昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
第1部 昭和42年度景気の動き
1. 予想をこえた経済の拡大と国際収支の悪化
国際収支は41年末から赤字に転じていたが42年にはいると期を追つて悪化し,1~8月では230百万ドル(貿易収支を季節修正した総合収支)の赤字となつた。このような国際収支の悪化に対処するため,9月景気調整策が実施された。43年になると,世界景気の回復と景気調整効果の浸透から,めざましい改善をつづけている。
42年度をつうじてみると( 第3表 ),総合収支で535百万ドルの赤字であつたが,これには貿易収支の黒字幅が1,124百万ドルと前年度にくらべて10億ドル近く縮小したことが大きくひびいている。このため,貿易外収支,移転収支および長期資本収支での赤字合計2,178百万ドルをカバーすることができなかつた。貿易外収支の赤字幅拡大は輸入の急増による運輸収支の悪化を主因とするものであつたが,これにはスエズ封鎖による運賃上昇の影響(約1億ドル強と推定される)も含まれている。なお42年度の特需収入は531百万ドルであつたが,ベトナム戦争による増加は2億ドル以内とみられ,朝鮮事変時とくらべると格段と小さなものである。長期資本収支は,輸出の不振がつづくなかで機械や船舶の伸びが比較的大きかつたため延払信用供与がふえ,本邦資本の流出超過幅は拡大したが,42年末からインパクト・ローンや外債など外国資本の流入増があり,前年度より若干赤字幅を縮小した( 第4表 )。
基礎的収支の赤字は1,054百万ドルと大きかつたにもかかわらず,外貨準備の減少は114百万ドルにとどまつた。これは,短資の流入が大きかつたからである。民間非金融部門の短期資本は輸入業者に直接与えられるBCユーザンスの利用率上昇を主因に491百万ドルの純流入をみた。また,為銀部門も輸入ユーザンスが輸入の増加と41年の円シフト(国内金利が海外金利よりも低くなること,さらには国内資金需給の大幅緩和によつて輸入ユーザンスのような対外債務が国内の円金融にふりかわつたり,輸出ユーザンスが増大したりすることにより資本が流出する現象)の逆転(いわゆる逆シフト)により増大し,さらにユーロ・ダラー等の取入れが増加した。このため,外貨準備とともにわが国の短期対外ポジションを形成する為銀のネット・ポジションはここ1年の間に7億ドルも悪化し,本年3月末で12億ドルの負債超過となつた。
国際収支悪化の主因になつた貿易収支の黒字幅の縮小はなぜ生じたのであろうか。それは国内景気の急上昇と海外景気の低迷が同時におこつたこと,すなわち内外景気がすれ違つたことにもつとも大きな原因があつた。
41年中,経済の順調な拡大にともなつて,輸入の増加テンポは高まり,一方輸出の伸びが鈍化することによつて,貿易収支の黒字幅は期を追つて縮小していたが,42年に入ると欧米諸国がほとんど一斉に景気の停滞をみせることによつて,貿易収支はさらに悪化した。 第1図 にみるように,日本の貿易収支の変動は,先進工業国の景気と日本の景気との相対的な関係に大きく左右されてきたが,42年には35,6年と同じように,内外景気のすれ違いがあつて貿易収支の悪化がもたらされた。以下,輸出入にわけて検討しよう。
41年に15.7%とそれまでのすう勢(35~40年平均増加率16%)に近い伸びを示した輸出(通関額)は,42年にはいると前半はほぼ横ばいに推移し,年間では6.8%と36年以来の最低の伸びにとどまつた。
商品別にみると,前半にいちじるしかつた鉄鋼の落ち込みが大きくひびいており,ついで機械,さらに繊維・同製品などの伸び悩みによる影響が大きい( 第5表 )。
地域別にみると欧米先進諸国向けの停滞がいちじるしい。とくに,アメリカ向けが前年比1.4%増にとどまつたことが輸出不振に大きく影響した。また共産圏向けも前年までの急増から一転して大幅減少となつた。さらにこの2,3年急増傾向にあつた東南アジア向けも伸び悩んだ。
第6表 アメリカ市場におけるシェアの変化(西欧または開発途上国によってシェアを縮小させられた商品)
このような輸出の停滞は,国内景気の上昇による輸出余力減退に海外景気の低迷が重なつたからであり,価格競争力が低下したためではない。輸出価格は前年比1.8%上昇したが,これは鉄鋼,機械の一部などで国内需給のひつ迫から選別輸出が行なわれたことが主因であり,コスト上昇に基づくものではない。42年は生産性の上昇(16.5%)が賃金の上昇(13.5%)を上回つていたから,天然繊維製品や玩具など開発途上国と競合する一部商品を除いて競争力の強化はつづいているものとみられる。
第2図 によつて輸出を停滞させた内外要因をみると,海外需要(世界の工業品輸出量)は,日本経済の景気の谷からの1年間余り順調に拡大していたが,42年第2四半期から停滞に陥つた。一方,輸出余力(製造業生産能力指数と国内向け出荷指数の比)は,景気の谷から1年間ほどはこれまでの局面と同じように低下したが,その後下げ足は鈍り,42年第3四半期でほぼ下げどまつた。
したがつて,41年中国内輸出余力の減退により,伸びを鈍らせていた輸出は,42年に入つて海外需要の停滞が加わることにより大きく鈍化したといえる。
輸出不振のとくにいちじるしかつたのはアメリカ市場であつた。アメリカの輸入は66年に前年比19.6%と大幅な増加を示したあと,67年には5.0%増と伸び悩み,これを主因として日本の対米輸出は1.4%増といちじるしく停滞した。しかし,アメリカの輸入増加率が低下しただけでなく,日本の対米輸出弾性値も低下している。これは1つには,アメリカの在庫調整を中心にした景気後退がわが国の対米輸出に占める比重の高い鉄鋼,繊維,雑製品などの輸入に大きく影響したからである。しかし同時に,わが国の国内需給がひつ迫して輸出圧力が低下する一方,西欧の輸出圧力が景気後退もあつて強まつたため,合繊,鉄鋼などのアメリカ市場でのシエアが落ちたこと,軽工業品のシエアが開発途上国との競合で傾向的に低下していることなども輸出不振の原因であつた( 第6表 )。
国際収支の悪化は輸出の停滞とともに輸入の急増にも大きな要因があつた。42年の輸入(通関額)は11,663百万ドルで,前年にくらべて22.5%の大幅な増加になつた。
一般に,総需要がそれまでのすう勢を上回つて伸びると,総需要で説明される以上に輸入は増大するが,41年来の景気上昇期にもそうした関係がみられた( 第3図 )。
輸入の増大は第1に製品原材料輸入の急増(45.5%)によつてもたらされた( 第7表 )。製品原材料の輸入は,需要の増加に生産体制が即応できないときに急増するという限界的な性格をもつているものが多いが,42年は銑鉄を中心に大幅に増加し,非鉄金属の価格高騰も加わつて輸入増加の35%を占めた。第2は素原材料輸入の増加である。これは,生産の急増にともなう輸入素原材料消費の増加によるものであつた。一方,輸入素原材料在庫投資の増加は,42年をつうじてみると68百万ドルと大きくはなかつた。
第3は資本財輸入が37年以来の伸びを示したことである。42年前半は事務用機械の増加が中心であつたが後半からは工作機械の輸入も急増した。なお木材,消費財はひきつづき大幅な増加を示したが,米の豊作等により食料の輸入増加は比較的小幅にとどまつた。
以上のような42年の国際収支の赤字は,これまでの悪化時にくらべ決して大きなものでなかつた。赤字幅が一番大きくなつたときの時期をこれまでと比較してみると,今回(42年7~9月)は基礎的収支赤字の絶対的な規模は最大であつたが,輸出入規模の拡大を考えると小さくなつている( 第8表 )。
また輸入の増加は貨物運賃支払いをふやし,延払輸出は長期資本の流出をともなうというように,輸出入の動きは貿易収支以外の項目にも影響を与えるが,この関係をみたのが 第9表 である。これによると基礎的収支の悪化は輸出入およびそれに直接に関連する取引の悪化によつて説明され,その他取引ではむしろ好転していることになる。なお,この関連表を用いて,基礎的収支が41年に比較して悪化した要因を海外・国内に大別してみると,前者がほぼ4割,後者が6割であつた( 同表(備考)5 )。