昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


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昭和38年度の日本経済

企業経営

伸び悩む企業収益性

 38年度の企業経営を、収益性の面からみると、明りょうに2つの特徴がうかがえる。その第1は収益性回復過程において業種間格差が目立ったことである。しかも前回の高度成長過程において主役を演じたものが必ずしも今回の中心ではなく、業種間の明暗が変化しているのが注目される。第2の特徴は、全体としてみると景気の上昇に応じて収益性は回復しているものの、回復のテンポは前回に比べてかなり鈍いということである。これは今回の景気上昇過程が、約1年で再び金融引き締めに転じたことも影響していようが、売上高の伸長の割にはコスト低下の幅が狭まっていることを示しており、開放経済体制を迎えた今後の企業経営にいくつかの課題を残している。そこで以下これらの特徴をさらにこまかく検討してみることとしよう。

目立つ業種間格差とその要因

 まず、企業収益性について、業種別にその底(33年は7~9月期、37年は10~12月期)と1年後を比較してみると 第3-2表 の通りで、今回はほとんどの業種がその幅にかなりの差があるにしろ上昇を示しているなかで、食料品と一般機械の2業種はむしろ低下している。前回は小幅ではあってもこの期間に収益性の回復しなかった業種はなく、特に一般機械の総資本利益率の上昇率が129%を示していたのと比べると大きな相違である。今回食料品の収益性回復がみられなかったのは、ビール、飲料水などが天候不順で伸び悩んだことや、精糖、製粉が粗糖、原麦などの原料高に影響されたものである。また今回総資本純利益率の上昇率が前回よりも高かったのは、繊維、紙・パルプ、鉄鋼の3業種となっている。

第3-2表 収益率の業種別比較

 総資本純利益率は売上高純利益率と総資本回転率の相乗積として示される。そこでいま、主要業種について、収益性回復の差異をさらにこまかく検討するために、総資本純利益率上昇に占める上記要因の寄与率の変化を比較してみると 第3-8図 の通りとなる。全産業あるいは製造業平均としてみれば、前回に比べ今回の回復において、売上高純利益率上昇の比重が低下しているのは特徴的である。しかし業種別にみるとかなりの相違がみられ、次のように大別することができる。第1のタイプは売上高純利益率上昇の比重が高まり、総資本回転率上昇の比重が相対的に低下しているグループである。これには紙・パルプ、鉄鋼、電気機械の各業種が属している。第2のタイプは、反対に売上高純利益率上昇の比重が相対的に低下し、総資本回転率の比重が高まっているグループである。繊維、化学、輸送機械などがこれである。第3は売上高純利益率は大きく低下し、総資本回転率上昇の比重も低下して、総資本純利益率の水準すら低下して停滞を示している一般機械である。

第3-8図 総資本純利益率上昇の寄与率の変化

 しかし、このように分けた各グループの中でも、業種別にその要因を考えてみると大きな差異が認められる。第1のグループの中でも紙・パルプと鉄鋼はいわゆる市況産業といわれるもので、景気変動に大きく左右されやすく、今回も原材料在庫投資の増加に伴って急速に市況を回復し、収益性の上昇をみせたものである。また、市況回復による価格上昇の影響も考えられる。事実37年10~12月期に対する1年後の卸売価格(当庁調べ「週間卸売物価指数」による)は、紙・パルプで5.2%、鉄鋼で1.6%の上昇を示している。もっとも鉄鋼は前回の底に対して1年後には7.5%の上昇を示しているのに比べると今回はさほど大きな価格上昇とはいえない。これに対して電気機械の場合は事情がかなり異なっている。すなわち、積極的な売上高純利益率の上昇というよりも、総資本回転率の大幅な低下によって結果的に売上高純利益率の比重が高まったものというべきであろう。総資本回転率の悪化は、売上高の伸び以上に総資本の膨張が行われたことを意味する。そしてそれは売掛債権の増大による企業間信用の膨張によるところが大きい。このことは 第3-3表 に示されるように景気調整期(37年度上期)に比べて製造原価はわずかながらも低下をみせているのに対し、販売管理費、金利を加えた総原価ではむしろ上昇傾向をみせていることにもつながっている。

第3-3表 原価比率の推移(製造業)

 また第2のグループでも、繊維は前回総資本の膨張が著しく、総資本回転率の上昇がほとんどみられなかったのに比べ、今回は総資本回転率の上昇がわずかながら比重を増している。しかし、収益性回復の圧倒的比重が売上高純利益率の上昇に負っていることに変わりはない。それは明らかに価格上昇効果によるところが大きい。事実繊維品の卸売価格は、前回は底から1年後に3.2%の上昇であったのに対し、今回は10.4%の大幅上昇を示している。その意味では前記紙・パ、鉄鋼と同じタイプと考えることができよう。これに対し化学と輸送機械は、明らかに売上高純利益率の上昇よりも、総資本回転率の向上が寄与している業種である。これらは今回の景気回復過程で、価格上昇は望めず、コスト低下もそれほど大きな効果をあげていないが( 第3-3表 参照)、売上高の堅調な伸長によって総資本回転率のかなりの上昇をみせたものである。ことに輸送機械の大幅な総資本回転率の上昇は、自動車の好調が中心である。

 一般機械は、景気上昇期にもかかわらず価格の低下が著しく(同上期間において前回は0.7%の上昇に対し今回は2.3%の低下)、売上高すら減少傾向をたどったので、 第3-3表 にみられるように製造原価において景気調整期よりむしろ上昇している唯一の業種となっている。

 このようにみてくると、総じて前回の景気上昇期に比べて今回は機械3業種の収益性回復力の低さが目立つといえるが、しかもこれら3業種はそれぞれの要因を異にし、大きく明暗を分けている。すなわち、自動車を主軸とする輸送機械は、先行き好調な売り上げに支えられて当面なお設備の拡張に追われ、売上高純利益率の上昇はやや鈍化をみせているものの、総資本回転率の向上がみられ好況を持続しつつある。これに対し電気機械は、売上高の伸長もやや鈍り、これを販売力増強対策によってカバーしているものの、それに伴って企業間信用の膨張が著しく、また価格低下も急で(同上期間に3.3%の低下)、ひいては販売管理費あるいは金融費用の増大を招き、コスト面からの経営圧迫が現れはじめている。また一般機械では、当面なお利益率の水準は高いものの、経営の悪化は著しく、停滞傾向をたどっている。

伸び悩む収益性と今後の展望

 以上のように、今回の景気上昇局面を業種別にみると、前回に比べて好、不調の主役がかなり入れかわっているのが特色である。しかもこのような明暗さまざまの動向を総括して全体(製造業)としてみれば、 第3-9図 にみられるように前回に比べ収益性の伸び悩みがみられるのも特徴的である。総資本純利益率が、前回とほぼ同様のテンポで回復をみせたのは、金融引き締め解除直後の38年1~3月期のみで、次の4~6月期以降は明らかに伸び悩みを示し、前回と大きな相違をみせている。これは先にみたように、繊維、紙・パ、鉄鋼などの業種を除いて、全体として売上高純利益率の伸び悩みがみられることに影響されているものといえよう。そこでいま、前回と今回の景気回復過程における売上高、純利益、売上高純利益率の推移を四半期別にたどってみると、 第3-4表 の通りとなっている。売上高は金融引き締め解除以後ほとんど前回を上回るテンポで上昇を続けながら、純利益の上昇率は38年1~3月期を除いて、前回の上昇テンポを大幅に下回っている。その結果売上高純利益率において、前回は底から1年後に68.7%の大幅上昇となっているのに対し、今回が23.9%に留まり、4~6月期を頂点としてその後はむしろ低下傾向を示している。

第3-9図 総資本純利益率の推移(指数)

第3-4表 景気回復過程の企業経営(指数)(製造業)

 また、売上高純利益率の絶対水準をみても、前回の底(33年7~9月)が3.19%であったのに対し、今回(37年10~12月)は3.93%と約1%近い高水準で回復に転じている。しかし底から1年後には、前回が5.38%に対し、今回は4.87%で、 第3-4表 に示されているように景気調整期間中の37年4~6月期の水準にも及ばない。

 このような収益性の伸び悩みは、先にみた 第3-3表 に示されているように、ほとんどの業種において景気回復過程のコスト低下幅が小さく、製造業平均としてみれば景気調整期間中と変わりないという実態を反映しているものといえよう。企業はこのような状態のままで再び金融引き締めを迎えている。しかもそれに加えて39年度から開放経済体制への移行が実現した。この時に当たって主要企業の長期的な経営計画(昭和39年3月現在)は、 第3-10図 のようにかなり積極的なものとなっている。すなわち、売上高は38~42年度の5年間に、年率13.7%の成長をすることが期待され、そのために必要な設備投資は、39年度において38年度を約27%上回る水準に回復し、その後もほぼ横ばいの高さで続けられることが考えられている。しかも売上高純利益率は、39年度以降も順調に上昇し、42年度には7%の水準をこえることが予想されている。もっとも、この計画の立案時点では、公定歩合の2厘引き上げによる引き締め強化は必ずしも反映されているとは思われないので、この計画は今後かなり変更されると考えられるが、一方開放経済体制を迎えて、国際競争力強化を急ぐ企業の意欲が如実に示されていよう。

第3-10図 主要企業の長期経営計画指標

 しかしながら、上にみてきたような38年の景気回復局面における企業収益性の動向からみるとき、我が国企業の中核となる大企業でも、この経営計画に示されるような順調な上昇線をたどりうるためには少なからぬ企業努力が要請されるといわなければならないであろう。


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