昭和44年

年次経済報告

豊かさへの挑戦

昭和44年7月15日

経済企画庁


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第1部 昭和43年度の景気動向

1. 昭和43年度景気の諸特徴

(5) ポリシーミックスの採用

1) 財政金融政策の慎重な運営

経済の根強い拡大傾向がつづくなかで,43年度の財政金融政策は概して警戒気味に運用された。

42年9月にはじまつたポリシーミックスによる景気調整策は43年度に入つてからも継続され,43年度予算の編成にあたつても景気抑制機能が重視された。43年8月になると国際収支の急速な改善から景気調整策は漸次緩和された。しかし,その後も国内経済が根強い拡大基調にある一方,海外情勢もひきつづき不安定なことから,総じて慎重な政策運営態度が維持されてきた。

まず財政政策についてみると,政府は43年度予算の規模を圧縮し,その執行も4~6月期,7~9月期は比較的抑制的に行なつた。国際収支の改善もあつて10~12月期以降になると漸次弾力化してきたが,多額の自然増収が見込まれることとなつたのを背景に,財政金融政策を慎重に運営することを明白にするため,11月の1,000億円(額面)国債減額をはじめ,総額1,780億円(手取りベース)の国債減額を行ない,公債依存度の引下げを実現した。44年度予算の編成にあたつては,景気を刺激することのないよう財政規模を適度なものにとどめるとの方針を貫いた。

このように財政政策は43年度初めは警戒的に運営され,その後漸次弾力的となつたが,全体として慎重な運営が行なわれたといえよう。ただ国内産米の予想を上回る買入れなどから,年度後半財政が相対的には景気拡大的に働いた面があり,また2月には補正予算の編成を余儀なくされた。

つぎに,金融政策についてみると,日本銀行は43年8月に公定歩合を1厘引下げ,都市銀行等に対する貸出増加額規制も7~9月期をもつて撤廃するなど,金融緩和措置をとつた。しかし,その後も都市銀行等に対して資金ポジションを重視した指導をつづけるなど,従来の緩和期とはちがつて慎重な姿勢を維持してきた。その結果,銀行の貸出態度は総じて抑制気味に推移した。しかし44年春ごろからは,日本銀行の指導が漸次弾力化してきたことや預金が好調であつたこともあつて,銀行貸出の増加が目立つようになつている。

2) 引締り気味の企業金融

43年度を通じ,企業の旺盛な投資活動を反映して,資金需要は根強い増加傾向をつづけた。製造業の主要企業について資金需要の背景をみると( 第34図 ),実物投資面で,在庫投資は落着き気味に推移したが,設備投資が根強い増勢をつづけた。また売上げ増加にともなう現預金の積増し需要が,42年以降資金需要増加原因となつた。資金調達面をみると内部資金調達額は着実に増加しているが,資金需要がこれを上回る伸びを示したことから自己金融力(内部資金/設備資金)は漸次低下していつた( 第35表 )。また,外部資金の調達方法としては,岩戸景気の時に投信ブームに支えられて可能であつた資本市場(増資,社債)による調達が今回は少なく( 第34図 ),資金需要の増大はそのまま借入金需要の増大となつた。また43年の後半からはこうした大企業の借入需要が生命保険,信託銀行の余資減少から,都市銀行に集中する傾向もみられた。

このように大企業を中心として資金需要がいちじるしい増大を示したため,銀行貸出はかなりの増加をつづけたにもかかわらず公定歩合引下げ直後にみられた企業金融の緩和感は漸次後退し,年末から年初にかけては,先行き引締り感が生じるようになつた。金利の動きをみても,昨年8,9月に貸出金利が大幅な低下を示したあと年末以降落勢が一巡したこともあつて,下げどまり状態となつており,実体経済が下降に向かい,公定歩合が相ついで引下げられた従来の金融緩和後の姿とはかなり異なつた動きとなつた( 第36図 )。

ただこうした企業金融の引締り感は,現実の企業活動を制約するほどにはいたらず,企業間信用にも格別の動きは生じなかつた。また,44年3~4月にかけては銀行の貸出態度が若干弾力化してきたことから一部には引締り感の後退もみられるようになつた。

上にのべたような企業金融の動きのなかで従来にはみられかつたいくつかの特色があらわれた。その第1は資金調達力の企業間格差が目立つてきたことである。これは一つには,最近金融行政面から競争原理の導入がはかられていることもあつて,金融機関が従来にくらべ収益マインドを高め,つき合い取引の企業からは漸次後退をはかる一方,優良企業には積極的に融資する動きをみせているからである。また,企業金融が引締まる過程で外資に対する依存も高まつている(後掲 第83表 )。こうした過程で,優良成長企業と低成長企業との間の資金調達力の格差が漸次拡大する方向に向かつたと考えられる。

第2は,金融引締めでも中小企業の資金ぐり判断があまり変つていないことである。 第37図 をみると,42年9月の景気調整策実施後,大企業の資金ぐり判断は急速に変化したが,中小企業ではほとんど変つていない。これはこの間中小企業の投資活動が落着き気味に推移したことにもよるが,相互銀行,信用金庫など中小金融機関が引締め期間中,および緩和後とも積極的な融資態度を崩さなかつたこと,都市銀行等も優良中堅中小企業に対し積極的になつていつたことなどを反映したものである。

3) 公社債市場の動き

金融緩和が行なわれたあとも,今回は公社債市場が軟調に推移した( 第38図 )。金融緩和措置がとられた直後,公社債市場は一時的に反騰を示したが,慎重な政策運営態度がつげられるや市況は再び軟化に転じ,44年2~3月にかけては既発債レートが景気調整期中のピークを上回る水準となつた。このように既発債市場が軟調裡に椎移することになつた原因の一つは,都市銀行の売却がふえたことである。金融緩和後の根強い資金需要がつづく過程で,都銀はポジションの悪化を極力抑制する必要から,手持債券の売却によつて不足資金の調整を行なつた。従来,都銀の資金繰りがひつ迫すると,コール取入れの増大が見られたのであるが,今回は金融債を中心とする既発債の売却が行なわれた。この結果,既発債市場が都銀の資金調整の場として,コール市場とならんで大きな役割をになうようになり,利付金融債などの流動化率が高まつた( 第38図 および 39表 )。一方,買い手側でも中小金融機関などは総じて貸出中心の資金運用態度を堅持し,既発債はその利回りがかなり有利となつた段階で買い向かうという動きを示した。また,農協系統金融機関では長期貸出を中心として貸出が伸長したことなどから,資金の長期固定化をさけようとして買い控え態度をとつた。こうした売り手,買い手の事情を反映して既発債市況は軟化し,発行利回りと流通利回りのかい離が拡大していつた( 第40図 )。

このような既発債市況のもとで,起債環境はきわめて悪く,企業の資金需要を反映して43年度の起債希望額はかなりの増加を示したにもかかわらず,年度上期には起債調整が行なわれたこともあつて起債実績が前年を下回つたため,起債達成率は前年度より低下することになつた(42年度88.4%,43年度79.2%)。44年3月には,こうした事態に対処して約1年ぶりに事業債の発行条件改定が行なわれたが,改定幅が比較的小幅であつたため起債環境を大きく変えるにいたつておらず,新発債の消化難がいぜんとしてつづいている。

4) 制度改善への努力

ポリシーミックスの展開と平行して,これまで経済政策の弾力的運用を阻んでいたいくつかの制度的側面に対して改善の手がかりがえられたことも43年度の特徴である。

まず,43年度予算の編成にあたつて,政府は財政の硬直化を打開し,財政が本来の機能を十分に果たしうるよう総合予算主義をとることとした。そのため,年度途中の生産者米価引上げによる食管繰入れや公務員給与の改訂等恒例的な補正要因によつて追加補正が必要となることのないような方策をとることとした。結果的には米買入れ量の予想を上回る増大による食管繰入れや,税の自然増収にともなう地方交付税の増額などを中心として,987億円の補正予算を組むこととなつたが,総合予算主義は硬直化した制度慣行の改善について真剣な考慮をうながすこととなつた。

なかでも食管制度問題の進展が43年度の大きな特徴である。政府は44年度から自主流通米制度を導入することにしたが,これにより消費者の選好に応じた米の生産,および消費が可能となり,このことが米の管理の改善に寄与するものと考えられる。もちろんこれによつて直ちに米の過剰と食管赤字の増大という食管制度の基本的問題点が解決できるわけではない。従来米価は「生産費および所得補償方式」に基づいて決定されてきたが,その際生産費および所得補償をする農家としては限界反収農家(43年産米の場合には,平均反収より1シグマだけ収量の少ない農家)をとつてきた。しかしながら,米の供給過剰が構造的なものとなつた今日,このような米価決定の考え方は実情にそぐわない面が出てきている。こうした事情もあつて,政府は44年度の生産者米価の決定にあたつては,従来の限界反収農家のとり方に修正を加える等により,これを据置くこととしたが,これも米管理の改善の一つになると同時に,物価上昇ムードに水をさす効果も期侍できよう。

そのほか43年度においては,公務員定員の3年間5%削減計画(43~45年度),補助金等の整理が進められるなど徐々に財政硬直化打開への動きがみられた。

金融面でも制度慣行の改善がみられた。その一つは,金融行政,制度面の変化である。金融行政面では,適正な競争原理を重視する方針が打ち出され,競争原理導入のための施策として,統一経理基準の実施,店舗行政の弾力化などの措置がとられた。また,制度面でも金融機関の合併転換法が施行されたことによつて異種金融機関相互間の合併転換が可能となり,金融行政面の変化と相まつて硬直的な面があつた金融制度に新しい要素が加わることとなつた。また,金利の調整機能を高める趣旨から各金融機関において貸出金利の年利建て移行の準備が行なわれていることも注目される。その二つは事業債発行条件の改定(44年3月)である。流通市場の実勢を重視して,発行条件と流通利回りとの格差縮小が行なわれたことは,公社債市場正常化への努力として評価できよう。ただ今回の改定は変更幅が小幅であつたため,公社債市場における金利メカニズムの役割を十分高めるものではなかつた。この点からみて,今後なお改善すべき余地が残されている。