昭和40年
年次経済報告
安定成長への課題
経済企画庁
≪ 附属資料 ≫
昭和39年度の日本経済
建設
39年度の建設活動-景気調整下の大幅上昇-
民間建築の増勢
39年度は景気調整下にあったにもかかわらず、建設活動は全体としては増勢を持続した。建設省調べによる建設投資推計は 第5-1表 のようになっており、39年度の建設投資総計は59,143億円、前年度比25.2%の大幅な増加であった。この増加率は、36年度の34.4%、34年度の26.6%、35年度の26.5%に匹敵するものであり、景気上昇期であった38年度の16.1%増を上回り、景気調整期としては異例の増加であった。特に民間建築部門の増加がめざましく、建築投資は前年度比33.5%増、その中でも非住宅建築の40%増が大きかった。
建設投資の種類別及び主体別の増加寄与率を30年度以降についてみると 第5-1図 のようになっており、景気上昇期には、民間部門、建築部門の寄与が大きく、景気調整期には政府部門、土木部門の寄与が大きくなっている。39年度については、民間部門と政府部門とにわければ寄与率は69.1%と30.9%、建築部門と土木部門とにわければ78%と22%になっており、38年度に引き続いて民間部門、建築部門の増加寄与が大きく、全体としては景気上昇期のパターンであった。
しかし年度間の推移としてみれば、39年度の建設活動は、決して一貫した増勢を持続したわけではなく、年度後半には景気調整の影響は明らかであった。しかも39年度は10月にオリンピックが行われたため、39年度上期は38年度下期に引き続いてオリンピック建設が活発であり、上期と下期の対照を一層大きくした。
上期増勢から下期横ばいへ
過去の景気調整期の建設活動を振り返ってみると、引き締めと同時に建設工事受注額は民間部門を中心に減少に転じ、それからやや遅れて、建築着工が産業用建築を中心に減少に向かうという姿がうかがわれた。そしてその間の建設活動の落ち込みを下支えていたのは、公共工事や居住用建築であった。今回の景気調整期においても、そのパターンは従来とほとんど変わらなかった。
進行ベースの建設活動をあらわすものとして大手46社の建設工事施工高をとり、その推移をみると、前回の景気調整期においても、今回の景気調整期においても、引き締め後5ヶ月前後で建設工事施工高は弱含み横ばいに転じておりその動きは全く近似している。
38年から39年にかけての進行ベースの建設活動をよりくわしくみるために、建築着工と公共工事着工とをそれぞれ3ヶ月ずらして建設工事施工高と対比してみると 第5-2図 のようになる。39年4~6月までは民間建築部門を中心に建設活動がリードされた。39年7~9月、10~12月には景気調整の浸透から民間建築は急速に減少を示したが、その間にあって、建設活動の落ち込みを下支えて建設工事を高水準に維持したのは公共工事の拡大であった。このようにしてみると、39年度の建設活動は、景気調整の進展にともない民間建築の減退、公共工事の拡大という典型的な景気反応パターンをとったことが知られる。
建設工事受注と建築着工とについて、前回の景気調整期と今回の景気調整期とをよりくわしく比較してみると 第5-3図 第5-4図 第5-5図 のようになる。37年の場合には、引き締めと共に民間部門からの受注はすみやかに減少に転じ、それに対して建設会社は政府部門からの受注を増やすように努力したため、政府部門からの受注の増大が建設受注全体の落ち込みを小さいものにした。39年においても民間からの受注の減少、政府部門からの受注の増大という通常のパターンがみられた。しかし民間部門からの受注の減少は従来に比べれば軽微であり、そのため建設受注全体としても高水準が持続した。それは、製造業からの受注の減少は従来と同じく大きかったが、個人消費構造の変化によるレジャー消費の増大を反映して、商業、サービス業部門からの受注が増勢を持続したためである。ただ最近では、商業サービス部門からの受注も減少を始め、民間部門全体としてもかなりの低下となっている。
第5-4図 建築着工(工事費予定額)の推移(前回景気調整期)
第5-5図 建築着工(工事費予定額)の推移(今回景気調整期)
一方、建築着工については、37年の景気調整期においては、引き締め後3ヶ月前後で鉱工業用、商業サービス用などの産業用建築が減少に向かった。しかし全体に占める比重の大きい居住用建築はほぼ一貫した増加を続けたため、建築着工全体としては高水準が続いた。39年においても、産業用建築の減少、居住用建築の増勢というパターンは変わらなかった。鉱工業用建築着工の減少は受注の減少を反映したものであるが、商業サービス用建築については受注は増加を続けているのに対し、着工は減少するというように両者の間にかい離がみられる。これは、商業、サービス部門においては依然投資意欲は大きいものの、金融引き締め下にあったため、オリンピック建築という緊急の建築が終了した後は着工を手控えていたためと思われる。
以上のように39年度の建設活動は、年度全体としては大幅な伸びを示したが、年度間の推移としては上期の増勢持続から、下期には景気調整の影響を受けて横ばい状態へと転じたことが特徴である。建設活動に関連した指標を上期、下期に分けて比較した 第5-2表 によっても、39年度下期には公共工事を除いたすべての指標に伸び率の鈍化ないいま減少の動きがみられる。39年度の建設投資は前年度比25.2%増と34~36年度の伸びに次ぐ高い伸びを示したが、それは38年度上期の低い水準から、38年度下期、39年度上期と2期続けて急速な上昇をみせた後、39年度下期に横ばい状態となったため、水準としては下期もかなりの高水準であり、年度全体の計数としては年度間の推移から得られる実体感覚以上の高い伸びとなった面も少なくない。
39年の建築着工床面積は、 第5-3表 のように前年比18.2%の増加であったが、39年1~6月の前年同期比31.9%増から7~12月には7.5%増へと伸び率は急速に鈍化している。38年から39年にかけての建築着工の半期別増加寄与率をみても、39年の全増加のうちの77.2%は上期において達成されており、下期の増加寄与率は22.8%に過ぎない。しかも上期においては鉱工業用や商業サービス用建築が居住用建築と同じくらいの寄与率を示したが、下期には鉱工業用建築の寄与率は小さく、商業サービス用建築は減少要因となっている。
今後の見通し
39年度下期に鈍化した建設活動は今後はどのような推移を示すであろうか。39年度下期においても建設工事施工高の動きからみると10~12月期が底で40年1~3月には若干の回復をみせている。前掲の 第5-5図 によって建築着工の動きをみても、建築着工は39年8月を底として、それ以後は居住用の着実な増加と、産業用建築の回復に支えられて増加に転じている。進行ベースになおすために3ヶ月ずらして考えると、39年10~12月期までの減少から40年1~3月、4~6月には建築活動は幾分回復をみせたものとみられる。しかし先行指標である建設工事受注額をみると、政府部門からの受注はほぼ一貫して増勢をたどっているものの、民間部門からの受注は、39年7月を底として10月まで若干回復したものの、それ以後は再び下降傾向をたどっている。従来の例によれは受注と着工との間には約3ヶ月のずれがあるので、そうした建設受注の動きからみると、40年4~6月以降建築着工が停滞に向かい、工事進行ベースでは7~9月以降再び鈍化をみせることも懸念される。金融は緩和の方向に向かっており、受注残高も大きいところからみて、建設活動が大きく下降に転ずることはあるまいが、製造業部門を中心として民間部門からの建設受注はかなり沈静しており、民間建築は当面停滞しよう。一方公共事業については、40年度当初予算(一般会計)における公共投資額が前年度当初予算に比べて16.9%の増加になっており、公共工事は着実な増加を続けて建設活動を下支える地位を維持しよう。40年度の建設活動全体としては、金融引き締めの解除にもかかわらず、39年度に比べてかなり伸び率が鈍化することが予想される。39年度は景気調整期にもかかわらず、民間建築の比重増大、公共事業の比重低下という景気上昇期のパターンがみられたが、40年度は金融緩和期にもかかわらず、公共部門建設が建設活動を下支えるという逆転した現象がみられよう。
建設投資の増大と構造変化
さきの 第5-1表 にみたように、30年以降の建設投資の増大はめざましく、その国民総支出に対する比率は30年度の11.9%から、38年度には19.4%にまで高まり、38年度には民間設備投資の規模を上まわった。建設投資を構成する要素としては、個人住宅投資、公共投資、民間設備投資の三つがあるが、ほとんどが建設投資で占められる公共投資や個人住宅投資が着実な伸びを示したほか、最近では民間設備投資に占める建設投資の比重も増大してきていることが、建設投資の増大にあずかって力があった。35年度までは生産部門に直結した機械装置を中心に資本形成が行われたため、 第5-4表 にみるように、民間固定資本形成に占める民間建設投資の比重も、総固定資本形成に占める総建設投資の比重も低下を続けたが、35年度以降は間接部門投資の増大を反映して、建設投資の比重は、総固定資本形成に対しても民間固定資本形成に対しても顕著な上昇をみせている。そしてそれは公共投資の拡充によるだけでなく、民間設備投資において建設投資の比重が増大していることの影響が大きい。 第5-6図 は建設受注と機械受注の推移を描いたものである。36年10~12月までは両者ともほぼ同じ上昇テンポをみせていたが、37年の景気調整期にかけて機械受注は大きく落ち込み、それに対して建設受注は軽微な落ち込みで済み、やがて急速な上昇過程に入っている。機械受注がその後やや回復をみせたものの依然36年のピークに達していないにもかかわらず、民間設備投資が、39年1~3月以降36年10~12月の水準を上まわっているのは、建設投資の増大によるところが大きい。
間接部門投資の増大、商業サービス部門での設備投資増などの事実は、民間設備投資における建設投資の比重を高めただけでなく、建設投資内部の構造をも変化させてきている。それは、建設工事の中でも、工場建設などのような生産直結的な工事の比重が下って、事務所、店舗などの管理、サービス部門や住宅、病院などの福利厚生施設の工事の比重が高まってきていることである。 第5-7図 によって建設工事受注額の構成比をみると、36年度以降製造業の比重が大きく下がり、かわって商業、サービス、金融、不動産業の比重が上昇していることが特徴的である。商業サービス部門では、全工事中に占める事務所、店舗の比重が大きいため、商業サービス部門からの受注増は、全体としても事務所、店舗などの比重を高める働きを持つが、製造業自体の中でも、工場、倉庫などの比重が低下し、事務所、店舗、住宅などの比重が上昇してきている。 第5-5表 は建設工事受注額を産業別、使途別にみたものであるが、製造業において、工場、倉庫の占める比重は36年度の75.2%をピークとして39年度には67.0%にまで低下し、一方、事務所、店舗、住宅、その他の比重が高まっている。これと商業、サービス部門の比重増大という事実が加わって、民間建設工事全体としても、事務所、店舗の比重は36年度の36.4%を底として39年度には53.1%に高まり、工場、倉庫を大きく上回るに至っている。また、福利、厚生施設拡充の要望を反映して、住宅、病院などの比重は一貫して着実な上昇を続けている。
以上のように最近の民間設備投資動向をみると、産業別には製造業などの生産直結部門の比重が低下して商業、サービス、金融・不動産業などの管理、サービス部門の比重が高まっており、これが民間建設投資増大の一因となっているが、製造案内部においても生産能力拡充をめざした工場建設から、事務所や住宅などの間接部門へと投資の重点が移行していることが注目される。
38年度後半からみられたビルブームは、こうした建設投資の構造変化を反映したものであるが、今後も機械受注や建設受注において製造業からの受注が沈静していることからみて、製造業の設備投資の盛り上がりは当面予想されず、一方商業、サービス業などの第三次産業部門からの受注は増加しているので、これら部門での設備投資が当面の焦点となろう。
建設投資の規模は既に民間設備投資の規模を上回り、また民間設備投資自体においても建設部門からのインプットの多い投資構造へと向かう動きが顕著であるのて、建設活動の動向は、今後の景気を占う上での大きなポイントとなろう。
同様のことは公共工事においても認められる。昭和30年代は画期的な公共工事の拡大の時期であり、それは主として、道路、港湾などの産業関連施設を中心に拡充されてきた。産業関連施設が全公共工事着工に占める比重は、昭和36年には49.5%と半ばを占めており、生産直結的な資本形成という事実は、民間部門だけでなく公共部門にもあてはまっていた。しかしその傾向には36年以降変化がみられる。37年からは、産業関連施設の比重が低下し、かわって住宅、上下水道などの社会厚生文化施設の比重が増大しており、公共工事においても、生産直結的な部門から間接部門へと投資の重点が移行しつつある。