昭和39年
年次経済報告
開放体制下の日本経済
経済企画庁
昭和38年度の日本経済
財政
当初予算の性格─健全積極予算
38年度予算が編成されたころ、既に引締政策は解除をみており、38年度経済の推移については、なおしばらく設備投資の減退や在庫調整が続くとみられることから上期中弱含み傾向を残す可能性があるが、政府の施策等もあって、輸出の増大が確保されるならば、次第に上昇局面に入るものと見込まれていた。経済運営の方針は、38年度を今後の新しい安定成長への地固めの年として、調整期間中一部不均衡を生じた国内経済の均衡化に留意しつつ、輸出の拡大によって国際均衡を維持すると共に、さらに、いよいよ本格的な開放体制への移行を目前にして、産業の国際競争力の一層の強化をめざして経済の基盤拡充と体質改善を推し進めていくことを基本的課題としていた。
38年度財政は、こうした経済の推移と課題に対処して、引き続き健全均衡主義を堅持すると共に、財政投融資においては資金の活用に積極的に配意して、輸出力の増大、社会資本の充実、産業基盤の強化など重要施策を一段と重点的かつ積極的に推進しようとしたところに大きな特色があった。
財政規模─国民経済に占める財政の比重さらに重大
一般会計当初予算は、歳入・歳出とも2兆8,500億円で、前年度当初予算より17.4%、4.232億円増加した。30年度以降、増加率では、36、37年度の24%あまりに次いで3番目に、増加額では37年度の4,740億円に次いで2番目に大きく、こうした規模の拡大の結果GNP(当初見込み)に対する比率では初めて14%ラインに達している。
特別会計を含めた国の歳出予算純計は5兆1,500億円で、前年度当初より17.5%、7,671億円増え、GNP見込みとの対比も25.3%と28年度以降の低下傾向に反転をみた前年度に続いて0.5%(いずれも当初見込み)上昇した。
一方、財政投融資計画は、1兆1,097億円であるが、従来自己資金等として計上されていた外貨債や世銀借款の見込み額を38年度から計画に織り込んだため、前年度分についても所要の組み替えを行うと、前年度当初計画より22.6%、2,045億円の増大である。これは30年度以降の平均伸び率を若干上回っていた。
次に、地方財政計画は、歳入・歳出とも2兆6,336億円、前年度計画より15.3%、3,486億円増大している。
こうした財政規模の拡大を反映して、政府の財貨サービス購入額は、前年度実績見込みより14.0%、5,500億円多い4兆4,800億円と見込まれた。また、国民総支出見込みに占める割合は、22.0%で、30年度以降の当初見込み、実績のいずれよりも高いものであった。
第8-1図 は財政の国民総支出に対する割合、いわば財政のシェアの推移をみたものであるが、景気循環的にかなり変動する民間投資に比べてはもちろん、個人消費支出に比べてさえも、財政のシェアはかなり安定していること、しかし36年度を境にその若干の拡大がみられることをよみとれよう。近年の財政のシェアの拡大は、基本的には社会資本の充実など緊要な財政需要に対して、見込まれる財源を充当した結果ではあるが、38年度当初の場合、経済成長寄与率は35.9%とこれだけでGNPを2.9%押し上げる見通しであり、前年度に引き続いて、なお沈静が期待される民間投資の動向にも注目しつつ、安定成長を確保する姿が描かれていたのであった。
一方、財政資金対民間収支は、多額の前年度剰余金の受け入れや国際収支黒字見込みによる外為資金の散布などから、全体では3,750億円の大幅散超が見込まれ、これが大きな通貨供給要因となって38年度の金融緩和基調を支えると共に、金融正常化に寄与するものと見込まれた。
歳入歳出予算の内容─経済基盤の拡充と輸出力の増強
歳入─多額の前年度剰余金の受け入れ
一般会計の規模は前年度当初予算に比べて4,232億円増大したが、この増加額のうち、62.2%、2,632億円は「租税及印紙収入」の増加で、32.5%、1,375億円は「前年度剰余金受け入れ」の増加で残る5.3%、224億円もその他の経常収入で賄われ、収支均衡の健全財政主義を堅持している。
37年度の「租税及印紙収入」決算の当初予算に対する自然増収額が1,538億円で、36年度の4割あまりに留まったため、38年度に若干の景気回復を見込んで前年度決算に対する増加額では37年度より313億円多い1,593億円の増収が期待されても、合わせて3,131億円の増加にすぎなかった。そのため、あとでみるように減税幅は499億円(一般会計分のみ、前年度1,035億円)と中規模に留まったが、結局「租税及印紙収入」の前年度当初予算に対する増加額は2,632億円で、37年度の場合より約3割、1,140億円の減少となった。
次に、2,627億円にのぼる多額の「前年度剰余金受け入れ」があり、租税の自然増収の減少を補っていたことは38年度の著しい特色であった。過去最高であった37年度受け入れ額の約2倍の大きさである。これは、36年度に予想を大幅に上回る経済成長によって多額の租税自然増収が生じたものの、当時引締政策の一環として補正予算規模の圧縮に努めたことなどから、その多くが前年度剰余金として38年度予算の財源に充当されることとなったためである。
第8-1表 によると「租税及印紙収入」の予算全体に占める構成比は80.9%で、前年度より大幅に低下したが、これは多額の「前年度剰余金受け入れ」があったからで、これを除いた構成比では89.1%と前年度より0.4%上昇しており、ここ数年の「租税及印紙収入」財源構成比の上昇傾向は依然続いている。
なお、38年度も前年度と同様、当面の社会経済情勢の推移に応じて 第8-2表 にみられるように国税で初年度499億円(平年度498億円)の減税を含む税制改正が行われた。減税規模としては36年度の648億円、37年度の1,042億円を下回り、中程度とみられるが、そのねらいは、大きくいって第1には中小所得者の負担軽減を中心に最近の諸事情の変化に応じて必要とされる税負担の調整であり、第2には資本蓄積の促進、社会資本の充実など我が国経済発展のために当面政策上要請される減税にあった。
中小所得者の負担軽減の面では、38年度の自然増収が37年度に比べて多くを見込めないこともあって、所得税についてのみ基礎控除1万円、配偶者・扶養・専従者の各控除5千円引き上げることにより課税最低限を高め、物価上昇による実質的負担増を調整することとした。また、法人税の分野でも中小所得層の負担軽減を図るために、中小企業に多い同族会社の留保所得に対する課税の軽減が実施された。
減税の第2のねらいであったいわゆる政策減税の面では、資本蓄積促進のために利子・配当所得に対する源泉徴収税率を5%に引き下げ、利子所得については分離課税を2ヶ年延長したほか、社会資本充実のために特定公共事業の用に供する土地等の譲渡所得に対する減免措置、企業の国際競争力強化のために合併の際の清算所得に対する課税の繰り延べ、指定中小企業の固定資産の特別償却措置などが行われた。
以上の税制改正の結果、38年度の国民所得に対する租税負担率(地方税を含む。)は21.5%と見込まれ、36年度の実績や37年度の当初見込みの22%あまりよりやや下回っていた。
財政投融資の原資見込みは、 第8-3表 の通り前年度当初計画に比べて22.6%、2,045億円増加したが、政府資金、民間資金を通じて資金の活用に積極的に努めた点に38年度の顕著な特徴があった。
まず、民間資金の面では公募債・借入金を拡大して前年度当初計画を27.0%上回る1,882億円計上し、原資全体に占めるその構成比を前年度当初計画の16.4%から17.0%に引き上げたほか、外資の意欲的な導入を図り、33年度に行った産投外債の再度の発行を企図するなど外貨債と世銀借款を合わせて対前年度比24.6%増の568億円計上した。政府資金の面では、一般会計から産投会計資金に37年度第2号補正で350億円(うち38年度計画組入り額93億円)産投会計に38年度当初予算で497億円と多額の繰り入れを実施すると共に資金運用部資金でも郵便貯金や厚生年金が順調な伸びを期待されることから全体で前年度を26.2%も大幅に上回る6,413億円見込まれた。なお、38年度の産投会計からの出資必要額634億円は、固有財源44億円、38年度一般会計からの繰り入れ497億円、37年度補正予算で繰り入れられた産投資金の取りくずし93億円によって賄われた。
なお、 第8-2図 は国民経済計算ベースでみた政府部門の貯蓄投資バランスの推移を示したものである。30年度以降貯蓄の割合は急速に高まってきたが、35~36年度を頂点にその後は逆に低下しはじめ、代わって民間貯蓄吸収の比重が増大していることは注目される。これは、財政投融資などを通じて郵便貯金や民間借入金等民間貯蓄資金が政府の資本形成の分野に多く活用されてきているためである。
歳出─主要施策への重点配分
歳出の重点は、社会資本の拡充、社会保障の充実、文教、科学の振興を3本の柱とし、その他産業の整備合理化、輸出の振興と対外経済協力の推進、農林漁業と中小企業の近代化、雇用対策の強化などに置かれた。
第8-4表(1) 第8-4表(2) は一般会計主要経費別歳出予算の推移をみたものである。前年度当初予算との比較でみると、総増加額4,232億円のうち「公共事業関係費(「災害復旧等」)を除く。」、「社会保障関係費」、「文教及び科学振興費」にそれぞれ600億円以上を充当しており、これらの増加額にさらに公共投資の重要な内容をなす「住宅・環境衛生対策費」を加えると、3重点施策向け増加額は合わせて2,133億円となり、全増加額の50.4%と、前年度の36.5%を大きく上回っている。ここに38年度予算の重点主義をよみとることができよう。
その内容をみると、経済成長の基盤として緊要な社会資本の充実を引き続き促進すると共に、社会保障の面では生活扶助基準の17%の引き上げや国民健康保険の大幅改善など国民生活の安定と福祉厚生の一層の充実を図っており、また、文教関係では科学技術水準の向上と技術者不足に対処した理工系学科の新増設に主眼をおいていた。
その他開放体制に対処して輸出と対外経済協力を一層推進する一方、産業対策の点では中小企業の経営基盤の強化、農業の構造改善事業の促進をはじめ、石炭、海運などの問題業種に対する近代化、合理化の効率的助成につとめ、また、雇用対策の面では、近年の労働力需給構造の変化に即応して、職業訓練、就職指導等の労働力移動の円滑化の措置を一層前進させるなど38年度予算は内容的には、我が国経済の現状に合わせ、かつ今後の長期的展望をもふまえて、経済体質の強化と国民生活の向上のための施策を重点的かつ積極的に推進しようとするものであった。
財政投融資計画の内訳は 第8-5表 に掲げたが、38年度においては、住宅、上下水道など生活基盤の整備及び道路運輸、通信などの公共投資の拡充強化に対する重点度を高める一方、中小企業、農林漁業向け金融の面では引き続きその充実を図ることとした。また、石炭、海運等問題業種の近代化をはじめ、経済開放化に対処して国内産業の整備合理化にも力点が置かれたことにより、ここ数年漸次比重を下げてきた基幹産業向けはやや高い伸びをみせた。結局財投計画の前年度当初に対する増加額2,045億円のうち住宅、生活環境整備など国民生活基盤に直結した分野に50.7%、1,037億円投入し、この分野の構成比を前年度の48.7%から49.1%へと引き続き高め、また、国土保全、道路など生活基盤と産業基盤に共通した分野に38.2%、782億円充当された。