昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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昭和37年度の日本経済

鉱工業生産・企業

設備投資動向とその性格

高水準に推移した設備投資

 当庁調べ「法人企業投資予測統計調査」(資本金1億円以上)によって引き締め期以降の設備投資の推移を前回と比較すると、 第2-9図 にみる通りで、今岡はかなり異なった動きを示している。前回は引き締め後直ちに急落をみせ、しかもその回復も早かったが、今回は調整過程においてもおち難い動きを示した反面、回復の足どりはかなり緩やかなものとなりつつある。

第2-9図 設備投資の業種別動向

 今回の設備投資がこのような動きを示している要因の第1は、継続工事の比重が大きくなっていることである。これは35年から36年へかけてこれまでにない長期の見通しに基づいた新立地のしかも国際的規模を目指したユニット投資が急増したためである。これらの投資は工事期間も従来と比較にならない長期のもので、「法人企業投資予測統計調査」の稼動予定時期別の投資計画を 第2-8図 でみても、鉄鋼、自動車などの業種にこのような傾向がうかがわれる。大規模工事は景気調整過程で、繰り延べ、削減されるものもあったが、自由化や、内外の競争要因からくる切迫感、あるいは金利負担の増大からやりかけた投資に対する根強い完成意欲などにより、新規工事は極力圧縮しても、このような工事は継続されるものが多かった。これを反映して主要工事に占める継続工事の比重は、景気調整過程で急増し、鉄鋼、輸送機械などでは37年度投資の9割以上を占めるに至っている。

第2-8図 新規投資の長期化傾向

 第2は、業種別の明暗の差が前回に比べ大きくなっていることであり、 第2-9図 にみるように、37年度下期の引き締め解除以降一層これが明らかになりつつある。投資関連業種の停滞と消費財及び公共投資関連業種の好調がこれである。前者は前回の調整期では立ち直りが比較的早く、またその後の投資強成長の時期を主導したが、今回は景気調整の影響が強く現れており、37年度下期実績見込み、更には38年度上期計画における減勢は明らかで、その設備投資に占める主導的位置は著しく弱められている。これに対し、需要構造の変化を反映した合成繊維、石油、石油化学あるいは公共投資の活発化に支えられた建設、セメント、運輸通信などは、比較的落ち込みが少なく、その立ち直りも早かった。また自由化を控えた自動車工業の設備投資も積極的で、機械工業の中でも一般機械、重電機などとは趣を異にしている。このように、今回は景気調整の影響が軽微で立ち直りも早い業種があった反面、前回に比べて回復が遅く停滞を続ける業種のあることが設備投資全体の回復テンポを従来よりかなり緩やかなものにしているといえよう。

 なお機械受注動向を前回と比較すると、 第2-10図 のように製造業では回復が遅いが、受注総額では輸出、官公需の増加が大きいために、回復の足どりも前回に近い推移を示している。

第2-10図 機械受注の前回調整期との比較

 第3は、企業規模別にもかなりの差異がみられることである。引き締め過程においては、資金調達力の強い大企業が中小企業に比べ有利に行動し得るはずであり、それは前回の動きをみても明らかである。しかし、今回は、企業規模の大きい企業ほど、景気調整の影響が強く現れている。「法人企業投資予測統計調査」が調査対象としている資本金1億円以上の大企業のうちでも、この階層差は明らかで、37年度下期実績見込みでは、資本金1~50億円の企業が前期に比べ2~3%の減少に留まったのに対し、50億円以上の大企業は12%の大幅な減少を示している。更に38年度上期計画では、100億円未満の企業がそろってかなりの投資増加を見込んでいるのに対し、100億円以上の巨大企業は7%の削減を計画し、前回にはみられない特徴を示している。この傾向は、後出「中小企業」の項にみるように、中小企業金融公庫調べ「設備投資動向調査」(38年2月調査)によっても同様で、従業員300人未満の中小企業の投資意欲の根強さが示されている。

 このように今回の調整期から回復期へかけての設備投資の特徴は、全体としての設備投資の動きは緩やかにみえながら、内容的にみると業種間でかなり著しい明暗二様の動きがうかがわれる。

投資関連業種を中心とした投資誘因の変化

生産能力の増大

 37年度設備投資の落ち込みが予想されたほど大幅とならず、緩やかな調整過程をたどったことは企業の影響が比較的軽微に終わったことを意味するものの、回復過程では次のような理由から問題が多い。それは、今回の能力増加が著しいことであり、それが回復段階の投資意欲にかなりの影響を及ぼしつつあるとみられることである。

 通産省調べ「生産能力調査」(38年3月発表)に基づいて最近の製造業における生産能力の対前年度増加率を試算してみると、34年度18%、35年度24%、36年度22%とそれぞれ大幅な伸びを示し、37年末に至っても依然2割前後の増加率を保っている。中でも機械工業の能力増加テンポは大きく、37年12月末で対前年同期比3割前後の伸びを示し、また大規模投資の続いた化学、鉄鋼なども2割前後の伸びをみせている( 第2-11図 )。

第2-11図 生産能力増加の推移(対前年同期比)

 この生産能力の大幅な増勢は、過去の高水準の設備投資が景気調整期のなかでその懐妊期間を終えて能力化しつつあることを示している。今回の能力増加テンポを前回と比べると、化学、機械を始め、ほとんどの業種で今回の方がはるかに高く、またその推移をみると、前回が景気調整の浸透をかなり敏感に反映して能力増加テンポが鈍化したのに対し、今回はその反応度がはるかに弱い。これは第1に、前回の投資削減が期間的には短かったにせよ、かなり急激に行われたのに反し、今回はその程度が緩やかであったためと思われる。第2に、近年の技術革新によって資本効率の著しく上昇しつつあることが能力増加テンポに拍車をかける理由となっている。ちなみに後出、「 生産能力と資本係数 」の項にみるように、能力資本係数の低下傾向から推計すると、製造業平均では100億円の資産に見合う生産能力は33年度には69億円であったが、36年度には77億円と年率3.5%の割合で増加している。

稼動率の低下と損益分岐点の上昇

 上述の製造業についての生産能力指数に基づいて最近の稼動率を試算し、他方、日銀調べ「主要企業経営分析」から損益分岐点売上高をもとめ、これから実際の稼動率と損益分岐点稼動率の推移をみると、 第2-12図 のように37年度に入ってから両者の接近傾向は著しく、特に投資関連業種にこの傾向が目立っている。

第2-12図 製造業の稼動率と損益分岐点稼働率の推移

 まず第1に、実際の稼働率をみると、鉄鋼、機械などの資本財業種は、36年度中はそれほど目立たなかったが、37年度に入ると急激な稼働率低下を示すようになった。最も稼動率低下を招いた要因は業種により異なっている。鉄鋼は能力増加は20%に及ばないが、大幅な減産を余儀なくされたためであり、他方一般機械や電気機械はむしろ30%前後の能力増によって大幅な稼動率の低下をみたのである。しかもこのような低い稼働率水準は、前回33年度末と比べても下回っているのが注目される。資本財業種が70%を削る稼動率になったのに対し、「資本財を除く業種」は引き締め後もあまり稼動率の低下をきたさず80%前後の水準を維持しており、前回に比べ今回ははるかに景気調整の影響が軽かったことを示している。

 第2は、損益分岐点が製造業全般に上昇傾向をたどっていることであり、特に資本財関連業種にこの傾向が著しい。これは投資強成長の結果が企業の重荷となって累積されつつあることを物語っており、まえにみた実際の稼動率低下と相まって、今後の投資意欲を減殺しつつあるのが注目される。


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