昭和43年

年次経済報告

国際化のなかの日本経済

昭和43年7月23日

経済企画庁


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第2部 国際化の進展と日本経済

5. 経済社会発展のための諸条件

(1) 労働力の有効活用

ア. 労働力不足の進行

これまで日本の雇用需要を賄つてきたのは,主として新規学校卒業者等の新規労働人口であり,そして農林業就業者,非農林業の業主,家族従業者の転職であつたが,こうした供給面で近年変化があらわれてきた。

明治以来1,400万人台を維持してきた第1次産業就業者は,昭和35年ごろを境に急減し,42年では1,000万人程度となつている。総就業者に占める第1次産業就業者の比率は昭和30年代に入つてから急速に低下し(前掲 第29表 ),最近は非1次産業への労働力を補うものとしての比重はかなり下がつてしまつた。事実,非農林業雇用者の増加に対する寄与率をみると,農林業就業者は40年代に入つて相対的に低下した( 第85表 )。また,非農林業の業主,家族従業者は,これまでもう1つの給源であつたが,38年以降では,逆に雇用者からこれら自営業者層へ転職する者が増加している。これは労働力不足のために中小企業などにおいて自らは生産拡大ができず,家内工業や零細企業に下請けさせるケースがふえていることも一因とみられる。これに対して新規学卒者を主体とした「労働力人口増」の寄与率が大きく高まつた。すなわち,これらの移動労働力給源にだんだん頼れなくなりつつあることが,新規学卒者を中心とする最近の労働力不足をいちだんと激化させた原因といえよう。

また,新規学卒者の学歴構成が大きく変わつてきたことも影響している。戦前は,学卒者でも義務教育修了者が大半を占めていたが(昭和5年,中学校進学率2割弱),最近は中等教育修了者が大半を占めるにいたつた(高校進学率,昭和30年5割強,42年7割強)。

他方,需要面の動向をみても,昭和30年代央と比較して最近は大きな変化がうかがわれる。すなわち, 第86 , 87表 に示すように,30年代央の好況期には生産の増加がかなり直接的に雇用の増加につながり,かつそれが大企業,重化学工業部門で高かつたために中小企業や軽工業部門の労働力不足を激化させた。しかし,その後合理化が進み,今回の好況期では生産増にくらべて雇用増はそれほど大きくなつていない(雇用弾性値の低下)。それにもかかわらず,最近かつてなく労働力需給がひつ迫しているのは前述の労働力供給の相対的減少に加えて,雇用者の交替補充需要の増大のほか第3次産業の雇用が相対的にふえたからである(前掲 第47図 )。

第88表 職業別就業者増加率(35年~40年)

イ. 過剰と不足の共存

ところで,労働力の需給は経済のどの分野ででも一様に窮屈になつたわけではない。過剰と不足が共存するといつた方が適切であろう。

労働省の調査によれば,製造業では生産労働者の,卸小売業では販売労働者の不足を訴える事業所が多い。他方,その他の職種について不足感を訴える事業所は半数に達しておらず,とくに事務管理労働者については,過剰とする事業所が製造業で13%あることが注目される。

現場労働力の不足が激しいのは,ブルーカラー労働者に対する社会的評価が低く,それらの労働の性格が歓迎されないという面もあるが,そうした労働力の給源であつた中学卒や農林業就業者の供給が減つていることがひびいている。業種別には軽工業,規模別では中小企業,職種別には技能労働力を中心とする分野でとくに人手不足が激しくなつている。間接部門で余裕感があるのは,雇う方で経営の合理化や機械化によつて人件費負担の大きい事務部門が過大と意識されるようになつてきたからであり,また,雇われる方でも高学歴者が事務管理部門を指向する傾向が強いからである。

なお,高学歴者は産業別にみて第3次産業を指向する者が多いが,これには,わが国で生産関連部門での賃金が相対的に低いことも影響している。しかしながら,サービスの中でも公共的サービスの従事者は実質的にふえていない点が注目される( 第88表 )。絶対数からみれば,高校教員,幼稚園教員は大きく増加しているようにみえるが,生徒数や園児数の増加を考慮に入れるとむしろ実態は余裕があるとは認められない。保健婦などは絶対数においても減少している。

前述した非農林業自営業者層の増加も,不足の底にある過剰が顕在化した過渡的な現象ともみられるが,総じてみて労働力不足といつてもかなりデコボコがあるといえよう。

また国際的に比較しても,労働力人口の増加率や第1次産業就業者の割合などいろいろの指標からみて,わが国の労働力不足は西欧先進国のそれほどではない( 第89表 )。

最近の労働力需給のひつ迫は,流動性の不足から必要な部門で必要な労働力が確保されないこと,学歴構造と労働力需要構造がうまく適合しないことなどに帰因するものであり,絶対的な不足とはいえないであろう。

ウ. 年功賃金の重み

労働力需給のひつ迫は,まず,その程度がもつとも強いグループの賃金を引上げるが,それはまた企業の労働力配置に対する考え方や賃金決定のあり方に影響を与える。とくに日本的慣行としてつくりあげられた年功制は大きな挑戦をうけているといえよう。

年齢別にみて労働力需給がもつとも窮迫しているのは若年労働力であり,昭和36~41年間でみると,その賃金上昇率がとくに高いのはそれら若年齢層であつた。他方,高勤続者の賃金上昇率は,他の労働者層にくらべてもつとも低かつた。しかし,賃金上昇率が人件費増加に与えた寄与率でみると高勤続者は若年層の21%についで15%と高く,さらに,労働者数の増加が加わつて,その人件費全体の増加に与えた寄与率は3分の1にもなつている( 第90表 )。また,両者の中間層(同表中「その他」にあたる)は,労働者数も多く,やがて高勤続者に移行するものであつて,この層も企業にとつて人件費増大の要因となろう。

わが国の賃金制度では,いわゆる年功制によつて年齢間,勤統年数間の賃金格差がいちじるしく大きいという特徴があつたが,30年代中頃以降その格差は相当大きく縮小した。また,その過程では職務給や職能給をとり入れた企業もみられるが,これは前述のような人件費の増大が1つの要因になつたと思われる。

第67図 世帯主の年齢と大きな支出項目

たしかに,技術,技能の性格が変化し,仕事と賃金の対応関係が変わつてきたことからみてもこれまでの年功賃金制の意義は薄らぎつつあり,企業内の適材適所の配置に障害となつている。また,年功制は終身雇用制と結びついているので,企業内の配置転換を容易にするとか,企業への忠誠心を高めることによる能率向上の面はあるが,企業間の労働移動を阻害する面ももつている。したがつて,国民経済的観点からみても,労働力の有効活用をすすめるため,年功制は漸次仕事の内容や能力と結びついたものに変わつていく必要があろう。とくに,資本自由化により外資系企業が進出し,欧米型の労務管理制度をとるとすれば(外資系企業は仕事の内容や能力に応じた賃金制度をとつている),そのことが日本企業の賃金制度改善に少なからぬ刺激を与えると思われる。

第68図 人手不足に対する中小企業の対策

他面,賃金には労働力の再生産費としての役割もあり,結婚,住居費の増大,子供の出生と成長などライフサイクルに応じて上昇する生計費( 第67図 )をまかなえるものでなければならない。今後職務給等仕事の内容や能力に対応した賃金制度に移行するにしても,その際には,再教育,再訓練により能力の再開発をはかり,適切な昇進を組み合わせることによつて高能率・高賃金と生計費確保の両面を満たすことを考えるべきであろう。

エ. 労働力活用の方向

労働力不足と賃金上昇がつづくなかで,労働力を有効に活かす新らしい方向がもとめられている。

その第1は,いうまでもなく,労働節約的合埋化をすすめることである。第1部でみたように,現に労働から資本への代替は活発に行なわれており,また,42年度設備投資の主たる目標の1つは労働力の節約にあつた。もちろん,労働力を機械に置き換えるといつたものでなくとも,機械の改良やレイアウトを変更することで労働力を実質的に節約できた例も多い( 第68図 )。

第91表 雇用者の転職率(日米比較) ―1年間に転職する者の割合―

第2は,労働力の流動性を高めることである。労働力の流動性を国際的に比較することはむずかしいが,日本のそれが高いものであるとは思われない( 第91表 )。先進諸国にくらべてわが国はなお大きな低生産性部門をかかえているのに,最近その移動性が低下してきたということは,労働移動にかかわる現行の制度・慣行および物的条件を新たな観点から再検討することを要請している。わが国のように成長する経済で,過剰と不足が併存する場合には,年功制,人々の移動に関する意識,住宅供給などの改善をつうじ積極的に流動性を高める必要があろう。

第69図 年齢階層別長期勤続者の割合

第3は,女子労働力と中高年齢層の活用である。女子の雇用増加率はこのところ男子を上回つており(前掲 第85表 ),年齢別にみると,中年齢層が多く,企業がこれまで家庭にあつた既婚婦人をパートタイマーなどとして採用しはじめたことを示している。ただ女子労働力は,現在単純作業や現場作業に就くことが多く,したがつて勤続期間も短かい。アメリカでは50歳台で勤続20年以上の女子労働者は10%をこえているが,日本では5%にみたない( 第69図 )。もつと女子をハイタレントとして活用する社会的条件を作るべきであろう。

中高年齢層の活用も今後いつそう必要になろう。現在わが国企業の7割以上は55歳定年制を設けているが,平均寿命の伸びや核家族化を考えると今後その活用は大きな社会問題であるといつてよい。

第4は,労働力の質的向上と企業内部での有効活用である。労働力の不足の解決は,単に頭数だけの問題ではなく,現存する労働力の才能をいかに開発し,活用するかに大きくかかつている。それを行なえば,まだまだ成長の可能性は豊かなものといえよう。

そのためには,学歴偏重,ホワイトカラー職種偏重等の社会的風潮を一新して,産業人としての能力を職業生活をつうじて一貫して体系的に向上させ,かつ有効活用をはかる体制づくりが必要となる。とくに学歴高度化に対応しうる教育・訓練制度の改善・充実,昇進・給与制度の改善などによる積極的マンパワー・ポリシーの実行が必要である。その際,とくに相対的余裕のある労働力層の活用が重要で,間接部門における中高年齢層やホワイトカラー職種への志向の強い高卒労働力がその例である。これらの労働力は企業内の不足部門への配置が積極的に行なわれるべきであるが,配置転換の障害のうち住宅や教育などの問題(53%)についで,中高年齢層の適応能力不足(51%)が大きな問題になつている(日本経済調査協議会「労働力の活用に関する実態調査」)。今後は,これら配置転換の対象となる人々の教育・再訓練とともに,人の能力に仕事を合せるジョブ・リデザイン(仕事の作りかえ)も必要となろう。

もちろん,いずれの場合においても,企業の段階でみれば,職場の環境をよくし,安全,快適に労働ができるようにすることが必要であるし,国家も教育・訓練・社会保障・社会資本の整備充実をつうじて,労働力が正しく発揮される環境をつくるべきである。