昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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総説─先進国への道─

新しい環境の下での発展─先進国への道─

国際的地位の向上と開放体制への移行

 日本経済が先進国に近づいたという事実は、国際的な地位の向上という形をとって日本経済をとりまく環境を大きく変えてくる。昭和35年度に政府が「貿易為替自由化大綱」を発表して、自由化の目標とスケジュールを示したことも、いわば先進国の仲間入りするための準備であった。

 貿易自由化に踏みだしたのは先進国に比べ遅れたといえるが、出発して以後のテンポは速かった。イタリアでは自由化率40%から90%になるまでに4年の年月を要したが、日本は3年の予定を早めて2ヶ年半で達成したのである。世界の奇跡とよばれた経済復興のあざやかさを自由化への転身においても示したのである。

 貿易為替自由化は、38年4月には輸入自由化率89%に達し、かなりの部面における経常取引の自由化が行われ、更には資本取引の面においても株式の元本送金の制限緩和などが進められた。38年2月は、IMF(国際通貨基金)より8条国への移行を勧告されたが、日本もその勧告にこたえて、自由化を強力に進めつつある。予定されたOECD(経済協力開発機構)への加盟も遠からず実現するであろうし、あらゆる面での自由な国際的な取引の実現に努めなければならない。

 一方、世界経済の動きは、自由貿易のなかで世界貿易の拡大を図り、各自の狭いからのなかに閉じこもらずに国際協力を一段と自由な経済体制の中で行おうとしている。輸入制限を撤廃するという動きから、更に関税を引き下げて各国間の資源の最適配分を価格のメカニズムを通じて達成させようと考え、自由な経済競争によって望ましい形の発展を行うことを期待している。

 このような世界経済の一層の自由化体制への移行に対処して、日本経済も封鎖体制を一てきして、開放体制への移行を1日も早く達成しなければならない。先進国家群も、日本経済が古い封鎖体制のからを打ち破ることをまち望んでいるのである。

輸出入構造の先進国化

 貿易自由化を通じての先進国化の影響はまず輸入面に現れている。現在までのところ日本経済は輸入自由化によって大幅な輸入増大が起こり、国際収支を悪化させたという事実はない。36年度の国際収支の悪化は景気過熱によるものであり、自由化の影響がわずかであったことは、その後の金融引き締めによって輸入が比較的簡単に減少したことによっても分かる。

 しかしながら、自由化後の3年間の輸入の動きをみると、景気動向とは別に、自由化に伴う消費財などでの輸入の漸増がみられることも否定し得ない。自由化以後の3年間にこまごました消費財の輸入増大は、ほぼ1億4~5千万ドルと推計され、今後もその増加テンポは速まることが予想される。

 ちなみに諸外国の輸入構成比を 第19図 に示すが、日本の原材料輸入の比重が高いのは、資源条件の悪いことを意味しているが、消費財輸入、機械輸入の比率が低かったのは自由化が不十分であったことを物語る。ヨーロッパ諸国のように地続きの国では相互交易が容易であるという事情もあるので、日本がヨーロッパ並の製品輸入比率になることはあるまいが日本経済も開放体制に移行することによって、製品輸入の比率は漸次増加するとみなければならない。

第19図 先進工業国における輸入商品の構成

 開放体制への移行はもともと国際分業の利益を各国が享受する意味において、より輸入依存度が増加するのが建前である。日本においても長期的にみると不利な産業は逐次縮小し、有利な産業を一層伸ばすことが、経済全体の効率を高め、高成長を持続する力となりえよう。

 そこで、貿易自由化に伴い輸入依存度の増大が起きるとすれば輸出の増加テンポが確保されるのでないと、国際収支の長期的安定は望まれない。輸出振興が自由化と共に一層重要性を増している。

 日本の輸出が世界にもまれな高成長を持続して、これまでの経済成長を可能にしてきたことはここに再論するまでもないが、最近の輸出動向をしさいに眺めてみると、かなり構造的な変化が起きていることが分かる。輸出構造の変化の第1は、今までの繊維、雑貨中心の貿易体制が次第に崩れてきていることである。 第20図 にみるように、繊維、雑貨など相対的に賃金の低い産業が35年までの輸出増加の大部分を占めていたものの、35年以降では伸び率が鈍化したため輸出増加に対する寄与率は17%に低下している。繊維や雑貨などは、アメリカ向け輸出の主力をなしていたものだけに、対日輸入制限が響いている面も大きいが、日本の輸出産業も賃金の低いことだけを基盤にしていたのではその有利性が急速になくなっている。賃金の点では、ホンコンなどの方が有利になってきているし、日本における賃金上昇が大きいことから先進国に対しての相対的な有利性の喪失もはなはだしい。

第20図 賃金水準別分類による産業の輸出増加に対する寄与率

 輸出構造についての第2の変化は、低開発国貿易の比重が重機械類で急速に増加していることである。日本の輸出構造の重化学工業化は、既に30年以降かなり目立っていたが、当初は、トランジスタ・ラジオがアメリカに売れたような形の軽機械輸出の伸びが大きかった。しかし33年以降では、低開発国向けの重機械輸出の伸びが大きい。低開発国37ヶ国に対する日本の機械輸出(船を除く)は30年の125百万ドルから36年には513百万ドルと4.2倍に激増し、低開発国の機械輸入に対する日本のシェアも30年の3.2%から36年の8.6%へと急増している。低開発国では経済開発のための機械需要が潜在的に大きいとみられるし、低開発国の機械輸入に占める日本の地位は先進国に比べなお低く、今後の拡大の余地も多い。日本の機械工業の技術水準の上昇、能力の拡大からの輸出余力の増大からみて、いわゆる先進国間の水平分業の形で欧米諸国への機械輸出を一層拡大せねばならないが、同時に低開発国への重機械輸出にも大きな希望がもてるといえよう。

 低開発国貿易の重要性が戦前繊維の主要な市場であったということから、新しい重機械類の市場として見直されねばならないが、今後の低開発国貿易の拡大にあたっては低開発国の購買力の問題がある。低開発国はたえず、外貨不足に悩みそれが開発促進の障害となっている。中近東は石油のおかけで外貨に余裕があるが日本に近いアジア諸国では、この5年間の輸入増加の資金源としては、輸出増加で賄えたのは、わずか36%で、あとの6割は援助で賄っている。先進国は、低開発国からの輸入を増やすとか援助を増やす形で、購買力をつけてやらねば低開発国との貿易拡大は難しい。EEC発足以来、先進国間の、いわゆる水平分業が注目をあびているが、低開発国の経済開発にとっては先進国が低開発国からの輸入を増加させることも非常に重要なことなのである。先進国では低開発国からの工業品輸入に、なお、制限を課しているものもみられる。このさい改められることが望ましい。

 日本は経済発展の段階からいってまだ低開発国から工業製品を輸入する状態ではないが、日本が低開発国から輸入した原料はこの6年間に3億ドル増加しており、低開発国の原材料輸出増加の75%に寄与している。今後も低開発国からの輸入増大を通じて低開発国の発展に資すると共に、日本の経済力に応じた低開発国援助を行うことが考えられねばならない。それは先進国に仲間入りするために支払わねばならない入会費ともいうべき負担なのである。

国際競争力の質的強化

 貿易自由化の進展にあたって真先に憂慮されたのは、日本産業がなお先進国に比べ国際競争力に劣っており、将来伸ばすべきものと考えられる産業、いわゆる幼稚産業が外国製品によって圧殺されるのではないかという点だった。ところが、現実の自由化はかなりの急テンポで進展したにもかかわらず、自由化のショックをやわらげるような政策的配慮があったことと、その間急速に合理化が進み、国際競争力を強化したこともあって、今までのところ各産業とも大きな痛手を被ることなく推移した。日本産業の実力が当初予想された以上に急速に強化されていることは高く評価さるべきであろう。

 日本産業の国際競争力強化のプロセスは、積極的な設備投資による合理化の進展、技術導入による先進国レベルへの急速な接近、などいわゆる技術革新の成果によるところが大きい。しかし、他面において、市場規模の拡大が企業に大量生産方式の導入を可能にし、企業の巨大化を促進したことも競争力強化の大きな動機となっている。日本の巨大な企業はその規模において国際的水準に達したものも増えてきた。アメリカを除く世界の巨大企業番付でみると32年には日本の企業は上位100社中4社しか入っていなかったものが、36年には14社に増えた。化学や食品工業ではなお国際的にみて一人前の企業は少ないが、資本財関連産業では特に巨大化が進み、技術向上とコスト引き下げに成功している。

 しかしながら、現在の日本産業が、コスト面で有利だからといって、今後の自由化に対して安全だとはいい切れないものがある。自由化の進展に加えて関税引き下げも考えておかねばならないし、今まで大型機械や乗用車など自由化を行っていない業種については自由化に対処すべき努力は一段と必要と考えられる。そのうえ長期的にみた日本企業のコスト競争力には賃金コストの上昇、過大な金利負担などの問題が残されている。

 日本の企業は成長力については申し分なく世界1つであるが、その資本構成をみると、とても国際的に一人前の扱いを受けるわけにはいかない 第21図 にみるようにアメリカはもとより、高成長国であった西ドイツからみてもかなりの差がある。特に目立つのは自己資本比率の低いこと以上に企業貯蓄(減価償却+社内留保)の比率が一層低い点で 第22図 にみるように収益力はかなりあっても、金利支払いが大きく利益の26%が流出してしまっている。借り入れた資金のすべてを設備投資に注ぎ込んで成長過程をしゃにむに突っ走ってきたことのゆがみがこの面に端的に現れている。

第21図 資本構成の国際比較

第22図 粗利潤率の国際比較

 資本構成の悪化は今までも度々指摘されながらも高度成長の過程ではある程度やむを得ないものとしてあきらめられていた。なかには企業の過度の借り入れ依存がかえって銀行と企業の融合形態となり、倒れればともどもという形で景気の悪いときにも破たんをもたらさずに済むという見解さえ行われていた。企業では借り得ともいうべき考え方がむしろ支配的だったといってよい。

 封鎖経済のなかでは銀行と企業とがお互いによりかかって根を張らずに伸びていっても、伸びさえすればよいという考えが成立し得たかも知れない。だが、国際的にみて日本の企業は一人前でないというらく印を押されたのでは、日本経済が先進国の仲間入りすることは難しい。企業の体質改善がかねて叫ばれていたが、現在の新しい環境の下では国際的視野の下での自己資本の充実を考えなおさなければならなくなってきた。

 しからば、企業の過度の借り入れ依存の増大をいかにして改善することができるのだろうか。企業の自己資本不足が実力以上の設備投資の強成長によるものではあるが、投資をやめることだけで自己資本比率の上昇が可能であると考えることには問題がある。少なくとも投資の沈静化は必要条件ではあっても十分条件ではないからだ。 第23図 に過去の高度成長の過程における企業の設備投資と内部資金の関係を示すが、設備投資の増加率が高いときには結構収益力が高く、足りないながらも内部資金で賄う比率は高まっている。むしろ引き締められると設備投資が伸び悩むが、このとき。は同時に景気も悪くなって収益力がおちるために内部留保も減り、また増資もできなくなって自己資本比率は悪化する。いいかえると、設備投資の沈静と収益力の確保とが同時に達成されるのでないと企業の資本構成はなかなかよくならないのである。

第23図 設備投資内部資金比率の動き

 今後の日本経済においては、後述するごとくに高度成長の余たつとして賃金上昇圧力は高まっており、賃金コストは増大するおそれもある。しかも投資規模の拡大から投資の伸び率は鈍化しても、資本残高の上昇率は依然高いという事態が、37、38年度に予想される。それが金融費用や配当負担を伴うことになってこよう。そのうえ企業をとりまく外的条件としては、自由化の進展から価格上昇による収益力の増大は望めない。企業の自己資本の充実すなわち国際的に一人前の企業になるためには、日本経済が高い成長を持続することが前提であって、そのなかで政府も体質改善策を講じると共に、企業自体の努力としては実力以上の設備投資をさし控え、一層のコスト引き下げを行わねばならない。

外資導入と金融の国際化

 自由化の第2の面としての為替及び資本の自由化も日本経済に大きな変化を要求する。既に35年7月に非居住者自由円勘定が創設され、11月には輸入ユーザンスの品目制限が撤廃されるなど為替自由化によって短期資本取引の収支尻は35~37年度間に11億ドルの大幅黒字となった。こうした短期資本の流入が結果的には景気上昇に伴う金融の引き締まりをおくらせることになり・金融の自動調節機能を弱めることになっている。

 もちろんこのような短期資本の流入が国際収支にプラスに働き、早めに外貨事情を好転させたことになるが、今後の国際収支の安定や国内金融政策を考えていくうえに、こうした短期外資の動きは十分考慮しなければならなくなってきたといえよう。

第24図 外資導入状況

 38年4月為替変動幅を今までの上下0.5%から0.75%へ拡大し、日銀は為替平衡操作の弾力的運用を図ることになった。これは、為替相場の変動による国際収支の自動調節機能を生かし、あわせて金融の国際化の進展に即応する体制を整備しようとするものである。今後、金融の国際化は一層進展するものと考えてよいが、低金利政策によって国際的な金利水準への接近を図ると共に、景気調整のさいの金融政策運用にあたっても、国内だけの事情でなく外国の金融市場もにらみ合わせて弾力的に行わねばならなくなってきたのである。

 短期外資は既に日本経済にとっても、また金融政策にとっても大きな影響力を持つに至ったが、今後の自由化の進展の一環として更に資本の自由化が発展し、長期資本の流入の多様化が促進されることが予想される。37年度までは日本の外資導入は選別されており、日本経済にとって好ましいものだけを導入する形になっていた。25年から37年まで13年間の外資導入額は23億ドルに達するが、借り入れ(外貨ローン)によるものが7割を占め本格的な外国資本進出と思われるものは少なかった。

 もとより借り入れに基づく外資導入もかなり日本経済の発展に影響を与えてきたことは事実である。資本金100億円以上の巨大企業では33年上期から37年上期までの長期借入金の増加の16.6%を外資が占めている。今回の金融引き締め期にもADR発行や転換社債などの形で調達を図ったことなどをみても、今や外資導入が日本の企業経営における資金調達方法として大きな役割を占めているとみられる。

 今後は更に合弁会社の形での外国企業の進出が一層盛んになるものとみてよい。外資法を通じて導入された外国系企業は石油などでは大企業が多いが、外資法によらない円ベースでの合弁会社は36年以降急増しているものの小規模なものが多く、業種も食料品、化粧品などで基幹産業への進出はみられない。しかし諸外国での外資導入は日本よりは積極的に進められており、アメリカからのヨーロッパへの企業進出も目覚ましいものがあり、この3年間に1,300社に達している。それも子会社、孫会社の設立よりも現地会社との合弁的なものが40%と比重が高く、経営権を損なわない形での外資の進出が流行している。

 今後は日本もヨーロッパ並に外資導入に積極的になるものと考えてよい。長期外資の導入にあたっては、長期であって国際収支の改善に役立つということも重要であるが、同時に企業の体質改善を促進するなり、合理化、国際市場への進出に役立つ形への利用が考えられねばならないし、金融調整も国際的な視野の下に行わねばならなくなってこよう。


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