昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


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昭和38年度の日本経済

貿易

38年度の国際収支の推移

 37年10月に引締政策は解除されたが、その後の国際収支は、貿易収支の急速な悪化と貿易外収支の赤字幅拡大によって、38年度末から39年はじめにかけて月平均30百万ドル程度の赤字を記録するようになり、引き締め解除後1年5ヶ月という短期にして、39年3月に再び本格的な引締政策が発動されるに至った。まずその間の国際収支の推移を振り返ってみよう。

外国為替収支の推移

 引き締め解除時には黒字を記録していた経常収支も、38年1月には季節性を考慮しても赤字に転じ、以後赤字幅は月を追って拡大し、39年1~3月には月平均1億ドル(季節修正値)に達する大幅なものとなった。

 これは第1に輸出為替の増加を大きく上回る輸入為替の増加によるものであった。輸出入為替の推移を季節修正値でみると、38年4~6月には輸出為替の前期比6.2%の増加に対し、輸入為替は6.8%の増加であったが、7~9月には輸出3.5%増、輸入11.0%増、10~12月には輸出3.5%増、輸入11.3%増と増加テンポに大きな差が生じ、このため貿易収支尻の黒字幅は漸次縮小して38年4~6月ころには収支トントンとなり以後急速に赤字幅を拡大した。39年1~3月には輸入の伸びが鈍化して赤字幅はやや縮小はしたものの、38年度の貿易収支尻は前年度の292百ドルの黒字から転じて413百万ドルの赤字となった。

 第2には貿易外収支尻の赤字幅がかなり拡大してきたことである。貿易外収支尻の赤字幅は季節差を修正して38年1~3月の月平均20百万ドルから4~6月27百万ドル、7~9月35百万ドル、10~12月には38百万ドルと拡大し、39年に入っても36百万ドル前後の赤字を続けている。この結果38年度の貿易外収支の赤字幅は409百万ドルに達し、前年度よりも184百万ドル拡大した。

 このため経常収支尻は急速に悪化し、年度間でみれば、前年度の67百万ドルの黒字から転じて、822百万ドルの大幅な赤字となった。

 一方、資本収支は大幅な受超を示し、外国為替総合収支のバランスに大きく寄与した。これは、第1に長期資本の流入が多額にのぼったためである。既に37年夏ごろより政府保証債、民間外債やADRの発行、対日証券投資の増大などによって流入額は月平均40百万ドルを超えるようになっていたが、特に38年4~6月にはインパクト・ローンの増加に加えて大口外債の発行が集中し、流入額は月平均86百万ドルにものぼった。その後38年7月のドル防衛強化措置の影響でかなりの減少が予想されたが、インパクト・ローンの流入が高水準を続けたこと、ヨーロッパ市場の開拓に努力したことなどのために、なお月平均60百万ドル前後の流入があった。借入金返済を中心に長期資本の支払額も増加しているが、38年中の流入が大きく、長期資本収支の黒字幅は年度間で474百万ドルとなり、前年度に比べ177百万ドル拡大した。

 また短期資本収支尻の黒字も大きかった。38年中は特別借り入れの返済や年央のユーロ・ダラーの減少などにより、あまり大きな黒字とはならなかったが39年1~3月には輸入増大によるユーザンスの大幅入超、ユーロ・ダラーの流入を主因として298百万ドルの大幅黒字となった。かくて、短期資本収支尻は年度間で前年度より368百万ドル増の397百万ドルの黒字となった。

 このような長短資本の流入があったために総合収支の赤字はかなり緩和され、季節修正値でみると赤字に転じたのは38年12月ごろであり、その後の赤字幅もそれほど大きくはなっていない。このため38年度の総合収支は、経常収支の大幅な赤字にもかかわらず、わずかに47百万ドルの赤字に留まり、年度末の外貨準備高もIMFのゴールド・トランシュ180百万ドルを入れて、1,996百万ドルとなった。

第1-1表 外国為替収支

第1-1図 外国為替収支尻の推移

景気回復後の国際収支の特徴

 このような38年度の国際収支動向の特徴の第1は、景気回復初年度において貿易収支が急速に悪化したことである。貿易収支の黒字は短命に終わり、景気回復の初期において32年あるいは36年の景気過熱期と同様の悪化を示した。

 引き締め解除期における貿易収支の黒字幅は、季節差を修正して月平均34百万ドルで、前回の40百万ドルに比べ大きな差はない。しかし今回の場合は、 第1-2図 にも示されているように、その後の輸出輸入の伸び率の間に大きなギャップがあった。輸入為替が急増して年度間30%の増加を示したのに対し、輸出為替の増加率は14%であって、その差はかなり大きかった。

第1-2表 貿易外収支尻の悪化要因

第1-2図 輸出入為替の推移

 第2の特徴は貿易外収支の赤字幅が大きくなり、経常収支の赤字幅を一段と拡大させていることである。景気回復後の1年間でみると、前回の場合は経常収支の悪化に対する寄与率は貿易収支の悪化によるものが92%、貿易外収支の悪化によるものが8%であったが、今回の場合は貿易収支の悪化によるもの85%、貿易外収支の悪化によるものが15%であった。貿易外収支悪化の要因としては、特需の減少のほか、これまで傾向的に赤字幅を拡大してきた手数料、特許権使用料等の項目の悪化が目立つが、貿易、特に輸入の増減に影響される運輸、保険収支の悪化は35百万ドルに留まっている。

 第3の特徴は資本収支の黒字によって、これまでの景気過熱期と異なり、経常収支尻が悪化した割には総合収支尻が悪化しなかったことである。これは第1に民間部門を中心とする長期資本の流入が基礎収支の悪化を防いだためである。36年秋の引き締め直前には、3期にわたり2~3億ドルの基礎収支の赤字が出たが、今回の場合は、38年10~12月までは基礎収支の赤字は50百万ドル前後に留まっていた。第2に短期資本の動きが基礎収支の変動に対し補正的に働いたためである。我が国においては短期資本は基礎収支の短期的な不規則変動、季節変動を補正し、国際収支の大幅な変動を防止する役割を果たしてきたが38年度においても 第1-3図 にもみられるように、輸入増加に伴うユーザンスの増加、ユーロ・ダラーの流出入などによって特に補正的に働いたといえる。このため国際収支の赤字はそう大きくならずに済んだのである。

第1-3図 基礎収支と短期資本収支

 このような特徴は調整期の国際収支パターンにも影響をおよぼすであろう。生産活動が沈静し、輸入の急増がとまれば、輸出の増加が続いている現在、貿易収支の早期均衡は可能であろう。しかし貿易外収支の赤字幅は縮小する余地に乏しく、経常収支での均衡よりはかなり遅れる。また資本収支にしても、長期外資の流入が続いたとしてもこれからの返済負担が増大してきており、輸入の減少に伴うユーザンス残高の減少により短期資本収支がマイナスになる可能性もある。


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