昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
第1部 昭和42年度景気の動き
1. 予想をこえた経済の拡大と国際収支の悪化
国際収支悪化の背景には,予想をこえた国内経済の拡大があつたが,その内容はどんなものであつたか。
民間設備投資は,42年度日本経済を大きく拡大させた主役であつた。40年10~12月を底にして上昇に転じた設備投資は,当初非製造業や中小企業で活発であつたが,41年後半からは製造業大企業部門も加わり,全部門にわたつて本格的に増加した( 第4図 )。こうした拡大をもたらした要因は何であつたか。
その第1の背景は,37年以降,設備投資が沈静して資本ストックの調整がすすみ,また老朽設備の廃棄が高められたために,景気回復とともに過剰設備が急速に解消していつたことである。たとえば,機械装置のストックの変化でみた製造業の供給力の増加率は41年中ほぼ横ばいに推移した。その間,需要は徐々に拡大して,設備稼働率は期を追つて上昇した。また,労働時間も上昇をつづけた( 第5図 )。
いま生産は機械装置ストック,設備の稼働率,生産労働者数および労働時間によつて決まるとし,稼働率が100%,労働時間が過去の最高のものとしたときにえられる生産を「潜在的生産」と考えるとした場合,これを現実の生産と比較すると 第6図 のようになる。この試算によつて,41年に入つて需給ギヤップが急速にせばまつていることがわかる。これは当然,企業家の投資意欲を刺激するものであつた。
労働力の不足が進行するとともに,資本コストにくらべ賃金が高くなると資本への代替がすすむ。生産が資本や労働の増加とどのような関係にあつたかをみると( 第10表 ),37年以前は生産増のうち10%以上が労働力の増加によつてもたらされていたが,41年以降はそれが大幅に減り,代わつて設備の増加や稼働率の上昇による割合が高くなつている。
また,設備投資を同一の資本装備率で労働の増分に対し必要とする投資(単純拡張投資)と資本装備率の上昇のために必要とされる投資に分け,後者をさらに労働の相対価格上昇に基づく投資(労働代替投資)と生産規模の拡大に基づく投資(規模拡大投資)に分けてみると,今回は労働力増加にともなう単純な拡張投資の割合が大きく減少し,反面で労働代替投資の割合が大幅に増加した( 第11表 )。つまり今回の上昇局面では労働力不足化が進行するなかで,生産を増加させるために大規模な投資が必要になつたわけである。
30年代以降,日本の重化学工業はいちじるしく進展した。なかでも所得水準の上昇とともに個人消費支出に関連した高度耐久消費財関連の重工業が大きく成長し,それにともなつて国際競争力も強化されて輸出の面でも大きな比重を占めるに至つた。
こうした事情を背景に,自動車,石油精製,石油化学といつた主として消費関連部門の設備投資が増大し,これが全体の設備投資を推進する大きな力になつた。
第3次産業は経済の発展とともに増大する。日本の場合は第2部でみるように,物的生産の飛躍的拡大と消費水準の上昇によるサービス支出の増大を背景に30年代央からその割合が高まつてきている。
このため設備投資中に占める非製造業部門の割合は36,7年ごろから高まるとともに,38年以降はほぼ国民総支出の伸びと並行して増大し,全体の設備投資比率を大きく振幅させた製造業の投資とはきわめて対照的な動きを示してきた( 第7図 )。非製造業部門の設備投資は安定的・持続的であつて,そのことが設備投資の底からの回復に寄与しただけでなく,42年度設備投資の大型化の大きな一因になつた。
41年央から急増した在庫投資は,その後も急増をつづけ,42年1~3月は年率2.1兆円というかつてない大規模のものとなつた。42年中も,若干減少傾向をみせているが,いぜん年率1.8~2兆円の高水準で推移している( 第8図 )。
一般に在庫投資は総需要とともに増加するが,今回も景気の回復と同時にふえはじめ,42年に入つて1~3月にはさらにその増加テンポが高まつた。なかでも流通在庫(法人卸小売業)の投資増加がめだつたが,その背景には,積増し意欲が強まつたことのほか,堅調な消費需要があり,また一部業種での積極的な流通対策(鋼材サービス・センターの建設とか流通部門の分離拡充など)があつた。
ところで,年率ほぼ2兆円に達した42年の在庫投資も,国民総支出に占める割合はもつとも大きくなつた42年1~3月でも5.5%で,これまでとくらべてとくに高いというわけではない。また国民総支出に与える影響も,42年1~3月までは引上げ要因であつたが,4~6月以降はむしろマイナス要因に変わつている。
急速に拡大した総需要のなかで,個人消費は安定的な伸びを示した。42年の対前年増加率は13.6%で,ここ数年の13~14%の伸びとあまり変わらなかつた( 第13表 )。
都市,農村いずれも伸びているが,とくに農村の場合は,米の豊作と価格上昇で農業所得がふえただけでなく,兼業がすすみ農家所得の50%をこえるにいたつている農外所得の増加もあつて,1世帯当たり消費支出は16.7%(人員調整値)という高い伸びを示した。この結果都市と農村間の消費水準格差はかなり縮小した。もつとも,世帯当たりの消費の伸びは高くても,戸数の減少があつて消費全体のなかでの農村消費の割合は低くなつているので,農村消費の急膨張がそれほど消費全体を押し上げたわけではない
今回の景気上昇の過程で,総需要は大きく伸びたが(対前年比42年19.0%),個人消費の増加による分は6.7%でこれまでとあまり変わつていないから(40年6.5%,41年6.6%),消費の増大が景気上昇の大きな力になつたとはいえない。また,平均消費性向(都市勤労者世帯)は40年度82.8%,41年度82.6%に対し42年度には81.4%に低下している。つまり42年度の消費増加は所得増加を背景としたものであつたわけである。
42年度の消費の内容をみると( 第14表 ),都市,農村とも耐久消費財を中心にした家具什器と被服の伸びがめだつている。当庁「消費者動向予測調査」によれば,石油ストーブ,冷蔵庫,掃除機,扇風機などの保有が高まり,カラーテレビや自動車などの大型耐久財も高所得者を中心に普及率が高まつている。また,最近の耐久消費財需要のなかでは,30年代に購入したものの買替え需要が大きくなつている。
なお,消費の内容として,食生活や住生活が貧弱なわりに耐久消費財支出やレジャー支出が多く,一部には消費のいきすぎもみられたが,その反面,消費性向の低下で増加した貯蓄分を住宅建築,土地購入など「財産購入」の増加に向けるという堅実さもあつた。