昭和39年
年次経済報告
開放体制下の日本経済
経済企画庁
昭和38年度の日本経済
農林水産業
農業
38年度農業経済概観
38年度農業生産は前年度より若干低下した。これは31年以来7年ぶりのことである。畜産、野菜、果実などが生産上昇したにもかかわらず、天候不順のため麦類が著しく減収し、また米、工芸作物等も低下したからである。しかし生産水準でみれば、前年度が史上最高のものであるから、それより若干下がったとしても、まず豊作の年に入るといえる。
主要農産物をみると、米は1,281万トンで前年度より1.6%の減収である。麦類は38年5~6月の長雨によって、対前年度比66.8%減と今までに経験したことのない不作である。このため国内産麦買い上げは予定量に対しわずかに37%に留まり、小麦輸入量は予定より50万トン増え、また飼料用麦類の輸入増加もおこなわれたのである。
畜産は、豚生産の周期性により前年より、約8%低下したが、その外の牛乳、鶏卵等が増加したので全体としては前年比4.6%の上昇を示した。
一方、農産物需要は前年に引き続いて増大している。総理府「家計調査」によると、食料費支出は対前年比11.5%の増加である。
農産物の生産者価格は対前年度比6.7%の上昇である。35年来の激しい騰勢テンポに比べると、その上昇率は若干鈍化したといえる。これは従来上昇率の高かった野菜、果実等の生産増により、価格が横ばいないし低下したからである。
価格上昇に対するそれぞれの寄与率をみると、米が48.7%を占め、つづいて畜産物、繭となり、この三者で全体の82%になる。米の価格上昇は政府買い上げ価格が150kg当たり1,071円引き上げられたことや、米需要の増加及び消費者米価の値上げなどにより、自由価格も上昇したことによる。
畜産物価格の上昇は、主に豚肉価格の値上がりによる。豚肉価格は従来から周期性がみられるが、38年はちょうど生産減、価格上昇時に当たった。このため数ヶ月は豚肉安定上位価格を上回る水準で推移した。しかし肉類の緊急輸入が行われ、また生産も漸次回復に向かい、38年末ごろを境にして反転した。
繭価格の上昇は、主に年度前半における価格上昇による。これは生糸需要がさかんであったことに加え、春繭の生産減があったからである。
農産物価格のこうした動きに対し、農家購入品価格は対前年度比4.5%の上昇に留まった。
非農業部門の労働力需要の増加に伴い、農業就業者は、依然激しい減少を示している。総理府「労働力調査」によると、38年度の農林業就業者は対前年度比63万人の減少となり、その減少率も前年度の3.4%からさらに高まり4.8%となっている。就業者減少の内容をみると、15~19歳の若年齢層と家族従事者がその主流をなし、男女別には男子の方が減少率が大きい。
農家経済をめぐる諸条件には、農業生産の低下、農家購入品価格の上昇等もあるが、それらを打ち消してあまりある農産物価格の上昇や、兼業機会の増加等があったため、一部には麦の減収による打撃等もみられたが、一般的には順調な推移を示している。
第7-3表 の農家現金収支によると、前年度に比し農業所得農は8.7%、農外所得16.9%、農家所得13.3%それぞれ増加している。家計支出も文化、教養費、被服費の増加等を中心に13.3%の増加を示し、消費水準にしても約6.5%の上昇である。
以上、38年度農業経済の動きを概観すると、日本経済が景気の上昇から調整への歩みを示した中で、農業はそれらの特別な影響もあまり受けず、一応表面的には平穏に推移したといえる。
しかし、一歩その内容に立ち入ってみると、激しい人口流出に伴う農業生産性向上の問題や、畜産の発展と飼料問題、開放体制の下での農産物の選択的拡大の問題等いくつかの構造的問題が従来より一層強く表面化していることはいうまでもない。
38年度農業経済の主な特徴は(1)農業生産の減少したことと(2)麦、なたね、豚肉の減産を補うために輸入の増大が図られたことであるが、それが前述の構造的問題発生の上にみられた事柄であることに留意しなければならないだろう。
農産物輸入は38年度に特に増大したが、振り返ってこの4~5年をみても、その増勢テンポには激しいものがある。農産物輸入の増大は、国内需要の増大ばかりでなく、農業生産の構造的変化とも深い関連を持っている。そこでここでは輸入農産物の中で増加率及び比重の大きい輸入飼料について若干の検討を加え、次いで飼料と畜産発展の問題についてやや詳しくみることにしよう。
輸入飼料の増大と畜産の発展
農産物輸入の増大と飼料輸入
近年の農産物輸入(繊維原料を除く)は年平均10%程度の増加を示している。特に38年は前年対比4割増、15億ドルをこえ、輸入総額の23%を占めるに至った。
38年の輸入増加は、麦、なたねの減収を補うためや、価格調整のための輸入あるいは輸入価格の上昇等一時的原因によって増加したものもあるが、構造的要因による輸入増加は依然として大きい。飼料輸入は 第7-4表 にみるように、34年に比べ38年には4倍強の増加を示し、農産物輸入に占める比重も34年の7.6%から38年には16.8%へと増している。これは畜産の飛躍的な発展によるものである。
そこで輸入飼料の増加を検討しながら、我が国の畜産の発展と飼料問題を以下にみることにしよう。
まず飼料の輸入規模をみると、38年度の実績見込みは食糧用輸入のうちに含まれる飼料を加えると3億3千万ドルに及んでいる。
一方国内の37年度の畜産粗産出額4,100億円に対し輸入飼料は860億円で2割強に相当する。
農林省の38年度飼料総合需給推算(可消化養分総量)によると飼料消費量は1,371万トンのうち43%が粗飼料で濃厚飼料は784万トンに達する。
粗飼料は畜産の伸びに比べ相対的な遅れを示し、また国内産濃厚飼料の供給は36年ごろから停滞し、年平均10%の需要増に対しては主として輸入飼料に依存するところが大きかった。38年度の濃厚飼料(実量)のうち75%程度は流通していると推定されるが、濃厚飼料の輸入に依存する割合は36年度の38%から38年度46%へと高まっている。このような飼料需給構造の変化と共に商品形態も単体飼料から配合飼料へと転換している。 第7-1図 にみるように濃厚飼料のうち約半分は配合混合飼料が占め、その内容も従来の糟糠類から輸入穀類が多くなっている。37年の飼料輸入額のうち84%が穀類で、うちとうもろこし55%、小麦20%、マイロ9%の順である。
飼料からみた畜産経営の特徴
穀類を中心とした輸入飼料の増大を招きながら、発展した日本の畜産はそれなりの特徴を持っているといえる。
濃厚飼料に依存する鶏、豚
第1の特徴は養鶏、養豚経営において購入濃厚飼料に依存する度合いが高いことである。
まず養鶏についてみると飼料費のうち98.0%は購入飼料であり、1,000羽以上の大規模飼養はほとんど全部購入濃厚飼料に因っている(37年農林省「畜産物生産費調査」)。
前 第7-1図 にみる通り鶏は30年の2倍強9,840万羽に達し、農林省の昭和46年の「農産物需要と長期見通し」ではさらに4割増の1億4千万羽になるという。
飼料消費の面でみると、38年の流通濃厚飼料は約808万トンと推定され、このうち配合、混合飼料は約620万トンに達し養鶏用はその約73%に相当するとされている。飼養形態では最近1,000羽以上の大規模経営が増え、なかには企業化の傾向さえみられるものもある。そこでは栄養価の高い飼料が与えられ飼料効率の向上と育成期間の短縮が図られ、加工的畜産の性格を強めている。また飼育労働の省力化のためにも9割近くは配合飼料が与えられ、その主原料はとうもろこし、マイロ(62%)である。これら穀類の国内自給生産は立地的にも困難であり飼養数増加による飼料需要は輸入原料に依存せざるを得ない状態である。
次に豚についてみると、飼料費のうち購入飼料は56%と高い、鶏と同様に飼養形態は多頭飼育傾向が進み、また仔とりと肥育豚専門経営の分化もみられる。こうした多頭飼育、肥育豚経営になればなるほど購入飼料依存度は高くなる。例えば農林省の「生産費調査」によると、4頭飼育の場合の購入飼料依存度は44%であるが、10頭以上になると75%になる。これは飼育労働の節減と肥育期間を短縮し、経営を合理化しようとするためである。経営のこうした変化を伴いながら、豚飼養頭数は、38年には30年の4倍、330万頭に達した。それはただちに濃厚飼料の需要増となり、またそれは輸入飼料の増加をまねいたのである。
養鶏、養豚のめざましい発達は、以上にみたごとく、飼料生産が遅れているところで、輸入飼料によった発展であった。大半を輸入飼料に依存する配合、混合飼料のうちほぼ90%は鶏、豚の需要である。養鶏、養豚はまさに加工的畜産の性格を強めつつ発展してきたといえる。
一方、鶏卵、鶏肉、豚肉の国内需要は今後とも相当の増加が見込まれている。従って鶏、豚の以上にみたごとき発展の仕方は、今後とも引き続きおこなわれるであろうし、それはまた飼料輸入の相当の増大を招くこととなろう。
しかし、購入飼料依存型の養鶏、養豚経営は、多頭羽飼育経営になればなるほど、その経営の合理性が示され国際競争力が一応見込める状態にある。その限りでは、現在の発展の仕方は、輸入飼料の確保とその価格問題あるいは外貨負担の問題等もあるが、国内濃厚飼料の増産の困難性やFAOの肉類国際需給ひっ迫の見通し等を考え合わせると一応肯定せざるを得ないであろう。
飼料基盤の薄弱な酪農
第2の特徴は乳牛飼養における濃厚飼料給与の過多である。これは自給飼料生産基盤の薄弱な上に発展した日本酪農の特色である。
乳牛は給飼総量(可消化養分総量)のうち濃厚飼料の適量は酪農経営の自然的、経済的諸条件にもより、一概にいえないが、35年牛乳生産費調査(都府県)によれば45%が濃厚飼料(北海道20%)となっている。これは適量を超えたものといわれている。
そのような意味では、今まで都市近郊にみられた専業搾乳業者の「一腹しぼり」にその極端な事例を見い出すことができる。これは妊娠牛を導入し、仔牛をとった後、能率の高い搾乳期間だけ搾乳して他にはつ牛等として転売してしまったりする経営である。この経営方法は、多量の濃厚飼料を与えることによって搾乳量も多く、またこの経営の多くが多頭飼育であるが、その飼養法は、粗飼料生産基盤が薄弱なため、濃厚飼料に依存する度合いが高く、本格的な酪農生産の発展とは、その意味あいを異にしたものといえる。
我が国の酪農経営は「一腹しぼり」経営を除いた一般的経営でも、購入飼料依存の割合はかなり高いものとみられている。
最近の乳牛飼養頭数は増加し、多頭飼育傾向が示されている。飼料作についてみると 第7-5表 のごとく飼育頭数が高まれば高まるほど多くなってはいるが、1頭当たりにすると、その作付け面積は多頭飼育ほど少なくなっている。飼料生産が乳牛の増加に対し遅れていることを示していよう。
これを同じく「牛乳生産費調査」都府県によると、多頭飼育の場合、確かに生産費や労働報酬等は少数飼育より有利であるが、飼料費のうち購入飼料に依存する割合は、平均61%で、1頭の場合は50%、5頭以上になると73%にもなる。少数飼育の場合自給度が高いのは畦畔の野草や農場副産物等を多く与える副業的酪農であるからであり、多頭飼育の場合は、良質な粗飼料の不足のためかなり濃厚飼料を購入し、高い搾乳量を得ることによって経営の有利性を求めているからである。
ともあれ我が国の酪農は飼料基盤の薄弱な上で発展したものである。そのため高い濃厚飼料依存の形で発展してきた。不妊率が高いことなどは、そうした弊害の1つの現れであるといわれている。
こうした状態では、高まる牛乳、酪農製品の需要に対し、本格的な酪農の発展を持って対応しなければならないのに、それが飼料面から阻害されることになろう。
自給飼料生産と酪農の発展
今後の酪農の本格的な発展のための1つの問題点は、飼料面からみて過度の濃厚飼料依存である。酪農の安定的発展のためには良質の粗飼料を増産することが問題解決の1つの条件であろう。
第7-6表 に示すように粗飼料生産は漸増し草地造成は毎年1万町歩以上行われており、飼料作付け面積も37年には42万町歩に増大している。しかし乳牛1頭当たりではわずかに1.5反(都府県37年)にすぎず、飼養頭数の増力11率からみても遅れ気味である。
もとより飼料産は今のところ未発達の分野であるが、将来、生産性向上の余地は大きいといえよう。しかし、現在のところ乳牛頭数の増加に対し、粗飼料生産が遅れている原因には、いろいろのことが考えられる。しかし、ここでは3つの事柄を指摘したい。第1は粗飼料生産の土地生産力が他作物に比して低いことである。 第7-3図 は資料上の制約もあり、またその価値評価等でも問題は多いと思われるが、粗飼生産の反当たり生産性について一応の試算をこころみ、これを他作物のそれと比較したものである。
本図の飼料生産の収益性は、36年度「牛乳生産費調査」(都府県)の混播牧草及び2毛作の代表例として青刈とうもろこしと青刈えんばくをとり、作物別総収穫量に養分含有率を乗じて、反当たり可消化養分総量生産量を算出した。次に可消化養分総量Ikg当たり評価額は、36年度「牛乳生産費調査」(都府県)の搾乳牛1頭当たり年間総乳牛収入から、飼料費を除く総投下費用を差し引いて、飼料に帰属する粗収益を算出する。これを給与した可消化養分総量で割って、可消化養分総量1kgに帰属する粗収益とし、反当たり養分生産にこれを乗じて、反当たり粗収益を求めたものである。
飼料作物の反当たり粗収益は、混播牧草で15,580円、物的費用3,198円を差し引くと、反当たり純生産額は12,382円、青刈作物では29,521円、物的費用7,665円を差し引くと反当たり純生産額は21,856円となる。
いま、青刈作物を他の作物の収益性と比較すると水稲単作の場合反収を3石とすると粗収益は約33,000円、水稲、麦の二毛作で反収2.6石及び1.8石の粗収益は約38、900円、同じく麦、かんしょ作で反収1.8石及び2トンの畑作の場合は約33、500円となる。これら既存作物に対し飼料作粗収益はいずれも1割ないし3割低いことになる。
さらに36年度農家経済調査によって反当たり純生産を比較してみると水稲単作は25,817円で97%、水稲、麦複合は29,637円で85%、野菜作の48%にあたり飼料作の土地生産性の低さと他作物との競合の厳しさを示しているといえよう。
つまり粗飼料生産は他作物に比し、上地生産性が著しく劣り、従ってまた収益性も低いことになる。現状で粗飼料生産が順調に導入される地帯を考えると有利な商品作物のない畑作地帯や上地生産力の低い限界地ということになるであろう。
第2は経営規模の零細性と外延的規模拡大の困難性ということである。飼料生産力がある程度の水準に上昇しない限り耕地の相当部分に飼料を作付けすることはかえって経営の安定性をおびやかすことにもなる。とくに零細経営ほどその度合いは高いといえよう。加えて飼料作付けを求めて経営規模の外延的拡大を図ろうとしても農地移動が円滑を欠いていることのほか、入会権の問題などで阻害されている面も見逃すことはてきない。
第3は日本の酪農の歴史が諸外国に比し浅いだけに我が国に適した飼料作の栽培技術や収穫・貯蔵方法などの研究、技術開発等がたち遅れていることである。最近になって地域に適合した飼料品種の改良や肥培管理の研究等もようやく盛んになってきたが、今後の酪農発展のためには、早急にこのたち遅れの克服が強く望まれている。
以上のように飼料作物の導入は経営・技術両面でさまざまな障害がある。しかし濃厚飼料依存を是正し乳牛の増殖と牛乳生産の飛躍的拡大のためには、酪農経営の内外に自給飼料の生産基盤をつくることはいよいよ緊急の課題となってきている。
そのために考えられることは、以上の検討からもほぼ明らかのように、第1に牧草地や既耕地での飼料作の生産性向上である。特に土地生産性は水稲作程度をめどに収量の増大を図り飼養構造を改善しなければならない。現在、粗飼料生産は、「牛乳生産費調査」によるとほぼ5トン程度であるが、既に草地コンクールなどでの優良事例をみると、肥料の増投や施肥方法の改善等によって、牧野で反当たり10~15トン、既耕地で15~20トンの生草収量をあげているものさえある。多収穫と機械導入による省力化の研究が進められ、その技術普及による生産性向上が強く望まれる。
第2には、さらに草地造成をおし進めると共に国有林などの適地を開発することも必要であろう。その開発と利用には個人、協業あるいは公共的な機関等いずれによって行われようとも、最も効率的に運営されることが必要である。
その外、我が国の自然環境やそれぞれの立地条件に適した栽培体系あるいは経営組織の確立等も望まれるし、さらには自給飼料の生産、調整、貯蔵施設等の整備や輸入飼料を含め飼料価格あるいは乳価の安定等が必要であろう。