昭和39年
年次経済報告
開放体制下の日本経済
経済企画庁
昭和38年度の日本経済
財政
38年度財政の実行─縮小した財政収支の散超幅
当初予想に反して、景気の回復テンポは速く、38年度に入ってからは一貫して上昇を続けてきたが、年度後半には国際収支の悪化など景気の先行きに問題を生じたため、引き締め解除後1年有余で早くも金融政策は、預金準備率の引き上げ、公定歩合の引き上げなど引き締め基調に転じ、景気安定化への努力が払われるに至った。
こうした予想を超えた景気の上昇によって、租税では当初見積もりを上回るかなりの自然増収が実現する一方、財政支出の執行は順調に進んだが、国際収支の悪化もあって、財政収支の散超幅は当初見込みより著しく小幅に留まり、期を追って金融引き締めの素地を形成していった。
他方、需要面でこの経済の予想外の拡大を支えたものが主に在庫投資の急増と設備投資の増勢転化であったことから財政の総需要に占めるシェアは低まり、その経済成長に対する寄与率は当初見込みを10ポイント程度下回る見込みとなった。
租税収入の動き─高まった間接税の伸び
年度間合計でみた税収の伸びは景気調整下にあった37年度をかなり上回っているが、年度内の動きは、景気の回復、上昇、引き締めへの転化といった景気の足どりの変化によって一様ではなかった。
まず、一般会計分の年度当初からの収納実績累計対前年同月比の推移をたどると、年度初めから着実に上昇して11月に15%高に達し、以後はおおむね横ばいに転じている。主要税目別には、物品税、(39年4月末現在19.3%増)、所得税(同19.1%増)、揮発油税(同14.5%増)、酒税(同13.6%増)の順に高く法人税は、企業の業績と納税期の間にタイム・ラグがあるうえ、企業の業績そのものも前回の景気回復局面に比べて伸び悩みを呈しているためもあって、約10%増に留まっている。
しかし収納実績の推移では減税など税制改正の影響が含まれるので、これを調整して税制改正がなかった場合の収納推定額の対前年度比の推移をみたのが 第8-3図 である。給与所得等個人所得の着実な伸びを反映して所得税の伸びは最も大きいが、その次には物品税、関税、揮発油税、酒税など間接税が高い。また、伸び率が37年度を上回ったのも関税、物品税、酒税などの間接税で、直接税は所得税、法人税とも37年度を下回っている。このように、前年度を上回る税収の伸びが従来に比べて間接税の好調な伸びに支えられている点は38年度の大きな特色といえよう。
法人税の伸びは他の税目に比べて低水準だが、それでも資本金1億円以上の大法人(6ヶ月決算)の申告所得対前年比は、景気の立ち直りを反映して、37年9月期の0.2%減から38年3月期には5.7%増、9月期には22.7%増とかなりの上昇を示している。もっとも中小法人では38年3月期の3.4%増から9月期の1.7%増へと逆に低下している。
(注)サンプル調査に基づく数字である。
なお、 第8-4図 にみるように、38年度の税収の伸びを支えた要因としてほかに滞納と延納の減少があった。すなわち、年度当初からの累計でみた徴収決定済み額に対する滞納発生割合は全体で37年度より1.5ポイント程度下回っており、また、法人税において資本金1億円以上の大法人(6ヶ月決算)の延納率も、決算期によって振幅が大きいが、おおむね37年度より低位にあることがわかる。延納率について決算月2─1月の年間平均でみると、37年度の41.6%から38年度には36.1%に低下している。しかし年度後半には金融ひっ迫化の影響を受けてその低下傾向が鈍ってきており、37年9月期から38年3月期には5ポイントの低下の後、次の9月期には0.4ポイントの低下に留まっている。
財政支出の推移
歳出予算の執行状況─順調な進捗
38年度予算は、前に述べたように、社会資本や社会保障の充実、文教の振興などを中心にかなり規模を拡大したが、その執行はおおむね順調であった。
まず、一般会計歳出予算全体の執行状況をみると。36年度からの多額の予算繰り越しがあったことも手伝って例年になく年度初めに支出の多かった37年度をも上回る早い支出の進ちょくがあった。すなわち歳出予算現額に対する支出済み割合は第2四半期までで49.3%、第3四半期までで73.4%と、前年度に比べていずれも2ポイント程度上回っている。
うち、公共事業の執行は、ここ数年有効な長期計画が整備されると共に関係機関の努力もあって年々早まっているのであるが、38年度にはこうした一般的傾向に加えて39年度にオリンピックを控え、その関連工事が急がれたこともあって一層支出が進んだ。すなわち、日銀調べでみると、一般会計の公共事業関係費は上半期に予算現額の36.5%の支出が実行されており、36年度に景気調整の一環として行われた公共投資の一部繰り延べの影響で支出の早かった37年度を3ポイントも上回っているのである。
予算補正の内容─産投会計資金への繰り入れ300億円
38年度も一般会計予算について、12月と2月の2回の補正が行われた。補正による歳出規模の増大は第2号 ※参照※ 1,242億円、第3号826億円であって、補正後予算は当初予算より2,068億円、7.3%増加して3兆568億円となった。
(注)補正第1号は国会解散のため廃案となり、第2号はそれを一部手直ししたものである。
第2号補正による追加は、公務員給与改善(262億円)、生産者米価の引き上げ等に伴う食管会計への繰り入れ(250億円)、過年及び現年災害復旧(315億円)、麦不作などに対処した農業共済再保険会計への繰り入れ(106億円)、地方交付税交付金(309億円)で、第3号補正の主なものは、産投会計及び同会計資金への繰り入れ(360億円)、生活保護費、国民健康保険助成費等義務的経費の不足補てん(324億円)、地方交付税交付金(137億円)である。
38年度の補正ももとより必要最小限度のものに限られている。補正率7.3%は前年度の5.6%をかなり上回っているが、35年度(12.5%)を大幅に下回り、また、景気調整のため補正予算の規模圧縮に努めた36年度(7.9%)に比べても小さい。ただ、38年度の第3号補正では、将来の出資需要の増大に対処すると共に経済情勢に即応した弾力的な産業投資を確保するために、35、37年度に例をみた産投会計資金への繰り入れ300億円を実施すると共に、産投会計を通じて輸銀に60億円の追加出資を行っており、ここに財政運営の弾力的配慮が伺える。
なお、38年度の補正財源は2回とも「租税及印紙収入」の自然増収によって賄われたが、補正後予算に対する「租税及印紙収入」の自然増収は177億円(4月末現在)と前年度同様小幅に留まった(37年度=175億円、36年度=1,981億円)。
財政投融資の実行状況─弾力的な中小企業金融対策
38年度の財政投融資の当初計画は1兆1,097億円であるが、その後年度間7回、計1,034億円の追加改訂が行われた。主なものは、国鉄の新幹線工事費不足補てん(10、1月計430億円)、中小企業金融対策(10、2月計185億円)、石炭合理化事業団に対する炭鉱離職者に支払う退職金の補完等(7、8、12月計131億円)、輸銀の資金拡充(1月100億円)、災害復旧のための地方債(10、12月計98億円)である。当初規模に対する追加額の割合は9.3%で、前年度の8.7%に比べると若干大きかったが、これは、国鉄新幹線工事に例外的に多額の追加を必要としたためである。
なお、中小企業金融の面では、38年度も前年度同様金融疎通のための対策が講ぜられた。もともと当初の財投計画で政府関係中小金融機関に前年度を14.0%上回る1,283億円計上し、その貸し出し枠を前年度当初より15.0%、395億円多い3,005億円(国民公庫は普通貸し付けをとり、商中は純増ベースである)予定して、中小企業金融の拡充をめざしていた。しかしさらに年度後半金融がひっ迫化してくると、特に季節的に資金需要の高まる年末と年度末に、 第8-6表 に掲げた通り、中小オペと政府関係中小金融機関向けの長・短資金の追加合わせてそれぞれ550億円と150億円の資金投入が実施されるなど中小企業金融対策の面では弾力性が発揮された。
財政収支─外為会計の揚げ超転化
38年度の財政資金対民間収支は、当初、多額の「前年度剰余金受け入れ」を主因に大幅散超を示すと見込まれたが、国際収支の悪化を反映した外為会計の揚げ超化などによって著しく小幅な散超に終わった。
まず、当初見込み3,750億円の散超に比べると実績は3,252億円もの大幅散超減となったのであるが、これは、国際収支の若干の黒字見込みが逆に赤字となったこと、税収や郵便貯金等が予想外に好調であったこと、食管で生産者米価の引き上げもあったが、麦不作による買い入れ麦の著減や米売り渡し量の増大の影響が大きかったことなどが主な原因である。
第8-7表 は四半期別財政収支の実績を前年度と比較したものであるが、総計では498億円の散超に留まり、前年度より1,463億円の散超減となった。一般財政ではなお前年度比185億円の散超増であったから、前年度より散超幅の激減した要因はいつに国際収支の悪化による外為の揚げ超化(前年度比1,648億円の揚げ超要因増)にあった。
第8-5図 は、景気との関連をみるために、季節修正値でこれまでの財政収支活動の推移を示したものである。金融引き締め解除時点に焦点を合わせて、前回の景気回復局面と比べると、今回の場合は、35~37年度はほとんど前回と同じトレンドで、推移してきたのに、38年度に入ってからの動きには大きな変化を生じ、散超幅がかなり縮小してきている。そのうち一般財政では依然前回と同様な動きが続いているから、この比較においても38年度財政収支の散超幅を縮めた主因は国際収支の早期悪化にあったことがわかる。
38年度財政収支のこうした散超基調の弱化は、現金需給バランスを早めにひっ迫させることによって、金融引き締めの素地を形成していったのであり、この点、財政収支が持つビルト・イン・スタビライザー機能は38年度においても発揮していたのである。
以上38年度財政の歩みをみてきた。38年度は引き締め解除後の景気回復局面に当たり、新しい安定成長への地固めの年として、これまでの高成長過程に生じた社会資本の立ち遅れなど構造的なゆがみを是正し、国民生活と産業活動の基盤を強化することを大きい課題としていた。38年度財政は、こうした課題に対処して、社会資本の充実をはじめ、社会保障、文教等政府部門の主要施策を引き続き積極的に推進すると共に、開放体制への移行に備えて企業の国際競争力の強化や輸出の振興にも特段の努力を傾けてきたといえよう。しかしその後主として在庫投資の急増などがリードして予想外の景気上昇を遂げていった国内経済の動向のなかで、財政は、 第8-8表 にみるように、国民経済に占めるシェアを相対的に低めると共に、財政収支は急速に散超幅を縮め金融引き締めの素地となることによって、景気安定化への役割を果たしていった。また、財政運営面では、年度後半金融のひっ迫化が中小企業の資金繰りを悪化させてきたことに対処してその円滑化に努めるなど経済情勢の推移に即応した弾力的な執行もみられたのである。