昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


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総説

開放体制下の日本経済

開放体制と経済の転換能力

転換能力の実態

 経済成長のためには、産業構造の転換が必要である。経済成長に伴う需要の変化に対して、供給がうまく適応しないようでは、経済の成長は期待できない。さらに、開放体制に入ると、産業構造は一国の需要の変化ばかりでなく、世界経済の需給の変化の影響を受けることになる。

 封鎖経済では成り立っていた仕事も、開放経済のもとでは成り立たない場合もでてくるし、国内市場だけを当てにしていたのでは、十分な需要はないけれども、世界を相手にして市場を開拓していけばもっと伸びる場合もある。特に注意を必要とするのは、低開発国との関係である。貿易不振から経済の停滞になやんでいる後進国は、3月から開かれた国連貿易開発会議で、先進国が第1次生産物に対して関税の撤廃や輸入制限の除去を行い、また、低開発国からの製品、半製品の輸入に対して特恵待遇を与えることを強く希望している。長い目でみれば低開発国の貿易が拡大して、より高度の国際分業が行われることが望ましいが、そのためにも、日本の農業や軽工業が世界経済の発展と調和するようにかわっていかなくてはならない。

 日本経済は、世界的にみても非常に高い転換能力を示している。

 それは、経済全体についても、製造工業だけについてもいうことができる。1954年から61年までの期間をとって、産業構造の変化係数を計算し、国際比較を行ってみると、 第25表 の通りで、日本の農業から製造工業への比重の変化は、どこよりも著しく、産業構造変化係数は18.4で2位のイタリアの14.3をはるかに引きはなしている。製造工業についても、日本のように、機械の上昇率が高く、繊維の比率の低下が著しい国はない。高い転換能力は高成長の条件であり、高成長はまた転換力を強める。停滞産業を整理していくことは難しいが、全体が成長している経済の中では、発展的産業をのばすことが、産業構造の転換となるからだ。このような、転換と高成長との好循環をもたらした理由は何であるか。それは今後も期待できるだろうか、また転換に伴ってどういう問題が発生してくるだろうか。

第25表 全産業の構造変化

 産業構造の変化が円滑で、また成長指向型であった理由は、いろいろ考えられる。日本の企業が寡占体制になく、新企業の加入を可能にしたこと、技術革新が盛んであったこと、成長部門では大規模生産による利益が大きく、それを拡大することによって一層利益が増えるような状態にあったこと、金融が期待利益の大きい成長産業に投入されたこと、新規労働力が豊富であった上、農業から工業部門への移動がかなり行われたことなどはその重要な理由であろう。

第26表 製造業の構造変化

競争的企業体制と銀行の役割

 日本の企業の間に、競争体制が強かったことは、 第27表 からも知られよう。この表は第1部市場上場の製造業204社をとり半期の売上高の大きさによって10分類し、30年上期と38年上期と比較したものである。この表にみられるように、下位企業ほど売り上げ増加率は高く、上位企業ほど増加率は低い。すなわち、日本では、下位企業が上位に進出する機会が多いといえよう。イギリスでは、規模別の企業の成長は、大体比例的である。

第27表 売上規模別分布の変化

第28表 売上規模別成長率

 これを産業別にみると 第34図 に示すように一般に成長産業では、中位、下位グループの成長率が高く(但し、自動車は例外)停滞産業では逆である。成長経済では、企業の地位は固定せず、新しい産業に発展のチャンスが恵まれており、それが経済の発展をたすけた一因となっているといえよう。

第34図 業種別規模別の成長率比較

 産業構造の変化促進のために果たした銀行の働きも見逃せない。銀行の貸し出しは、成長産業、成長企業に対して著しく高かった。 第35図 は、全国銀行の業種別貸し出しと産業の成長率の関係を、ローレンツ曲線に描いて国際比較したものであるが、日本は、西ドイツやイギリスに比べて、貸し出し増加が成長産業に集中していることがみられる。

第35図 業種別貸出の成長傾斜度

 銀行の積極的な融資態度は、企業の成長の有利な条件となった。これは1つには、銀行にとっても、成長企業に融資することが、自らの利益となるという事情があったからであろう。企業の成長と結びついて銀行の成長や収益力向上がみられた。

 この点を企業側からのデータによってみよう。 第29表 によると、製造業主要企業のうち、最高の売り上げ増加率を示した第1グループの借入金依存度は、33%と最も低く、以下成長率が低下するにつれて、借り入れ依存度は逆に高まっている。

 一方、企業の医有する預金は、売上高や借入金規模と対比してみると、売上高の伸び率が高い企業ほど潤沢になっている。成長企業で借入金依存度が少ないといっても、これは成長企業が借り入れを必要としないからではない。同じく 第29表 でみても、成長企業ほど借り入れの伸びは高いのだが、企業が成長に成功した場合には、収益力も向上し、内部蓄積や増資の途もひらけるので、結果的には借り入れ依存度がすくなくてすむからである。成長企業では、預金の増加は特に著しく、借り入れの増加率をも上回っている。

第29表 売上成長率別企業資金調達パターン

 このことは、銀行の貸し出し先選択にあたって重要な意味を持っている。預金の伸び率が高いことは、銀行の規模の拡大を支える役割を果たす。銀行が成長するための資金の源泉は、日銀借り入れを別とすれば、個人貯蓄を預金に吸収するか、企業預金を集めるしかないが、近年の傾向としては、預金構造の中心が、個人預金から企業預金にかなり急速に移る動きが見られる。従って、銀行の成長を高めるためには、成長企業との取引の比重を増大させることが必要となってくる。

 もっと身近な採算の観点からいえば、同じ貸し出しに対しても成長企業ほど預金歩留まりがよいことの影響が大きい。銀行が取り入れるコール資金の利率は、預金コストを大幅に上回っているので、銀行は採算をよくするために、コール資金の取り入れをできるだけ少なくてすませるよう、預金の歩留まりを高めようと努力している。成長企業への融資はこの点でも銀行の利益にかなっている。

 実際には、成長企業との取引の多少によって、銀行の成長にはまだそれほどの差は現れていない。しかし収益力の面では、既にかなりの影響を及ぼしてきているようである。収益を規定する要因はほかにもいろいろあるが、 第36図 で都市銀行の36年度下期についてこの事情をみると、成長企業を数多く取引先に持つ銀行ほど、大体収益の状態がよい。

第36図 企業成長と銀行収益力

 このような理由もあって、銀行は成長企業に対する融資に積極的であり、それが成長企業の資金の調達力を高めている。もちろん、こうした銀行の態度が、時として信用創造を行きすぎがちにし、ともすれば合理的な生産体制の形成を阻害する危険があった点は見逃せないが、成長企業に対しては、銀行間のシェア競争もかなり激しく、前掲 第29表 によっても、成長率の高い企業ほど主力銀行の融資比率が低下する度合いが大きく、また都市銀行間の借り入れ順位の変動も多いのは、このことを示すものであろう。成長企業は、成長率が銀行の資金量の伸びをかなり上回っているためもあって、企業と銀行の結びつきは固定的でなくなってきている。

 成長企業を確保するため、成長業種でなお開発途上にある企業についても、銀行の積極的な貸し出しが行われることが多い。こうした企業では借り入れ依存度自体が極めて高い。

 これは、銀行が企業の育成に大きな役割を果たしていることを物語るもので、成長指向的な態度を端的に示すものといえる。もちろん、開発企業についても、成長が軌道に乗りはじめたあとは、急速に資金効率が改善することが期待されているわけである。

 これに対して、停滞企業ではオーバー・ボロウィングが根深いものとなるおそれが強まっている。さきの 第29表 によっても、成長企業に比べ停滞企業の方が借り入れ依存度が大きかったし、都銀中の主力銀行への依存率も次第に高まり、借り入れ順位も固定的となっている。日本のように、投資資金の多くが銀行貸し出しを通じて供給される金融機構のもとでは、銀行がいったん企業に多額の貸し出し残高を持つことになって、企業との結び付きが深まると、かえって資金配分の選択のメカニズムが働きにくくなりやすい。これが資金配分の効率をおとすおそれがある。特に、いわゆる系列融資は、こうした資金配分のゆがみをもたらしやすく、資金配分の良否がそのまま銀行の経営成果に反映されるよう、企業間銀行間の有効競争関係をさらに発展させることが望ましい。さらに銀行をも含めて、資本市場や財政資金など各種資金ルート間の分業が一層適切に行われることが必要であろう。

中小企業の近代化

 中小企業や農業には、新しい経済に適応するためになかなか難しい問題が多い。人手が余る経済から、人手が不足する経済へ変わってきたことは、中小企業に大きな影響を及ぼした。二重構造とよばれた大きい賃金格差が縮まってくると、中小企業が安い賃金を武器にして大企業と競争することができなくなる。大企業(従業員1,000人以上)と小企業(30~90人)との製造業男子労務者の賃金(賃金構造基本調査定期給与)を比べてみると、昭和33年には、100:62だったが、38年になると100:76となって大分差が縮まってきた。

 こうした変化に応じて、中小企業でも、労働生産性を高めていこうという努力がみられる。生産性を引き上げるには機械化を進めていかなくてはならない。労働者1人あたりの機械など有形固定資産の額、すなわち資本装備率をみると、 第30表 の通りで、中小企業では、昭和32年から37年までに2.2倍となっている。これは大企業の増加率1.6倍よりも高い。また中小企業のうちでも、規模が小さいものほど、資本装備率の上昇率が大きい。もちろん、中小企業ははじめの遅れが激しいから、機械化の程度は大企業に比べればずっと劣っているけれども、機械をいれて労働生産性を引き上げようという努力は大企業におとらない。自動車下請け工場が新しい工作機械をいれたり、ネジ工場が自動ネジ切り転造盤をいれているのはその一例である。

第30表 5年間(32~37年)の規模別資本装備率、生産性の変化

 中小企業が買う機械も、中古が減って新しいものが増えてきた。中小企業が取得する固定資産のうち、中古機械の比率は、31年には15~25%だったが、37年には5─10%に下がっている。特に50~299人の中小企業では、新しい機械建物などの取得比率は大企業とほとんどかわらなくなってきた。

 機械をいれて生産性を高めていくにも経営規模を拡大していくことが大切だ。 第31表 は、昭和35年と37年との間に、企業の規模がどのように変わったかをみたものだが、この間に、かなり規模拡大が進んでいることがみられる。一方、小零細企業の比重は下がっている。 第32表 にみられるように、製造業でも卸小売業でも、小零細企業の比重が低下しているが、35年から37年にかけては従業者10人以下の商店は、比重が下がっただけでなく、実数でも減少した。

第31表 35年~37年の間の従業員規模別企業数の移動(装造業)

第32表 事務所数と構成比

 しかし中小企業が切りぬけていかなければならない困難は大きい。機械化や経営規模の拡大で、労働生産性の上昇は高く 第30表 に示すように、32年から37年までに、中小企業の付加価値生産性は約5割上がっているが、賃金の上昇は63%と一層大きい。低い賃金では労働者が雇えなくなった日本経済の中では、中小企業はもっと生産性を上げて、大企業並の賃金を払えるだけの力がつかないと、大企業に太刀打ちできなくなる。それは自己資本の蓄積も低く、技術水準や経営管理水準も遅れている中小企業にとっては容易なことではないが、生産性が低いままで大企業と競争をしていくことは不可能だ。先進国の中小企業をみると、賃金、技術は大企業に近く、特殊な高級品を専門的に生産しているものが多いが、日本でもこうした方向で中小企業の特性を生かしていくことが必要である。また機械を入れ、生産方法を合理化しようとしてもあまり規模が小さくてはうまくいかないから、規模を大きくしたり、共同化を進めていくことが大切だ。中小企業対策としても転換期に起こってくる摩擦が激しくならないような配慮と同時に、設備の近代化や共同化など中小企業の質的な向上をたすけていくことが重要である。

転換期の農業

 農業も、以前には労働力が豊富にあったので、労働集約的な経営が有利だったが、日本経済が労働力過剰から不足へと変化していくにつれていき方を変えていくことが必要になってきた。その上、開放体制という新しい条件にも適応していかなくてはならない。

 農業から他の産業への人口流出は著しい。純流出は、昭和33年には38万人だったが37年には71万人に増加した。これは、工業部門で労働需要が増え、また、農業と工業やサービス業に所得格差がある上に、工業で就業条件が安定して臨時雇用から常雇用になれる道がひらけたこと、中小企業の賃金が上昇したこと、農業で労働節約的技術が発達したことなどのためである。人数が増えたばかりではなく、質的な変化もだんだん起こっている。農家の家族が他の産業へ働きにいくほかに、経営主やあととりの流出の比重が高まって、流出者に占める比率も33年の15%が、37年には22%になっているし、年齢別にみても、学校を出たばかりの人でなく、20才~35才の流出が増えており、流出者中の比率は33年の約25%から37年には30%に高まっている。流出は 第37図 にみられるように零細層ほどは激しいが、上位層や果樹、酪農部門などではそれほどでもなく、基幹的労働力は大体確保されている。

第33表 世帯上の地位別流出者数

第37図 経営規模別流出者の実態

 農業からの人口の流出は、経済の成長に伴って当然のことだが、その流出の仕方にはいろいろな注意すべき点がある。その1つは、村をはなれて他の産業に従事するというよりも、農家に住みながら、非農業に就職するといった、兼業の型をとるものが多くなっていることだ、33年の流出者のうち、兼業形態による流出は28%だったが、37年には46%に達している。兼業農家は、ここ数ヶ年だんだん増えて、37年には、総農家数の75%になっている。また兼業の度合いも深まり、農業よりも他の職業の方が主になっている第2種兼業農家が41%に達している。

 第2種兼業農家は、所得の約8割を農外所得に因っている。兼業農家は農外所得の増大を通じて農家所得を高めていることは事実だが、他方その生産力は専業農家の7割程度で、つくる農産物もほとんど自家消費に向けている。農家というよりもむしろ非農家の性格に近いわけだ。こうした農家が約100万町歩、総耕地の1/6を耕している。

 農業就業者は、人口の流出によって、この4年間年平均3%程度減り、また老齢婦女子化の傾向が強まっている。一部では農繁期に労力不足がみられ、農業日雇い賃金も20%程度上昇している。このため、機械の導入等が相当進められた。しかし、機械を入れてみても、経営が零細では充分稼動できず、かえって経営負担にさえなる。経営の零細性を克服することが重要である。

 激しい人口流出にもかかわらず、今まで農業生産は上昇してきたが、これは投資増大に伴う技術の発展によるところが大きい。 第38図 にみるように肥料、農薬等の増投、農機具投資の増加によって、土地、労働生産性が共に高まり生産は拡大している。

第38図 農業生産の推移

 農業の生産性をあげていくためには、経営の大規模化が必要だ。現在、部分的には、畜産部門等に大規模経営の発生がみられ、また経営規模の拡大、自立経営農家の成立がみられるようになっている。しかしこうした動きもまだ芽生え的な状態に過ぎない。比較的近代化の進んだ2町以上の農家層でも家族労働を主体とする小農技術の経営である。近年2~3町の農家層は増加しているのに、庄内仙北の米作地帯では3町以上層の減少がみられる。これは小農的技術では発展に限界があり大きな経営発生のためには、なお改善されなければならない点が多いことを示すものである。

第39図 農業総生産構成比

第40図 2町以上層の家族労働依存度

 経済成長につれて農産物に対する需要も変わってくるから、生産物の転換も必要だ。近年の農業総生産の構成をみると、商品性の高い畜産、野菜、果実等の比重が高まり、米麦などの穀類が下がっている。農業生産が需要構造の変化にようやく適合してきたといえよう。

 また開放体制下では農産物の選択的拡大の方向は国内需要の動向だけからはきまらない。農産物の自由化にはいろいろ困難があるが、世界的な需給事情や比較生産費を考慮した選択的拡大が必要だ。国内需要が大幅に増大すると見込まれるもので、かつ、世界的な需給事情や比較生産費を考慮してもなお選択的拡大を必要とするものとして畜産物、果実、野菜等があげられる。畜産については飼料輸入の増大や一部に国際競争力上の問題があり、自給飼料基盤の整備を図る必要がある。選択的拡大対象農産物の中には、みかんなどのように輸出商品として有望なものもあり、今後一層の競争力強化が望まれる。

 日本の農業は、激しい人口の流出の中で、増大する農産物需要にこたえ、そのうえ農産物の選択を進めながら国際競争力を強化する方向に進まなければならない。それには最も遅れている経営構造の近代化がその中心課題となろう。既に進められている構造改善事業、土地基盤の整備あるいは技術研究を一層進める必要のあることはいうまでもないが、一方、土地制度の検討等を行うと共に、道路建設や、農村における工業振興の方途などについても検討の必要があろう。


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