昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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総説─先進国への道─

景気調整から回復へ─昭和37年度の日本経済─

今回の景気回復の特色と問題点

 以上でどのようにして景気調整が底をつき回復に向かったかをみてきた。今回の回復の特色は設備投資の回復力が弱いこと、消費者物価の上昇、国際収支に余裕が乏しいこと、の3点に要約することができよう。

 第1は景気調整の谷が浅かっただけに最終需要の伸びにあまり多く期待が寄せられないことである。景気回復の主因はさきにみたように、金融の緩和によって在庫投資が増加したことであった。38年に入ってからは消費、政府支出、輸出等の最終需要も緩やかに増勢をたどっているが、今回の回復では設備投資意欲の高まりが小さいことが特色である。法人企業投資予測調査によると、38年度上期の投資計画は37年度下期の1.8%増に過ぎない。また機械受注の動きも 第11図 の通りで、前回に比べて底入り後の回復が遅れている。これは景気調整過程でも落ちなかった大型継続工事が完成するにつれて、生産能力が増大していること、また近い将来に稼動予定の設備資産が増大することが企業の投資意欲を抑制する度合いを強めているためであろう。 第12図 にみるように通産省の「生産能力調査」によれば技術進歩の結果、投資がうみだす単位当たり能力が増加する傾向にあり、過去の高水準投資の生産力化と相まって、37年末の生産能力は前年末を2割あまり上回るものとみられる。また建設仮勘定に現れている据え付け前の未稼動資産が増大していることからみても38年度の生産能力も引き続き高い拡大テンポを示すものと思われる。

第11図 機械受注の回復力

第12図 稼動完成予定資産の増大と投資意欲の沈静

 能力の増大は、とりわけ機械、金属に目立っている。この能力増大によって、製造業の稼動率は、36年6月の90%をピークに、37年12月には70%近くの水準にまで低下しているものと推定される。業種別には、やはり機械、金属など資本財関連部門の稼動率低下が著しく、既に前回の景気調整時の水準を大幅に下回っている。

 一方、これまでの設備投資累増による資本費の増大が、企業採算の制約となっている点もあげねばならない。もとより今回の景気調整過程では景気調整が軽微であっただけに売上高利益率の低下度合いは、前回よりも小さい。しかし、前回の利益率低下が需要減退による生産と価格の低下によってもたらされたのに対し、今回は生産も価格もあまり下らないのに 第13図 にみるように、コスト上昇によって利益率の低下が生じていることに注意しなければならない。コスト上昇は、労務費の増大が働いている面もあるが、なんといっても設備投資強成長のあとの減価償却、金利支払いなど資本費の上昇が大きく響いている。このようなコスト上昇要因が景気調整に対する企業経営を非弾力的にし、生産、価格を下げ難くしたといえるのであるが、反面では今後ともコスト要因が採算を圧迫し続けるのであろうと推測させる。

第13図 利益率低下とコスト上昇

 このように、最近の生産能力増大、稼動率低下は今後の設備投資急増を抑制する働きをし、資本コストの高まりは企業の投資態度をより慎重にさせている。最も、消費、財政、輸出などの最終需要水準の上昇が今までの投資が投資をよぶ形とは別の形で投資を誘発する面もあり、また中小企業の近代化投資意欲が強いことは考慮に入れねばならない。しかし従来の設備投資増大の軸となった鉄鋼、機械など資本財部門では能力増大と稼動率低下から、設備投資が減衰していることを併せ考えれば、設備投資の回復は総じて緩やかであると考えられる。

 第2は消費者物価の上昇である。消費者物価は、32年度の景気後退期にはわずかながら低下したが、今回は引き締め期間中も上昇を続け、その上昇率も大幅であった。その結果、消費者物価は、引き締め解除の時期に既に引き締め時より7%程度高い水準にあった。このように引き締め期にも消費者物価の上昇が著しかったことは、それが根強い構造的要因に基づくものであることを示しているが、この点については後に詳しく分析しよう。消費者物価の上昇は、一面で遅れていた低所得部分の所得上昇の結果であり、所得格差の縮小を示すもので景気調整期の消費支出の増大要因となったことは既に指摘した。

 しかし消費者物価の上昇は、景気回復の初期の段階で名目的支出の増大をもたらし、日銀券の増発をよび、早めに現金需給バランスをひっ迫させることになった。また消費財の輸入増大を招いたことも無視できない。このような現象は経済の消費部門では需要超過気味であることを意味するが、他面投資財部門などでは供給超過で操短が行われているのであるから、経済政策の運営にあたっては過剰と不足の両面への配慮を必要とすることになっている。日本経済は回復の局面において消費者物価の抑制を行わねばならないという難問題を抱えているのである。

 第3は国際収支に余裕が乏しいことである。従来日本では国際収支は、景気の過熱期には赤字となるが、景気が底をつくごろにはかなり大幅に黒字を出し、国際収支面では余裕がある状態で次の上昇期を迎えた。ところが今回は全く違っており、景気回復の始まった直後の38年l月には貿易収支は赤字を示すようになってきた。その後も赤字の月が多く、1月から5月までの経常収支の赤字の累積額は2億6千万ドルとなった。これは、前述のように引き締め期の国際収支の改善の原因が従来と異なっていたことによるところが大きい。すなわち今回の改善の主因は、アメリカの好況による輸出の増加と、輸入原材料在庫の縮小による輸入の減少であった。ところが、昨秋からアメリカの景気が停滞を始めると共に日本の輸出も伸び悩みとなり、38年1~3月の輸出額は季節変動修正値で37年7~9月を3%下回ることとなった。一方最終需要がおちていたわけではないので、輸入も、在庫食いつぶしが限度に近づくにつれて下げ止まり、やがて上昇を始めた。この他、経常収支を圧迫している要因として、貿易自由化の影響などで消費財の輸入が増えてきたこと、年の後半から、砂糖、羊毛等原料価格が上昇し、交易条件が悪化したこと、貿易外収支の赤字が、運賃や特許料、利子支払い、保険料支出の増加によって拡大したことなどが挙げられる。短期資本や長期資本の流入が大きいため総合収支は黒字を維持し、外貨は増加を続けているが、景気回復の初期にあって、設備の稼動率もまた低い時期に既に経常収支が赤字となったことは十分警戒しなければならない事態であるといえよう。このことは現在の日本経済は、輸出の大幅な伸長がなければ設備能力の完全稼動と国際収支均衡とが両立できないことを意味していよう。


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