の資源配分と成長パターンを決める。その意味で短期的な景気政策の変更修正をはかるさい,長期的な成長構造に対するビジョンがつねに用意されていなければならない。
財政が金融とうまく組み合わされ,同時に租税政策,財政支出のそれぞれの政策手段について有効性を高めていけば,景気変動は少なくなり長期の資源配分も有効に行なわれる。
景気調整のため租税政策としてはこれまで自動安定効果が重視されてきた。それは日本の税制が,粗税収入の約6割を占める所得税,法人税を中心に,きわめて高い自動安定効果を有しているためである。所得税収入の対国民総生産弾性値は,強い累進構造を背景に過去2.2(32~41年度平均)ときわめて高い。また法人税については,企業利潤が景気の変動を上回つて変動するため,好況期には税収の伸びが国民総生産の伸びを上回り,不況期には逆に下回つている。
しかしながら,経済成長と強い累進構造にともなう自律的な所得税負担の急増をさけるため,あるいは企業体質改善等のため,減税が行なわれたり,また,財政需要が強いことから年度内の自然増収は補正予算の編成によつて支出されたりして,結果的には財政の景気安定機能を弱めるようなこともあつた。今後はこうした問題を解決し,税収の自動安定効果を十分に活用していく必要があろう。
まず減税についてみよう。現在所得税の課税最低限は,国際的にみてかなりの水準に達している( 第220表 )。このため,所得税の強い累進構造によつて生じる租税負担率の必要以上の上昇を避けるための減税は長期的観点から必要であるが,景気の情勢に応じた弾力的な税制改正が可能になつてきている。また補正予算についても,43年度予算以来総合予算主義が採用され,この面からも税制の自動安定効果の働く余地が大きくなつている。
またこの税制の自動安定効果を高めるためには税収のタイムラグを短縮する必要がある。税収のタイムラグは,個人税,間接税にはみられないが,法人税には約2四半期の遅れがみられる( 第221表 )。とくに景気引締め期には法人税の延納率が高まつてタイムラグが大きくなり,引締め効果がそこなわれることもある。42年度以来延納利子税率が公定歩合にスライドする制度がとり入れられているが,今後ともこうした法人税の徴収方式の改善などタイムラグを短縮することが重要となつてこよう。
以上のような税制の自動安定効果に加え,今後は減税,増税など裁量的な租税政策の役割も漸次高まつてこよう。わが国の場合,諸外国に比べて所得税の負担調整を中心として税制改正を行なう機会が多く,それだけ裁量的な租税政策を実施する機会も多い。今後は,これに加えて,裁量的租税政策の発動のラグを短縮し,機動性を高めるために一定の範囲内で行政府の権限で税率を変更できる制度(たとえばイギリスのレギュレーター)や税収が一定の基準に従つて伸縮的に動く制度などの導入について検討することも考えられよう。
租税政策はまた資源配分についても大きな影響を及ぼす性格をもつている。今後望ましい資源配分を実現していくうえで租税政策の果たす役割はきわめて大きい。
まず法人税についてみると,法人税率は30年代に何度か引下げられたあと,40年不況を脱するために再度引下げられた( 第222表 )。また耐用年数の短縮が行なわれるとともに,特別償却等法人課税軽減のための特別措置がつづけられている( 第223表 )。これらの措置は,企業の資本蓄積を高め,わが国経済の高度成長をささえたといえる。しかし,今後は民間資本と社会資本との適切なバランスをとることも重要となつており,こうした企業税制のあり方について,今後十分に倹討していく必要があろう。
また個人所得税についてみると,今後高福祉を実現していく過程で租税負担率もある程度上昇せざるをえない面があると思われるが,その場合国民各層への負担をいかに公平に行なうかが問題となる。たとえば利子・配当課税の優遇など,負担の公平を阻害し,総合累進性を弱めているものもいくつかあり,今後慎重に再検討する必要があろう。
今後社会資本の充実,社会保障の向上などを中心に,財政支出の役割がますます高まつてくる。とくに今後は長期的計画的に実施さるべき事業が増大し,財政負担が長期化する傾向にあるため,長期的視点にたつた財政運営の必要性が高まつている。また財政の規模が拡大していくと財政部門内部での資金配分の効率化がいつそう強く要請されるようになる。今後とも制度慣行等の再検討を不断に行ない,財政の硬直化を打開するともに,PPBSなどの手法を利用して支出内容を客観的に評価していくことがのぞましい。
一方,財政支出は直接かつ確実に需要に影響をあたえるという点で景気調整手段としてすぐれた機能をもつている。しかし,いつたん増大した支出規模を景気上昇中に抑えたり,進行中の公共事業を中止することは現実的にはむずかしくロスも多い。こうした財政支出の性格と景気調整の要請を調和させていくことはきわめて困難な課題であり,それだけに租税面,金融面の調整機能が重視されるといえるが,支出面でも,各支出計画の間の相対的重要性についての判断を明確にしておくことによつて,財政支出の資源配分機能と景気調整機能をある程度調和させていくことが可能となろう。
地方財政も,今後は,資源配分機能と景気対策の両面でも漸次大きな役割をもつてくると考えられる。現在地方財政は財貨サービス購入でみるとほぼ国の財政規模に匹敵している。従来の地方財政の動きをみると( 第224図 ),好況期には上昇,不況期には停滞という動きを示しており,概して景気変動につれて動く姿となつている。地方財政支出が景気変動に応じて変動するのは地方財政が膨大な財政需要をかかえているなかで,主要な財源である地方税や地方交付税が景気動向によつて大きく左右されるという性格があるからである。しかし地方の行政サービスには住民生活に密着したものが多く,安定的に供給される方がのぞましいという性格をもつている。一方,過疎,過密問題をはじめ,地方公共団体の果たすべき役割はますます複雑かつ広範になつてきており,しかも,長期的計画的見地に立つて広域的に処理しなければならないものが多くなつている。今後も地方財政の景気による変動を弱め,地方における行政需要に安定的に応じていくためには,地方公共団体による積立金の活用など自主的な財源の調整をさらにすすめる一方,地方財政全体の立場から,地方交付税,地方債などを含めて財源の年度間にわたつての平準化を行なうことについても検討の余地があろう。
金融政策面でも資金の適正配分と景気調整機能の調和を図つていく必要がある。
金融による資源配分を適正化するための方策として,第1に必要なことは,金利メカニズムの活用である。今後金利水準や金利体系に与える影響に留意しつつ,各種金利の弾力化を図つていくことが重要となろう。とくに「金融構造のひずみ」の項で指摘したように,現在の公社債市場にはいくつかのひずみが生じている。金利メカニズムの導入(たとえば公社債の発行条件の弾力化)を進めていけば,漸次健全な公社債市場の発達を期待することができよう。
第2は,金融機関相互間の競争原理の導入である。金融機関はその公共的性格からいつて過度の競争が生じることには十分注意しなければならない。また国民経済的にみて必要な部門に資金が供給されているか否かについてつねに検討を重ねていく必要がある。しかし,基本的には今後有効な競争を行なえるよう環境を整備していくことによつて,金融の効率化を通じて資金配分の効率化を進めていくことが期待される。すでに経済の国際化の進展や銀行行政の弾力化にともない金融機関の収益マインドは従来になく高まつている。その結果すでにみたように,優良中小企業に対する貸出の重視,消費者信用(とくに住宅金融)の増加など時代の要請に応じた新しい金融機関の姿がみられるようになつている。このように収益を重視するかたちで競争原理の導入が進められていけば金融機関の効率化が漸次実現されることになろう。
景気調整を実施していくうえで,金融政策は財政政策とならんで中心的な役割をになつている。
新金融調節方式が導入(37年11月)されて以降債券売買によつて成長通貨が供給されることとなつたため,最近におけるポジション意識の高まりとあいまつて,都市銀行の過度の外部負債依存は次第に低下の方向に向つている(前掲 第183図 )。ただわが国の公社債市場は規模と弾力性の点からいつて未発達の状態にあり,債券売買も公開市場による操作でなく相対取引によらざるを得ないなど中央銀行信用の機動的調整の場として必ずしも理想的とはいいがたい面ももつている。また,最近は経済規模の拡大にともなつて財政資金や日銀券の季節的変動幅が大きくなつていることから,季節的な資金過不足が拡大傾向にある。
今後日銀信用量の適切な調節を通じて金融政策の有効性を高めていくためには,政府短期証券市場を含めた短期金融市場および公社債市場の健全な発展を期する必要があるが,同時に財政支払の平準化を進め,季節変動要因を圧縮することとならんで,日銀信用調節手段の多様化も必要となろう。
一方,市中段階では自由な市場のメカニズムによる資金需給の調整が重要な役割をになうことになろう。しかし,強度の金融引締め政策が必要になつた場合,市中金利の暴騰やそれによる金融市場の混乱を防ぎ,同時に景気調整の目的を早期に実現していくためには,伝統的金融調節手段とならんで,貸出増加額規制の役割もひきつづき重要となる。貸出増加額規制は,従来から実施されてきており,その規制対象も次第に広げられてきたが( 第225表 ),最近その有効性が低下してきているともいわれる。今後貸出増加額規制の有効性を高めていくためには,規制対象などについて再検討していくことが考えられよう。