昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
第2部 国際化の進展と日本経済
4. 経済の発展と国民生活の向上
つぎに産業,とくに消費財産業やサービス産業の発展と消費との関係を主体面からとらえてみよう。
まず,生産の主体である企業については,技術の進歩,市場の拡大などによつて,多くの分野で大規模生産の利益を享受し,大企業群が生れる点についてはすでにみたとおりである。これら大企業群の動向は日本経済に大きな影響力をもつと同時に,需要者側が多数に分散しているとすれば,無視しえない市場影響力をもつ可能性もある。
また,これら企業に雇用される労働者も労働組合という組織によつて労働条件の向上に努めており,個々の労働者である場合より労使交渉上はるかに大きな力をもつている。労働省の調べによると,昭和42年6月現在3,001万人の雇用者のうち35%にあたる1,057万人が組織化されている。またこれら組織労働者の獲得する労働条件は何らかの形で他の労働者にも影響を与える。
しかし,一般の消費者は孤立無援である。たしかに,消費者個人の合理的行動も重要であるが,それだけで十分であるとはいえない。その組織面をみると,消費者団体はたくさんあり,昭和42年における当庁の調査によると主たる消費者団体は合計341,うち全国団体は18あり( 第83表 ),その役割も徐々に高まりつつある。しかし,消費者団体は多くの消費者が加盟しているわりにはそれほど強い組織力をもつているわけではない。消費者活動の大きな一翼をになつている生活協同組合も,その取扱高は,総小売販売額の1%程度にすぎない(厚生省調べ)。
したがつて,生産者,労働者,消費者の三者の間の力関係はおのずから明らかであろう。労働者は雇用されているという点で基本的に企業より弱い交渉条件にある。しかし企業の市場影響力と労働者の組織力の組み合わせ方いかんによつては,生産性向上の成果が消費者に還元されなかつたり,あるいは生産性が向上しないことによるコストの上昇が消費者に転嫁される可能性もなしとしない。
また供給の増大と所得水準の向上によつて消費者の選択の幅は広がるが,他面においてぜひこれでなければならないという財貨サービス購入の必然性が乏しくなることもあつて,企業の販売拡張努力に対し,他人が買つたから自分も買うというデモンストレーション効果や自らの判断がなくマスコミなどに頼る依存効果をつうじて受動的に対応する可能性がふえ,そのことがかえつて消貨者の利益をそこなうという危険もある。
広告宣伝は企業にとつて販売拡張の一手段であり,消費者にとつても情報をうるうえに必要であろう。わが国の広告費は昭和30年の600億円程度から42年には7.5倍の4,600億円程度に増加したといわれており,国民総生産に対比すると0.7%程度から1.1%程度に増加している。また出荷額ないし売上高に対する広告費の割合は,化粧品・医薬品などでは1割前後を占めており,その多種多様性というような特殊性もあるが,商品を適切に消費者の手にとどけるべき情報の費用としては相当な比率になつている。なお,これら広告を仲介する主要広告代理店は200社弱あるが,そのうち上位5社の取扱高は全体の5割程度を占めるとみられ,消費者に対する影響力には無視しえないものがある。
なお,耐久消費財や住宅にみられる消費者信用は,消費者にとつて延払いという便益であるとともに,企業にとつては販路拡張の1つの手段でもある。欧米先進国にくらべて所得水準がまだ低いわが国では,消費者信用もまだ本格的には普及していない(消費者信用残高の個人消費支出額に対する割合,1966年,日本2.9%,アメリカ16.0%,イギリス5.2%)。しかし,住宅建築,乗用車,電化製品の購入等に関連して最近における伸びはかなり大きい( 第84表 )。
以上のような状況からみて,消費者の利益と安全を守ることはこれからますます重要なこととなろう。それには企業側における消費者利益尊重のビヘイビアが必要であるとともに,消費者自身が自らの権利を自覚してこれを守ろうと努力することが必要である。そのためには安易な依存効果に身を任せないような基礎的人間形成が重要であるとともに,具体的な諸問題についての消費者教育が必要である。また,国においても,品質基準の設置,商品テスト,表示の適正化,誇大広告の規制,苦情処理機構の整備,自主的な消費者団体の育成等なすべきことは多い。前国会で成立した消費者保護基本法はそのような精神に裏づけられたものであつた。