昭和43年

年次経済報告

国際化のなかの日本経済

昭和43年7月23日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第2部 国際化の進展と日本経済

2. 国際収支構造の変化とその内容

(2) 貿易の拡大とその内容

ここ数年の国際収支を支えてきたものは以上みたように貿易収支の黒字であつた。それは,第1に世界貿易が順調に拡大し,輸出環境に恵まれたこと,第2に,わが国輸出商品の価格競争力が強化され,かつ,国内経済や世界貿易の動向に沿つて,輸出構造を高度化しえたこと,第3に,輸入依存度が安定していたことなどによつて実現したものだつた。以下これらの要因を検討してみよう。

ア. 世界貿易の動き

まず,日本貿易の背景になつた世界貿易の動きをみてみよう。

過去10年間(1956~66年)世界貿易は年率7%で拡大したが,前半(5.2%)よりむしろ後半(8.8%)の伸びが高かつた。これは世界経済の実質成長率が,アメリカの61年以来の繁栄もあつて,4.7%から5.7%に高まつたこともあるが,それだけではない。世界貿易の伸長は先進国によつてリードされたが( 第38表 ),これらの国は,貿易制限緩和や関税引下げなど積極的な国際化政策を採用して,先進国間および東西貿易を拡大した。

終戦後の世界貿易は,高い生産力をもつたアメリカと戦争で弱体化したヨーロッパ,日本の対照がいちじるしく,自由貿易の旗印はかかげられたものの,現実にはアメリカ以外の国はドルの不足と産業保護の必要から貿易の制限をせざるをえなかつた。しかし,1950年代の終りになるとヨーロッパの経済は立ち直り,通貨の交換性も回復し,輸入自由化率も急速に高まつた。そして欧州共同体(EEC)や欧州自由貿易連合(EFTA)ができ,関税引下げをつうじて域内貿易を拡大し,さらに域外交流も活発化した。

この期の特色は,先進国と開発途上国との垂直分業でなく,先進国間の水平分業が世界貿易をリードしたことであつたが,この傾向は上にのべたような先進国の国際化政策によつていつそう強められた。日本の進出もめざましく,35年の貿易自由化をはじめ,39年にはIMF八条国に移行するなどして世界貿易の拡大に寄与した。

また1960年前後には対共産圏貿易も制限が緩和され,先進国の共産圏向け輸出の割合は1956年の1.7%から1966年には3.1%に上昇し,比重は小さいが,世界貿易拡大の一翼をになつた。

もちろん,世界貿易のなかに問題がないわけではない。その第1は開発途上国の輸出が相対的に停滞していることである。30年代前半にくらべると後半は伸びを高めているが,先進国との間にいぜん大きな差がみられる。第2の問題は非関税障壁の存在である。ケネディ・ラウンドでは関税一括引下げについて画期的な成果を収めたが,特殊な関税評価制度(アメリカのASP制度( )等),輸入制限(特に差別輸入制限),政府調達等々の非関税障壁の撤廃が将来ますますその重要性を増すと思われる。第3は,先に述べたような国際通貨不安と国際流動性に関する問題である。

以上はいずれも根の深い問題ではあるが,世界貿易が,戦後20年の復興,成長期から新たな段階の発展を図るためには,今後,是非とも解決の努力をつづけなければならない問題である。

イ. 輸出の伸長

以上のように世界貿易は順調に拡大したが,わが国の輸出は世界貿易の拡大をはるかに上回る成長を示した。

日本の輸出は昭和31~41年に年率14.6%で拡大したが,世界貿易と同様,後半(18.2%)は前半(11.1%)を大きく上回つた。両期間をつうじ,日本の輸出成長率は世界貿易の2倍以上であつた。

これは第1に,輸出商品の価格競争力が強化された結果である。わが国の賃金上昇率はかなり高いが,生産性上昇がそれを上回り労働費用が安定的であつた(後出 第70図 参照)。そのため他の先進国が総じて輸出価格を上昇させているなかで,わが国ではそれを引き下げることができた。また,船舶や開発途上国向け重機械などについて延払信用や借款を供与するなど支払い条件を緩和したことも,競争力強化の一因であつた。

第2は,わが国の輸出構造が国内経済や世界貿易の動向にうまく適応してきたことである。10年前まではまだ労働集約的商品が過半を占めていたが,今日では資本集約的な商品が過半を占めるにいたつた( 第39表 )。

これは労働力不足の進行にともない賃金格差が縮小するとともに,労働の資本に対する価格が上昇したこと,資本集約的工業品の生産性上昇テンポがはやかつたことなどのため,労働集約的工業品から資本集約的工業品ヘ優位性が移つてきたことによるものだつた。

しかし,労働集約的商品がすべて不利化し,資本集約的商品がすべて有利化したわけではない。たとえば,労働集約的工業品の中でも,繊維品が相対的シエアを低下させているのに対し,精密機械,民生用電機などはかえつて相対的シエアが上昇している( 第40表 )。

これには技術という要素がかなり影響しているものと思われる。一部繊維製品のように比較的技術が単純な商品では開発途上国の進出もあつて,優位性が落ちてきているが,労働集約的工業品でも比較的高度の技術を必要とするものはいぜん競争力を強めている。いま,アメリカにおける研究開発費の売上高に占める割合によつて研究開発集約度をあらわし,その高い順に産業を3つのグループに分けて36年と41年の輸出構造をくらべると,日本はアメリカ,西ドイツ,フランスなどにくらべてまだ優位性が低いながらも次第に研究開発集約度の高い商品に特化しつつあることがわかる( 第41表 )。

以上のようなわが国輸出商品構成の変化は海外需要の動向にも適合したものだつた。工業国の輸出商品の中で伸び率の高いのは,輸送機械,民生用機械などの機械や化学繊維,基礎化学品などの化学製品などであるが,わが国もそれらの比重を高めてきている。

このように商品別構造ではようやく先進国型になつてきたが,市場別ではどうであろうか。

わが国の輸出構成の1つの特徴はかつて開発途上国の比重が高いことであつた。昭和31年にはその比重は58.8%であつたが,41年では先進国の割合が51.6%になつている( 第42表 )。なお,共産圏向けは,比重は小さいが,この期間に3.3%から6.3%に高まつた。

つぎに,各市場との結びつきを,わが国貿易の市場別構成比とそれぞれの市場の世界輸入(除く日本)に占める構成比との比(結合度)でみると, 第43表 のとおり東南アジアや,アメリカとの結びつきが強く,EECやEFTA諸国との結びつきが弱い。西欧との結びつきが低いのは,距離的要因もさることながら,対日輸入制限が影響していることも見逃せない。

また,輸出市場の集中程度を国際比較してみると,日本はカナダを別として先進国のなかでは集中的なグループに属し,とくにアメリカ一国への高い集中がめだつている( 第44表 )。

他方,潜在的に大きな市場である中国に対する輸出依存度は41年に3.2%と低いが,結合度でみると,中国の世界貿易に占める比重がまだ低い(0.9%)こともあつてかなり高くなつている。

つぎに,以上の市場構成と商品構成を結びつけて,わが国輸出の特徴をみてみよう(前掲 第39表 )。

昭和30年代前半は,商品構成において労働集約的商品の比重がきわめて高かつたが,市場別にみると,工業国むけには労働集約的商品が圧倒的に高く,非工業国むけには資本集約的な商品が相対的に高かつた。

こうした輸出の二面性は36年にもまだはつきり認められた。工業国向け輸出のうち労働集約的商品は63.8%であり,開発途上国向けのうち資本集約的商品が53.9%であつた。しかし,この二面性はその後の労働力不足の進行と資本の蓄積によつて大きく変化した。41年の工業国向け輸出商品のなかで資本集約的商品の割合が49.6%と大きくふえ,同じく開発途上国向けではひきつづき57.6%と高い割合を示している。

このようにわが国の輸出構造は,商品構成の面でも市場構成の面でもしだいに先進国型化し,輸出が伸びやすい型に変わつてきている。ただ,ヨーロッパとの結びつきが弱い点から,まだ水平分業の恩恵を十分うけるまでにはいたつていない。

ウ. 輸入の増大

わが国の輸入は過去10年間(31~41年)年率11.4%で拡大した。この間経済成長率(名目)は14.0%だつたから,輸入の所得弾性値は0.8で主要先進国中,もつとも低かつた。また輸入依存度は,実質値でみると上昇傾向にあるが輸入価格が国内物価にくらべて安定していたため,名目値では低下しており,その水準は主要工業国中アメリカについで低い( 第45表 )。

輸入依存度を商品類別にみると,原料品については,他の先進国とそれほど差がないが,食料品と工業品では低くなつている。とくに,工業品の輸入割合が低く,そのことが全体の依存度を低める大きな要因になつている。また1956年と1966年を比較すると,各国とも食料品と原材料の輸入依存度が低下し,工業品のそれは上昇している。わが国もその型に変わりはないが,工業品輸入依存度の上がり方は比較的小さい。このように工業品の輸入依存度が低く,その上昇率も小さいのは,わが国の経済的距離が先進工業国から遠く,価格弾力性の高い工業品の輸入に不利なこと,工業品の輸入自由化が遅れたことや,工業品輸入に対する関税が先進工業国のなかでは比較的高いこと,わが国の工業品の供給力が拡大したことなどのためである。

もつとも,最近では新らしい傾向がみられる。

第1は,食生活の高度化,畜産の発達,国内農業生産の停滞などによつて畜産物,飼料用穀物,魚介などの輸入が急増し,食料品の輸入割合が上昇傾向にあること( 第46表 ),第2は,エネルギー革命の結果,原油輸入の比重が高まつていることのほか,活発な住宅投資や林業生産の停滞で木材輸入が急増し,原材料の輸入増加率が高まつていること,第3に,労働力不足や消費生活の高度化を背景に繊維品,雑製品など労働集約的工業品の輸入が,開発途上国,先進工業国双方からふえてきていること( 第46表 ),第4に,機械の輸入にはこれまでの技術格差や国内供給能力不足によるもののほか,耐久消費財など水平分業的性格のものもみられるようになつたことである。

以上みたように国際化の進展につれて輸入の増加率は高まる可能性がある。しかし,わが国の国際収支構造の上で貿易収支黒字型を維持することは不可欠であるから,これまで以上に輸出を伸ばす必要がでてくるであろう。そのためには,国際貿易の主流となつている水平分業によりいつそう参加できるよう,国内的には産業の能率の向上に努め,対外的には各種の貿易障壁の撤去に努めていく必要があろう。