昭和43年

年次経済報告

国際化のなかの日本経済

昭和43年7月23日

経済企画庁


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第2部 国際化の進展と日本経済

1. 変貌する内外情勢

(2) 対外環境の変化

日本経済は戦後の成長過程で,次第に国際経済との接触を深め,一方でその影響をうけ他方でその適応をすすめてきたが,この間,国際経済自体も大きく変化してきた。

第2次大戦後,自由世界はIMF,ガットにみられるような自由かつ多角的な経済交流を中心理念として国際経済体制を再編成した。それは最近までその理想を完全に実現できないままに,アメリカの強大な経済力を背景としたドルを中心に運営されてきた。この間,ヨーロッパ大陸諸国が1958年(昭和33年)EECを結成して順調な拡大をつづけ,日本経済も急速に復興・成長し,貿易・資本の両面でいつそう自由な交流を活発化する必要と条件がでてきた。こうした背景のもとに1962年から開始された戦後5度目の関税一括引下げ交渉(ケネディ・ラウンド)は1967年6月末画期的な成果を収めて妥結した。また1968年7月1日にはEEC諸国が域内工業品関税を全廃し予定より1年半早く関税同盟を完成させた。さらに資本の自由化,とくにアメリカ資本のヨーロッパ進出が急速にすすみ,日本に対する自由化の要請も強まつた。

他方,戦後政冶的独立をかちとりながら,とかく国際経済の外にとり残されがちであつた開発途上国に対する関心は,60年代に入つて急速に高まつた。1964年に開催された第1回国連貿易開発会議では開発途上国は債務累積,国際収支困難を打開し,南北の格差を縮小するために援助と貿易の拡大を要請した。ついで本年2月から開かれた第2回会議では,開発途上国が自助努力を行なう前提のもとに,先進国が国民総生産の1%を援助に向けることに努め,あわせて,できるだけ早い機会に特恵関税を与えることが原則的に合意された。南北問題はベトナム戦争終結後の世界が解決しなければならない大きな課題となろう。

ところで,ドルの供給によつて運営されてきた戦後の世界経済には1つのジレンマがあつた。それはアメリカから流出したドルが国際流動性(注1)を補う役割を果たしながら,同時に,その国際収支の赤字継続によつて対外負債が金保有に対して過大になると(注2),ドルの国際通貨としての信認がゆらぐという問題,つまり特定国の通貨を国際通貨にする場合はその国の国際収支の赤字で国際金融を維持することの矛盾である。その上,ベトナム戦争は海外軍事支出の増大,輸入性向の増大,国内物価騰貴による輸出競争力の低下によつてアメリカの国際収支の赤字に拍車をかけた。さらには,ポンド切下げ以来強まつたドルに対する不安なども加わり金の二重価格制が採用されるに至つた。しかし,これと前後して新らしい流動性資産としてのSDR(特別引出し権)の創出について,大国間(除くフランス)の合意がえられたことは国際金融史上に画期的な意昧をもつものであつた。

第31表 各国金・外貨準備の推移

第34図 アメリカの公的債務,金準備,国際収支,軍事支出

以上のような世界経済の変化は,日本経済にどのような影響を与えるであろうか。詳しくは次章以下でのべるが,第1は,貿易面での結びつきの強化である。ケネディ・ラウンドは,一方で各国の関税を引き下げ( 第35図 ),世界貿易を拡大することによつて,日本の輸出を伸ばし,日本が比較優位をもつ産業の成長をすすめ,他方門戸を開放することによつて遅れている部門の近代化への刺激を与えることになろう。特恵供与は,開発途上国の成長をつうじて世界貿易を拡げるが,日本の競争部門に対してはいつそう大きい刺激となろう。

第2は資本取引の活発化にともなう影響である。政府は42年7月,33業種について外資比率50%まで,17業種について100%まで自由化を実施した。さらに今後の方向としては,内外情勢の急激な変化がない限り,経済社会発展計画で期待しているように,昭和46年度までに,わが国経済のかなりの分野において自由化を実施することを目標としている。さらに43年6月には特殊な先端技術等を除いて技術導入の自由化を行なつた。自由化は新らしい刺激と競争をつうじて,あるいはすすんだ経営,技術の導入をつうじて,わが国経済の能率を高め,また廉価・良質な製品を供給する条件となるなどの利点をもつている。もつとも,そのすすめ方のいかんによつては,外資による産業の支配,産業秩序の攪乱,中小企業の不当な圧迫,あるいは自主技術の開発の阻害等わが国経済に重大な問題をもたらすことも考えられるので,わが国の特殊性を考慮し,慎重な態度が必要である。

第3は,国際通貨問題がわが国経済に与える影響である。金・ドルとならんでSDRが国際流動性を供給するようになれば,世界貿易ははじめてその安定的・持続的拡大にふさわしい通貨体制をうることとなり,日本の輸出伸長の基盤としても期待するところが大きい。しかし,理想的な通貨体制が本格的に確立するまでの過程では,とくにその期間が長びく場合には,国際経済変動の緩衝器としての外貨準備の水準が問題となろう。

わが国の外貨準備は年間総輸入額との比率でみれば国際的に低水準にある。しかし外貨準備の適正水準は,その国の成長力,国際収支調整政策の有効性等によつて異なり,わが国の場合は第1部でみたように,これまで他の先進国にくらべて一般的に引締め効果の浸透が早く,それだけ必要外貨準備は少なくてすんだ。

また,わが国の流動性準備に占める金の割合は低かつた。これは外貨準備の総量が低水準にあつたためであるが,これにはドル預金をすることによつて外貨の借入れが可能であるというメリットがあつたほか,この間ドル保有にともなう利子収入もあつたわけである。

しかし,外貨準備とともにわが国の短期対外ポジションを形成する為替銀行の対外短期債権債務残高は本年3月末で12億ドルの負債超過となつている。したがつて今後は公的準備としての外貨準備だけでなく,これに為銀のネット・ポジションを加えた総体的なわが国の対外ポジシヨンの推移に注目しなければならない。そして長期的,基本的な姿勢としては,今後,外貨準備を含めた短期対外ポジションの改善を図るという姿勢がとられるべきである。もちろん,外貨準備は適正な成長を抑えてまでそれ自体の増強を図ることは適当でないが,今後経済の持続的成長の過程で貿易規模の拡大にともない漸次その増加を図つていくことは望ましいことである。また,国際協力を推進し,SDR創出に積極的に寄与することは,こうした観点からも望ましく,国際通貨体制を安定させ,ひいては日本経済のこれからの成長を保障する道であろう。

以上みたように,日本経済はかつてないほど内外環境が大きく変化しつつあるが,こうした変化の中で日本の国際収支や産業はどのように影響をうけ,かつそれに適応していくであろうか。以下,できるだけ国際比較をしながら現状と問題点を検討し,わが国のもつ経済能力を十分に発揮していくための諸条件を明らかにしよう。


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