昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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昭和37年度の日本経済

鉱工業生産・企業

調整から回復への在庫投資

在庫投資の推移と今回の特徴

 36年9月の引き締め以降の在庫投資動向を、通産省調べの各種在庫統計ならびに大蔵省調べの「法人企業統計」から推計してみると、前回同様の在庫サイクルを描きながらもその底入れは早く、この間の経済規模の拡大を考慮に入れると在庫調整は前回よりも総じて小幅に終わったといえよう。

 いま、各種在庫投資の引き締め以降の動きを前回と比較してみると( 第2-3図 )、流通在庫投資は37年4~6月に市況対策によるメーカー在庫の買い上げ分が流通段階に移動したこと、家庭電器製品が物品税引き下げを期してメーカーから流通段階へ大量に流れたことなどの一時的理由から急増したが、7~9月にはその反動もあって反転減少した。引き締めの緩和された10~12月に入ると、繊維品を中心に意図的な在庫投資が上昇へ転じた。流通在庫投資は、前回は引き締め後2期で在庫残高が減少へ転じているが、今回は4期経た7~9月に初めて減少を示すと共に、翌期には急速な回復傾向を示したわけである。

第2-3図 各種在庫投資の動向

 一方、生産者段階の在庫投資をみると、原材料、仕掛け品在庫投資は前回同様大幅な減少をみせている。ただ、原材料在庫投資は内容的にみると、国産原材料、輸入原材料でそれぞれ異なった動きを示した。国産原材料在庫投資は4~6月に底入れしたが、自由化の影響もあって増大していた輸入原材料在庫投資は7~9月に更に大幅な減少をみせ、原材料在庫全体の圧縮幅を大きくした。

 これに対して生産者製品在庫投資は前回とかなり異なった様相を示している。前回は引き締め後10ヶ月で在庫残品も減少に転じたが、今回は1年以上経た38年に入りようやく減少傾向をみせ始めた。

 このようにみてくると、今回の在庫投資変動の現象的な特徴としては第1に、原材料在庫投資ならびに仕掛け品在庫投資は前回とほぼ同様の減少を示したが、製品、流通在庫投資は調整過程でほとんど負の投資を示さずに推移したことが挙げられよう。第2に、各種在庫投資が景気調整過程で波状的な動きを示し、総在庫投資の変動を小幅にとどめたことである。

 なおこのような特徴をもたらした要因を考えると、第1に、流通在庫投資が傾向的に安定化の方向にあったことが挙げられる。流通在庫は産業構造の変化を反映して、商品構成が変わってきている。景気調整に敏感で投機的な動きをしやすい繊維品は次第に流通在庫全体に占める比重を減少させているが、流通機構の整備と相まって安定的な動きを示す自動車、家庭電器製品の比重は反対に増大している。また法人企業規模別にみて資本金1億円以下の中小企業の在庫投資が底がたい働きを示したことも、流通在庫投資の安定化に大きく貢献したといえる。第2に、設備投資を中心とする最終需要が前回に比べて根強かったことが挙げられる。34年以降の投資強成長を通じて設備投資関連業種の在庫投資水準は、引き締め前には仕掛け品在庫投資を中心にかなり高く、総在庫投資の構成も設備投資に密着した性格を強めていた。そのうえ引き締め後もしばらくは根強い設備投資の働きに引きずられて、仕掛け品在庫投資が安定的に推移したのである。最もこのように高水準を続けた仕掛け品在庫投資も、設備投資の沈静と共に減少へ転じた。第3に、生産者側の要因としてコスト圧力の増大など生産を落とし難い事情のあったことが考えられる。調整過程においても設備投資関連業種の生産はできるだけ高水準に維持された結果、その原材料、仕掛け品在庫率は押し下げられたが、製品在庫率はむしろ著しく増加したのである。

 以上の諸要因から在庫投資は前回と異なる働きを示すに至ったが、とりわけ在庫投資の性格を基本的に左右したのは設備投資の強さであったといえよう。

設備投資動向を反映した在庫変動

資本財に追随した製品在庫

 今回極めて特徴的な働きをみせた生産者製品在庫投資も、設備投資に大きく影響されたといえる。設備投資強成長の余勢は引き締め後もなお続いたため、製造業製品在庫に占める資本財の比重は増大し、 第2-4図 にみられるように、36年9月から37年12月に至る製品在庫の増加期にも、またその後の減少期にも、それぞれ約47%の寄与率を示すにいたっている。

第2-4図 製造工業の生産者製品在庫に占める資本財機械の増減寄与率

 このような現象をもたらした要因としは、第1に、設備投資の強成長過程で資本財市場が拡大されたことにより、従来の注文機種でも、かなり仕込み品的に生産されていたことが挙げられる。工作機、電動機、簡易受電盤(キュービクル)、計測器などにこの傾向が特に強かった。それが引き締め後の需要収縮期に製品となって製品在庫を累増させるに至った。第2には、後掲 第2-12図 にみられるように、資本財メーカーに損益分岐点の上昇など生産を落とせない要因が前回以上に強まりつつあったことが挙げられる。今回の引き締め過程では、電力、鉄鋼など一部業種に納期繰り延べあるいは工事中断が著しかったが、資本財メーカーはこの間仕込み的に生産可能なものについては、できるだけ仕掛け残として滞留させずに生産を進ちょくさせていたものが多い。元来注文生産機種については、その製品が生産されるとただちに需要者側に引き渡され、製品在庫残高とはならないはずであるが、今回は今までと違って製品在庫のうちにかなり大型の機種が含まれていた。

 また、このような事情は、 第2-5図 における投資財受け渡し状況からもうかがわれる。前回の引き締め以降両者は極めて高い相関を示してきたが、37年に入るとこの関係はくずれ、投資財の供給額は受取額を大きく上回るようになった。なお、資本財の輸出入、官公需の増大という事情もあるが、それらを考慮してもこの傾向が大きく変わることはない。今回は設備投資強成長の過程で採られた引き締め措置であっただけに継続投資の余勢は極めて大きく、それが在庫投資変動を前回と違ったものにした。例えば納期繰り延べにもかかわらず資本財メーカーは生産工程を進めて製品在庫を累増させ、また需要家の資金的こうそくのために資産や建設仮勘定への計上が手控えられたため、資本財メーカーは売掛金を著しく膨張させ、支払いの伴わない納品を続けたのである。

第2-5図 投資財の生産・出荷と需要家の資産・建設仮勘定新設額の相関

仕掛品中心の在庫調整

 製品在庫の増大、売掛金の膨張にもかかわらず投資財の生産は高水準を保ってきたが、そのしわは結局仕掛け品在庫圧縮のかたちで現れた。

 第2-6図 にみられるように、前回は生産調整の過程において、売り上げが低下した割には仕掛け品在庫の積極的な圧縮が行われなかったから、仕掛け品在庫率はむしろ上昇を示した。今回は既に述べたように、資本財メーカーが仕掛け品の製品化を進める一方、仕掛け品の在庫仕入れはできるだけ手控えたから、仕掛け品在庫率の著しい低下をもたらしたのである。なお今回の仕掛け品在庫率の低下は、納期の長い大型機種の受注が減少し、受注の納期構成が納期の短い機種に偏って仕掛け品在庫の回転率を早める結果になったことも影響している。

第2-6図 投資財の受渡状況

 なお前に述べた35年の産業連関表によれば、在庫投資が生産を誘発する割合は鉄鋼業が一番高く、在庫投資が100億円減少した場合、鉄鋼の生産は約200億円の割合で減少する関係にある。更にこの際、鉄鋼業が需給の不均衡から自分の投資を削減するようになったとすると、鉄鋼生産は更に約40億円の減産を余儀なくされる計算になる。従って資本財業種が原材料の圧縮に加え仕掛け品の在庫調整を行うと、鉄鋼業は最も大きな打撃を受ける結果になるわけである。

回復段階の在庫投資

 今回の在庫調整は、主として輸入原材料を中心とする原材料在庫の減少と設備投資の沈静に伴う仕掛け品在庫の減少に現れた。従って在庫投資の回復も、まずこの面から生ずるのは当然であるが、37年7~9月を底とした在庫投資の回復力は前回に比べるとそれほど強いとはいえない。それは引き締めが解除されても、前回に比べて企業の在庫投資態度がはるかに慎重となっているうえに、在庫管理合理化の傾向も一層強まっているためである。また 第2-7図 にみられるように、資本財の仕掛け品残高と機械受注残高が密接な関係を持っているところから、仕掛け品在庫投資の回復力は新規機械受注の動向に大きく左右されるといえよう。しかし今回は、引き締め以降受注残高の減少テンポは前回とさほど変わらなかったが、受注残高に比べて仕掛け品残高が前回より1期遅れて減少し、両者のかい離が生じていることでも分かるように、資本財メーカーは受注残高の食いつぶしによって生産水準を維持してきた事情がうかがわれる。従って仕掛け品の在庫投資が力強い回復を示すためには、前回より大きい受注の増勢が必要であるが、後出「設備投資」の項にもみられるように、機械受注は官公需や輸出に支えられた回復を示し、民需自体の基調はまだ弱いので、仕掛け品在庫投資としても前回より緩やかな回復の足どりを示すものと思われる。なお、今回の景気調整過程では工事中断が著しかったため、前掲 第2-6図 に示したように仕掛け品在庫のなかで製品に近い半製品がかなりたまっていた。そこで引き締め解除と共に工事が再開されると、まずこの半製品が製品化され、売り上げは急速に増えたがそれに見合う仕掛け品手当は必ずしも必要でなかった。つまり今回の回復過程では、仕掛け品在庫投資や機械受注の足どりは緩やかであったが、このような事情から資本財出荷は景気回復初期の段階ではやくも急速に立ち直るという働きを示したのである。

第2-7図 投資財業種の仕掛品残高と機械受注残高(船舶を除く)の推移


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