昭和39年
年次経済報告
開放体制下の日本経済
経済企画庁
昭和38年度の日本経済
物価
38年度の物価動向をみると、卸売物価は、年度前半の上昇から後半には早くも下降へ転ずる動きを示したが、総じて安定していた。
一方、騰勢を続けてきた消費者物価も、年度後半に至ってやや落ち着いた動きをみせている。以下、卸売物価と消費者物価について、それぞれの年度間の推移と特色をみることにしよう。
卸売物価
年度間の推移
当庁調べ「週間卸売物価指数」(昭和30~32年基準)によると、総合では38年3月の93.5から39年3月には95.1へ年度中1.7%の上昇を示した。
しかし、この間の推移をみると、7~8月の中だるみを経て11月のピークまで年率4.7%の勢いで上昇した後、12月以降は軟調へ転じて39年3月までに年率3.9%の割合で下落を示している。以下、4月~11月までの上昇期と、12月~3月の下落期にわけて、その推移をみよう。
上昇期(4月~11月)
第10-1図 にみられるように、前回(33年10月~34年11月)と比べると、総合では今回の方が上昇している。しかし輸入素材の急騰が上昇の主因で、工業品は緩やかな上昇に留まり、前回よりかなり低い水準で推移した。なお、工業品のうち、輸入素材急騰の影響をうけた食料品と調整期からの訂正高が大きかった繊維品を除く品目では、市況の底入れが遅く、その後の回復も微騰に留まった。
このように、今回の景気回復期の価格上昇は、前回とちがい主として海外要因に限られていた。 第10-1表 にみられるように、それは38年4月~11月の上昇率のうち約7割を占めている(輸入素材と食料品)。
一方、石油製品、機械、ゴム製品、セメントは、前回と違って軟調を続け、価格面での回復がみられなかった。
また、その他工業品でも、この期間の上昇は一本調子ではなかった。
第10-2図 に示すように、工業品の変動率を年率換算でみると、3月~6月には2.7%上昇、6月~8月には、3.8%下落、8月~11月には再び7.2%上昇という推移をたどっている。
第10-2図 上昇期(38年3月~11月)の工業品価格の変動
変動の主因となった業種をみると、3月~6月の上昇はほとんど繊維品、鉄鋼、紙・パルプなどの操短業種であった。6月~8月の中だるみには、下落の大部分が繊維品で、鉄鋼、紙・パルプもほぼ持ち合った。8月~11月の再上昇は、食料品の寄与率が約6割を占め、繊維品は反騰したものの2割強の割合に留まり、鉄鋼、紙・パルプ、は引き続き持ち合いに推移した。
従って、中だるみ以降は操短業種の上昇もとまり、主として海外要因に基づく輸入素材や食料品の上昇が中心となった。
下落期(12月~39年3月)
38年11月をピークに総合でも反落に転じたが、輸入素材はなお強含みに推移し、工業品が下落の中心となった。工業品の下落寄与率をみると、砂糖など食料品で5割、繊維品で4割を占めている。
なお、中だるみ以降持ち合いを続けてきた鉄鋼も下落に転じ、上昇期間中も軟調であった石油製品、セメント、機械は引き続き軟落した。輸入原材料も、羊毛、亜鉛地金、銅地金などの繊維、非鉄金属原材料は上昇したが、粗糖、小麦の反落からその上昇は小幅に留まった。
以上のように、38年度の卸売物価は、海外要因によってかなり変動を示したが、この要因を除けば、年度前半の景気回復期、後半の景気調整期を通じて、その変動幅が従来より小さかったといえる。
卸売物価変動の特色
海外商品市況の堅調とその影響
38年度における卸売物価変動の主因は、海外商品市況の急騰と海上運賃の上昇を反映した輸入素材の上昇にあった。
このうち最も大幅な変動をみせたのは粗糖である。37年10月のキューバ問題を契機に上昇へ転じ、38年6月~8月に一服した後、年末まで再上昇したが、39年に入ってようやく反落した。国際商品相場でみると、 第10-3図 のように38年5月をピークとして、39年3月には半値近くまで下がった。世界の粗糖在庫は37年末より低い現状にあるが、欧州ビート糖の増産見込みから最近は値下がりしている。
小麦も、異常寒波によるソ連の小麦減産から、38年8月以降堅調に推移してきたが、アメリカ・カナダの豊作見込みと共産圏向け輸出の一巡から軟落している。
繊維原料では羊毛が38年8月以降堅調をみせ、11月には32年以来の高値を記録し、年末一服の後39年に入って再び堅調を続けている。これは世界的な消費需要の増加から消費国の在庫水準が低下し、欧州、日本、共産圏などの買い付けが進んだためである。
一方非鉄金属では、まず鉛、亜鉛が33年9月以降急騰し、32年以来の高値を記録した。これは、欧米諸国の自動車生産などが好調で、需給のひっ迫をまねいたためである。銅も需給の好転により、38年11月からじり高に転じ、39年1月以降は急騰している。そのほか、すず、銀などにも値上がりの傾向が現れている。
なお海上運賃をみると、不定期船運賃指数は38年10月まで上昇したが、その後反落して3月には38年4月の水準まで戻している。タンカー運賃指数も、USMCレートで39年1月にはマイナス13.3まで上昇したが、その後急落して3月にはマイナス63.4となった。このように、39年に入って海上運賃は急落しているが、これはソ連小麦の積み取り量が減少し、船腹供給が過剰気味に転じたことが大きく影響している。
以上のように、38年度の海外商品市況と海上運賃は、欧米経済の好況に一時的要因が加わって急騰をみたが、39年に入ってからは非鉄金属を除いて反落に転じ、先行き落ち着き気味に推移する動きを示している。
こうした国際商品市況の大幅な変動は、輸入素材の急騰を通じて、ちょうど景気回復期にあった日本の卸売物価にも影響を及ぼした。しかし 第10-4図 に示すように、最も海外要因に影響されやすいそ毛糸や砂糖の値動きをみても、その上昇幅は原料である羊毛や粗糖に比べて低く、38年12月以降はこれら輸入素材と逆に急落をみせているのが注目される。
これは自由化に伴うシェア競争による溶糖量の増加やそ毛糸の操短緩和などによって、国内製品需給が供給超過気味に推移したことから、輸入原料高に国内市況が追随できにくい事情にあったことを物語っていよう。
落ち着いた工業品物価
景気が回復しても、工業品物価の上昇はこれまでになく緩やかであった。景気に最も敏感な繊維品、紙・パルプ、鉄鋼などの生産財業種をみても、市況の回復は短命であった。
これは景気の回復と共に、操短率が期を迫って緩和されてきたからである。 第10-5図 にみるようにそ毛糸、人絹糸、上質紙、クラフト紙が引き締め解除前後から、綿糸が38年3月から操短率の引き上げを行っている。特に在庫投資が一巡しつつあった年度後半に、粗鋼、上質紙、クラフト紙などの操短が撤廃された。また年末から再び引締政策へ転換したため、これら業種の市況は紙を除き中だるみから脱するいとまもなく反落した。
一方、石油製品、セメント、ゴム製品、一般機械などの業種をみると、ほとんど市況の回復がないまま、再び年度後半以降の再調整期を迎えているのが注目される。
これらの業種は 第10-6図 のように前回と比べて在庫率が高かった。また通常景気回復期には、生産が売り上げの増加より遅れるため、在庫の減少が生ずる。しかし、今回の場合は、従来に比べて生産がすみかに増勢へ転ずる動きをみせた。このため在庫圧力が大きく市況を圧迫する結果になった。
また、自由化が進んで販売競争が激化していることもあげられよう。
このように、今回の工業品物価の背景には、設備能力が増え、貿易自由化が進んで、市場価格を形成する条件がこれまでと違ってきたという事情があった。また、企業の採算が回復すれば、操短率をすみやかに緩和していくという価格安定措置の効果もみられる。
下支え要因となるコスト圧力
38年12月から、39年3月にかけて次々に引き締め措置がとられ、景気は再び調整過程を迎えた。
既に38年11月をピークとして反落しつつあった卸売物価は、調整段階に入ってどのような推移をたどるであろうか。ピークから半年間の下落率を前回(36年8月~37年2月)と比べると、総合では、前回の2.4%に対し今回も2.6%とほぼ同じテンポで下落している。しかし工業品では、訂正安を続ける食料品を除けば、前回の2.7%に対し今回は1.5%と下落率が小さい。
これは、まえにみたように、既に引き締め前から弱含み基調にあったこと、コスト圧力の増大による下支え要因が37年ごろから生まれていることなどの事情が影響している。 第10-7図 でみるように、行政管理庁の作成した35年産業連関表の投入係数を利用して、主要業種の原材料コストと賃金コストを試算してみると、次のような傾向がうかがわれる。第1は、繊維原糸、紙・パルプ、窯業土石、一般機械、ゴム製品などで、37年以降賃金コストの上昇が目立つことである。
第10-7図 主要業種における賃金コストと原材料コストの推移
第2は、鉄鋼、石油・石炭製品などの装置産業では、むしろ賃金コストが下がる傾向にあるが、それは稼働率の上昇と対応していることである。
第3は、各業種とも原材料コストが低下傾向にあるものの、その下落幅は縮小していることである。
景気調整期には、稼働率が低下するため、一般に賃金コストが上昇する傾向を示す。しかし景気回復期においても、紙・パルプ、繊維原糸などの消費関連財や、一般機械、窯業・土石、ゴム製品など比較的中小企業の依存度が高い業種では、賃金コストが上昇を続けたのが、38年度の特色であった。
もっとも装置産業では、新規設備の稼働で生産性が上昇して賃金コストが下がり、貿易自由化で原材料コストが下がっているため、資本費は増高しているが、その他のコストは低下傾向にあるといえよう。
このように、消費関連財と投資関連財、あるいは中小企業製品と大企業製品の間で、コストに不均衡的な動きがみられたことも、38年度の特色であった。
39年度は、景気調整と開放体制への移行が重なる年である。内外の競争条件は一層厳しいであろう。このことは、生産財や資本財においてより強く現れ、物価は軟調を続けるであろう。これに対し、消費財物価は需要の堅調とコスト圧力の増大から今後も下支え要因が強く働くものと思われる。
特に中小企業などの低生産性部門では賃金コストの増大から卸売物価を押し上げていく懸念もあるので、物価の安定のためにはこれらの部門について今後一層生産性向上の努力を払う必要があり、他方高生産性部門についてはその生産性向上の成果をできるだけ価格の引き下げにふりむける必要がある。