昭和38年
年次経済報告
先進国への道
経済企画庁
新しい環境下の経済発展
不均衡成長のゆがみ是正
企業経営の体質改善
停滞続く収益性
まず、製造業を中心に収益性の推移をみよう。最近の動きには次のような前回の景気下降局面にはみられなかった特徴が認められる。
その第1は、利益率の低下が金融引き締めの行われるかなり前から始まり、その後今までになく長い期間続いていることである。過去約8年間の利益率変動を描いた 第II-2-1図 をみると、製造業の利益率は好況局面にあった35年下期から早くも低下し始め、36年上期には一時やや回復をみせたものの37年下期に至るまで低下傾向が既に5期間にわたっている。
第2には、業種別に利益率変動が、前回とかなり異なった働きを示していることである。例えば 第II-2-2図 のように、金融引き締め期と解除期における利益率の変動幅を業種別に比較してみると、鉄鋼、電気機器が前回よりも悪化しているのを始め、前回は景気調整期にも上昇を示していた一般機械が今回は低下しているなど、資本財関連業種の悪化が目立っている。これに対し、化学製品や食料品、繊維、などの消費財関連業種あるいは公共投資に関係の深い建設業などは向上しており、対照的である。なお、輸送機器は自動車の好調によって前回よりも向上している。
このような収益性変動の特徴は、次の要因によるものといえよう。第1に、売上高はかなり増加しているのに利益率が低下していること、いいかえれば需要は堅調であったにもかかわらず、企業コストが上昇していることである。「法人企業統計季報」(大蔵省)によって製造業の売上高をみると、利益率が低下し始めた35年下期にも前期よりも12.7%増加し、37年下期においても3.6%の増加となっている。第2には、売上高利益率に比べて総資本利益率の低下の方が急激であること、すなわち総資本回転率の悪化が著しいことである。これは過去数年間の設備投資の累積が有形固定資産特に未稼動資産を膨張させ、更に関係会社投資や企業間活用の急増が加わってもたらされたものである。
従って次にこれらの要因について更に掘り下げて分析してみよう。
収益性低下の要因
固定費の増大
最近の我が国企業のコスト上昇が、資本コスト(減価償却費、金融費用)や賃金コストの増加を中心としてもたらされていることは、「価格決定要因の変化」の項にもみるところであるが、 第II-2-1表 にも示されている。ことに設備投資が一段と大規模化した34年度以降の急増が目立っている。
固定費の増加は採算点を引き上げ、牛産額売上高の増加を必要とする。いま、このような固定費の各期ごとの増分に対応する採算維持に必要な生産額の増分を試算し、業績生産額増分と対比してみると 第II-2-3図 (A)の通りである。必要生産額増分は34年度以降急増し、特に36年度上期に著しく増加している。これに対し、実績生産額の増分は、35年度下期以降低下傾向をみせ始め、37年度上期にはついに絶対減となって企業採算を圧迫している。前回の景気下降局面にも実績生産額は減少して採算を悪化させているが、固定費の増加による必要生産額増分も低い水準にあった。これに対し、今回も必要生産額の増分はやや低下をみせているものの、なお35年度当時と同水準の高さが続いている段階で、実績生産額が減少しはじめている点が注目される。このように必要生産額増分が間水準で続いていることは、35、36年度における設備投資の急増と、37年度においても設備投資があまり落ち込まなかったために、景気調整下でも固定費の増加か続いたからに他ならない。これが全体としてみた場合、今回の景気調整期に生産を落ち難くした企業経営の内部要因となっている。
しかも業種別にみると、 第II-2-3図 (B)のように、資本関連産業(鉄鋼、一般機械)ほど実績生産額増分の減少は大きく、化学や電気機器に比べて採算の圧迫が強いことを示している。
このような固定費の急増、これに対応する必要生産額の増加に伴い、製造企業にとって量産体制を可能にする持続的な大量販売体制の確立が要求される。
飛躍的に強化された生産体制と古い販売体制のギャップをうめようとする動きが、最近急速に進められつつある。これは要するにメーカー自身がなるべく消費者に直結することによって、新規需要の開発、潜在需要の開拓を行い、市場の拡大確保を図ろうとするものであるが、既存販売機構のメーカーによる系列化、あるいは既存販売機構の排除による流通経路の短縮化など、業種別、企業別、商品別にさまざまの形で進められている。メーカー側からのこのような販売体制の再編強化の勤きは、まだ主として消費財部門を中心に展開されている段階ではあるが、最近順次資本財部門や生産財部門にも波及しつつあるといってよい。
その結果、合理化され節約された社会的な流通費用にかわって、メーカーの販売系列企業に対する投融資はますます増大する他、系列企業の管理、指導に要する親企業(メーカー)の本社費用(管理背)は増大し、あるいはメーカー自身の手による小売りまたは消費者への直送に要する販売経費負担が増加するなど、管理販売費が一層膨張することとなる。それは 第II-2-2表 の通り、各業種に共通して現れている。
このように販売機構の合理化と大量販売を意図した結果が、売上高の伸びを上回る管理販売費の増加となり、資本費用の増大傾向と重なって固定費負担を大きくしてきた。今後もこのようなすう勢がますます強まるとはいえないにしても、当面の企業経営を圧迫していることは、おおえない。
未稼動資産の累積
最近の収益性変動にみられる特徴の1つが総資本回転率の低下であることは既に述べた、ところでこの総資本回転率の低下はどのような要因によってもたらされたものであろうか。
第II-2-4図 (A)は、製造業の有形固定資産に占める建設仮勘定残高の比率と、総資本利益率ならびに有形固定資産回転率の推移を示したものである。30年度上期~31年度下期の好況期、32年度上期~33年度下期の不況期までは、この3つの指標は、多少のラグを伴いつつ、ほぼ平行的な動きをしてきた。ところが、今回の好況期以後においては、有形固定資産回転率は34年度下期より一貫して低下し、総資本利益率も35年度上期よりこれまた低下しているのに、建設仮勘定比率だけはなお上昇を続けている。一般に、好況期には、設備投資は活発化し新規工事も増加するので、建設仮勘定比率は上昇する傾向をもち、反対に不況期には、設備投資は減退し、新規工事も減少するので、その比率は低下する方向に動くはずである。それにしても、 第II-2-4図 (A)にみられるように、本来投資効率を意味する総資本利益率と、有形固定資産回転率の2指標が34年度下期から低下しているにもかかわらず、その後2年以上もの長期間、建設仮勘定比率が上昇し続けたことは、ここ数年の設備投資が、短期的な投資効率をあまり意識せずに行われた面もあることを示していよう。
第II-2-4図 建設仮勘定比率、総資本利益率、有形固定資産回転率の推移
このことは 第II-2-4図 (B)のように、主要業種別にみても現れている。特に鉄鋼、機械など設備投資に開通の深い業種が、投資効率を示す指標と建設仮勘定比率の間に大きなズレをみせているのが目立っている。
ところでこのような建設仮勘定は、まだ供給能力化していない未完了の設備投資累積分であって、能力化している(本勘定に計上されている)有形固定資産のうちの稼働していない部分と共に、企業の利益実現に寄与しない未稼動資産を構成する。ことに、借入金、増資などの外部資金に依存することの大きい我が国企業の場合には、建設仮勘定を加えた未稼働資産の膨張が、企業の収益力を圧迫する重要な要因となる。
そこでいま、土地を除く有形固定資産に建設仮勘定を加えた総固定資産のうち、このような未稼動資産の占める比率をとってみると、 第II-2-5図 のような推移をたどっている。前回の景気下降期には既にみたように建設仮勘定比率は低下したにもかかわらず、未稼動資産比率は上昇した。それは能力化している有形固定資産のうち稼動しない資産の比率が急速に上昇することによってもたらされた。これに対し今回は、前項でみたような固定費の増大によって、稼動率をできるだけ高く維持する必要から、能力化している資産のうち稼動しない資産がほとんど増加しない状態のもとで、未稼動資産比率の上昇を生じている。これは、建設仮勘定の著しい増加によるところが大きい。
このことは、 第II-2-5図 の通り、特に鉄鋼において著しく現れているが、その他化学、紙、パルプなどでも未稼動資産比率の上昇が目立っている。
このように、過去数年間の活発な設備投資がもたらした未稼動資産の累積は、当面は、収益性圧迫の要因となっているが、近い将来にそれが稼動に加わるときに需給バランスを通じて、どのように経営採算に影響を及ぼすかは、注目されるところである。
更に最近の総資本回転率の低下要因として見逃し得ないのは、企業間信用、関係会社投資などいわば経営外資産の膨張である。 第II-2-6図 にみられるように、最近の企業開信m比率(企業間活用÷月平均売上高)の上昇は、金融引き締め後の36年度下期以降の現象ではなく、まさに好況期にあった35年度上記より開始されている。その意味で、前回不況時のそれとは性格を異にするものといえよう。
また、投資勘定比率(投資勘定残高÷固定資産残高)も、30年ごろから一貫して上昇しているが、34年以降の急増はことに著しい。このような企業間信用、投資勘定の増大は、1つには34年以降の飛躍的な生産体制の拡大強化にともなら生産系列化の進行によって、2つには先に述べた最近の販売体制再編強化の結果としてもたらされたものといってよい。
いずれにしても、以上のような未稼動資産の累積に加えて、経営外資産の増加が重なり、 第II-2-6図 のように総資本回転率は急激に低下し、総資本利益率を売上高利益率以上に愚化させている。
内部蓄積力改善の方向
以上のように、最近の企業経営の内部には、収益性を圧迫する要因が累積されている。この収益性低下は、ひいては企業の内部蓄積力を弱めることにもなろう。そこで、次に、設備投資に対する内部資金の割合が、どのような働きを示しているかをみてみよう。
第II-2-3表 は、設備投資に対する内部資金の割合(内部資金比率)の働きを設備投資の増加率と対照させたものである。これによると、大体の傾向としては、設備投資の増加テンポが大きいときほど、内部資金比率も高くなっている。このことは、設備投資の盛んな好況期には、企業の売り上げ増加も大きく、収益も増えて、内部資金の蓄積が大きいことを示している。
しかし、30年度や34年度上期などは、設備投資がそれほど伸びていないのに、内部資金比率は特に高くなっている。その1つの理由は、この時期には、輸出が大幅に伸びるなど、設備投資以外の要因によって企業収益が支えられたことにあるとみられる。設備投資の伸びが鈍っても、そのことによって経済活動が沈滞すれば、内部資金比率は必ずしもよくならない。輸出や公共投資など設備投資以外の要因によって経済活動が支えられて、初めて内部資金比率も改善される見込みが強まるといえよう。このように、企業の内部資金比率をよくするには、同じ高成長でも、設備投資の強成長に支えられた不均衡成長よりも、輸出や公共投資など各需要要因によっても支えられたバランスのとれた成長の方が望ましいといえるわけである。
それだけでなく、設備投資の強成長は、やがて内部蓄積力を圧迫する要因を自らはぐくむ点に、より大きな問題を持っている。好況局面の35年下期以来、収益性の低下が続いていることは既にみた。内部資金比率の方も、35年以来、急速な低下を示して1いる。これは固定費を中心とする企業コストの上昇によって収益性が低下し始めているうえ、設備投資が伸び率としては頭打ちになっても、その規模が特に大きなものとなる一方で、金利、配当、租税などの社外支出額も一段と増高しているためである。すなわち、84年のような景気上昇の初期には、設備投資は低水準から出発するので、その増加率が高くても、その絶対額はそれほど大きくはない。しかし、35~36年ともなると、設備投資の増加が長く続いたあとだけに、その増加率は頭打ちしても、その規模はかなり大きなものとなっている。このことは、 第II-2-7図 にみるように、34年ごろはフローとしての設備投資増加率は高くても、ストックとしての有形固定資産の増加率はそれほどではないのに対し、36年どろには、設備投資の伸び率は低まっているのに、有形固定資産の伸びは特に高まっていることに示されている。そして、借入金残高の増加率は、大体固定資産の増加率に平行して動いている。金利負担が、この借入金残高の働きにおおむね比例することはいうまでもあるまい。従って、設備投資の伸びが鈍っても、金利負担などは一段と増加し続けることになるのである。
設備投資の伸びが鈍化すれば、輸出などが特に大幅に増えない限り経済成長率は落ち、企業の収益増加もストップする場合が多い。しかもこのような段階でも、設備投資の規模そのものは大きく資産・負債の残高の増加テンポはなお高くて、金利負担などが一層かさんでくる恐れがあるわけである。35年以降の内部資金比率低下のうらには、このような要因も作用していたと思われる。そしてこのような内部蓄積への圧迫は、設備投資の強成長が終わったあとにも、尾を引く可能性があるとみなければならないであろう。
以上は内部資金比率についてみてきたが、企業としては一方で、増資によって自己資本比率の改善を図ることも可能である。企業はこれまでも増資に努め、 第II-2-4表 のように払込資本比率としてみれば緩慢ながら上昇を示し、海外諸国との格差もさほど大きくないといえる。しかしながら内部蓄積比率としてみれば、海外企業とは格段の差があり、このことが自己資本比率の改善をはかばかしく進めない結果ともなっている。
日本が先進工業国に仲間入りしなければならない今日、企業の資本充実の要請は一段と加わっている。そのためには、企業がこれまでの不均衡成長のゆがみをとり除き、経営効率の改善に努めていくことが基本になろう。同時に設備投資一本の経済成長でなく、輸出、公共投資などに成長要因が多様化されていくことによって、適正な成長率が維持されることが、企業の内部蓄積力を高めていくためには望ましい。更に金利低下や資本市場の育成など、金融環境の整備が伴うことによって、企業の体質改善が進むことが期待される。