昭和42年
年次経済報告
能率と福祉の向上
経済企画庁
第2部 経済社会の能率と福祉
3. 能率と福祉の結びつき
近年,公害が国民の健康をむしばみ生活環境を悪化させ,公害対策の必要性が社会問題としてとりあげられるようになつた。
公害は,産業の高度化や人口の都市集中を背景におこつている。最近の傾向として,①東京都の例でみられるように工場・人口の集中,自動車の増加によつてその発生源が増大するとともに,地域的に拡大してきているということ。②30年代を通してみると公害陳情件数などからみれば産業公害の比率が高まつてきたこと( 第65図 )。③大都市における社会資本ストツクが1人当りの比率でみても,所得に対する比率でみても低く都市公害がふえていること( 第72表 )。④さらに,原因が複合化して産業公害と都市公害との区別がむずかしくなつたこと,などがあげられる。現象別にみると,大気汚染については,燃料源の転換等につれてスモツグ発生日数は減少しているが,亜硫酸ガス濃度は年々高まつており( 第66図 ),また自動車の増加による排気ガスの害もひろがつている。一方,河川の水質汚濁は,工場排水や家庭下水の流入などによつて起るが,とくに,工場排水がその主な原因となつている。もつとも都市河川では家庭下水の影響もかなり大きい( 第73表 )。このような公害は,国民生活をおびやかすばかりでなく,農業,漁業はじめいろいろの産業にも,大きな被害を与えるようになつてきている。また騒音については工場騒音,建設騒音,交通騒音など身近なものが多く,住民の苦情陳情件数は大気汚染とならんできわめて多い。
一般に公害は,外部不経済という形の社会的費用の一部とみなされているが,公害による広義の社会的費用は社会全体にその費用が転嫁されている被害額と公害防除のための費用に分けられよう。
公害の問題は,この社会的総合費用を最小にし,さらに費用を合理的かつ公平に分担するにはどうすればよいかという問題に帰着するが,被害の中には経済的損失に還元できないものや,主観的要因があつて,その測定がむずかしい。また,現象の多くが地域的に限定されているのでマクロ的な分析がむずかしい。
ここでは,大気汚染の社会的費用についてみてみよう。
第74表 は,昭和40年度における川崎市における大気汚染による損失を,家計や商品への損害,防止設備投資およびその維持管理費について推計したものである。
全市の被害額は,商店を含めた全世帯で年間17億円余となつており,これは同年の川崎市の付加価値額(従業員20人以上の企業)3,313億円の0.5%に相当する。その内訳は,健康に関するもの399百万円,住宅,家財に関するもの727百万円,その他生活上の被害に関するもの593百万円となつている。このほかに,商店世帯では商品や器具への損害が19百万円でている。これを1世帯当りでみると,一般世帯で6,941円,商店世帯で8,642円となつている。
推定方法や調査項目にちがいがあるが,参考のために他の例をみると,大阪市(40年)では家計部門で年間130億円,1世帯当り14,000円以上という結果があり,札幌市(36年)では家計部門のみで12億円(1世帯当り約1万円),商店,百貨店,工場などを加えると17億円という調査がある。外国の例では,フランス(1957年)では全国で2,400億(旧)フラン(1,728億円),1人当り6,000フラン(4,320円),アメリカ(1965年)では,大気汚染の被害が全国で110億ドル(約4兆円),ニユーヨーク市で520百万ドル(1,872億円)で,ともに1人当りの損失額は65ドル(23,400円)となつている。アメリカの1人当り国民所得の2.5%である。
一方,これに対する防除費用はどうか。川崎市内の従業員10人以上の工場の実態調査からみると,防除施設の建設費は総額で26億円,1件当りで1,755万円である。また防除施設の維持管理費が年間6億円(うち,金利47百万円,減価償却費281百万円,その他282百万円)となつている。この調査は市内全工場(従業員10人以上)の4分の1抽出なので,市内全体の防除施設の維持管理費はおよそ25~30億円となる。
以上の結果から,川崎市では,年間25~30億円を投じて,しかも一方では17億円の経済的損失を発生しているということになる。つまり,川崎市全体としての大気汚染による社会的費用は,年間40~50億円ということになる。この計算には,自然環境の損傷や生活上の不快感など市場価格に換算できないものは含まれていない。
産業公害については,従来企業の設備投資が生産力強化に主眼がおかれたため,近年の努力にもかかわらず,その防除のための投資が遅れている。公害による損失額を減少させる費用はどの程度であろうか。
日本長期信用銀行の調査(主要企業93社対象)によると,総設備投資に占める公害対象設備投資額は39年に1.5%,40年には1.7%となつている。主要業種(40年)についてみると,鉱業8.0%,石油精製業2.5%,電力業1.7%,鉄鋼業1.4%等となつている。
次に,比較的公害防除に効果を上げている宇部市の例をみてみよう。 第67図 は宇部市の降下ばいじん量と集じん装置への投資額を26~40年度についてみたものである。これによると,26~35年度の10年間についてみると,集じん装置への投資がふえると降じん量は急減している。もつとも,その後は投資をふやしている割合には降じん量の減少率はさして大きくない。公害対策としては防除投資の促進を急ぐこととあわせて新たな技術開発によつて,投資の効果を高める努力をすることが必要である。
なお,宇部市の場合には回収される副産物が,年間10億円を上回つているが,このような副産物収入で防除費用のかなりの部分を吸収できることも十分考えられてよい。
第75表 年次別公害防除施設の建設費およびその維持管理費(川崎市)
以上のべたように,経済の発展によつて,公害はより広域化し,被害範囲が拡がつている。現段階の技術をもつてしては,公害を全く解消することはきわめて困難であるが,経済の発展と技術の進歩は公害解消のための新しい力を生み出しつつある。よりよい生活環境と産業の発展と集積の利益を同時に享受しようと思えば,各経済主体がその責任区分に応じて防除の費用を分担し,各界が協力して公害を減少するよう努力しなければならないだろう。