昭和37年
年次経済報告
景気循環の変ぼう
経済企画庁
景気循環の特質と変ぼう
二重構造下の景気循環の特質
雇用変動の二重構造的特質
国際的にみた雇用変動の特徴
今回の景気調整によって、我が国の労働面にも既にその影響が現れている。労働関係でも景気循環の影響を受けるのは当然であるが、各国の事情によってその影響の程度は異なる。以下、主として先進国との比較によって、景気後退期における我が国の雇用賃金の特徴を明らかにしよう。
各国における最近数年間の製造業雇用(労務者)の変動状況をみると、我が国の変動率は西欧諸国よりかなり大きく、アメリカに次いでいる。しかし、それは生産の変動が大きいためであって、雇用が絶対的に減少したことはない。生産の減少の大きいアメリカはもちろん、西欧諸国においても、西ドイツを除くとイタリヤ、フランスなどでは、生産の停滞に伴い雇用は減少している。
我が国の製造業雇用の増加率は大きく動いているが、景気後退期においても減少しないということは、諸外国に比べた第1の特徴である。これは景気後退期の推移をみると一層明らかとなる。
四半期別データによる工業生産のピークからボトムまでの雇用の変動をみると、過去2回の景気後退期において、我が国は生産がいずれも8%前後の低下を示しているが、雇用は減少していない。これに対し、アメリカでは毎回、生産の低下率が10%をこえて、景気変動それ自体も大きいが、雇用も生産に追随して減少率は高く、1953~54年及び56~58年においては10%をこえ、最近の60~61年の場合でも6%をこえている。他方、最近経済成長テンポの高い西欧諸国では生産の低下はむしろ我が国より小さいが、雇用の減少率が生産の低下率を上回っている場合もみられる。
第2の特徴は、非農林雇用全体の安定性である。我が国の景気後退期の雇用は、製造業では増加しなくとも卸小売、サービス等の第3次産業部門で増加するので、非農林雇用の増加率が3%を下回ったことはない。これに対し、アメリカ、イギリス、フランスなどの諸国では製造業と同様、非農林雇用全体でも減少している。
第3の特徴は、失業の潜在化である。我が国の失業は労働力調査による完全失業者であれ、失業保険の受給者であれ、景気後退期における増加率はそれほど顕著でない。これは、失業者が顕在失業者として長く留まらずに、低位就業者として潜在失業化するからである。過去2回の景気後退期をみると、失業保険受給率でみても1ポイント程度反騰したに過ぎない。これに対し、アメリカの失業率はその水準が高いうえに、その上昇率は2~3ポイントに達している。
一方、実収名目賃金はかなり弾力的である。その水準が低下することは各国ともみられないが、我が国はアメリカと共に変動幅が大きく。西欧とはやや異なった状況を示している。もっとも名目の時間賃金については、我が国もかなり安定的で、ほぼコンスタントに上昇してきている。
以上のように、国際比較からみた景気後退期における我が国の雇用賃金の特徴は、実収名目賃金が超過勤務給や臨時給与の関係もあって弾力的であるのに対し、雇用はかなり安定的で非農林業全体の雇用ではかなり増加し、変動の激しい製造業でも減少することがなく、失業はあまり顕在化しないという点があげられる。
二重構造的循環変動の特質
労働移動面からみた特徴
前述したような国際的にみた我が国雇用の特質は、所得、生産性格差の大きい近代的分野と前近代的分野が共存する非同質的な経済構造に根ざすものといえる。
我が国の雇用構造は、比較的近代的性格の強い製造業雇用に限ってみても、欧米諸国とはかなり異なっている。雇用市場は大企業の常用労働者を中心とする安定的雇用と、大企業などの臨時工、社外工、中小企業労働者、日産労働者などの不安定雇用とにわかれている。大企業の常用労働者は終身雇用制度によって、ある程度以上の経営悪化がない限り解雇されることはなく、賃金も年功賃金的昇給制度で保証されている。しかも最悪の場合の解雇にも労働組合の組織による防衛があり、退職手当制度という条件もある。これに対し、臨時工は契約更新の停止ということで解雇され、労働組合による組織的抵抗も少ないことは過去の景気後退期の実績が証明している。また、社外工は直接雇用関係かないが、下請け発注量の削減で実質上の解雇を受ける中小企業労働者である。
ところで、中小企業労働者は経営の不安定性、労働組合組織の劣弱さから離職の機会が増加するが、他方では、労働条件の劣悪な小零細企業の労働需要は景気後退期にもいぜん残されている。この結果として、景気後退期には雇用は大規模企業で減少して、小零細工業、小売業、サービス業などでむしろ増加するという好況期と反対の状況を示している。つまり、景気後退期には前近代部門の雇用の比重が、相対的に高まることになるわけである。
「工業統計表」によれは、製造業の規模別の従業者構成は、景気後退期には小規模層のウェイトが高まるが、特に29年には小零細規模での増大が著しい。30人未満の小零細企業の従業者の構成比は28年には33.3%であったが、29年には35.4%へと高まった反面、500人以上の大企業の比重は26%から24.7%へと対照的に低下している。これを増加雇用でみると、大部分が、30人未満で占められている。このような変化は、大企業で整理されたり、退職したものが、中小企業に再就職し、あるいは、中小企業から小零細企業へ移るという複雑な流動変化の結果を示すものである。
また、雇用の動向に大きく影響する新規学卒者の就職状況についてみれば、好況期には大企業に集中し、反対に、景気後退期には中小企業に偏よる傾向がある。例えば中学卒の場合、100人以上への就職割合は33年は28.5%となって、32年よりも約8ポイントも低下している。
さらに、「労働力調査」によって、景気後退期における非農林増加雇用の配分をみると、29年度は、卸小売、金融保険とサービス業が約7割を占め、製造業は約2割に過ぎない。32年度及び33年度には29年度よりは製造業の比重がかなり高まってはいるが、33年度には製造業は増加雇用の27%を占めるに過ぎなかった。
景気後退期における低位規模の企業への転落的移動は、労働者の転職の際の状況にはもっと明りょうに現れている。33年の「失業者帰趨調査」によれは、前職が常用労働者であったもののうち、常用労働者として再就職できたものは7割に達していない。しかも、前職が比較的安定的な100人以上の大中企業にいたもので、転職後同位レベルの企業の常用労働者として残ることができたものは半分に満たないという状況である。臨時工になると転落的移動はさらに激しい。
また、再就職の困難な中高年齢層になると零細資本による自営業主になるものも少なくなく、また日雇い労働者に転落とするものも現れる。
我が国は非雇用者である業主や家族従業者という前近代的就業形態が多いが「労働力調査」によって就業者の従業上の地位別の増減状況をみると製造業においても、景気後退期には、雇用者の増加が停滞する反面、自営業主、家族従業者の増加現象が、明りょうに現れている。
他方、日雇い労働者への転落も景気後退期にはかなり増加している。職業安定機関の調べによれは、29年当時日雇い労働者の新規求職者は約2割前後の増加をみている。しかも日雇い労働者になると、労働力を磨耗し、正常な産業雇用への適用が困難になるので沈澱して近代的雇用市場への復帰は困難な状態にある。
以上のように、我が国においては景気後退期には、賃金水準の低い小零細工業、小売りサービス業等の雇用が増加し、また、前近代的な就業形態である個人業主とその家族従業者が増加するなど低位就業層が増大するがこのことは、我が国の失業がそれほど顕在化しない一面をあらわすものである。
アメリカなどにおいては失業者の顕在化と共に短時間就業者なども若干増加するが、我が国においては顕在失業者の増加が少ない反面、むしろ長時間労働の低位就業層が増加するのである。このことが欧米先進国と基本的に異なる点といえるであろう。
以上述べてきた景気後退期における我が国の雇用変動の特徴のよってきたるところを要約すれば、次のような点があげられよう。
第1には、生産性及び所得水準に大きな差がある近代部門と前近代部門が共存し、近代部門の労働需要に対し、労働の供給が相対的に過剰であること。
第2には、消費財部門の小零細企業、小売り、サービス業などの分散した小資本では、景気後退期でも比較的需要が落ちないうえに、低賃金であるため充足されない雇用機会がいぜんとして存在すること。また、中小零細企業においても雇用されることが困難な中高齢層などについては零細資本による自営業王となっても低所得不安定の就業ながらある程度の収入が得られる可能性が存在することである。
さらに、失業が顕在化しない理由としては ① 失業保険の受給期間中に前職に劣らない再就職の機会をえることが困難であるために早めに就職すること、及び ② 失業保険に加入していない零細企業労働者が相当数存在し失業者として表面化しない者が多いことがあげられる。
つまり、我が国の景気後退期における雇用変動の特徴は、需給両側面の事情が絡んでいるが、本質的には、我が国の二重構造的特質に深く根ざすものであるといえよう。
企業の雇用調整
前述したような二重構造的特徴を、企業の景気調整の態度という面から、大企業、中小企業の比較としてみることにしよう。
臨時工は雇用の調整機能として重要な意味を持っているが、これについても規模別の状況差は大きい。
企画庁の「雇用形態別人員調査」によれば、38年度の経済白書にも指摘されているように、33年の景気後退期において、常用工がまた増加を続けている段階で、既に、常用化した臨時工は減少に転じている。この事情は大中規模を通じて共通的にみられるところであるが、常用工との対比でいえば臨時工の減少は、大企業で圧倒的に高い。つまり、常用労働者の安定雇用というのは、臨時工というクッションに支えられていること、しかも大企業ほどこの機能は強く働いていることが特徴である。いわゆる常用工化している臨時工に比べれは、さらにより不安定性の強い雇用者である臨時日雇い労働者の場合にも同様な事情は認められる。
大企業中心の安定雇用のもう1つの支えとしての労働時間の問題がある。我が国の場合、賃金の規模間格差と同様に労働時間にも格差があり、小規模ほど長時間労働である。しかし、景気後退期の労働時間の変動をみると、大企業の方が大きい。総労働時間としても、もちろん明らかであるが、残業時間としてみるとより強く現れ、32年と33年の比較では30~99人の小規模で約1時間の減少、100~499人の中規模で同じく2時間に対し、500人以上の大規模では約4時間の減少に達している。労働時間の変動による雇用調整効果は長時間労働の零細企業を別とすれば大企業の方が大きく、安定雇用の有力な支えとなっていることが認められる。所定外労働時間の短縮は、25%の時間外割増賃金分も含めて減少となるわけであるから賃金面への影響も無視できない。基本給に対する超過勤務給の比重の変動の形でみても大企業の方がより大きいことは明らかである。
ところで、我が国の場合は新規学卒中心の労働市場という特殊条件によって、入職抑制という間接的雇用調整の機能が働くことが認められるが、この入職抑制という雇用態度にも規模間の相違が認められる。 第II-1-6図 は32年から33年にかけての景気後退期の入職率、離職率の推移を規模別にみたものであるが、学卒者採用を中心とした入職期の雇用増加とその前後における調整期の雇用減少の状況が示されている。
大企業は、32年後半からの離職超過も高いが、33年の4月の入職は32年よりも若干低下している。中小企業になると、離職超過率(離職率─入職率)は大企業よりも少ない反面、新卒採用は大企業より低下率が大きい。つまり大企業では、臨時工を主体として全体の雇用量を調整しているが、基幹的労働力としての新規学卒者は多少抑制したものの、中企業よりもかなり多く採用を続けていることが示されている。大、中、企業の雇用調整とはむしろ対照的に小企業では不安定雇用に基づく労働力の流動性の高水準のために、入職期を除けばほぼ慢性的な離職超過状態を示している。従って、33年にも入職期にはむしろ32年よりも入職率は高まっていて、積極的な入職抑制はみられない。これは1つには大中企業の採用の抑制の反映を示すものである。
労働市場の変化とその影響
労働市場の変ぼう
景気後退期における我が国の雇用、賃金の変動の特質はいうまでもなく近代部門の労働需要に対し供給が過剰であるという過剰人口を基盤とすることが基本的要因である。そしてまた、賃金水準が低いために失業期間中の所得保障が充分でないこと、賃金水準の低下を阻止する最低賃金制が前回の不況期までは整備されていなかったことである。
しかし、30年以降の高度成長で近代産業の雇用需要が急速に増大する一方、生産年齢人口の増加数の一時的低下なども加わって、労働需給関係は大きく変化してきている。労働需給バランスを示す求人求職率(有効求職者数÷有効求人数)は景気変動のサイクルをもちながらも、ここのところ急速に低下傾向を示している。29年当時は求職が求人の約4倍であったのが、36年にはおおむねバランスしている。著しい変化といわなけれはならないだろう。しかも景気後退期における求人求職率の反騰も33年は1.9から2.7へと高まったものの29年当時よりかなり小さく、しかも労働需要をあらわす有効求人数は前々回景気調整発動時点である29年2月の375千人(季節修正値)に対し、前回の32年5月は591千人、今回の36年9月には、1,028千人と著しく水準を高めてきている。つまり景気調整が始まる直前の求人数は29年当時に比べると約3倍に大きくなっているわけである。一方、求職者をみると、29年2月の1,035千人から32年5月の1,152千人、36年9月の1,115千人とほとんど変化を示していない。
さらに我が国の労働市場の基調を決定する新規学卒労働力の需給バランスは既に30年当時においても求人が求職をオーバーしていたが、最近の需給ひっ迫は極めて著しいものがある。
こうした事情を反映して、農林業部門就業者は景気後退期の若干の反騰を伴いながらも、ほぼ一貫して減少してきている。
「労働力調査」の暫定補正値によれば36年度の農林業就業者数は1,346万人で、28年度の1,527万かからみれは年平均23万の顕著な減少となっている。
また、不完全就業層も著しく少なくなってきている。「労働力調査臨時調査」によれば、転職、追加就業、就業希望者で求職中という緊急性の高いものは30年当時に比べて半減して36年には245万人程度になってきている。これら雇用労働市場への新規登場者に対し、一方近代的雇用市場からの脱落者である日雇い労働者の新規求職者も一貫して減少している。
こうした労働の需給関係の変化は今後4~5年における新規学卒者の急増という一時期を別とすれは、長期的にはさらに強まっていくことが予想されている。
労働市場変化の第2の特徴は求人条件の変化である。中小企業の労働力不足が表面化しない以前においては、職安の求人の中にも潜在失業的な低賃金の需要が少なくなかった。しかし最近では次第に改善されてきており中小企業の求人でも中高年齢層では大企業と比べるといぜん差は大きいが、若年層についてはその差は大福に縮小している。このことは「賃金構造基本調査」による規模別年齢別賃金格差によってもみることができる。
男子労務者についてみると、30才以下では10~99人でも、1,000人以上に対し9割近い水準に上昇している。つまり、景気後退によって大企業の離職者が中小企業に再就職しても、若年層についてはこれまでに比べると、はるかに労働条件の低下率が少ないといえるわけである。
労働経済変動形態の変化
労働市場の構造的変化という基本的要因の変化が雇用、賃金の変動パターンにどのような影響を与えたか、29年、33年の過去2回の景気後退期と今次調整期を通じた変化をみることにしよう。
四半期別の生産、雇用の季節修正値の対前期比の推移をみると、 第II-1-8図 のようにほぼ同じようなサイクルを画いているが、そこには若干の変化が現れている。生産の変化率は前々回の景気後退期よりも、前回の方が、むしろ大きくなり、好況期の増加率も前回の方が上回ってきている。これに対し、雇用は好況期の増加は高まる傾向にあるが、不況期の増加率の落ち込みはわずかながら小さくなってきている。つまり、雇用は下方硬直性を増してきていると共に、生産との相対関係でいえば安定性が増大してきていることがみられる。
この雇用の下方硬直性は企業の態度からもある程度認めることができよう。「景気調整下の労働実態調査」によって、29~30年、32~33年、36~37年の雇用調整策の実施状況を比較すると、解雇などの直接的調整から、採用削減などの間接的調整へと調整の重点が移ってきていることが認められる。前々回の不況期に解雇という非常手段をとらざるをえなかった企業が、その後の好況期において採用難に遭遇し、前回は解雇をやや手控えたという事情、さらに労働力不足を経験した今回は解雇に関しては予定を含めても前回、前々回の水準よりかなり下回っていることが認められる。臨時工の期限前解雇についても同様な状況である。つまり、現在する雇用については配置転換機会の増大などはあるとしても安定性は増しているとみるべきてあろう。臨時工については、今次景気調整に伴って本工昇格を停止するケースもあまりみられないようである。また、同調査にみるような臨時工の本工昇格率のし、著しい上昇など、臨時工の安定的性格の増大を物語るものであろう。
雇用の安定性増大という傾向は直接的雇用調整策である解雇状況からも明らかに認めることができる。過去における人員整理の実施状況を、労働省「企業整備状況報告」でみると、人員整理実施件数は29年の場合、500人以上の大企業では対前年増加率は2割程度と低かったのに対し、小規模になるほど増加率も高く、14人以下の零細企業では4倍以上にも激増している。ところが33年の場合には規模間の状況の相違はほとんど認められなくなっている。もちろん、前回と前々回とでは景気後退の影響が産業別に異なっていたことも反映してはいる。産業別の解雇率を「労働異動調査」から推定して、28年から29年にかけての解雇率の高まりと、32年から33年にかけてのそれとの産業別状況差をみると、家具、衣服、ゴム、皮革などの中小企業性産業の解雇率は前々回にかなり高かったことは認められる。しかし、その他の産業の状況などから総合的に判断すると33年には29年当時と比べれは中小企業の経営内容も充実してきており、解雇などの最後的手段に訴えなくても切抜けられるような能力かついてきたともいえよう。むしろ好況の長期化による未充足求人の増大があるため、後退期においても、雇用を吸収する方に働くことも考えられる。前回の38年においては29年と異なり、零細企業でなく中小企業層の雇用増がみられたことは、既に、労働市場の条件変化を漸次的に反映したものといえよう。
今回の景気調整が今後どのように推移するかは予断を許さないが、前回までにみられたような潜在失業的な低所得層の増大はかなり緩和されるものと思われる。つまり、景気後退期における二重構造的就業構造の深まりはこれまでよりもはるかに少ないものとみられる。
一方賃金についても、傾向的な上昇をたどっているためすう勢線に対する偏差によって変動パターンをみると、 第II-1-9図 のようにいわゆる賃率に比較的近いものと考えられる時間当たり定期給与については前々回も前回も変動は極めて少なく、あまり変化はみられない。これに対し、企業・収益をかなり敏感に反映する特別給与などを含めた現金給与総額についてみると変動の幅はかなり大きくなってきている。最近、我が国のボーナス制度は基本給をカバーする意味での付加給付として、ボーナス支給も重要な団体交渉の項目となり、前期を下回ることのない金額で労組と妥結してきているのが一般的な傾向である。しかし、ボーナス制度はもとより企業の利益の分配的性格を持っている。特別給与のみとしてはもちろん33年のようにわずかとはいえ絶対的に減少した例もある。しかも、臨時給与の支給が金額的にも支給率でも高い大規模企業でより大きな減少をみたことは、このような臨時給与の性格を反映したものである。
賃金の総括的評価としての変動性は、企業の賃金調整態度の傾向からも認められる。同じ前掲の調査によれば、景気後退期における定期昇給の停止などの実施率はむしろ傾向的に減少しているといえる。これは,先にみた定期給与の下方硬直性増大の理由である。定期給与の硬直性増大の反面で、賃金総額の抑制期待から、臨時給与の調整機能の増大が要請されることは想像できるが、まさに企業の態度もそこに現れている。ボーナス減額を予想する企業は半は近くに達し、しかもこの比率は前回、前々回と変わらない。その他、能率給の基準変更や、ベースアップの中止、引き上げ率の圧縮などが比較的増大してきている。能率給の基準変更は技術革新の影響によって技能の必要度が低下してきているにもかかわらず年功賃金によって賃金支払い総額が増大する傾向を阻止するために職務給移行が考慮されていることと関連したものであり、ベースアップの中止や引き上げ率の圧縮は最近のコスト増大傾向への企業の側からの反応の現れとみるべきであろう。
なお、賃金支払い能力という意味での企業の経営内容という点でいえば、その状況を端的に反映するのは賃金不払いであるが、この状況も前回と前々回を比べると中小企業の経営内容の改善が認められる。
29年のときは大規模、小規模を問わず賃金不払いは激増したが、33年には大、小規模とも増加は少なく小企業では大企業より早目に影響が現れ増加に転じたことは認められるが、増加率としては微々たるものであった。
今次調整局面でも賃金不払はほとんど増加はみられない。賃金不払い面のこのような改善は経営内容の好転、充実と共に、賃金管理面の合理化の効果としても評価さるべきであろうが、結果的には賃金面の安定性の増大傾向の一個面といえないこともないであろう。
改善のなかの問題点
景気後退期における労働面の影響が比較的軽微になってきている面を、前回の景気後退期での経験から積極的に評価することはできよう。しかし、部分的問題はより深刻化する面かないわけではない。それは中、高齢層の離職増大のおそれと再就職の困難化の問題である。中高齢層離職者が増加するおそれが大きいのは、産業構造の変化を端的に反映した斜陽産業である。その代表は鉱業、就中、石炭である。石炭は既に36年度において11%の雇用減で、退職者(常用労務者)は7万をこえており、このうち公共職業安定所を通じて再就職しえたものは約3割である。それ図りでなく、非鉄金属鉱業も自由化影響で合理化をせまられている。繊維産業でも綿紡、レーヨン、スフなどは同様な構造的問題を抱えているが、繊維産業内部での転換、合繊部門への切り替えの余地もないわけではないのに対し、鉱業の場合はこのような条件を欠いているだけに一層深刻である。第2には斜陽産業以外でも中高年層が解雇の対象になりやすいことである。技術革新たによる高度成長が要求する若年労働者の増加の反面で、労働力の質的アンバランスから、また企業経営面の上でいえば、賃金コストの増大から中高齢層はリタイアを要請される場合が多い。しかも、この問題の影響は既に現れているのである。
最近の失業保険受給者の年齢構成の高齢化もそれであり、離職者の勤続年数の条件でみても。より直接的には解雇者の年齢条件でみても影響は明らかである。「景気調整下の労働実態調査」によれば、解雇者の年齢は、女子の多い繊維産業では前々回の後退期には20才未満のものが過半を占めていたが、前回には20~29才のものが7割を占めるに至り、また、その他産業では同様、中高年齢者層に著しく偏ってきていることが認められる。
今次調整期には前述したように、産業別には鉱業が最も深刻化しているが、この産業は中高年齢層肥大化問題を抱えている産業である。
一方、中高齢層の再就職については、新職への職業訓練の必要性や移動に伴う住宅の不足、年功的賃金制度等のために、これまでもかなり困難であったが、中小企業の労働力不足が深刻化するに及んでようやく中小企業への再就職が進み出した状況にある。今後景気後退と共に若年層の中小企業への就職が進むようになると中高齢層の再就職が再び後退するおそれが大きいといえる。
以上みてきたように、これまでの景気後退期における雇用変動は表面安定的のようにみえるが、その質的構造は、二重構造的経済構造に根ざす生産性、所得水準の低い前近代部門の低位就業層の増大によるものであった。つまり、構造的潜在失業の増大という形態をとるものであった。
しかし、高度成長による労働需給の著しい改善によって中小零細企業や臨時工などの求人難が表面化して労働市場構造が大きく変化しているので、今回の景気後退期においては低位就業層の増大という二重構造的雇用変動はかなり緩和されるものと思われる。このような兆候は既に32年の後退期においても若干現れている。
将来、我が国の経済構造が生産性や所得水準にあまり差のない均質的経済となり完全雇用の状態に近づけは、景気後退期における失業は構造的潜在失業の増大から景気的顕在失業の増大に変化していくものと思われるが、その途中においては構造的潜在失業の変動がなお中心をなすものと思われる。
しかし、我が国の労働市場においては賃金制度、雇用制度等から中高年層の就職が著しく不利におかれており、しかも、今回の景気後退期においては構造的衰退産業からの中高齢層の離職者増大が予想されるので、景気後退期における対策は失業者の所得保障の強化や最低賃金制の拡充改善による低位就業層の増大を阻止するだけでなく、中高齢層に対する特別の施策が必要であろう。