昭和44年

年次経済報告

豊かさへの挑戦

昭和44年7月15日

経済企画庁


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第2部 新段階の日本経済

1. 日本経済の実力

(2) “2位と20位”の意味

経済規模において自由世界第2位になつた日本経済も,1人当たりの国民所得でみると昭和43年(1968年)には1,110ドル(約40万円)でなお20位前後である。もつとも,全体の規模(2位)と1人当たりの水準(20位前後)との違いには,人口数や為替換算率なども影響していて,そのこと自体たいした意味はない。西ドイツについて同様な表現をとるとすれば“3位と12位”ということになろうし,また人口1,000万以上の国をとつてみると,わが国の順位は第9位になる。問題は,同じような発展段階にある先進諸国と比較しても,たとえば1968年においてわが国の国民総生産は西ドイツより7%多いが,1人当たりにすると逆に3割あまり少ないとか,また1人当たりでもアメリカの3分の1にすぎないということ,そしてその基本的要因はわが国の1人当たり生産性がこれら諸国よりなお低位にとどまつているということにある。

第89表 にみるように,アメリカ(41年)の国内総生産に対し日本(42年)はその約6分の1にすぎない。日本の人口はアメリカの約半分,就業者数でみて62%であるから,これを調整して就業者1人当たりの国内総生産額(労働生産性)でくらべてみても,アメリカ340万円に対し日本はその4分の1強の92万円で,格差はまだ大きい。日本の労働生産性は各分野で全般的に低い。現在の労働生産性と就業者数をそのままにして,アメリカ並みの就業者構成にしたとしても,全体の格差のせいぜい2.5%を縮小させるにすぎず,問題は労働生産性の低さにあることがわかる( 第90図 )。

産業別に日米の生産性をみると,格差が大きいのは農林水産業で,アメリカの2割にすぎず,しかも就業者総数に占める農林水産就業者の比重が,アメリカの5%にくらべて日本では約2割と高い。また,サービス業の生産性もアメリカの3割にみたない。しかし,格差をもたらすのに一番影響しているのは製造業での生産性格差である(前掲 第89表 )。では,製造業のどこに労働生産性の格差が存在するのであろうか。

まず,業種別には,前掲 第89表 にみるように,食料品,繊維,衣服・身回品,家具・装備品,ゴム製品,窯業,土石製品,金属製品,精密機械,その他製造業といつたいわば労働集約的業種でアメリカとの生産性格差が大きく,石油・石炭製品,一次金属,化学など資本集約的業種では比較的小さい。

第91表 日米加工段階別生産性比較

つぎに,主要業種について,素材製造部門とそれを使用しての加工組立部門との生産性を比較したのが 第91表 であるが,鉄鋼,プラスティック,セメント,板ガラス,パルプ,製紙などの素材部門では,その製造方法が資本集約的・大量生産的であるということもあつて,アメリカ,日本いずれにおいても加工部門より相対的に生産性が高い。

しかし,両部門間における日米生産性格差をみると,素材部門にみられる格差よりも,鉄鋼二次製品,プラスティック加工成形品,コンクリート製品,ガラス製品,紙加工品といつた加工部門での相対的格差が大きい。これは,①従来わが国の労働力が豊富であつたため,素材部門にくらべより労働集約的生産が可能な加工部門で安い労働力に依存してきたこと,②市場が狭く,加工部門での大量生産の効果が発揮できなかつたこと,③デザインなどをも含めた広義の技術に裏付けられた特色ある製品を生み出すまでに至らなかつたこと,などの理由によるものである。

第92表 日米規模別労働生産性格差(アメリカ=100)

さらに,事業所規模別にみると( 第92表 ),大規模事業所(従業者数500人以上)での労働生産性はアメリカの100に対し日本は41.4であるが,中規模事業所(50人以上499人以下)では32.4,小・零細規模事業所(49人以下)では21.8と規模が小さくなるにつれて格差が拡大する。しかも規模49人以下の事業所の従業者数は,アメリカでは全従業者数の17%弱であるのに対し,わが国では全体の40%強と割合が大きい。

第93表 国民総支出(実質)増加寄与率

以上,アメリカとわが国との労働生産性格差の存在個所をみてきたが,全般的にわが国の生産性が低いなかでとくに農林水産業,サービス業,中小企業などいわゆる低生産性部門での格差が大きく,その経済全体の中に占める割合も高いことが彼我の生産性格差をもたらす原因として大きく働いている。こうした日本経済の生産性の低さが1人当たり国民所得では20位になつている背景といえよう。

わが国のように速いスピードで成長してきた経済では,諸部門が均等に発展するということは困難なことであつた。わが国の場合,諸外国にくらべ①総固定資本形成の成長寄与がきわめて高く( 第93表 ),②資本形成の内容では製造業,建設業などの割合が大きく,③資産別には間接的な生産関連施設より生産に直結する機械装置などが多い。このように,生産部門への新鋭設備の大幅導入が生産性を高め,そのことが輸出競争力を強め,かつ成長力を高めてきた。こうした成長の過程で,他方,①農業,中小企業などの相対的立遅れ,消費者物価の恒常的上昇,金融構造のひずみなどの経済的アンバランス,②民間資本に対する社会資本の立遅れ,公害問題の深刻化などの社会的アンバランスが目立つてきた。これらは,先進国に急速に追いつこうとする国が必然的に選ばなければならなかつた途であつたかも知れない。

しかしながら,いまや事情は違つてきた。総規模で先進国に追いついた日本経済にとつて考えるべきつぎの課題は,経済全体の生産性をたかめ,さらに経済的・社会的なアンバランスを解消すること,いいかえれば,物的な豊かさをもたらした成長経済の中身の問題である。