昭和42年
年次経済報告
能率と福祉の向上
経済企画庁
第1部 昭和41年度の日本経済
6. 新しい財政金融政策の方向
景気が上昇するにつれて,金融情勢にもいくつかの変化があらわれてきた。
41年度前半まで緩和基調をつづけていた金融市場は後半にはいつて次第にその基調に変化が生じてきた。企業の決済用現金需要や消費の増大などを反映して日銀券の増発テンポが高まり,一方財政資金対民間収支も法人税,所得税等の税収,郵便貯金等の受入れが増加したうえに,公共事業関係支出が上期集中の反動から,前年同期にくらべ支出額では増加したものの進捗率では下回つたため,揚勢を強めてきた( 第25表 )。こうした情勢を反映して季節的に揚げ要因の強まる1,2月には市場は繁忙となり,月越物コールレートは1月下旬,2月下旬各5毛,その他のコールレートも2月下旬に1厘上昇した。その後4月は季節的に財政資金散超期にあたつたため,コールレートも旧水準に復したが,6月に入つてからは資金不足期を迎え各条件物とも再び1厘上昇した。
なお,41年度財政対民間収支は5年ぶりに2,434億円の大きな揚超となつた(前掲 第25表 )。これは財政投融資面で郵便貯金等の受入が好調な伸びであつた一方,運用面では金融緩和状況を反映して地方貸の回収増,実行のずれがみられたこと,外為会計がかなりの揚超になつたことなどが原因であつた。なお,一般会計では税収その他の自然増収がかなりの額に上つたが,その大部分が補正予算の財源と国債発行の削減(645億円)に充当されたため,この面では財政収入の揚超とはならなかつた。
また,41年末頃から大企業の借入需要も漸増傾向を示しはじめている。
まず,かなり高水準にあつた大企業の手元流動性が現預金対売上高比率でみても,また,現預金対借入金比率でみても次第に低下してきた( 第31図 )。景気上昇で売上げがふえた結果,現預金対売上高比率が低下したといういわば当然な面もあるうえ,企業側からすすんで現預金の取り崩しを進めたという側面も強い。したがつて,このことから直ちに大企業の資金繰りが窮屈化してきたとみることはできないが少なくともかつての金融緩和一方の方向は変化してきた。こうした変化に対応して銀行預金は41年秋頃から伸び悩みに転じ(前掲 第31図 ),大企業向け運転資金貸出も,41年末頃から次第に増勢に転じている。業種別にみると,化合繊,化学等は引き続き増勢鈍化傾向にあるが,ウエイトの高い卸売,機械,鉄鋼のほか,非鉄,石油等が昨年末頃を中心に反転上昇している。これら大企業では,手元流動性が低下していることもあつて,今後の増産,増設等に備え手元余裕金をなるべく温存し,当面の所要資金を借入れによつてまかなおうとしているとみられる。また,短期運転資金を長期運転資金借入に切替えたり,非主力銀行から借入れて主力銀行からの借入枠を温存するなど必ずしも実需に結びついたものばかりではないが,先行きに備えた動きも次第に目立つているようである。
つぎに設備資金面では,41年秋頃まで資金運用難をかこつていた長期信用銀行,信託銀行等の設備資金貸出が42年に入つて,鉄鋼,化学,石油,自動車等を中心に前年をかなり上回る増加を示しはじめた。これにはむろん銀行側の積極的な融資姿勢や企業側の景気や金融の先行きに対する配慮による面もあるが,基本的には,41年まで縮小をみせていた法人企業部門の投資超過額が再びその幅を拡大しつつあることに関連しているものと思われる。すなわち,すでにみたような公共部門の投資超過(資金不足)幅拡大に基づくマネーフローの変化という基調には変化が生じたわけではないが,法人企業部門,特に大企業においては減価償却,内部留保等の貯蓄が景気上昇を反映して増加しているものの,これを上回つて投資支出が増加しているところからその資金不足幅がここへきて拡大に転じているわけである。
このことは法人企業部門の自己金融力がある程度低下していくことを意味している。その程度を解明するためここでは設備資金借入需要に関連して設備資金自己調達力が今後どのように変化する可能性があるかを試算してみよう。41年末頃まで大企業の設備資金借入需要が沈静をつづけたのは,減価償却を中心とした設備資金自己調達力がかつてないほどの高さに達していたからである。いま,減価償却対設備投資比率を減価償却率と純資本ストツクの成長率という2つの要因に分解してその推移をみると 第26表 のとおりである。大企業(製造業)の減価償却対設備投資比率は40年度下期以降80%をこえ,41年度上期には90%を上回るに至つた。これは設備投資の8割ないし9割以上を減価償却でまかなうことができ,設備資金借入需要が少なかつたことを意味している。このように自己金融力が高まつたのは 第26表 に明らかなように,39年度上期以降耐用年数の短縮によつて減価償却率が一段と高くなつたこともあるが,設備投資の停滞で純資本ストツクの成長率が大きく鈍化し,14%台に低下したことが主因となつている。
しかし,42年度の設備投資が当庁の投資予測調査に示されるように製造業(資本金10億円以上の1,728社)で前年度比34%増となると仮定すると,減価償却対設備投資比率は64%と40年度上期並みの水準にまで低下することとなる。ちなみに,製造業全体について42年度の設備投資の対前年度比増加率を20%,40%と前提をかえて試算してみても減価償却対設備投資比率は,それぞれ7割強,6割強となる。41年度の80%と比較すればかなり著しい低下である。
もちろん,内部留保いかんにもよるが減価償却の面から自己金融力が低下してくれば大企業の設備資金借入需要増大の可能性が生じてこよう。
金融機関の資金事情は都市銀行等を中心として41年度後半から悪化し,外部負債増または余資減少が目立つてきた( 第27表 )。これは①金融機関の融資態度が積極化していたところへ企業流動性の低下傾向,大企業の借入需要漸増傾向が重なり,預貸差が悪化したこと,②公債,政保債,金融債の引受増,株式の購入増によつて有価証券(引受ベース)が増加したことなどのためである。
取引先に大企業の多い都市銀行では,上にあげた事情が顕著にひびいて,下期中外部負債(コールマネーと借用金)がかなり増加した。ただ,引受ベースで著増した有価証券負担は,日銀の買オペと農協系統金融機関,信用金庫など中小金融機関に対する売却とによつてかなり軽減され,最終的には40年度下期を下回る負担にとどまつた。また,地方銀行や相互銀行でも下期中余資(コールローンと金融機関貸付金)の減少をみた。他方,いずれかといえば個人預金を中心とした本源的貯蓄資金の吸収を中心とする金融機関,たとえば,農協
系統金融機関,生命保険等の民間金融機関などでは余資の増大がみられた。
一方既発債取引についてみると, 第32図 にみるように,41年2月公社債(ただし国債は10月から)の上場取引が開始されるとともに著増し,41年度中を通じてかつてなかつたほどその取引の活発化がみられた。その基本的な背景としては,39年度ごろ異常高を示していたコールレートが40年半ば頃から既発債の市中利回りを下回つて低位安定をつづけ,これとともに,各種の既発債市中利回りも低下してその発行条件との格差を自然なかたちで縮小しえたことがあげられる。このため既発債の売り手は発行条件との格差縮小に伴いさしたる売却損を生じないで売却することが可能となり,一方,コール放出よりも既発債購入を選好する買い手が増加した。また,公社債の流動性に対する信頼感も高まつてきた。
最近1年間についてみれば,都市銀行が資金事情改善のため大量の既発債を売却した。これに対して,資金運用難の農協系統金融機関や民間中小金融機関,手元流動性の高い超一流企業,株式をへらして公社債の増加を図る投資信託などが買い向かつた。ただ,42年春ごろからコールレートが上昇に転じ,大企業の借入需要も漸増傾向を示しはじめ,これに伴つて都市銀行筋の売意欲がいつそう強まつた。一方,買手筋では,農協系統金融機関が季節的にも資金端境期にあたつたこともあつて,総じて買控える動きをみせた。そのため既発債の市中価格は軟化(利回りは上昇)を示しはじめた。
既発債取引の活発化には以上のような背景があり,それによつて拡大した公社債流通市場で価格の形成が行なわれるようになつてきたことは,後述のような公社債市場育成へ向かつての一歩前進といえよう。