昭和38年
年次経済報告
先進国への道
経済企画庁
昭和37年度の日本経済
貿易
国際収支改善の特色とその問題点
国際収支改善形態の変化
上述のように、今回の景気調整過程においても、28~29年、32~33年の調整期と同じように国際収支の急速な改善が実現された。
金融引き締めの時期から、国際収支が黒字になった時期までを四半期別の統計によってみると、過去3回のいずれの調整過程においても2四半期を要しており、国際収支改善のタイミングはほぼ同様であった。歴史は3度繰り返したのである。しかし歴史の歯車までが全く同じようにかみ合って動いたわけではなかった。特に輸出と輸入のかみ合いには著しい相違がみられた。
第1-10図 は、引き締め期から均衡期までの貿易バランスの改善が、輸出入のどのような組み合わせによって生じたかを、通関統計(季節調整ずみ)で示したものである。これでみると、前回は貿易バランス改善の99、8%までが、前々回の場合も75.8%までが輸入の減少に起因している。これに対し今回は、輸出増加と輸入減少の両方が半々で改善に寄与している。これが今回の貿易バランス改善の第1の特長であった。
第2の特長は、輸入価格下落による貿易利益が今回は極めて小さかったことである。輸入価格下落が貿易バランス改善に寄与した割合は、前々回26.5%、前回48.9%に対し、今回はわずかに5.5%に過ぎなかった。
輸入価格の下落による利益が小さかったかわりに今回は輸出価格下落による貿易損失も比較的小さかった。輸出価格の下落が貿易バランスの改善にマイナスに働いた割合は、前々回の8.3%、前回の5.6%に対して、今回は3.0%で、損失の幅を著しく縮小している。これが第3の特長である。
第4の特長は、貿易の均衡が比較的高水準で達成されたことであった。前回や前々回と違って、今回は輸出の増加による均衡回復の面が強かったので、輸入の著しい減少をみる前に貿易の均衡回復が可能だったのである。引き締め期に対する均衡期の輸入水準は、前々回73.4%、前回77.3%に対して、今回は89.8%とかなり高い水準にあった。
貿易の均衡が比較的高い水準で実現されたことは経済の極端な縮小均衡を強行しないで景気調整が達成されたという意味で大きな意義を有したといえる。しかし一方では、そのこと自体が、後述のように、そのごの日本経済の推移に重要な影響を及ぼすこと伴った。
世界景気と国内景気のずれ
前節でみたような今回の貿易収支改善過程の特徴は、世界景気と国内景気のずれによって引き起こされた面が大きかった。輸出は、国内的要因のみならず、海外の景気変動ないし需要動向に左右されるから、世界景気と国内景気の対応関係が、貿易収支均衡過程に大きな影響を及ぼすことになる。
第1-11図 は、日本の輸出入と世界及び世界の主要地域の輸入の動きを示したものである。これから明らかなことは、前回の日本の景気調整期は全世界的な景気停滞期と重なっていたのに対し、今回は日本の景気調整期は先進国の景気拡大期に当たっていたということである。
32~33年における世界の景気局面は、世界各国の景気後退が戦後初めて重なった時期に当たる。このような時期には、国内景気の下降に伴う輸出圧力の増大や輸出商品価格の下落があっても、世界的な海外需要の減退が大きいため、輸出の増加はなかなか困難である。 第1-10図 に示したように輸出価格の下落は、前回が今回より大きいにもかかわらず、輸出の伸びは今回よりはるかに小幅で、貿易バランスの改善にはわずか0.2%しか寄与していないことがこのことを如実に物語っている。
世界的な景気後退期には、低開発諸国からの供給を中心とする第1次産品特に素原材料の価格が急落とするのが普通である。32~33年においても、このことは例外ではなかった。その上、この時期にはスエズ動乱によって高騰した原材料価格の下落は極めて大幅であった。その結果、日本は輸入価格の下落による貿易利益を大幅に享受し、そのことが貿易収支の改善に大きく寄与した。
28~29年の景気調整期には、アメリカが景気後退に見舞われたが、反面西欧経済が回復過程をたどったため、我が国の輸出に与える悪影響はそれほど大きくなかった。そのうえ輸入面では朝鮮動乱ブームの反動による輸入価格の低下が続いたため、我が国はかなりの貿易利益を得ることができた。
これらと対照的に、今回の日本の景気調整期は、先進諸国を中心とする世界の好況期と合致していた。アメリカ経済は、35年に景気後退を経験した後36年初め以降急速な拡大過程に入り、それが37年秋まで続いた。西欧経済も、EECの発願を中核としながら、息の長い繁栄を続けてきた。このような時期に、我が国の景気調整策が発動されて、国内需要の減退、輸出圧力の増大が生じたので、輸出が急速に伸長したのである。一方、輸入価格の下落幅は小さく、そのことが今回の輸入価格の下落による貿易利益の幅を小さくした要因でもあった。
このように世界景気と国内景気のずれが、今回の貿易収支改善過程を大きく特徴づけたのである。この景気のずれは、しかしながら、単に貿易収支の改善過程を特徴づけただけでなく、均衡回復後の輸出入動向にまで大きな影響を及ぼすこととなる。
生産の高水準と輸入の下方硬直化
今回の貿易収支改善形態の特色は、国内的要因によって引き起こされた面も大きかった。その第1は、国内における生産が高水準のまま持続したことであった。 第1-12図 は、生産と原材料消費との関係を比較したものであるが、これから明らかなように今回の景気調整過程においてはは高水準横ばいを続けた。輸入関連産業の生産は若干低下したが、前回、前々回に比べてその減少幅は著しく縮小している。ピークからボトムまでの低下幅は、前回14%、前々回11%に対して、今回は6%に過ぎない。
第2の要因は、生産の高水準の有力な1つの原因となったが、輸出の増加が大幅だったことである。37年の最終需要別の輸入誘発係数は、輸出14.7%で、これは民間設備投資(12.9%)、在庫投資(5.0%)、家計消費(8.8%)、政府投資(10.2%)、政府消費(5.7%)などよりも輸入誘発率が大きい(通商白書による)。従って、輸出が著しく増加する場合には、それだけ輸入の増加を大きくし、このことが総体としての輸入の減少を小幅にするであろう。
第3の要因は、引き締め時点における輸入素原材料の積み増しが、今回は相対的に小さかったことである。前回は引き締め前の1年間に約3億ドルの輸入素原材料の在庫増がみられたが、今回は同じく1年間で2億2千万ドルの在庫増がみられるに過ぎなかった。今回は前回より生産水準が約2倍の高水準になっていることを考えると、今回の輸入素原材料の積みましが相対的にかなり小さかったことが分かる。
引き締め後の原材料在庫の圧縮は、今回の方がより大きかったにもかかわらず、今回の素原材料輸入の減少が前回より小幅だったのには、原材料消費の低下が小幅だったことの他に、このような事情が働いていたからである。
第4の要因は、既にみたように、今回は輸入原材料価格の低下幅が小さかったことであった。
そして最後に、輸入の構造的な変化によって、我が国の輸入の下方硬直性が増大したという事実を指摘することができる。第3部でみるように、日本の総輸入に占める原材料の比率はすう勢的にわずかずつ低下している。そのうえ、自由化の影響もあって加工製品や食料品などの比率が上昇してきている。これは輸入の安定性を強めると共に、引き締め過程での輸入の減少を少なくするであろう。
変動幅の最も大きい在庫投資の国民総需要に占める比率が低下し、またその変動幅も小さくなってきつつあること、変動の小さい家計消費、政府消費などの輸入誘発係数が上昇する傾向にあること、更にそれらの国民総需要に占める比率が今後大きくなっていくと予想されることなど、我が国の輸入の安定性を増大させる要因は多い。
貿易収支改善形態の変化の問題点
貿易の均衡が高水準で達成されたこと、世界の景気と国内の景気との間にずれのあったこと、輸入の硬直化が進んだこと、今回の景気調整過程でみられたこの3つの際立った特徴は、いずれも今後の貿易動向に大きな影響を投げかけている。
貿易の均衡が耐水準で達成されたことは、貿易収支の黒字期間を短くし、受超幅を小さくした。総説 第3図 は引き締め後の輸出入為替の動向を過去3回の景気調整期について比較したものである。前回は引き締め後5ヶ月目に貿易収支の均衡を回復し、以後3年間にわたって黒字を続けた。前々回の場合にも輸入が増加に転じたごろから、貿易収支が黒字となった。
これに対し今回は37年5月に貿易収支は黒字となったものの、黒字期間は極めて短く、38年1月には再び赤字となっている。ちなみに、景気の底入れ期における貿易収支の幅をみると、前回の33年7~9月期には約90百万ドルの黒字があったのに対し、今回の38年1~3月期にはわずかながら赤字となっている。景気が底入れして輸入原材料の在庫補充がようやく活発化しようとしている現在、貿易収支が既に赤字になっていることは注目すべき現象である。
世界景気と国内景気のずれもまた重要な影響を今後に残している。前掲 第1-12図 でみると明らかなごとく、前回と前々回の場合には、国内景気と世界景気との回復が一緒になり、国内景気の回復する過程で輸出が伸びるという形態をたどった。前々回についてみると、29年後半から輸出は増勢に転じて景気回復の起動力となったばかりでなく、30年に入ると米国の景気回復に伴う世界的な好況に支えられて輸出の増加は加速され、30年をして輸出景気の年とした。前回においては、33年度の第2四半期に底入れした輸出は、その後の世界景気の立ち直りを反映して急速な回復を示し、それが34年度の輸出の著増と結びついていた。しかし今回は、国内の調整期間が世界の好景気と合致し、その間に輸出が急増した反面、輸入の底入れした37年度第2四半期は輸出のピーク期に当たっており、その後輸出は微減ないし頭打ちの傾向を示した。
しかし、38年度に入って、日本の輸出は、若干の増加を示している。これはアメリカ景気の回復や後進国の外貨事情の好転によると思われるが、アメリカ、西ヨーロッパの経済の拡大テンポは緩やかとみられ、低開発国の外貨事情の好転にもあまり多くは期待できそうにない。このような点を考慮すると、今後の輸出が大幅に増加することは期待できないであろう。
輸入の下方硬直化が進んだことは、輸入の変動による国際収支の調整の度合いが小さくなることを意味する。貿易の自由化が進むと共に、消費財やその他の加工製品の輸入依存度の高まることが予想されるから、輸入の硬直化が今後ますます大きくなるであろう。更に、OECDの加盟を目前にひかえ、39年にはIMF8条国移行も予定されている。そうなれば、国際収支の悪化を理由として輸入制限することは原則としてできなくなる。従って今後は、輸出の増大の重要性がますます大きくなっていくであろう。