昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


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昭和38年度の日本経済

企業経営

 37年11月の金融引き締め解除に始まった今回の景気回復過程は急テンポな生産の上昇のうちに推移したが、38年12月には早くも引き締めに転ずることとなった。ここではこの1年間の上昇期における企業経営の動向を最初に企業行動面から、次いでその結果としての収益性の面から検討してみることにしよう。

積極化した企業行動

増大しはじめた設備投資意欲とその背景

 まず、日本銀行調べの「主要企業の短期経済観測」によって、製造業全体としてみた企業行動の足どりを追ってみよう。企業が将来の行動を決定するのに最も大きい意味を持つのは、売上高の予測であろう。もともと成長経済下における企業の売上高予測は 第3-1図 (A)に示されるようにほとんど常に増加の方向を示す傾向がある。しかも、その期待増加率は、前回の上昇期も、今回の上昇期も、ほぼ同様に半期約10%(年率20%)となっている。

第3-1図 売上の予測(製造業)

 しかし、このような予測に対する実績のズレをみると 第3-1図 (B)のように、前回の上昇期では、毎期6~8%程度実績が予測を上回ったのに対し、今回の上昇期では実績値と予測値の間に、ほとんど差がみられない。つまり前回は予期以上に売り上げが上昇したのに対し、今回はほぼ予測程度の売り上げ増に留まっていることを示している。

 さらにこのような予測と実績のズレを業種別にみると 第3-2図 の通りで、一般機械、電気機械などの設備投資関連業種において、前回の上昇期に予測を上回った伸長が実現したのに対し、今回の上昇期では、常に実績が予測を下回ったのが目立っている。一方、化繊、紙・パルプ、化学などでは、今回も前回も共に実績値が予測値を上回っているのも特徴的である。

第3-2図 売上の予測と実績のズレ

 次に、 第3-1図 で示した売り上げ予測と、 第3-3図 (A)の設備投資予測を対比してみると、前回の上昇期における設備投資予測は、同じ時期の売り上げ予測及び今回の設備投資予測に比べて、著しく大きかったことがわかる。このように高い予測にもかかわらず、実績も予測をあまり大きく下回らず、しかも期を追って実績と予測のズレは狭まっている。

第3-3図 設備投資の予測(製造業)

 これに対し今回の景気回復過程では、企業の設備投資予測は、当初かなり低水準を示している。既にみたように、売り上げ予測には前回と今回に大差がないわけであるから、今回の上昇期では、設備拡大の必要性があまり感じられなかった状態にあったということができよう。また、それだけ今回の企業の投資意欲は当初慎重であったといってもよいであろう。

 ところが、38年第3四半期を境として、設備投資予測はかなり大幅に上昇し、同時に予測と実績のズレも次第に縮小するという傾向がみえはじめた。このような投資意欲の拾頭はどのような要因に基づいているものであろうか。第1の理由として考えられるのは、企業の予測した売上高年率20%の伸びが実現したこと、いいかえれば需要が堅調であったことである。このことは、 第3-1表 にみられるように、操業度の上昇を期待できるとする企業の占める割合が、38年第2四半期以降急速に増加し、しかもそのころ以降実際に操業度が上昇した企業も同様に増えてきたことに現れている。

第3-1表 操業度上昇の予測と実績

 第2の要因としては、企業流動性の増大をあげることができる。そこで、設備投資資金としての長期借入金に対する企業の予測をみると 第3-4図 (A)に示される。今回の上昇期に予測された長期借入金の伸びは、半期10%前後で、前回上昇期における予測とあまり差はない。一方引き締め解除直後の設備投資予測は、 第3-3図 でみたように、前回は約20%の高さを示しているのに対し、今回は4~5%に留まっている。すなわち、今回の長期借入金に対する企業の期待は、設備投資意欲に比べて相対的に高かったことを示している。

第3-4図 長期借入金の予測(製造業)

 しかも、先にみたように今回の設備投資は実績がかなり予測を下回り、その上 第3-4図 (B)にみられるように、現実の長期借入金は予想以上に調達されている。この結果 第3-5図 にみるように、現預金は予想以上に蓄積され、しかもその度合いは前回上昇期のそれをかなり上回っている。

第3-5図 現予金の予測と実績のズレ(製造業)

 このような企業流動性の高まりは、銀行の貸し出し競争や、企業の借り急ぎを反映したものとみられるが、いずれにしてもこれが第1の理由と結びついて、再び設備投資意欲の上昇につながっているものといえよう。

 しかし、このような設備投資意欲の盛り上がりも、業種別にみれば必ずしも一様のものではない。すなわち、繊維、自動車などでは、景気上昇期以前から既に投資意欲は再燃し、しかも実績が次第に予測を超える傾向をたどったのに対し、鉄鋼、一般機械、電気機械などの業種ではさしたる投資意欲がみられず、そのうえ、実績は予測を下回り気味に推移している。その典型的な繊維と鉄鋼についてみると 第3-6図 のように対照的な動きを示している。

第3-6図 設備投資の予測

製品在庫の累増と弱い圧迫感

 今回の上昇初期において、企業の予測した製品在庫は、ほとんど横ばいであり、一方、売上高は前に述べたように毎期10%増が見込まれている。

 ところで、製品在庫が予測以上に増加した場合でも、その予測を上回る増加分が、売上高の予測をこえる増加分と見合ったものであれば、それはむしろ追加的に行われた”意図した在庫増”というべきであろう。しかし売上高が予測以下に留まった場合の在庫の予測以上の増加、あるいは売上高の増加分に見合わない在庫の増加は”意図しない在庫増”といえる。 第3-7図 は、この関係をみたものであるが、製造業全体としてみれば(A図)、前回上昇期では売上高の予測以上の増加が、製品在庫の予測以上の増加を上回っているので、むしろ在庫が必要以上に減少したというべきであろう。これに対し今回の上昇期では、製品在庫の予測以上の増加が、売り上げのそれを上回っているので、意図しない在庫増を伴ったとみられる。

第3-7図 売上および製品在庫の予測と実績のズレ

 しかし、業種別に検討してみると、意図しない在庫増をみせているのは、一般機械、電気機械、石油・石炭製品の3業種(D─F図)のみである。その他の業種では、むしろ前回同様に在庫の減少傾向を示している化繊、鉄鋼(B~C図)をはじめ、ほとんどの業種で意図しない在庫増がみられない。従って、製造業全体としてみれば、過剰在庫感は決して大きくないといってよいであろう。もっとも化繊など一部の業種には、39年に入って在庫増がめだちはじめたものもあるが、少なくとも38年の景気上昇期間に、在庫増が企業に圧力を与え、生産を低下させなかったのは、このような事情によるところが大きいと思われる。

 以上のように、38年度における企業行動は、景気回復の初期においては比較的慎重さを保っていたが、次第に設備投資意欲を高めてきた。それではこのような企業行動の結果として、企業の収益性はどのような回復と上昇をもたらしたかを次に分析してみよう。


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