昭和42年

年次経済報告

能率と福祉の向上

経済企画庁


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第2部 経済社会の能率と福祉

3. 能率と福祉の結びつき

(1) 物価上昇の影響

第55図 30年代の物価変動

(一) 資源配分と価格変化による所得配分

昭和30年代,とくにその半ば以降の物価の動きはきわめて激しかつた。一般物価水準(GNPデフレーター)は30年から35年にかけて12.7%,35年から40年にかけては25.8%という上昇を示した。

この間に,相対価格も大きく変動した。すなわち, 第55図 にみるように,一般に生産性の高い産業の生産物の価格が安定ないしやや下降したのに対し,生産性の低い産業の生産物価格は上昇した。そしてこのことを反映して,卸売物価と消費者物価,工業製品と非工業製品,工業製品と農林水産物,サービス,あるいは大企業製品と中小企業製品の間の相対価格が大きく変化した。成長する経済のもとでは,産業によつて生産性の上昇に差があるから,個々の財貨やサービスの価格はちがつた動きをする。

つまり,相対価格が変化する。とくに日本経済の場合には,成長がはやいだけに生産性上昇率の産業間格差も大きく,しかも,30年代後半には労働需給の変化から賃金格差の縮小がおこり,低生産性部門の賃金上昇率が高生産性部門のそれより高くなつたため(前掲 第16図 ),賃金コストの面から相対価格の変動が大きくなつた。また, 第56図 や前掲 第33表 , 第40表 をみてもわかるように,労働と資本が低生産性部門から高生産性部門ヘ移動して供給量が相対的に変化したことは,消費需要の高度化,多様化とも相まつて,需給面から相対価格の変動をもたらす要因にもなつた。

つぎに,このような相対価格の変化によつて,付加価値が産業間にどう再配分されたかをみてみよう( 第63表 )。

産業連関表による40年の全産業の付加価値額(名目)は29.5兆円であつた。35年を基準としてみると,そのうち5.1兆円は価格の上昇によつて増加したものである。これを産業別にみると,農林水産業の付加価値額3.4兆円のうち1.3兆円は価格の上昇によるものであり,第3次産業では同じく14.1兆円のうち4兆円が価格上昇によるものであつた。これに対し,製造業の付加価値は8.1兆円であつたが,それは価格の変動がないと想定した場合より1.5兆円少なかつた。

その関係を図であらわしたのが 第57図 である。就業者1人当りの付加価値額を横軸にとり,価格の上昇(低下)による1人当り付加価値の増加(減少)を縦軸にとつたものであるが,電気・ガス,水道,不動産業などを除いて1人当り付加価値の大きい(高生産性)産業ほど価格の低落で付加価値が減つており,1人当りの付加価値の小さい農林水産業,商業,サービスなどの産業ほど付加価値が増加しているという傾向がみられる。付加価値生産性の高い産業から,その高生産性の成果の一部が,低生産性部門へと配分されていつたことがわかる。

以上は,相対価格が変動しながら物価水準が上昇した場合,付加価値が各産業間でどう配分されたかをみたものであるが,物価水準が上昇しなかつた場合を想定しても, 第63表 の「再配分付加価値」欄にみるように,製造業などの高生産性部門から農林水産業,サービス部門などの低生産性部門へ,付加価値の再配分が行なわれている。

このような相対価格の変動は,産業間の付加価値再配分を通じて賃金・所得の平準化を助け,福祉向上の一因になつたが,この間に物価水準も上昇している。

それは1つには,高生産性部門で労働生産性がかなり上がつても,賃金の上昇や資本費負担の増加になつた部分が多く,労働生産性の上昇がそのまま価格の低下にならなかつたためである。

2つには,低生産性部門で高生産性部門との間に生産性上昇の格差がありながら,賃金・所得の平準化に伴うコスト上昇をそのまま価格に転嫁し,また需給関係などでそれを可能にする要因があつたからにほかならない。

そうした結果,35年以降,物価水準全体としても前述のような上昇を示し,とくに低生産性部門の比重が高い消費者物価の上昇が著しくなつた。

第64表 卸売物価および消費者物価の部門別上昇率

(二) 消費者物価上昇の家計への影響

消費者物価は,35年以降41年まで年率約6%の高い上昇を示した。

消費者物価が家計に与える影響はさまざまである。38年までは物価の上昇も大きかつたが,所得の増加も大きく,そのため実質所得の伸びも年々高まつた。39~40年は不況下にもかかわらず物価上昇が大きかつたため実質消費の伸びは物価上昇率と逆に動いている( 第58図 )。

これを階層別にみると,30~35年については物価が比較的落ち着いていたこともあつて物価上昇の実質支出に対する影響は全般にあまりなかつた。しかし,36年ごろからの消費者物価上昇は大きく,しかも内容的に上昇率に差があつたので,支出構成の違つた各階層に与える影響もちがつてきた。所得の低い層では,エンゲル係数が高いことからもわかるように,食料など基礎的支出が多く,しかも食料品の値上がりがこの期間最も高かつたから,物価上昇の圧迫感は強かつた。これに対して,高所得者層では,食料費支出の割合は相対的に小さいが,サービスの購入額が比較的高い。そして,このサービス料金は,人手不足やサービス産業の低生産性ということもあつて上昇が食料費についで高かつた。したがつて,物価上昇の家計に与える影響は上下層とも一様にうけている。つまり,いずれの層も物価上昇によつて実質所得の伸びが減殺され,しかも欲求度の高いものほど,供給力の不適応で価格上昇が大きい傾向にあるから,物価上昇に対する心理的不満感はいずれの層でも大きかつたといえよう。ちなみに,エンゲル係数は周知の通り下がりつづけているが,(食料+住居費)係数はエンゲル係数ほど下がらず,さらに,食料費・住居費に義務教育費,保健衛生費などの基礎的な必需品目を加えて,その割合をみると,上の2つの係数ほどには下がつていない( 第59図 )。

また消費者物価の上昇は,貨幣購買力の減少を意味するから,物価の上昇に伴つて名目的な貨幣量の増加が期待できない利子・年金生活者にとつては生活に重要な影響を与えることは明らかである。しかし,現在のわが国では利子・年金などだけで生活している者は少ない。問題はむしろ消費者物価上昇が一般家計の貯蓄に与える影響である。

いまかりに,勤労者の年間収入100万円を前提にして,さらに,その所得を毎年消費90,貯蓄(ただし預貯金)10の割合で使うとする。そして,たとえば,実質所得の伸びは年に5%で同じでも,消費者物価が上がらない場合と年に5%上がる場合にわけ,5年後の時点で自由に使える貯蓄の累積額を金利4%として計算すると前者(名目所得上昇率が年に5%)の場合は620千円であるのに対し後者(名目所得上昇率が年に10%)の場合は686千円にふえるが,実質価値に直すと,かえつて13.3%減少することになる。その減価を防ぐためには年々の物価上昇率が5%であるとき,実質所得の伸びは5%ではなく6%にならなければならない。このように物価上昇の場合は上昇しない場合にくらべ明らかに損失を蒙ることがわかる( 第65表 )。

第66表 所得階層別貯蓄保有形態

第60図 年間所得階層別貯蓄の目的

このように,消費者物価の上昇は,個人資産の大きな損失を意味するが,財産を預貯金の形で保有しているのは低所得者層に多いから( 第66表 )低所得者ほど大きい影響をうけるということができる。これら貯蓄の目的は「不時の病気や災害に備える」とか「子弟の教育資金」とか「土地等の購入」といつたものが圧倒的に多い( 第60図 )。物価上昇はその意味で,国民の住宅に対する願望を遠ざけ,あるいは将来の生活に不安を感じさせるもとであるということもでき,消費者物価の安定が強くのぞまれる。