昭和37年
年次経済報告
景気循環の変ぼう
経済企画庁
景気循環の特質と変ぼう
二重構造下の景気循環の特質
変容過程の中小企業
規模別の構造変化と循環変動
30年以降の日本経済の高度成長過程において、中小企業の生産活動は活況をみせ、経営的にも漸次向上をたどっているが、まずはじめに、事業所数、従業者数、出荷額などよりみて中小企業の地位がどのように変化し、それが景気循環の過程でどのように変動を示してきたかを工業統計表によってみよう。
35年の従業者規模299人以下のいわゆる中小企業の占める比重は工業統計表(通産省速報及び各府県資料)によれば事業所数で99.4%、従業者数では69.6%、出荷額では49.2%になっている。これをその5年前の30年に比べると、事業所数、従業者数、出荷額ともいずれも中小企業の比重は低下している。これらの中小企業をさらに規模別に細分してみると中小企業においても経営規模の拡大による上位規模への移行か漸次進み、事業所数のなかでは3人以下の比重は著しく低下し、4~29人、30~99人などの比重が高まり、また従業者数でも29人以下の比重が低下し30~99人、100~299人での比重が高まっている。
一方、出荷額についてみると、大企業の飛躍的生産の増加、特に1,000人以上の規模への生産集中が進展したため、大企業と中小企業の出荷額構成比は30年の43.9対56.1から、35年には50.8対49.2へと変化を示している。このように中小企業の出荷額の比重はこの5ヶ年間に全出荷額の半分を割るという変化を示しているが、同時に中小企業内部のいずれの規模の比重もこの間に低下している。( 第II-2-1表 )では、景気循環過程における規模別の変動を同じ工業統計表によってなかめてみると、上は1,000人以上の大企業より、下は3人以下の家内工業に至るまで大なり小なりその時々の景気循環を反映し、事業所数、従業者数、出荷額などあきらかに変動を示しているが、ただ、変動の現れ方や、その度合いについてみると、そこにはいくつかの相違がみいだされる。例えば、30人以上の規模のものはいずれも29年、32年の景気後退期には、事業所数、従業者数はその前年に比べて伸びは低下を示しているが、29人以下の規模のものではそれらの年に逆に伸び率は高まり、その翌年に減少を示している。これを出荷額についてみると、事業所数、従業者数の変動より以上に景気循環に伴う変化が端的に現れている。
景気上昇過程における出荷額の増加率、景気下降過程の減少率は一般的には規模の大きいほどその変化の度合いは大きいが、ただ29年の後退過程では100~299人の規模の変動が最も大きく、32年の後退過程では1,000人以上の規模が最も大きな変動を示している。このようななかで29人以下のいわゆる零細・家内工業は、出荷額の変動率こそ小さいが、景気後退過程にはその影響は比較的長く続き、しかも景気上昇過程においては、上位規模のものよりタイムラグを持って増加するという特徴ある動きを示している。( 第II-2-1図 )
循環変動と中小企業経営
変動の著しい収益性
このように中小企業の地位は変化し、景気循環過程で大企業とは異なった変動を示しているが、次に景気循環過程における中小企業を経営的側面よりなかめてみよう。
中小企業経営の特色は大企業より低い売上高純利益率を高い資本の回転率でカバーし、総資本純利益率を高めるという形態をとっていることがあげられる。いま大蔵省「法人企業統計」により28年以降における中小企業(資本金999万円以下)と大企業(1,000万円以上)のこれらの経営指標の動きをみると、 第II-2-2表 に示すように、中小企業の売上高純利益率は大企業のほぼ半分で、逆に総資本回転率は約2倍の高さを持っているが、両者の積である総資本純利益率は大企業より下回っている。これらの指標の動きを景気変動との関係でみると、中小企業の売上高純利益率は、概して大企業以上の変動を示し、しかも29年及び32年の後退過程でみるように同比率は低い状態が長く続くという特徴ある動きを示している。このことは後退過程では中小企業製品の値下がりがはけしく、また受注単価の切り下げが行われ、逆に原料面では相対的に不利な状態におかれるなど、大企業以上に原料高、製品安を招きやすくしかもそれが長びくためと思われる。一方、総資本回転率をみると不況期にはやはり売上高の減少に伴って低下を示しているが、大企業が低下傾向を示しながらも比較的安定的に推移しているのに比べると、中小企業のその動きはやや大きい。このような事情から、総資本純利益率は大企業のそれとほぼ傾向的には同じような変動を示しているが、好況期には5%台であったものが、不況期には2~3%台に落ち込むなど、大企業以上に、資本の収益性はたえず激しく動いている。ただここで注目されることは、35年の好況期には大企業のそれに匹敵するという好収益を示していることであるが、これは南菱の増大にともない中小企業においても操業度が上昇し、しかも売上高に対する純利益そのものが飛躍的に向上を示したことによるものであった。
財務比率の変動
中小企業の収益性ははけしく変動し、それと表裏一体をなしている経営内容もたえず変動を示している。経営の内容を示すいくつかの財務比率の変動とその変化を大企業と対比してかかげると 第II-2-2図 のごとくなっている。景気変動過程で大企業と対照的な動きを示しているのは経営の流動性を示す流動比率(流動資産/流動負債)である。大企業では景気変動を反映して、不況期には同比率は低下し、好況期には上昇を示しているが、中小企業では不況期に棚卸資産が増加を示すにもかかわらず、他方では一層の借り入れ難から流動負債そのものの相対的比重が低下し、そのため流動比率を高めている。また好況期には少ないながらも増える短期借入金と、買掛金の増加により、流動負債が相対的に増加し、そのため同比率は逆に低下している。特に34年以降の好況過程では、この傾向は強まり、流動比率はますます低下し、経営の流動性は悪化の方向をたどっている。
これに対して当座比率(現金、預金、売掛金/流動負債)の動きは大企業と同じように不況期にはさがり、好況期には上昇を示しているが、34年以降の好況期には中小企業では与信(売り上げ債権)に比べて受信(買い入れ債務)が高まりそのうえ短期借入金の増加もあって、当座比率そのものは流動比率と同様に低下している。これに対して、大企業では収益の増加に伴う現金、預金の増加と、与信の増大により、34年以降の当座比率は高まり、35年には中小企業と同水準にまで向上している。
一方、総資本中の自己資本の割合(自己資本比率)自己資本に対する負債の割合(負債比率)、自己資本に対する固定資産の割合(固定比率)についてみると、自己資本比率は29年以降、32年にかけて24.2%から16.2%にまで低下した。
その後、中小企業においても設備拡張に即応した自己資本充実策がとられた結果再び上昇を示しているが、それにもかかわらず35年の同比率は22.0%に留まっている。このような自己資本比率の動きを反映して、負債比率は自己資本比率とは逆に29年から32年に極端に悪化をみせ、33年以降は自己資本の増大にともないやや向上している。また固定比率は33年を除いて自己資本を上回る活発な設備投資により、30年以降急速に高まり、資産内容の悪化を示している。
これらの中小企業の諸比率は、循環過程における変化もさることながら、大企業との経営内容の大きな隔たりがそこに目立っている。大企業における自己資本比率は30年をピークにして漸次低下傾向を示しているのに対して、逆に、中小企業ではここ数年上昇の方向をたどっているが、35年における両者の比率を比べると、大企業の28.9%に対して中小企業は22.0%と低い。同様に負債比率、固定比率は大企業とはやや異なった動きを示しているものの、負債比率では238%に対して377%固定比率では145%に対して161%と中小企業ではいずれもかなり高く、経営内容はかなり悪い。特に中小企業では総資本中の固定資産の割合が大企業の43.0%に対して33.95と低いにもかかわらず35年の長期固定適合率(固定資産/自己資本+固定負債)は106.5%と高く自己資本と固定負債をあわせても固定資産を賄うことができない状態にあり、それだけにその不足分を借入金などの短期負債で補わざるを得ない立場におかれている。
中小企業と外部資金
固定資産の増減である、いわば設備投資とそれを支える自己資本、長期借入金の動きを同じく「法人企業統計」によってみると、 第II-2-3図 にみるように中小企業、大企業とも設備投資そのものの動きは、景気変動にともないかなり循循的変動を示している。しかしながら、両者の相違点を挙げると、大企業の投資活動が大きく変動しているのに対して、中小企業では小幅に推移し、大企業より投資はわずかに先行している。また、大企業では設備投資を支える自己資本と長期借入金が、投資そのものとほとんど同じような動きを示しているのに対して、中小企業では、設備投資の動きと自己資本、長期借入金の増減の関係は長期資金の運転資金への流用などもあってタイムラグさえ示しており、投資を支える資金は必ずしもマッチしていない。
一方、中小企業と大企業における自己資本及び売上高に対する長期借入金の比率を比較すると、 第II-2-3表 に示すごとく自己資本に対する長期借入金の比率では、中小企業の自己資本比率が低いため大企業とそれほどの開きを示していないが、後者では極端な開きを示している。このような関係は、運転資金である短期借入金の面でもみることができるが、長期借入金ほどの開きを示していない。しかしながらことでも不況期には、大企業との間に同比率(短期借入金/売上高)が拡大するという特徴ある動きをみせている。
次に金融機関からの貸し出し面より中小企業向けと大企業向けとをみてみよう。中小企業向け貸し出し残高は、 第II-2-4表 に示すように28年12月の1兆5,325億円から36年12月には6兆円と8年間に3.8倍に増加している。この間大企業が4.1倍に増加したのに比べると、その伸びは低く、しかもわずかに総貸し出し残高中に占める中小企業向けの比重は低下している。ただ32年12月末と36年12月末とを比較すると、大企業の伸びを上回り、比重もやや上昇している。このような貸し出し残高の推移のなかで見逃すことができないのは、中小企業向け設備資金の伸びは高く、また設備資金貸し出し残高中の比重が上昇していることであるが、既にみた長期借入金の対売上高及び対自己資本の中小企業の絶対的低さにみるように、中小企業の設備資金は必ずしも充分であったとはいえないのである。
では、28年以降における景気循環過程のなかで中小企業向けのこれらの設備資金、運転資金がどのような変動を示したかをみると、 第II-2-4図 第II-2-5図 に示すように中小企業向け設備資金の変動は、製造業における生産の増減とほぼみあって変動を示しているが、30年から31年、33年から34年の金融緩慢期には中小企業向け設備資金は、かなりの急増をみせた。しかしながら、81年12月から32年3月と、35年3月から35年12月の期間にみるように、景気が成熟期に達すると、逆に大企業より先に貸し出しの減少をみせ、好況期には中小企業は設備資金の確保に苦慮するという現象をまねいている。
他方、運転資金では大企業向けは製造業の生産活動より約9ヶ月遅れて変動する在庫とほぼみあって変化しているのに対して、中小企業向けは製造業の生産活動より約3ヶ月先行しながら変動を示している。特に29年、32年の景気後退過程には在庫の増大に伴って大企業には滞貨金融がかなり積極的に行われたのに対して、中小企業向け運転資金はそれとは逆に相当圧縮され、金融引き締めのシワよせを受けたことがよみとれる。
このような設備資金、運転資金の中小企業向け貸し出し面における特有の循環変動は、34年以降次第にその変動の幅を小さくしており、今回の引き締め過程では、29年及び32年とは第2部「中小企業」の項にみるように目下のところかなり異なった様相を示している。このことは、中小企業そのものの経営基盤が次第に向上し、しかも金融機関の中小企業に対する融資態度が漸次変化をしてきたことを示している。
縮小する賃金格差
日本経済の発展にともない、中小企業においても生産は増加し、経営は拡大の方向をたどっているが、これにともない中小企業における賃金も漸次上昇している。工業統計表により1人あたりの現金給与額をみると、28年から35年にかけて、中小企業(299人以下)では、大企業(300人以上)の51%の増加に対して63%増とそれを上回っている。もとよりこのような増加を示した現金給与も 第II-2-6図 に示すごとく、景気変動にともない上昇率はその時々の景気動向を反映しながら変動を示している。この変動を出荷額の動きと比べると、大企業では、賃金が下方硬直性を持っため景気後退過程でも下りにくいのに対して、中小企業では景気の上昇、下降による売り上げの増減そのものに敏感に作用されている。
第II-2-6図 一人あたり現金給与と一人あたり出荷額の変動
ただ29年と32年の後退過程における中小企業の賃金変動と出荷額の変動を比べると、29年当時では、両者はほとんど同じような動きを示しているのに対して、32年の場合は賃金の変動率は出荷額の変動より小さくなっている。このことはそれだけ中小企業の賃金が安定性をおびてきたことを示しており、それはまた労働者への賃金面におけるシワ寄せを困難にしていることを物語っているといえよう。
このような中小企業の賃金の動きのなかで中小企業と大企業の賃金格差は34年以降次第に縮小をたどっている。いま1,000人以上の大企業を100とする規模別格差をみると、28年から33年にかけては大企業における中小企業を上回る賃金の上昇により、中小企業との格差は 第II-2-7図 に示すように拡大の方向をたどったが、34年以降は中小企業における収益の向上と若年労働力の不足を反映して、大企業を上回る賃金の引き上げが行われたため賃金格差はようやく縮小をたどりはじめている。しかしながらこの格差縮小のなかで注目しなけれはならないのは、それが中小企業の収益性に影響をおよぼす可能性が強まっていることである。
労働力不足によって賃金水準が上昇する事情のもとでは中小企業の高い労務費比率はより一層高まる方向にあり、それはひいては大企業に比べて低い利益率をさらに低下させることが充分予想される。このため中小企業においても設備合理化のための設備投資をますます進めなけれはならないが、果たしてそれらの合理化投資による付加価値生産性の上昇が上昇傾向にある労務費比率をどれだけ吸収できるか、さらには、設備合理化の前提となる長期資本が安定的に確保できるかどうかそこには多くの問題があるといえよう。
下請けをめぐる親企業との関係
中小企業の経営は既にみたように変ぼうを遂げているが、親企業に強く依存し従属している中小企業では受注量の増減、代金支払いの遅延、下請け単価の引き下げ、不当返品など親企業からのシワよせにたえずおびえ、しかも景気後退過程では親企業からのシワ寄せを受けやすい状態におかれている。
このことは中小企業庁調査の「中小下請け工場調査報告」及び公正取引委員会調査の「下請け代金の支払い状況」などの資料によってもその間の事情はうかがえる。それらの資料によると、下請け中小企業の納入額に対する売掛金残高である、いわゆる下請け支払い遅延度や下請けへの支払額中の現金の割合である現金支払い比率、さらには下請けが受取る手形期間などをみると 第II-2-8図 に示すよるに景気後退過程ではいずれも悪化を示している。しかしながら、それは不況期のみ図りでなく受取手形期間の推移にみるように、好況期においても親企業の資金事情に左右されて手形サイトは悪化することさえある。ただ、32年と今回の場合を比較すると、今回の後退過程では36年度までに限っていえば手形サイトをのぞいて、支払い遅延度及び現金支払い比率共にそれほどの悪化を示していない。もちろん今後における景気後退過程の長さとその深さにもよるが、前回とは異なりやや下請けへのシワよせが多少弱まりつつあるといえないこともない。同じ中小企業庁の資料によると親企業の不当値引き、不当返品、不当受領拒否は 第II-2-9図 にみるようにいずれもここ数年来極端に低下を示しており、また受注単価に対する利益状況も「コストより若干利益がある」というものと「コストすれすれ」というものとが、33年当時にはほぼ1対1であったものが、36年度下期には2対1と変化し「若干利益がある」というものの比率が高まるなど、ここでも下請けへのシワよせが、次第に変化をしめつつあることが示されている。
このように32年の後退過程と今回とでは親企業の下請け中小企業へのシワよせがやや変化を示している。これは、1つはに政府の中小企業対策としての行政指導が進められていることにもよるが、より基本的には系列化の進展による大企業の生産体制の強化により、下請け企業との結合関係が強まり、大企業の健全なる発展にとって下請けの育成はゆるがせにできなくなりそれだけ下請けに対する関心か高まっていることの現れでもあろう。
むすび
以上みてきたように日本経済の高度成長にともない、中小企業の収益は増大したが依然として大企業とは収益面でも経営内容の面でも格差があり、経営の不安定性はぬけきれていない。従って中小企業の安定的な発展を図るためには、自己資本の充実と中小企業金融の拡充強化が重要である。
特に労働力の不足による賃金上昇のもとではより一層の近代化、合理化投資を進めなければならないので、経済性を考慮した充分な長期資金が確保されると共に自己蓄積力を高めるような諸対策が必要である。これと同時に労働力不足をカバーするため企業規模の拡大、協業化を促進し、労働力の確保対策として福利厚生施設の拡充と生産性向上のための質の向上を図る必要がある。また、中小企業からのシワ寄せはやや弱まりつつあるとはいえ、大企業に比べて不利な立場におかれているので大企業と中小企業との関係をさらに改善していくこともあわせて必要であろう。