昭和39年
年次経済報告
開放体制下の日本経済
経済企画庁
総説
昭和38年度の日本経済
生産の急上昇
それではなぜ、生産は国際収支の均衡と両立しないような速さで上昇したのか。鉱工業生産の上昇率は、前年度に比べると15.3%だが、年度中の上昇は、20%ともっと大幅だった。上昇をリードしたのは、生産財と資本財で、業種別にみると、鉄鋼、機械、化学などが目立った。
在庫投資の増大
景気回復は、普通原材料や仕掛け品の在庫整理が進み、生産財に対する需要が復活することによってきっかけがつくられる。昭和38年のはじめには、引き締め後、約1年半を経過しており、在庫の整理も進んでこの面では自律的に回復する素地がつくられていた。在庫投資の動きを推計してみると、 第9図 の通りであって、原材料も仕掛け品も37年の4~6月ころから整理が行われており、38年に入るとまず仕掛け品で在庫投資がはじまり、次いで原材料在庫が増加していることがうかがわれる。これは景気上昇期の通常の姿である。しかし一点今までとは非常に違うところがあった。それは、製品在庫の動きである。普通は、景気回復の初期には製品在庫がはけていくのだが、昭和38年にはわずかな調整期間を経て、7~9月からすぐ在庫の増加が始まった。生産の増加が景気回復の初期から、最終需要を満たすだけでなく、製品在庫増にむけられたのが今回の特色である。生産も増えたが在庫も増えたので、生産者製品在庫率指数は120(昭和35年=100)に近い高水準で大体横ばいに推移した。
在庫水準が高いことがなぜ生産の抑制要因としてはたらかず、企業は在庫を累積しながら、生産の増加を行ったのだろうか。これには大きくわけて二つの理由があると考えられる。
1つは消費構造の高度化、多様化、販売競争の激化などによる製品在庫増だ。たとえば、乗用車の車種は、昭和34年には9種類であったが、最近では28種類が製造されている。種類が増えれば生産の割合に製品在庫が増えることになる。また販売競争が激しいので、鉄鋼メーカーや問屋は需要家の工場敷地内に自社の製品在庫をおいていつでも注文に応じられるような態勢をとっている。こういった事情も製品在庫をふやすように作用する。38年には、繊維品や電気器具などを中心に流通在庫の増加も目立った。これは1つには景気が上昇したからだが、製品在庫の増加と同じ構造的要因によるところも大きい。すなわち販売競争が激しくなったこと、スーパーマーケットが増えたこと、自由化によって、新しい輸入商品のストックが一時的に増えたことなどによる増加だ。法人企業の在庫残高の推移を少し長期的にみても 第10図 に示すように、在庫管理技術等の発達によって原材料在庫の比重は低下するが、生産者製品在庫、流通在庫の比率は上昇する傾向が認められる。
製品在庫の増加にはいま1つ別の理由がある。それは、設備能力が過剰となっている産業では、稼動率をおとすと資本費や固定的な人件費が上がるため、なかなか生産の調節ができないことである。日銀の調査によると、 第11図 のように、一般機械、電気機械、石油石炭製品では企業の当初の意図以上に在庫率が高まっていることがみられた。
設備投資の復活
在庫投資の増大によって上昇に向かった景気は、年度の後半からは設備投資の増勢によって支えられた。設備投資は、38年度下期をピークにして1年半停滞していたが、38年度下期には、上期を16%上回り、過去の最高水準に近づいた(法人企業投資予測調査)。全体の設備投資がこのように増大したのは、開放体制をひかえ国際的規模へのレベルアップを目指す自動車、石油化学等の投資増大が極めて大幅なこと、堅調な個人消費に支えられて、食料、繊維、紙などの消費関連業種の設備投資が回復したこと、商業活動の活発化にささえられた卸小売業や、レジャーブームによるサービス部門の投資が盛んであったこと、人手不足と賃金上昇等に対処するため合理化投資の必要な中小企業の設備投資が根強かったこと等の理由による。10~12月の設備投資額は年率4兆2,525億円に達している。景気の調整期から回復までの設備投資の動きは、図に示すように製造業全体では、32年の景気循環期と大変似ている。
36年の投資ブームから1年半もたたないのに設備投資はなぜこのように増加をはじめたのか。それには、最終需要の堅調な増大が続き、需要と生産能力とのアンバランスの解消の素地が生まれかかっていたところに、在庫投資の増大によって需要が増加してきたことが大きく影響している。これまでの設備投資の動きをみると、稼動率の変化と設備の増加率の変化との間には大変密接な関連が認められる。 第13図 に示すように、稼動率が高まると、1.4半期遅れて、設備の増加率も上昇するという関係がある。36年秋の引き締めで、需要増大は鈍ったが、一方過去の投資の完成によって生産能力は増加していったから、稼働率は低下し、35年を100とする稼働率指数は、38年の3月には90にまで低下した。しかしその後の需要の増大によって、稼働率指数は6月94、9月97と上昇に向かい、設備過剰感はうすらいでいった。下期からは、稼働率が高まり、年末には稼働率指数は100を回復した。こうした、設備能力に対する需給バランスの変化が、下期からの投資の増大をうながす原因の1つとなった。
過去の投資ブームで大規模な設備の拡張が行われ、一時は設備過剰の気配があったのに、はやくも稼働率指数が100となり、新しい投資需要が増えてきたのはなぜか。それにはいろいろな理由があるがその一番基本になるのは、最近では、同じ生産物をつくるにも、必要な投資量が増えてきたことである。 第4表 に示すように、生産1単位を増やすために必要な設備増加額すなわち限界資本係数は製造業で昭和35年に比べ、38年には4割増となっている。もちろん、設備を取り付ける時期と、それが生産能力の増加として統計に表れる時期とには時期のずれもあるし、もともと設備の能力を正確に図ることは難しいから、この値は厳密なものではない。また資本係数には一時的な変動も大きいとみられるし、技術進歩もあるので、今後もこの調子で上昇を続けるかどうかは疑問だが最近は、限界資本係数は急速に高まっているとみてよい。このことが、投資の増加を必要にしていると考えられる。
このように急速に限界資本係数が上がってきた原因としては、次のような事があげられよう。
第1は設備投資中、間接部門への投資が増えていることだ。 第5表 にみられるように、販売・福利厚生・研究部門への投資が投資総額に占める比率は、36年度の16%から38年度には20%へたかまってきた。資産項目別にみても、機械よりは自動車・建物など、生産能力に直接つながらない部門の増加が大きい。
第2は、投資の中、設備の取り替えに向けられる部門が増えていることがあげられる。法人企業統計によると、昭和35年には除去額は設備投資の6.6%だったが、昭和38年には9.7%にたかまっている。除去がこのように増えているのは、設備更新が盛んに行われている結果だ。新投資の中、取り替えに向けられる部分が多ければ、生産力の増加分はそれだけ少なくなる。
以上のような理由から、設備投資の中で直接生産能力の増加につながらないものの比重が増えてきた。「投資予測調査」によると、投資の中、設備能力の拡大を目的とするものは、36年度上期は71%だったが、38年度下期は59%に下がっており、合理化投資や更新投資の比重が高まっている。
第3に限界資本係数上昇の一因として、労働力不足による賃金の上昇があげられよう。安い賃金で雇用をふやすことがむずかしくなれば、企業は勢い人海戦術を改め、機械を増やして生産をあげるようになる。食品工業で自動包装機を入れたり、機械工業で普通旋盤をならい旋盤にかえたりして、労働者1人あたりの生産量の引き上げを図っているのがその例である。これは労働生産性を引き上げるが、それ以上に資本装備率の上昇を大きくすることが多い。
職業安定所における求職求人の比率と、雇用者1人あたりの機械や設備額すなわち、資本装備率との関係をみると、 第14図 の通りで、求人が難しくなるほど機械化の率が上がっている。特に36年以降の上昇が激しい。著しい技術革新がなければ労働者1人あたりの機械を増やせば労働の生産性は高まるけれども、機械1台あたりの生産額は低下するのが普通だ。例えば、自動車工業がトランスファーマシンを導入した場合でみると、労働生産性は10倍になったが、資本装備率は20倍に増加している。すなわち資本の生産性は半分になったわけだ。昭和34年以後の、資本装備率と労働の平均生産性の関係をみるとグラフの通りで、これが資本の限界生産性を引き下げているとも考えられる。こうして、賃金上昇─資本装備率の引き上げ─資本の限界生産性の低下(すなわち限界資本係数の上昇)という現象が最近は急激に進んでおり、これが投資需要を高める一因となっていると考えられる。
しかし、最近の設備投資の動向をみると、昭和33年から始まった投資ブームの時期とは異なった点もある。それは産業別の差が激しいということだ。設備投資の増加を投資関連産業と消費関連産業とに分けてみると、 第12図 に示すように、明暗の差が著しく、鉄鋼、機械など投資関連部門や電力は、能力の余剰が大きく投資は低い。これに対し、消費関連産業では、投資の落ち込みも少なく、増勢も強い。また、サービス産業、自動車などの増勢は著しい。このように投資部門に余裕があることは、消費財部門で起こった投資増大がさらに投資財部門の設備の拡張をひきおこし、それが累積的に増加するという、いわゆる投資が投資をよぶといったブームが再現する可能性が乏しいことを示している。しかし最終需要は、着実な増加を続けているから、限界資本係数が上昇傾向にあることは、最終需要を満たすために必要な投資意欲を高める作用を持つものと考えられる。
製造工業の生産がどのような需要によって誘発されたかを産業連関表によって試算してみると 第16図 の通りで、輸出や個人消費、政府支出などの最終需要も着実に増加しているが、上期は在庫投資、下期は設備投資の寄与が最も大きかった。こうした、主役の交替によって、38年の生産は年率20%のテンポで大体直線的に上昇したのである。
財政需要と建設活動
有効需要の源としての財政の占める地位は昭和30年度以来安定していたが、37年度から上昇に向かった。38年度は財政支出は、公共投資、社会保障、文教関係を中心に増大した。一般会計当初予算規模は2兆8,500億円で前年度に比べて17.4%増加したが、上記の三つの施策に関連する支出は、全増加額の半ばを占めた。36年度に多額の租税の自然増収があったため、2,626億円にのぼる前年度剰余金の受け入れがあったことが、予算規模の拡大を可能にする一因となった。また、民間からの公募債、借入金の拡大や、外資の導入によって財政投融資の原資の拡大が図られた。これらの結果、政府の財貨サービスの購入は4兆7,500億円(実績見込み)で国民総支出に対する比率は21.6%と30年度以降の最高となった。
38年度財政では公共投資の充実が特に重視され、道路、治山、治水、港湾整備等が大幅に増加した。公共事業の執行は、39年度にオリンピックをひかえて関連工事が急がれたこともあって支出が早かった。これに加え、民間部門でも、住宅建築が高水準を続ける一方、商業サービス用の建築が急増し、また38年後半からは、製造工業部門の建築も増加してきた。一般に景気上昇期には、民間建築部門の増加の寄与が大きいが、38年度には公共投資の拡充によって公共土木工事の増加も大きかったため、建設活動を一層活発なものにした。
消費の増勢
消費は37年の後半、景気調整の影響で幾分伸びなやみの傾向がうかがわれたが、38年には、景気回復につれて増勢を取り戻し、全国全世帯の消費は、前年度を名目で12%、実質で6.2%上回った。実質消費の対前年度増加率は、35年度6.4%、36年度6.6%、37年度5.4%となっており、38年度は、前年度の停滞を脱したわけだ。名目では上期の増勢が大きかったが、後述のように、消費者物価の上昇が下期で鈍ったので、実質消費は下期の方が高くなった。
消費が堅調だった基本的な理由は、所得の上昇である。38年春のベースアップや初任給の引き上げは、景気回復の初期にあたったため、前年よりも幾分低かったが、それでもベースアップは定昇こみで9%、初任給は11%を超えた。景気回復で、超過勤務が増え、また、夏期と年末ボーナスが増加したので、勤労者世帯の実収入は前年度に比べて12.3%の増加となった。
農家の現金所得は、麦・なたねの不作で生産は低下したが、農産物価格が上昇したので、農業所得で6.2%増、また兼業等の収入が増えて、労賃俸給収入が17.6%増となって、農家所得全体では、12.2%とほぼ勤労者世帯並に増加している。都市の個人業主の所得も大幅に増加した。
消費が増えた第2の理由は、消費性向の上昇だ。これまでの景気回復期では、所得が増えても、消費の増加は遅れ消費性向は下がったが、38年度にはこうした傾向は、みられず、税引き所得のうち消費にあてられる割合は都市勤労者世帯では84.7%と前年に続いてわずかだが上昇した。消費性向が上がった理由の1つは、消費者物価の上昇もあって37~38年の実質可処分所得の上がり方が、35~36年ごろの高成長期に比べて鈍っていることであろう。所得の上昇は鈍っても、消費の上昇は高成長期の惰性があるから、それが消費性向を引きあげている。また、生活不安が緩和したり貯蓄保有額が増大したことも、所得のうちから貯蓄に回す分を減らし、消費にあてる分をふやす原因となったと考えられる。いずれにせよ、戦後年々低下してきた消費性向には36年ごろから下げ止まりがみられるようである。
消費の内容をみると、工業製品の伸びよりも、旅行や教育等サービス関係の伸びが大きく、工業製品の中では、繊維品は鈍ったが電気冷蔵庫等家具に対する支出が伸びている。食費については、エンゲル係数は下がっているが、肉、乳、卵、果物、酒、飲料、し好品、缶詰等の伸びが大きく、消費形態が変化しながら増加をしている。