昭和44年

年次経済報告

豊かさへの挑戦

昭和44年7月15日

経済企画庁


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第2部 新段階の日本経済

2. 繁栄を支えた新しい要因

(1) 高まつた国際収支の天井

1) 国際収支の黒字基調

近年の経済成長を支えた大きな要因の一つは,長い間経済成長にとつてきびしい制約要因となつていた国際収支の天井が高まつたことである。

第94表 国際収支構造の変化

厳重な為替制限の下で出発した20年代のわが国の国際収支は,援助や特需などの特殊な収入で支えられた。30年代前半には貿易収支が若干の黒字となり,経常収支はほぼ均衡状態であつたが,後半になると貿易外収支の赤字幅拡大から経常収支は赤字となり,その一部が長期資本の流入で補なわれた。そして,40年代に入ると,貿易外収支,移転収支の赤字幅はいつそう拡大したものの,貿易収支が大幅な黒字を示したため経常収支は黒字となり,他方,長期資本収支は赤字に転じた( 第94表 )。

このような国際収支構造の先進国化のなかで,40年代の国際収支は黒字基調となつた。基礎的収支でみると,30年代には年平均1.1億ドルの赤字(総合収支は0.3億ドルの赤字)であつたものが,40年代にはこれまでの4年間に同じく1.9億ドルの黒字(総合収支は3.2億ドルの黒字)となつた。しかも,このような国際収支の黒字基調化は,岩戸景気(42ヵ月間)を上回る長い景気上昇のなかで生じたのである。30年代には景気上昇過程を通じてみれば基礎的収支が赤字になるのがつねであつた( 第95表 )。経済の拡大がつづくと国際収支が急速に悪化し,そのため景気調整策がとられるというのが当時の慣わしであつた。40年代でも,世界貿易が停滞し,国内経済が急速に拡大した42年には,景気調整策が実施された。しかし,40年末以降の長い景気上昇期間のなかでは,年率236百万ドルの黒字と,30年代とは違つた姿がみられるようになつた。

このように国際収支の天井が高まつた最大の理由は,貿易収支が大幅な黒字を示すようになつたことである。30年代には,輸出(IMFベース)が年平均15.3%の増加,輸入が12.0%の増加であつた。輸出の伸びが輸入のそれを上回る状態がつづけば,貿易収支は時間の経過とともに黒字に転じ,さらに黒字幅が拡大する。40年代に入つても,輸出が17.4%の伸びを示したのに対し,輸入が12.7%の増加にとどまつたため,貿易収支の黒字幅はいつそう拡大することとなつた。他方,貿易外収支,移転収支の赤字幅はひきつづき拡大し,長期資本収支も流出超過に転じた。しかし,貿易収支の大幅黒字がこれらの赤字要因を上回つたため,国際収支の天井を高めることとなつた。

以下では,このような国際収支天井の高まりを可能とした輸出の増大と相対的に伸びの低かつた輸入の動きの背景を検討してみよう。

2) 輸出の増大

第96表 世界貿易と世界経済の成長

輸出の急速な増加をもたらした基本的な要因は世界貿易の拡大と,わが国の強い輸出競争力であつた。

(ア) 世界貿易の拡大

世界経済の成長速度は1960年代(昭和30年代後半以降)に入つて加速した。先進国ではアメリカの1961年以来の長期的繁栄を中心に,開発途上国では東南アジア諸国の成長などから,実質経済成長率が高まつた。こうした世界経済の成長と貿易自由化の進展あるいは関税の引下げなどを背景に,世界貿易も50年代(昭和20年代後半および30年代前半)の年平均7.5%程度から1960年代には8%を上回る伸びを示した( 第96表 )。

世界貿易の拡大過程は,貿易の地域構造や商品の需要構造が変化する過程でもあつた。50年代後半以降の世界貿易をみると,地域別には,北アメリカ,EEC,先進一次産品国(オーストラリア,ニュージーランドなど)先進国の輸入増加が相対的に大きく,開発途上国の輸入の伸びは低い。商品別には,機械,化学品など工業製品の輸入増加が大きく,原材料,食料などの輸入の伸びは相対的に低い( 第97表 )。また,工業製品のなかでは,低加工度商品より高加工度商品に対する需要の伸びが高まつてきた( 第98表 )。

第99表 世界輸出に占める各国輸出シェアの推移

このような世界貿易の拡大と変化のなかで,わが国の輸出は高い伸びを示してきた。1961年から67年までの間に世界貿易は年平均8.2%伸びたが,主要先進国の輸出の年平均増加率は,日本16.2%,イタリー12.9%,西ドイツ9.4%,アメリカ7.7%,イギリス5.2%とわが国が最も高く,したがつて,シエアの高まりもいちじるしい( 第99表 )。

(イ) 強い輸出競争力

世界貿易の増加速度と輸出の伸びの差は,その国の輸出競争力の状態を示す一つの尺度とみてよい。 第100表 は,このような角度から主要先進工業国について36年から42年までの輸出増加要因を分析したものである。わが国の輸出はこの期間の世界貿易の伸びの2倍程度のテンポで拡大した。

第101図 主要先進国価格競争力の推移

しかし,わが国の場合,36年における輸出の市場構造はその後の輸出増加にとつてむしろ多少不利な構成であつた。東南アジアなど輸入の伸びの低い開発途上国向け輸出の比重が大きく,輸入の伸びの高い西欧向けの比重が小さかつたからである。逆に,商品構造はその後の輸出増加にとつて有利な要因として働いた。昭和30年代前半における急速な産業面での重化学工業化の進展が,次第に輸出面でも効果をあらわしつつあつたからである。もつとも,当時においてはまだ軽工業品の比重が大きく,商品構造の有利性もそれほど大きいものではなかつた。

輸出増加に最も大きく寄与したのは,その後のわが国の輸出競争力の変化であつた。第1は,価格競争力の強まりである。 第101図 にみるように,わが国の価格競争力はイタリーとともに1950年代以降いちじるしい強まりを示してきた。西ドイツの競争力もマルク切上げ後いつたん低下したが,その後上昇してきている。他方,イギリスの競争力は低下傾向をつづけた。このような各国の価格競争力の相対的変化は,輸出構造の変化に加えて,各国の労働生産性上昇率の差を反映するところが大きいとみられる( 第102図 )。第2は,非価格的側面の競争力の変化,とくに前述したような世界の需要構造の変化への適応である。わが国の工業製品の輸出構造は,30年代はじめごろは,低加工度商品が約62%と過半を占めていたが,40年代に入つて高加工度商品が約64%とその比率が逆転した( 第103表 )。このほか,海外販売網やアフターサービス体制が整備され,広告,宣伝活動の積極化と相まつて,わが国輸出商品に対する知名度と評価が高まつたことも見逃してはならないであろう。

3) 相対的に低い輸入の伸び

高い経済成長のもとで,輸入は比較的落ち着いた伸びを示した。主要先進国の輸入増加率と実質経済成長率との関係をみると,わが国の輸入弾性値が相対的に低いのが特徴的である( 第104表 )。

わが国では輸入弾性値はなぜ低かつたのだろうか。その基本的理由は,わが国の輸入が原材料の輸入に偏つており,工業品の輸入の比重が低いということである。 第105表 にみるように,先進工業国では,工業品の輸入弾性値が最も高く,ついで食料品,原材料の順になつている。わが国の場合,輸入弾性値の高い工業製品の輸入に占めるウエイトが低く(とくに機械は弾性値もウエイトも低い),他方,輸入弾性値の低い原材料のウエイトが高いということが全体の弾性値を低くしているのである。こうしたわが国の輸入弾性値の低さには,国内供給力の増大から輸入節約効果が働いたこと,高加度産業のウエイトが高まつたこと,輸入制限も行なわれていたことなどが影響しているものとみられる。また,30年代後半以降では,第1部でみたようないくつかの理由から,実質輸入の弾性値は低下した。このようにして経済成長率が高い割合には輸入の大幅な上昇をもたらさず,輸出の高い伸びと相まつて貿易収支の大幅黒字を可能としたのである。

第103表 工業製品の輸出増加率,輸出構成比の加工段階別国際比較

4) 資本輸出国への変貌

貿易収支が40年代に入つて大幅黒字をつづけるなかで,長期資本収支は30年代の流入超過型から流出超過型に転じ,わが国は資本の純輸出国に変貌しつつある。

資本の純輸出国たる条件はどのような要因によつて規定されているのだろうか。第1は,所得水準との関係である。43年度の年次経済報告に述べたとおり,一般に所得水準が高い国ほど,資本の純流出率が高い傾向がある。第2は,経常収支の黒字との関係である。 第106図 にみるように,概して,経常収支黒字国が資本収支赤字国になつている。イタリー,オーストリアなどでは,経常収支と長期資本収支の黒字が併存しているが,この両国は旅行収支の黒字が大きく,これを除いた経常収支では赤字である。40年代に入つて,1人当たり国民所得水準が1,000ドル段階に到達し,経常収支がかなりの黒字となつてきたわが国には,次第に資本の純輸出国としての条件が成立してきているとみられる。

ところで,わが国の長期資本収支には,外国資本の流入が少なく,本邦資本の流出率が高いという特徴がみられる。

まず,外国資本についてみると,わが国の外国資本の純流入額の国民総生産に対する比率(41~43年平均)は0.23%で,アメリカを除く先進諸国の平均1.05%にくらべかなり低い。とくに,対内直接投資は0.04%と低い。しかし今後は,つぎのような理由を背景に外国資本の流入はふえよう。その第1の理由は,わが国の経済成長力が強く利潤機会も大きいことである。世界の主要投資国であるアメリカの直接投資残高に占めるわが国の比重は小さく,1966年で1.4%である。今後,資本の自由化が進めば,アメリカを中心に直接投資の流入が増加しよう。第2は,わが国に対する海外の評価が高まつていることである。43年には,証券投資の純流入額は前年の70百万ドルから229百万ドルへと増加した。これまではインパクトローンの借入や外債の発行等が外資流入の主因であつたが,最近では,わが国を積極的な投資対象として流入するものもふえている。第3は,わが国の企業が資金調達手段を多様化する一環として外資導入意欲を強めていることで,今後もこれを背景に外資に対する需要は旺盛とみられる。第4は,国際的な長期資本市場の発達である。これまではアメリカ市場が中心であつたが最近ではユーロ・ダラー市場の発達が目立つており,ひきつづき西欧市場からの流入が期待されよう。

つぎに,本邦資本についてみると,わが国の純流出額の国民総生産に対する比率(41~43年平均)は0.74%とアメリカを除く先進諸国の平均0.59%よりかなり高い。一般的に国内資本の流出率は,輸出に占める開発途上国の割合が高い国ほど,そして1人当たり国民所得水準の高い国ほど大きい傾向があるが,わが国は所得水準の割合には流出率が高い。これは,わが国の開発途上国向け輸出比率が高く,延払信用,円借款等が増大しているからである( 第107図 )。今後においても,東南アジアを中心とした開発途上国の輸出に占める地位は大きく,また機械輸出の増大などから本邦資本の流出傾向はつづこうが,他面では回収など受取要因もふえてくるものと見込まれる。

5) 今後の方向と課題

貿易収支の黒字が大きくなり,他方では資本輸出国に変貌してきていることは,わが国経済の実力向上の国際収支面でのあらわれである。しかし,今後の経済成長のなかで,このような傾向がこれからも持続していくだろうか。また,もしそうだとすれば,それがわが国経済にとつて意味しているものはなんだろうか。

もとより今後の見通しについては,内外の経済情勢など不確定な要因が多く,しかも国際収支はそれを構成する項目のわずかな変動が収支尻に大きくひびくので,予断は許されない。しかし,近年の国際収支構造を前提にして先行きのデッサンを描くことは可能であり,それはまた,現在を理解する助けにもなるであろう。

前掲 第94表 で示したように,40年代に入つてからの基礎的収支(40~43年)は年平均で約2億ドルの黒字であつたが,その内訳は貿易収支が約20億ドルの黒字(輸出102億ドル,輸入82億ドル),その他の勘定が18億ドルほどの赤字になつている。しかし,貿易収支以外の勘定のなかでも,たとえば,輸出が増加すると延払信用供与などの支払いがふえるとか,輸入が増加すると貨物運賃の支払いがかさむとか,輸出・入にある程度連動するものも少なくない。こうした関連を示したのが 第108表 であるが,これによつて二つのことがわかる。①40~43年平均で貿易およびその関連取引きの収支は2億ドル足らずの黒字となり,それがほぼそのまま基礎的収支の黒字となつていた。②30年代後半から40年代にかけての変化をみると,輸出増加は関連取引で約4%,輸入増加は同じく約25%だけ国際収支の赤字を拡大する要因となつていた。

このようなパターンを前提にすると,40~43年平均ですでに輸出規模は輸入のそれを24%程度上回つているから,このさき輸出増加率が輸入増加率を下回らないかぎり貿易およびその関連取引収支の黒字は縮小しない。もちろんその他の勘定で,たとえば対外直接投資の増加が見込まれるが,反面,資本取引の規制緩和などによつて外国資本の流入がふえる可能性もあり,それらの動きに応じて国際収支が影響されることはいうまでもない。

こうして今後におけるわが国の国際収支をみると,基調的には国際収支の余裕がましてくる可能性があり,経済成長に対する国際収支面からの制約は弱まるであろうが,年々の変動はこれまで以上に大きくなろうから,経済の安定的な成長のためいつそう注意深い微調整が必要となろう。そして,他面ではつぎのような問題も生じよう。第1は,輸出がふえ世界貿易中に占めるわが国のシエアが高まるのにともなつて,関係国の国内産業からの抵抗が強まることである。このような動きは,すでにアメリカの鉄鋼業などにおいてみられる。第2は,開発途上国からの貿易関係の改善,援助の増大などについての要求が強まることである。そして,第3は,国際通貨問題の解決に際して,わが国の協力がいつそう要請されるようになることである。

国際的地位の向上と国際収支天井の高まりは,わが国が世界経済のなかでより自主的な役割を果たすべき段階に到達してきたことを意味している。高まつた経済的実力をわが国経済の効率化と福祉の向上に,世界経済の発展に活用していくこと,それが新らしい繁栄の要因であり,かつ課題である。