昭和44年
年次経済報告
豊かさへの挑戦
昭和44年7月15日
経済企画庁
第2部 新段階の日本経済
2. 繁栄を支えた新しい要因
戦後の高度成長は,対外的にはある程度の保護のもとにあつたが,国内的には総じて競争的な環境のなかで実現された。とくに成長業種を中心に激しい競争が行なわれてきた。 第114表 は主要企業(製造業25業種)について,昭和33年度上期から42年度下期までの売上高成長倍率をみたものであるが,主要企業間のシエアー変動が大きく,競争が激しかつた業種では売上高の成長率も高かつたことがわかる。これは成長の高い業種では需要の急成長が高い利潤を生み( 第115図 ),それをめぐつて企業間の激しい競争が展開されたためであるが,同時に,競争が新商品,新技術を生み出す力となり,その業種での売上げ増加をもたらす原因となつたからでもある。
激しい競争のもとで企業が生きのびていくためには投資,販売,経理などの経営面で絶えざる努力を重ねていかなければならないが,同時に環境の変化に応じて,競争に対する対応の仕方も変えなければならない。企業経営面では,30年代にくらべて40年代になると企業経営の計画化,輸出比率の上昇,企業体質の強化等の変化が目立つてきている。こうした企業の対応はまた経済全体として資源配分の効率化をもたらし,成長を支える新しい要因となつている。さらにこうした企業の成長にあたつて金融機関が果した役割にも無視できないものがあつた。こういつたかたちでの企業経営面の変化に加え,最近では企業集団化のような新しい動きも出てきて注目をひいている。
以下では,このような競争社会における企業経営面での動きが繁栄を支える要因としてどのように働いたかを検討してみたい。
第1部でみたように,今回の景気上昇の過程で企業の収益率は大幅な上昇を示しているが,岩戸景気のときにくらべると,かなり低い水準にとどまつている。同じ好況期でも従来とくらべ利潤獲得が難しくなつているわけで,このことは企業行動の面で収益性に対する配慮がいつそう重要になつてきたことを意味している。たとえば設備投資等の決定にあたつても長期的な需給バランスを厳密に計算して慎重な検討を加えなければならなくなつている。
第116表 は43年11月に実施した当庁の「設備投資と長期計画に関する調査」から集計したものであるが,調査対象の4分の3以上の企業が経営についての長期計画を持つている。とくにこれまで大企業にくらべてこの面でおくれていた中規模企業でも最近長期計画をもつところがふえているのが注目される。こうした経営の計画化に平行して経営組織の改革や電算機組織の導入によつて経営の効率化をはかる動きもさかんになつている。また成長の高い重化学工業部門などで企業の意志決定や計画作成に技術者など経営専門家集団(テクノストラクチヤー)が参加する機会が高まつている。いずれも企業が長期計画のうえに立つて収益面にいつそう慎重な配慮を払うようになつたことを反映するものである。
こうした企業行動の変化は,岩戸景気と今回の景気上昇期における企業収益改善の内容の変化となつてあらわれた。 第117表 は,製造業の主要企業について,岩戸景気と今回における売上高成長率,使用総資本成長率および総資本収益率の改善を社数分布によつてみたものである。同じ程度に売上高を伸ばす場合,使用総資本が伸びている企業すなわち総資本回転率を悪化させている企業は岩戸景気時のほうがはるかに多い。これは岩戸景気時のほうが売上高利益率が高く,総資本回転率が悪化しても収益をあげえたことをあらわしている(売上高税引純利益率35年度下期4.71%,42年度下期4.19%)。その意味で比較的容易に成長指向型でありえたということができる。一方,岩戸景気と今回とで,総資本と売上高の伸びが同じである企業グループについてみると,今回のほうが改善度合が大きい。全体として売上高成長率の高い企業の数が今回のほうが少ない結果製造業全体の収益率の改善度合は今回のほうが低くなつているが,同程度の成長をみせた企業をくらべてみると,経営の計画化や企業組織の効率化が行なわれている今回のほうが高収益を実現している。こうした収益を重視した企業行動は企業の成長に役立つただけでなく,経済全体の効率化をもたらす要因となつている。
30年代の後半以降は経済の国際化が進行する過程であつた。貿易自由化の進展をつうじて,製品の国際競争力が問われる時代となつたわけであるが,30年代の設備投資によるコスト・ダウン効果が実を結び,39年ごろを境にして,企業の輸出比率は急速に高まったが,さらに40年不況は企業の輸出比率の向上を促進させた( 第118図 )。
企業経営面で輸出の果たす役割が大きくなつてくると,輸出を企業の生産計画に組み入れ,国内市場のみならず世界市場を戦略目標とした動きがみられるようになつてきた。このことは40年代に入つてから輸出が企業経営のなかに定着してきたことを示している。
このように輸出を大きく伸ばしえた企業はどのような企業であつたろうか。いま,輸出企業を輸出増加率によつて4ランクに分け,各ランクについて有形固定資産,労働生産性,売上高の伸び率をみると( 第119表 ),有形固定資産および労働生産性の上昇が高い企業ほど輸出額や売上高の伸びが高いという関係がみられる。また,こうした関係は個別業種(たとえば鉄鋼)を例にとつてもみられる( 第120図 )。このことは技術革新をともなう設備投資を行なつた企業が,労働生産性の向上によるコスト・ダウンに成功し,輸出も国内売上げも伸ばすことができたことを示している。
また,こうした輸出成長企業は売上高利益も高く,手厚い内部留保を行なえる優良企業でもあつた。したがつて,これらの企業は自己資本比率も高く,景気後退期にも金利負担が小さい。その上,輸出によつて稼動率が高い水準に維持させることとあいまつて,利益率の後退が小さく,その経営は輸出停滞企業にくらべかなり安定している( 第121図 )。効率の高い投資を積極的に進め,輸出と国内売上げを伸ばしてきたこれらの優良企業は,わが国商品の輸出競争力強化を通じて経済の安定的成長に大きく寄与したということができよう。
企業の体質が財務面からみて徐々に強化されてきたことも,40年代の企業経営の特色である。企業が体質強化に真剣にとりくむようになつた直接の契機は,40年不況の苦い経験と資本自由化の進展であつた。
財務体質の強化は,自己金融力の上昇となつてあらわれている。すなわち,企業の自己金融力(設備投資に占める内部資金の割合)は,設備投資循環にともなつた変動はあるがすう勢的に上昇している( 第122図 )。
その要因としてつぎの点があげられる。第1は,投資比率(設備投資/売上高)が30年代にくらべ低水準にとどまつていることである。これはさきにみたように,企業行動が30年代前半にくらべ慎重かつ計画的になつていることもあるが,同時に,公共部門と輸出が需要構成の上でウエイトを高め,売上高の増加を支えたことも影響している。
第2は,減価償却に関する税法上の優遇措置(特別償却に関するものを含めて)が相次いで実施された一方,企業も体質強化の観点から償却を積極的に行なつたため,減価償却率(減価償却/固定資産)が上昇し,減価償却による内部資金が上昇していることである。
第3は,40年代以降の企業側の体質改善努力と税制面からの改革を反映して,実質内部留保対純利益比率が上昇していることである。すなわち,企業は,今回の好況期には,配当率を比較的低位に固定し,配当金による社内流出を抑える一方,各種準備金引当金を積増してきた。また,法人税率の引き下げによつて税による社外流出も抑えられた。このことは公共部門向けへの売上が増大したことと相まっていわゆる国債発にともなうマネー・フローの変化の影響を示している。
このような要因からフローとしての自己金融比率も高まつてきているが,それと平行して自己資本比率も従来と異なつた動きを示している。 第123図 にみるように,表面上の自己資本比率(資本金+剰余金/使用総資本)は30年以降一貫して低下をつづけているが,引当金等を加えた自己資本の比率は38年ごろから低下がややゆるやかとなつている。また,引当金等を加えた自己資本から配当負担のかかる資本金部分を除いた実質内部留保の比率でみると,剰余金の伸びを中心に40年をボトムに若干改善をみせている。
以上にみたような自己金融力の上昇にともなつて,企業の銀行に対する過度の依存は徐々に解消され,企業行動の主体性と計画性が確立してきている。外部資金依存の低下が金融政策の民間投資活動に及ぼす効果を弱める面をもつていることは否定できないが,財務体質の改善が収益変動の縮小,企業経営の安定化を通じて経済の持続的成長に寄与している面も積極的に評価すべきであろう。
企業の成長にあたつて金融機関が果してきた役割も無視できないものであつた。さきにみたように,輸出を大きく伸ばしえたような成長企業ほど売上高利益率が高く,自己資本比率も高い。しかし,このことは成長企業が金融機関借入れをそれほど必要としなかつたことを意味しているわけではない(前掲 第119表 )。成長企業では売上と利潤の増大によつて借入れをしながら返済を進め,その過程で自己資本を充実していく,というメカニズムが働いていたのである。同時に,金融機関にとつてもこうした成長企業への貸出しは資金効率が高く,収益への寄与もきわめて大きいものであつた。
都市銀行についてみると,その取引先企業の成長率が高いほど,収益が良好であつたという関係がみられる( 第124図 )。従来から,銀行の融資決定には,系列企業重視といつたような必ずしも収益動機のみから説明できない要素も残されているが,最近は銀行間の収益意識の高まりにともなつて,優良成長企業をめぐる銀行間の競争は漸次激しくなる傾向がうかがわれる。こうした銀行間競争が成長企業を支え,経済資源の効率的な配分に寄与してきた面も無視できない。
競争社会における企業の対応の仕方が繁栄の要因となつていることは以上のとおりであるが,最近の企業経営には今後その成り行きを注目すべき新しい動きが出ている。
たとえば,企業の集団化の動きがそれである。その一つは,まず大企業を中心とする系列企業の強化にみられるが,大企業にとつてはその生産力,販売力を拡充するため部品メーカーや国内販売店,さらには輸出市場開拓のための子会社を充実することがきわめて重要なことになつてきている。 第125表 から明らかなように,このところ主要業種における一流大企業の関係会社に対する投融資が目立ち,それにともなつて関係子会社も増加し,大企業を頂点とする企業の集団化が進展している。
いま一つは,大企業間でのグループ強化の動きである。旧財閥系の結びつきを中心として企業相互間での提携が行なわれつつあり,そのことはグループ間の持株比率の上昇という面にもあらわれている( 第126表 )。またこうした系列企業による集団化以外にも,糸列をこえた共同投資,合併,提携などの動きもみられるようになつてきている。
このような企業の集団化,グループ強化は国際化の進展や投資単位の大型化といつたような内外の環境の変化に対する企業の対応であつたし,そうした動きのなかには規模の利益の追求あるいは技術開発力などの強化を通じて資源配分の効率化に寄与したものもかなりあつたとみられる。しかし,それが反面で,市場支配力の強化につながり,競争社会のダイナミズムを失わせることになると,経済成長の阻害要因になりかねないという点も注意する必要がある。