昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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景気循環の特質と変ぼう

景気循環態形の変化

鉱工業生産の成長と循環

鉱工業生産の循環変動

我が国鉱工業生産変動の特色

長くなった成長局面

 我が国の鉱工業生産が一応の復興過程を終えた昭和28年度の生産指数は89.9(30年=100)であったが、86年度には289.6に達し、生産は8年間に3.2倍という著しい増大を遂げた。この間の鉱工業生産の成長率は、年率にして平均15.8%という高さであり、少なくとも年度平均の指数でみる限り一本調子の上昇を続けてきた。しかしこのような高い成長過程において、我が国の経済は、前後3回にわたって国際収支の悪化に基因する景気循環の波に洗われ、同時に生産もまたそれそれの時期において調整期を経験している。すなわち29年2月、32年5月の金融引き締め政策に端を発した生産の後退と、36年9月から今日に至る調整段階の3回がそれである。

 このような生産変動の型を、四半期ことの鉱工業生産季節変動修正指数の対前期変化率によってみたのが 第I-2-1図 である。これによって描かれる特徴は、循環運動の周期、ことに生産の上昇局面が、今回は前回に比べて長くなっていることである。凶年4~6月の生産後退期から32年7~9月の後退期に至るまでの周期は13期であったのに、今回は37年1~3月までに19期を経過して、生産はまだ後退期に入っていない。しかも83年7~9月期から始まった生産の上昇過程は、37年1~3月期で15期を数え、前回の生産上昇期であった29年10~12月期から、32年4~6月期までの11期と比較して、約1年も長く続いている。一方、生産の後退期間をみると、前々回には、29年4~6月期から7~9月期にかけて、わずか2期の後退をみただけであとは上昇に向かい、前回においても、32年7~9月期から4期を経た後には、生産は回復に転じている。

第I-2-1図 鉱工業生産、製品在庫の対前期比

 このように、生産の上昇過程が低下期間に比べて長いことは、必ずしも我が国に限った特色ではないが、それにしても成長期が後退期の4倍も長く、さらに今回は前回より1年も長く続いたということは注目すべき点であろう。これは戦後の日本経済が、盛んな需要に支えられて常に強い成長力で発展してきたためであり、特に今回の場合は、34年以降の設備投資の強成長によってもたらされた最終需要の異常ともいえるほどの根強さによるものにほかならない。

 次に生産の後退期への転換点を景気変動の型と照らし合わせてみると、過去2回の景気調整期においては、金融が引き締まるやその反応はただちに生産面にも及び、ほとんど1~2ヶ月で生産は減少に転じた。しかし、今回は、引き締め後すでに8ヶ月余を経て、なお生産調整テンポは緩やかである。我が国では景気が下降に転ずるときは鉱工業生産の全般的な需給均衡が破れるまえに、国際収支の悪化から金融引き締め政策がとられ、与えられた衝撃によって生じた有効需要の減退が、生産をして調整過程に追いやってきた。今回も景気変動の始発点は全く従来と同じでありながら、生産への波及過程に大きな遅れをみせている理由は、第2部「鉱工業生産、企業」の項で詳述したとおりであるが、基本的にはやはり設備投資の盛行に伴う産業構造の変化を反映しているものといえよう。

鉱工業生産の成長率の急上昇

 生産の対前期変化率の推移によってえられた上述の循環変動から、さらにすう勢変動、すなわち成長すう勢を取り除き、いわゆる短期の景気変動を抽出したのが 第I-2-2図 である。

第I-2-2図 鉱工業生産の循環変動

 これは28年度以降の四半期ことの鉱工業生産指数から、最小自乗法によってえられたすう勢値に対し、4期移動平均で季節変動及び不規則変動を除いたものの百分率偏差を示したものである。

 まず、28~36年度間のすう勢線からえられる鉱工業生産の成長率は15.6%であるが、さらにそれぞれ2回の景気変動を含む28~34年度と、30~36年度の2期に分けてすう勢成長率をみると、前者は13.6%、後者は18.6%となり、最近における成長率の著しい隆起が認められる。これは、34~36年度が3年連続して前年度を20%も超える高成長を遂げ、この3年間の年平均成長率が22.5%にも達したことによるものである。

 次に、すう勢を除いた短期の循環変動を現したのが、 第I-2-2図 の下部に示される波状曲線である。同図でみられるように、すう勢が激しい動きを示している期間の生産の循環変動はすう勢を求める時期によって非常に異なった動きを生ずる。比較的成長率に変動の少なかった28~34年度間のサイクルは、ほぼ一定の周期、振幅を示し、標準偏差は4.5%と3つの波のなかで最も小さい。その他のサイクルは、振幅はまちまちであり、標準偏差も大きくあらわされる。このことは、我が国の鉱工業生産のように成長率の隆起変動の著しい場合には、適確な循環運動を見い出すことがなかなか困難であることを示している。

 いま、過去10年間の工業生産の循環運動の国際比較を示せば、 第I-2-3図 のようになる。

第I-2-3図 工業生産の成長率と循環の国際比率

 各国のすう勢を画一的に同一期間についてとることには問題もあるが、成長率が最も高く、かつ変動の激しい我が国は、標準偏差も5.9%と、欧米諸国に比べて最も大きい。西ドイツなどの成長率は日本に次いで高いにもかかわらず、すう勢が安定的であるため標準偏差は著しく低い。成長率が変化することは循環変動に大きな影響を与えるもののようである。

 我が国の鉱工業生産の成長率を、近年に至って大きく押し上げ、短期循環変動を変えるほどにすう勢を隆起こさせた要因を探るために、業種別の成長率を比較したものが 第I-2-1表 である。鉱工業生産において試みたと同様に、28~36年度間を2期に分けて年平均増加率をみると、電機、輸送機械をはじめとする機械工業の成長率が終始群を抜いており、我が国の生産を主導してきたことを明りょうに示している。ことに電機、輸送機械は、28年度以降今日まで年率30%を超える高成長を持続しているが、前、後期に分けてみると、電気機械は35%から41%へ、輸送機械は25%から39%へと、30年度以降特に際立った上昇傾向を示している。なかんずく34年度以降の輸送機械は年率で58%という異常とも思える成長を遂げている。後に述べるように、電気機械の急成長は耐久消費財の普及が早くから活発であったためであり、輸送機械の大幅な増加は、モータリゼーションの急速な進展によるものである。さらに一般機械は、34年度までは年率13%と、ほぼ中位の成長速度であったのに、30年度以降は、一躍2倍近い26%という増加率に転じ、34年度からは35%という高さである。これは明らかに34年度以降の設備投資ブームによって需要が誘発された結果である。

第I-2-1表 生産の年平均増加率

 機械工業に次いで成長率の高いのは、石油精製で、エネルギー革命の流れに乗って需要は拡大の一途をたどっている。しかし28年度ころからほとんど一定のベースで増加してきており、鉱工業に占めるウェイトもまだ2%前後であるために、鉱工業全体のすう勢を変えるほどの大きな影響を持ってはいない。

 機械工業と共に鉱工業生産に大きな影響を与えたのは鉄鋼、非鉄金属工業であり、設備投資の盛行を支える生産財産業として大きな役割を果たし、年々の増加率も大幅な上昇変動を示している。

 鉄鋼、機械工業の生産が、民間設備投資といかに高い相関を持っているかは、 第I-2-4図 によっても知ることができるが、後述するような34年度以降の設備投資の躍増が、この時期における鉄鋼、機械工業生産の著しい伸長を促した大きな要因であることは明らかである。

第I-2-4図 鉄鋼、機械工業と民間設備投資との相関

 一方、化学、繊維、紙、パルプ工業といった業種は、高度成長のさなかにあっても安定したテンポで成長を続け、鉱工業生産の成長すう勢を変えるような働きは果たしていない。

 このように、鉱工業生産の成長率を上へ上へと押し上げ、短期循環変動を変えてきたものは、まさに機械工業であり、鉄鋼、非鉄金属工業であった。これらは設備投資の強成長と共に、短期循環を超えたすう勢を創りだしつつ成長を遂げてきたのである。しかしながら、すべての業種が循環を変えるような働きを示したわけではない。上述の化学、繊維、紙・パルプ工業等は、在来の安定したすう勢のもとで、在庫投資変動に密着した循環の型を描いている。次章において、さらにこれらのグループ別に分けて、それぞれの生産の循環変動を吟味してみよう。

設備投資が促した生産の循環態様の変化

鉄鋼、機械工業の循環

 鉄鋼業は戦後の復興過程における傾斜生産時代から、拠点産業の位置を占め、生産力回復には、国家的にも格段の努力が払われ、その後も技術革新の展開に伴う需要の増大に応じて、戦後の高度成長を支える基幹産業の役割を果たしてきた。同時に鉄鋼業自身も、数々の革新技術を体内に吸収し、とりわけ34年度以降に急増した設備投資需要と共に、鉄鋼需要がいよいよ拡大されるや相次いで銑、鋼一貫工場を新増設して、生産能力を飛躍的に増大させた。

 鉄鋼業の生産の推移と、そのすう勢に対する変動は 第I-2-5図 にみられる通りである。28~34年度のすう勢に対する偏差は比較的小さく、循環変動もおおむね規則的であった。すなわち、鉄鋼業の短期変動は前々回及び前回の景気後退期においては、在庫投資変動に伴う短期循環の動きをたどってきた。しかし、30~36年度間のすう勢、とりわけ34年度以降生産は急速に増大し、その循環変動の型を大きく変えている。そして今回の景気調整期においては、設備投資、建設需要の堅調に支えられて生産はしばらくはなお強調を続けたが、ようやく生産財本来の性格から、在庫投資変動の影響を受けて、かなり高率の操短に陥ることになった。

第I-2-5図 鉄鋼業の循環変動

 一方の機械工業は、戦争直後はミシン、カメラ等が、輸出産業として脚光を浴びる程度であったが、資本財機械の伸長、さらには家庭用電気機器の爆発的伸長をみて、鉱工業全業種の中でも抜んでた成長を重ね、34年度以降はさらに一段と加速されて躍進を遂げた。

 機械工業生産の鉱工業中に占める最近の地位については、第2部「鉱工業生産・企業」の項に示される通りであるが、過去の景気回復時、あるいは景気の山にあたる年度の機械工業の業種別構は、耐久消費財や生産財としての電気機械の伸びが著しく、34年度における構成比は、前者は26%後者は10%におよんだ。84年度から36年度にかけては、後にみるように耐久消費財の伸び率はやや鈍化し、一般機械、自動車が機械生産を主導した。34年度以降の設備投資の強成長と、モータリゼーションの進行を如実に物語っている。

 機械工業生産の循環変動は 第I-2-7図 にうかがわれる通りである。既に述べたように成長率は各期において激しい変化をみせ、最近のすう勢の高まりは、到底28年度以降の短期循環を1本のすう勢線を用いてあらわすことはできない。28年度以降の循環変動の標準偏差は、34年度で区切ってみても、あるいは36年度までをとおしてみても、いずれも10%を超えるほど変動幅が大きい。30年度以降のすう勢に対する標準偏差をとれは6.4%と比較的小幅に留まるが、年率35%にも及ぶ30年以降の高い機械生産の増加率が維持されるのでなければ、今後の変動幅が小幅に留まることにはならない。

第I-2-6図 機械工業の構造変化

第I-2-7図 機械工業の循環変動

 機械工業は本来景気変動に敏感な動きをするはずであり、偏差がある程度大きいことは考えられるが、すう勢の変動が激しいため、抽出されるサイクルはいずれの期間をとっても不整であり、短期の循環変動は全くすう勢の異常な高まりの中に埋没している。

 ただ機械工業において、最近特に成長が目立つ部門に自動車産業と耐久消費財機器がある。耐久消費財機器については次項で改めて述べるので、自動車についてみよう。36年の四輪車生産は813千台に達したが、これは数年の16.4倍にあたる。この生産水準は、西欧諸国と比較しても、もはやそれほど遜色があるとはいえないが、車種別にみて、トラック生産が乗用車のなお2倍以上という構成は、西欧とは全く逆の比率を示している。このことは我が国のモータリゼーションが、設備投資の一環として行われてきたことを物語り、耐久消費財的性格を持った欧米のモータリゼーションとは全く性格を異にしている。この意味で、自動車が設備投資関連資本財機械として、鉱工業生産の循環変動を押し上げる1つの大きな力であったことは否めない。我が国においても乗用車が今後どれだけ個人消費に支えられうるかは、機械工業のみならず鉱工業生産全体の循環変動にとっても重要な意味を持つものとみられるのである。

第I-2-8図 自動車生産の推移

耐久消費財の循環

 民生電器を中心とする耐久消費財の動きは、機械工業のなかにあってもまた異なった態様を示している。 第I-2-9図 に示すように洗たく機、トランジスター・ラジオ、テレビ、冷蔵庫、扇風機オルガン、ピアノなどが次々と交代的成長を遂げたが、28年度以降、終始30%を超える成長率を持続してきたのは、主としてテレビのめざましい発展、普及によるものであった。

第I-2-9図 家庭電気機器の生産高の推移

 成長すう勢に対する循環変動の型は 第I-2-10図 に示されるが、前々回の調整期には、消費革命の未成熟もあって変動は大きかったが、30年以降はテレビブームを軸として急速な拡大過程に入ったため、全く景気変動とは無関係な膨張を遂げ、34年には著しく高まったすう勢をさらに15%も上回るという高い隆起を示し、33年の景気回復時の大きな下支え要因となった。35年に入ってテレビ需要がようやく一服するや、すう勢に対する変動も急速に下降に転じ、一般の生産の循環変動とは異なった型を画いている。今後のテレビ需要が、も敏感に反応し、輸出産業としての比重も低下今までのように急激な増大を期待できないだけに、テレビに代わるものが現れない限り、耐久消費財の成長率は、従来とはかなり変わることが予想される。

第I-2-10図 耐久消費財の循環変動

消費関連の安定業種の循環

 前述と同様な方法で、化学、繊維、紙・パルプ工業の生産の循環運動を、そのすう勢からの?離によって求めたのが 第I-2-11図 である。

第I-2-11図 化学、繊維、紙・パルプ工業の循環変動

 これらの業種は、28~36年度を通じて成長率がほとんど変わらず、安定した成長を遂げてきたために循環変動の標準偏差も小さい。特に今回は、好況局面である35年度上期に早くも一部では在庫調整が行われ、35年度下期から36年度上期にかけて既に循環の山を迎えている。

 繊維工業は、天然繊維については従来から操短の繰り返しといわれてきたように、景気動向には最し、需要は微増を続ける程度である。新興繊維であるナイロン、ビニロンをはじめ、32年度以降商品化されたポリエステル、アクリル系繊維も、繊維工業の大勢を動かすまでには至っていない。

 紙・パルプ工業も、段ボール、産業用包装紙の好調等から設備の拡充が行われたが、化繊用パルプの需要停滞、クラフト紙の市況悪化等があって、景気後退への感度は敏感である。

 化学工業では、新興の石油化学はまだ化学工業総生産額の1割を占めるに至らず、合成樹脂、有機合成品もその比重を増したとはいうものの、いまのところは肥料、ソーダなどの旧来部門のウェイトに及はず、化学工業全体の成長率を大きく高めるほどの力を持っていない。

 いずれにしても、これら3業種は、一部において技術革新を進め、新商品を生み出しながらも、消費に関連の深い業種であるだけに、総消費量は比較的個人消費に密着した安定的成長を示している。資本財産業が設備投資強成長を背景に需要超過的な状態にあったのに対し、これら消費関連業種は、いわば供給超過的な逆な状態にある。従って、一度金融引き締めによる中間需要の減退が起こると需給のバランスは崩れ、これら業種の生産は在庫投資変動のまにまに動く典型的景気循環の型を画くのである。

 以上、約10年にわたる鉱工業生産の循環変動形態の検出を中心にみてきた。生産の短期的な循環変動は、基本的には金融引き締めによる在庫投資変動によって、各産業に強く現れている。これを最も典型的に示しているのは、繊維、紙・パルプ、化学などの消費に関連の深い安定成長業種である。しかし、生産の循環変動のなかには、この短期的な在庫投資変動の動きのみでは説明できない大きな流れがある。1つは、消費革命の進展を示す耐久消費財の高い成長すう勢を持った一本調子の上昇であり、他の1つは、設備投資強成長を示す資本財産業の隆起である。

 この2つの動きが、鉱工業生産のすう勢成長率を、最近年次に至るほど、しり上がりに高め、循環変動を大きく盛り上げてきたといえるであろう。

 このような生産の循環変動の要因を解析するために、次に在庫投資変動と設備投資の強成長に分けて検討しよう。

在庫投資変動と最近の特徴

在庫投資形態の変化

 我が国の景気変動において、在庫投資の変動は、極めて大きな役割を果たしている。 第I-2-12図 にみるように、当庁調べの「景気動向指数」(ディフュージョン・インデックス)による景気転換点と在庫投資変動の山と谷はほぼ一致し、また、景気転換期における国民総生産の増減額に対する在庫投資変化の影響力は極めて大きい。すなわち、金融引き締めにはじまる我が国の短期の循環変動は、そのほとんどか在庫投資の変動として現れている。

第I-2-12図 総在庫投資の変動と国民総生産変化に対する比率

 過去2回の循環についてみると、下降局面では、28年度第4四半期の景気の山から、29年度第2四半期の谷までの間、国民総生産の減少額に対する在庫投資の減少は実に2.2倍に及び、また、32年度第1四半期の山から33年度第1四半期の谷までの過程でも、1.9倍に達している。このことは、他の需要要因(設備投資消費支出、その他)の増加を大きく打ち消して、在庫投資が調整過程のほとんどを担ったことを示している。

 景気回復の初期をみても、29年度第3四半期では、在庫投資の増加が国民総生産の増加の1.9倍、29年度第4四半期には52%を占め、また、33年度第2四半期にも42%を示して、回復のきっかけをなしている。

 過去3回の循環を通じてみても、このような我が国の在庫投資変動の性格に、基本的な変化はない。しかし、今回を含めて3回の波を、いま少しわしくみると、そこにはつきのような変化がみられる。

総在庫投資の変動

 まず、国民所得統計により、各種在庫投資の絶体としての総在庫投資についてみよう。

 第1に、総在庫投資の動きは、非常に濃縮された形で変動し、下降期間は短く、また回復の初期においても急激な在庫投資の増加がみられて、急上昇を示している。しかし、この下降も上昇も濃縮された形で変動する、つまり流通、原材料、及び仕掛け品・製品在庫という各種の在庫投資が、短期間に連鎖的に変動するという特徴は、景気の波をへることに幾分変化してきている。

 29年の下降期には、金融引き締めから在庫投資の谷までの期間が2四半期ときわみて短かったが、32年の後退期には4四半期を要し、36年の引き締め時には、既に、2四半期を経過した年度末でも、総在庫投資の減退テンポは鈍く、谷までの期間はおそらくさらに長びくものと思われる。

 在庫投資の上昇期間をみても、前回は11期であったが、今回は約1期長くなっている。もっとも、この間に、6期をへた34年度第4四半期から35年度第4四半期に至る間に軽い在庫調整をみている。今回の上昇過程においてこの軽い調整期をみていることは、在庫投資循環の新しい動きとして注目される。そして、これが後に述べるように、36年9月の引き締め以降の在庫投資の下降の遅れに影響を与えていることは疑いない。

 第2に、成熟期における在庫投資の国民総生産増加に対する影響力は、波をへることに小さくなっている。 第I-2-12図 の設備投資の影響度と合わせみると明らかなように、在庫投資の影響力が波をへるとととに次第に小さくなっているのに反し、設備投資の影響力は大きくなっている。特に、34年度第4四半期以降在庫投資が一時減少した後、35年度第4四半期から再び増勢に転じているのは、設備投資の急増に呼び起こされたものとみられる。

 第3に、このような総在庫投資の国民総生産増減に及はす影響力の低下は、企業の在庫率にも現れている。 第I-2-13図 にみられるように、製造業の売上高在庫率は傾向的に低下をみせてきた。特に、前回の下降過程以降は、この傾向が顕著であり、大企業のみならず中小企業にも低下が明らかにみられる。

第I-2-13図 総在庫の低下傾向

 また、 第I-2-14図 によりアメリカの在庫投資変動をみると、各種在庫投資の動きは在庫投資ゼロの線を中心に上下にほとんど同じ振幅を持っている。すなわち下降期間の長さと上昇期間の長さがほとんど同じで、いわは規則的な波動を画いている。これに対して、我が国の総在庫投資は大きく変動しているものの、在庫投資が負になる期間は短く、その期間中の減少額も極めて少ない。そして傾向的に高まりながら変動している。

第I-2-14図 日本の形態別在庫投資変動形態

 以上を要するに、総在庫投資の変動形態は、我が国経済の高成長に支えられて、傾向的に上伸しながら、金融引き締めに対して極めて敏感で、短期循環の主役をなしている。しかし、その反応の度合いは幾分鈍化し、いわはラグを増大させつつある。また、この在庫投資ビヘイビヤーの変化を反映して在庫率は低下傾向を持っているといえよう。

 この総在庫投資形態の変化の内容を明らかにするため、次に形態別の在庫投資変動についてみよう。

形態別在庫投資の変動

引き締めに対するラグの増大

 総在庫投資が金融引き締めに対して、幾分ラグを増大させている内容を、在庫投資の形態別にみると( 第I-2-14図 )、製品在庫投資のラグが大きくなっているのが注目される。29年度には引き締めと同時に下降に転じた製品在庫投資は、32年度の変動では1期遅れ、今回は1期以上の遅れを生むものと思われる。

第I-2-15図 アメリカの形態別在庫投資変動形態

 また、既に述べたように、今回の上昇過程においては、34年度末から35年度にかけて流通在庫投資や原材料在庫投資がかなり大幅な減退をみせたという今までにない在庫投資の動きを見逃すことができない。

 36年度の引き締め後も、設備投資、個人消費などの最終需要の強かったという事情に加えて、各種在庫の在庫率がかなり低かったことがその後の在庫投資の圧縮を緩やかにしたことは争えない。

製品在庫投資の比重の増加

 製品在庫投資が引き締めに対して幾分ラグを増大させていることに加えて、総在庫投資に占める仕掛け品・製品在庫投資の比重が高まっている。総在庫投資の変動局面における仕掛け品・製品在庫投資の比重は次第に高くなっているが、この関係を寄与率でみたのが 第I-2-2表 である。

 上昇局面において総在庫投資に占める仕掛け品・製品在庫投資の比重は今回の上昇局面で特に高くなっている。前2回の下降局面についてみても、製品在庫投資の比重は、前回の方が前々回より大きい。また、原材料在庫投資の影響は上昇、下降のいずれの局面においても小さくなっている。

第I-2-2表 形態別在庫投資の総在庫投資増減に及ぼす影響(%)

 仕掛け品・製品在庫投資の比重の増大は、製造業の総在庫の形態別構成の推移(総説第28図参照)をみても明らかであり、原材料在庫が相対的に減少し、仕掛け品製品在庫が相対的に増大している。

 このように、総在庫投資の動向は、従来、引き締めに敏感な原材料在庫投資に影響される度合いが強かったが、次第に調整しにくい仕掛け品・製品在庫投資に影響されるようになっている。従って、総在庫投資変動の性格は、幾分引き締めに対して鈍重になりつつあるといえよう。

変化をもたらした要因

 以上にみた在庫投資形態の変化をもたらした要因を、原材料在庫投資を沈静させ、原材料在庫率を低下させた要因と、製品在庫投資を増大させてラグを拡大させた要因に分けてみてみよう。

原材料在庫投資を落ち着かせた要因

 原材料在庫投資の変動を小幅にし、原材料在庫率を低下させてきた要因として、まず、第1に輸入原材料を含めた原材料価格の安定化、低廉化がある。例えば、鉄鋼業の生産能力増大は、前回の景気上昇過程でみられた塩路現象を解消し、価格は安定的な動きをみせたため、鋼材需要者の原材料在庫率を低めることになった。第2に、自由化の進展によって、原材料価格が安定化し、思惑的投資が沈静した。第3には、在庫管理技術の向上があげられよう。価格が安定している場合には、在庫投資はもともとそれ自体で利益を生む性格のものではなく、在庫費用をできるだけ少なくすることが企業の投資利益率を高めることになる。このことは原材料のみならず総在庫率を低下させてきた要因でもある。第4には、生産設備の合理化、近代化が進められたため、原単位が大幅に低下し、また運搬過程の合理化によって原材料在庫が圧縮されるというような生産技術的要因があげられる。また、原材料の転換も、1つの要因として考えられる。たとえは、石油化学の成長による固体原料の流体化、燃料の石炭から石油への転換は、パイプとパイプを結びつけることによって、原材料在庫率を大幅に低下させている。第5に、企業金融面からみて、企業が設備投資資金を優先させている事情がある。技術革新の進展による生産設備の合理化、量産体制の確立などの要請による設備投資の盛行は、企業の在庫投資、なかんずく削減しやすい原材料在庫投資を圧縮し、できるだけ資本の回転率を高めようとするわけである。

 第6に、産業構造的にみても、付加価値増出力の強い機械工業の発展による重工業化の進展、そして生産の迂回化が増大していることは、仕掛け品・製品在庫のウェイトを増大させ、原材料在庫投資を相対的に低下させているといえよう。

製品在庫投資を増大させている要因

 製品在庫投資を上伸させ、ラグを拡大させている要因をみると、第1には、機械工業の著しい成長がある。特に、家庭電気器具、自動車など量産機種の成長は、仕掛け品、製品在庫投資の総在庫投資に占める割合を増大させている。例えば、製造業の製品在庫投資に対する業種別寄与率を 第I-2-3表 にみても、景気の上昇過程、及び下降過程のいずれにおいても、景気変動を経過することに、機械工業はその寄与率を高めている。前々回には、上昇過程で17%、下降過程で39%であったのが、前回では、上昇過程で20%、下降過程で43%、今回の上昇過程では28%を示している。また、引き締め後37年1~3月期まででさえ、既に45‰を占めるに至っている。また、各産業の製品在庫合計に対する機械工業の比重は、28年度平均の14%から36年度には28%と増大し、産業構造の変化を反映している。これと対照的なのは、繊維工業で、同じく 第I-2-3表 の業種別寄与率でみても、次第にその位置を機械工業に譲っている。

第I-2-3表 製品在庫投資に対する業種別寄与率

 第2に、量産体制の進展があげられよう。生産技術的にみて、大量生産方式は大量消費を前提とし、意識的に仕込み生産を行って需要を開拓していく性格が強いが、これは製品在庫の累増をもたらすこととなる。生産規模が拡大すればするほど、この傾向は強まるものといえよう。

 第3に、企業経営的要因として、企業間競争の激化傾向がある。企業の市場占拠率拡大意欲は自由化を迎えて一段と強まり、製品在庫投資を増大させている。また、企業は設備投資の強行により資本費負担などが増大し、これ以上生産を落とせない限界点、すなわち、損益分岐点は上昇傾向にあるので、操業度維持の必要にせまられ、製品在庫の増大にもかかわらず、生産調整による製品在庫投資の削減がしにくくなっている。

 以上、在庫投資の形態の変化とその要因について述べてきたが、企業間競争の激化、設備投資の強成長、産業構造の変化などの要因がもたらした製品在庫投資の増大は、流通、原材料在庫投資を主体とする在庫調整過程に比べて、後退期間を長びかせる性質のものである。また、景気後退期における在庫投資の減り方が遅いことは、それが長びけば長びくほど、以前に比べて引き締めによる設備投資、消費支出など他の需要要因の沈静の時期と重なり合う可能性が強まることになる。これはまた景気上昇期における在庫投資の景気回復力を幾分弱めることともなり、企業の負担を増すこととなろう。

設備投資の強成長とその問題点

設備投資の推移

 戦後における民間設備投資は、 第I-2-16図 にみるように、昭和26年度中に、ほぼ戦前基準時(昭和9~11年)の水準まで回復したが、その後10年をへた昭和36年度には、その6倍余の規模にまで急速に拡大した。

第I-2-16図 民間設備投資額の推移

 いま、その拡大の過程をたどってみると、おおよそ次の3つの特色を挙げることができる。

 第1は、在庫投資に比べて短期的な景気変動の影響を受けることが比較的少なかったことである。第2は、昭和30年ごろを境として、それ以前と、それ以後の増勢には、かなり著しい上昇屈折点がみられることである。第3は、34年以降の設備投資の増勢が、きわだって高いことである。

 以上の3点については、民間設備投資の約9割を占める法人企業の設備投資を中心に、検討を加えてみよう。

短期的な景気変動と設備投資

 設備投資も金融引き締めの影響を強く受ける点では、前節で述べた在庫投資と同様であるが、それによって生ずる変動は業種によってかなりの差が認められる。その理由の1つは、設備投資の性格として、いったん着手した工事は中断が困難なことである。従って、設備投資に占める継続工事の比率が大きく、また工事期間の長い業種ほど、経済情勢の変化に対する設備投資の反応は鈍い。

 例えば、経済成長率と、各業種の設備投資の増減率を比較してみると( 第I-2-17図 )、電力、電気機械等の設備投資は、景気循環に対して、ほとんど1年近いタイムラグを持って変動している。一方、輸送機械、一般機械、化学等の設備投資は前2回の景気循環時においては比較的景気変動と同時に変動している。

第I-2-17図 業種別設備投資の対前年増加率

 第2の理由は、設備投資が耐久的な資本ストック量の増加であるため、過去の設備投資動向や長期需要動向等にも強く影響されることである。例えば、 第I-2-17図 (C)図のように繊維、紙、パルプ等では、競争投資が一時期に集中した反動で翌年の投資は鈍るという不規則な動きがみられる。また後述するように、技術革新産業では、長期需要拡大を期待した先行投資が目立っている。

 このように、金融引き締めに対する反応の仕方が業種によって異なり、また産業の特殊事情が大きく影響するなどの理由により、たとえ個々の産業では大きく変動しても、設備投資全体としては、在庫投資に比べて、短期的な景気変動の影響を受けることが比較的少ない。またその変動の形を前2回の景気循環時についてみると、 第I-2-18図 のように前々回では、タイムラグの影響がかなり明りょうにうかがわれるのに対して、前回では、ほとんどラグは認められない。これは、技術革新投資を背景とした設備投資の上昇力が極めて強かったことが、投資の回復を早め、下方硬直性を強めたためと思われる。このような設備投資の下方硬直性は今回の金融引き締めにおいても、一層強く現れているが、これがどのような自律的な運動につながるかは、別の角度からの分析を必要としよう。

第I-2-18図 設備投資の対前年増加率

設備投資の強成長

 民間設備投資は、昭和30年ごろを境として、急激な上昇をみせている。 第I-2-4表 にみるように、30年以前の平均増加率が約4%たったのに比べ、30~36年の平均増加率は約30%と、桁違いに高い。経済成長率が、その間で、約8%から11%と、それほど増大していないのに比べても、その差が著しい。

第I-2-4表 経済成長率と民間設備投資増加率

 このような30年以降にみられる設備投資の強成長を、 30年を屈折点とした増加率の躍進と、 この増勢が、少しも衰えないどころか、34年以降さらに加速されているという2つの観点から眺めてみよう。

 民間設備投資を、製造業と、「その他の業種」に大別すると、 第I-2-4表 のような動きを示している。その他業種の約5割は、需力を中心とする公益事業、約3割は商業その他の第3次産業の投資で占められているが、30年をのぞけは、26~36年の10年間を通じて年率18%の割合で、ほとんど一様に増加している。30年がやや異常に低いが、これは電力の影響が大きい。全期間を通じてみれは、「その他業種」が設備投資の強成長を、特に助長した作用は少なかったといえよう。

 設備投資の強成長を引き起こした主役は製造業であった。第2表でもあきらかのように、30年までは、ほとんど横ばいに推移した製造業の設備投資は、30年以降一転して年率40%の割合で躍増し、これが30年における上昇屈折点を現出させると同時に、それ以後の強成長を主導している。このように製造業の設備投資が、30年に著しい上昇屈折点を生じた主因は、 第I-2-19図 にもとめられよう。

第I-2-19図 主要3業種の法人企業設備投資

 すなわち、製造業の設備投資のうち5~6割を占めていた繊維、化学、鉄鋼の主要3業種の設備投資が、30年以前では、むしろ毎年減少を続けたのに対し、31~32年にかけて、一斉に上昇に転じたことである。

 もちろん、31~32年にかけて急上昇した理由は業種によって異なる。繊維では、当時輸出の好調であったレーヨン部門や、ナイロンを中心とした合成繊維部門の設備投資が増勢を強めたうえに、綿紡績業でも、過剰設備対策を前にして、「かけこみ増設」が行われ、一時的に設備投資が急増した。化学では、無機部門から有機合成部門、なかんずく石油化学を中心として化学工業の構造変化の本格化する段階で、設備投資が急上昇した。

 また鉄鋼では、「第2次合理化計画」が発足し、第1次合理化計画が、老朽設備の近代化を主目的としたのに対し、国際水準に達した本格的な新鋭工場の建設という、いわば質の変化が加わって設備投資は躍増した。

 これら主要業種が、それぞれ異なった内容を秘めながらも、時期を同じくして、31~32年に設備投資を急増させたことが広範囲な誘発投資を呼び起こした効果は大きく、これが設備投資の強成長を発進させる導因となったと思われる。

 技術革新と設備投資の強成長

 30年に端を発した設備投資の急上昇は、途中に景気循環を経験しながらも、ほとんど増勢をゆるめることなく、約6年間にわたって、年率30%に達する高い増加率を維持した。その主役は、技術革新投資であった。

 第I-2-20図 を示すように、重電機、石油化学、自動車、電子工業等で技術革新投資が急速に増大し、また、鉄鋼では、需要の急増に加えて、製品の多角化と高度化をめざし、新鋭工場が相次いで建設され、これら技術革新投資は、31年以降躍進の一途をたどった。そして、32~33年の景気後退期における設備投資の停滞傾向を一気に解消することができたのも、これら技術革新投資の力によるところが多かった。さらに、35、36年に入って、前述の業種に加えて石油精製、特殊鋼、紙、バルブなど、ほとんどすべての業種で、貿易自由化に備えた技術革新投資が増大し、設備投資の強成長に加速度を加えた。

第I-2-20図 技術革新中軸産業の設備投資

 これら技術革新投資を中核として、新製品の登場は、消費革命を呼び起こし、それが再び技術革新投資を誘発するという流れが発生し、さらに投資需要の急増によって、設備投資関連産業の間で投資が投資を呼び合う新しい流れが加わった。

 産業構造は急速に変ぼうし、その構造変化のわれ目から新しい投資が噴出した。石炭、綿紡、肥料などの部門では、設備投資も沈滞を続けたが、それは成長部門に新しい投資機会を見出していった。

 最近年次における設備投資の急増が、いかにきわたったものであるかは、さきの 第I-2-16図 のように、戦後に行われた民間設備投資総額のほとんど半ば近くが、最近3ヶ年間に行われた事実からあきらかであろう。設備投資の内容も、 第I-2-21図 のように、製造業の比重が増大し、その中でも重工業の比重が目立って増大している。

第I-2-21図 法人企業の設備投資構成比

設備投資の強成長を支えた要因

 設備投資の強成長を支えた基本的な要因は、既に述べたように技術革新の進行過程のなかにもとめられる。しかし日本において、技術革新が、なぜかくも濃縮された形で展開しえたのか、なぜそれが30年以降に生じたのか、そして、なぜ設備投資の強成長という形をとったのかは、別の説明を必要としよう。そして、それは同時に設備投資の将来を卜するうえでも、重要な意味を有するであろう。

 理由の第1は、各産業の需給バランスが、ややひっ迫気味であったことである。もし一部の産業に過剰能力がある場合には、そこで誘発投資のくさりはたちきられ、産業全体としての投資を盛り上げる力は、著しく減勢される。また一部の産業の供給力が大幅に不足している場合でも同様のことが生ずる。しかし、すべての産業の需給バランスがほぼ均衡し、しかもややひっ迫気味な場合には、ある産業の需要増大かたちまち他産業に連関波及し、新しい投資を誘発するというように、産業全体としての投資誘発力は著しく高まる。そして、大体このような活力に満ちた経済情勢に到達したのが昭和30年前後と推定される。

 第2は、最新の技術を受け入れ、消化するだけの技術的な蓄積が行われていたことと、それを実行に移すだけの企業基盤も形成されていたことである。戦後10年間がほぼそのような過程であった」。

 第3の理由は、在庫投資が大きかったことである。在庫投資の大きかったことが、32~33年における景気後退期において、急激な在庫圧縮により、経済を急速に収縮させ、国際収支の早期回復を可能にした。このことが景気後退の影響が設備投資に波及することを最低限に食いとめたわけである。

 在庫投資はこのようないわば景気変動の緩衝装置として働いた消極的な効果だけでなく景気回復期には、縮んだバネの反動を利用して、在庫投資が急速に増大し、これが、設備投資に新たな火を点ずることになり、また投資の強成長が進行する過程では、さらにそれを加速する役目を果たした。

 第4は、企業の投資競争が、極めて強かったことである。経済の成長力が非常に大きい時期には、常にはけしい投資競争を伴うが、そのなかでは、強気と弱気が混在するのが普通である。日本においても、その例外ではなかったが、34年ごろより事情は一変した。すなわち、前回の景気循環期に強気の企業がおさめた収穫があまりにもきわだっていたことが、企業の自信をますます強めさせたと同時に弱気であった企業に対しては、その失地回復のために、新しい投資競争を決意させることになった。

 第5は、資金調達方式が、弾力的であったことである。企業が投資競争を継続するための資金は、銀行借り入れ、増資、社債等により比較的潤沢に調達することができた。外国にみられるように、内部蓄積によって投資が制約される要因、つまり、投資のリスクに対する配慮は、成長に対する確信によって打ち消された。

 第6は、個人消費が比較的安定していたことである。消費革命がかなり急テンポで進展したにもかかわらず個人消費全体の動きは、設備投資の強成長に比べてはるかに安定的だった。

 以上の諸要因によって昨年度の「年次経済報告書」で指摘した「投資が投資を呼ぶメカニズム」の安定的な進行が可能となり、またこのメカニズムが進行するかざり、需給は均衡を保ちながら、設備投資は強成長するという不均衡を内蔵した経済の高度成長か続きえた。

 一方、国際収支の天井が高まったことがそれだけ設備投資の強成長期間を長くする効果を持ったし、豊富な労働力の存在も不可欠な条件であった。

 さらに、所得倍増計画を中心とした政府の成長政策や、貿易自由化等の要因が、35、36年の設備投資を一段と盛り上げる事情もあった。

 以上の諸要因のいずれか1つが欠けても、おそらく設備投資の強成長が、かくも長期間にわたって進行することはできなかったにちがいない。例えば消費が安定的でなく、投資の強成長に誘発されて、これまで以上に増大テンポを早めていたならば、一時的には、経済成長率が一層高まったとしても、早晩需給バランスは崩れ、物価は高騰し、一方貯蓄は不足して、設備投資の強成長は、挫折せざるをえなかったにちがいない。また資金調達が困難ならば、いかに企業の投資意欲は強くとも、投資の強成長は起こりにくい。上に述べた要因が、同時に成り立つすることは、おそらく極めて稀な現象であり、最近数ヶ年にみられる我が国設備投資の強成長が、世界にその例をみないことも、決して理由のないことではない。

設備投資の強成長がもたらした問題点

 設備投資の強成長は、36年度半はにして、今回もまた前回の景気循環時と同様に、国際収支の天井によって制約されることになった。今後の設備投資の動向は、,先に述べた強成長の支持要因がどう変化するかによって定まるであろう。この場合、最も問題になるのは、前回に比べて、経済の構造が、どのような変化を遂げているかである。欧米先進国と比較しながら、この点を明らかにしよう。

設備投資比率の増大

 第I-2-22図 は粗固定資本形成より個人住宅投資を差し引いたもの(民間設備投資+政府投資)と、国民総生産の比率を、最近年次について画いたものである。設備投資として上記のものをとった理由は、統計上民間設備投資のみを抽出することが困難であることと、国によって民間企業の範囲がかなりまちまちであることによる。

第I-2-22図 住宅投資を除いた固定資本形成と国民総生産の比率

 この投資比率が、欧米先進国において、安定した値を示すのに対して、日本では30年を基点として極めて急角度で上昇している。

 アメリカやイギリス等の成熟した経済で、投資率が低位安定することは理解できるが、西ドイツ、イタリヤ、フランスなど、その経済復興の早さが奇跡ともいわれている国においても、日本に比べてはるかに低く、かつ安定的であることは考えさせられる問題である。戦後、技術革新、消費革命、あるいはEEC統合など日本に比べ投資誘因が、格段に少なかったとは考えられないのに、なぜこのような差が生じたのであろうか。

 この図から、ただちに、日本の投資水準が過大であるとか、早晩西欧の水準近くまで低下しなければならないと結論づけることはできない。しかし、図のように、年々欧米諸国との偏差が拡大する発散過程をいつまでも続けうると考えることはむつかしい。投資比率と経済成長率が密接な関係を持つことは、理論的にも首肯できるところであるが、 第I-2-23図 のように、実績においてもかなり高い相関を示している。日本のように、投資比率が年々増大する場合には、必ずしも同じ相関直線上で考えることはできないが、投資比率が増大するほど、それに見合って経済成長率が大きくなる関係は変わらない。そして、これまでの日本経済は民間設備投資の強成長が投資比率を高めると同時に、経済成長率を押し上げる形で推移してきた。しかし、現在の投資比率が、既に非常な高さに到達しており、それに見合った経済成長率も、かなり高いものであることは図から推定される。

第I-2-23図 経済成長率と設備投資比率(除住宅投資)の相関

 このように、投資比率を、経済成長率と結びつけて考えるとき、その比率の高いことは、成長力の強さを示すと同時に、経済成長が別の要因で低位に制約される場合には、需給バランスが崩れる可能性も強いという盾の両面を持っている。そして、前回の景気循環時に比べても、また欧米諸国に比べても、今回の投資比率が、格段に高まっていることが、今後の景気動向に大きな問題をなげかけていると考えられる。

重工業比率の増大

 第I-2-5表 は産業構造の高度化を示すものとして、機械及び鉄鋼、非鉄を合計した重工業の付加価値額が、鉱工業全体に占める割合を現したものである。この表においても、欧米先進国に比べて、昭和30年以降の日本における重工業化のテンポは著しく高い。もちろん、国によって統計の作成方法が異なるため、この図に示される値が、そのまま各国の重工業化の絶対水準をあらわすものではないかも知れない。しかし、少なくとも昭和30年以前では先進国に比べ、最も重工業比率の低かった日本が、わずか5~6年で、内容は別として量的には世界第1流の重工業化国になったことはたしかであろう。

第I-2-5表 重工業比率の国際比較

 しかも、ここで強調されなけれはならないのは、重工業比率の上昇テンポの早さである。

 西欧諸国では、戦後の経済成長率が高く、設備投資も決して少なくなかったうえ、戦後いずれもモータリゼーションの開花期を経験しているにもかかわらず、最近10年間の重工業比率は、ほとんど変化していない。アメリカでは、重工業比率は横ばいから、最近ではむしろ低下傾向すら示している。

 日本のみなぜ、かかる急激な重工業化が進展しているのであろうか。これは、1つには、消費革命が、西欧諸国以上に激しかったことによるが、ここにおいても、設備投資の強成長の影響が決定的であったとを考えないわけにいかない。

 例えば 第I-2-24図 のように、最近5ヶ年間の国民総需要の増加分の内容をみても、日本においては、全体の実に5割は設備投資(固定資本形成)によって占められ、欧米諸外国との差がきわだっていることからも、このことは首肯できるであろう。

第I-2-24図 最近5カ年間の総需要増加分の内訳

 しかし、アメリカ及び西欧諸国にみられる重工業比率の水準や、その内容から考えて、日本においても、現在のような設備投資関連財に偏った形で進行する急激な重工業化は、早晩鈍らざるを得ないのでなかろうか。そして、それを決定するのもやはり、今後における設備投資の動向かいかんであろう。

 この面からも今後国際競争力を強化、重工業製品の輸出を推進することが重要な課題といえよう。

資本蓄積の増大

 設備投資強成長のもう1つの結果は、急速な資本蓄積の増大となって現れている。従来我が国では、経済規模に比べて相対的に資本蓄積が不足気味といわれており、事実、道路、港湾、上下水道など公共設備の不足がかなり目立っている。

 しかし民間企業の生産設備に関する限り、事情は最近急速に変化している。たとえは、36年度の経済成長率が実質で約15%、鉱工業生産では20%を上回る増加を示したにもかかわらず、需給のひっ迫はほとんどみられず、むしろ37年度に入って、景気調整下とはいえ、設備過剰気味の業種も現れている。

 いま資本蓄積量と設備投資の関係を、簡単な仮定をおいて、概算してみよう。民間企業の有形固定資産総額の昭和30年央値は、当庁経済研究所の推計によれよ、約10兆5千億円(30年価格)に達する。民間設備投資の2割は設備更新たにふりむけられ、残りの8割が、翌年度の正味有形固定資産増加額になると仮定して、30~36年の有形固定資産総額を計算したのが 第I-2-6図 である。設備投資が年率30%の割合で増加しているにもかかわらず、有形固定資産額の増加率は平均して10%前後であり、ほぼ経済成長率に見合った値を示している。これは現実の経済においても、需給が大体均衡していた事実と符合するといえよう。

第I-2-6表 有形固定資産額の増加率

 しかしここで注意しなけれはならないのは、設備投資の増加率が、同じく30%前後であっても、有形固定資産額の増加率は、最近年次になるほど、急速に増大していることである。31年では、5.9%に過ぎなかったものが、35年度、11.5%、36年度14.3%に達し、37年度では約16%にまで高まると推定される。今後の民間設備投資が4兆円台に推移すれは、毎年の有形固定資産額の増加率も15%前後の高さを維持することになろう。もちろん、 第I-2-6図 は、設備更新額の推定にも誤差が含まれており、また限界資本係数も変化するので、有形固定資産額の増加はそのまま、供給能力の増加には結び付かない。しかし、設備投資の年率30%という強成長によっても、有型固定資産額の増加率と経済成長率が36年度まではたいたし、等しかったのに対して、今後の経済成長率を8~10%程度とみれば、両者の?離が37年以降急速に拡大するということは、重要な問題をはらんでいるといえよう。

投資と消費の均衡過程における問題点

 以上のように、設備投資の強成長は、需給バランスから考えて、今後も長く継続することは、かなりむつかしく、また仮に継続したとしても、国際収支とか、労働力とか、別の要因によって制約される見込みが強い。強成長がとまれは、「投資が投資を呼ぶメカニズム」も収れんして、自律的に、設備投資が減退する可能性も生じてくる。また別の観点からみれは、欧米先進国の経済と比較して不均衡のはなはだしい部分は、長期的には均衡への過程をたどらざるを得ないであろう。その行き過ぎの目だつ現象の1つは、設備投資の強成長と思われ、またその影響は一部産業界の著しい盛り上がりにもみられる。いいかえれば、ここ数年間にみられた投資と消費の不均衡の幾何級数的な拡大運動は、いつかは止まり、次には均衡化への道程をたどるにちがいない。その均衡過程が、いつ、またどのような形をとって現れるかは、まだ予測できる段階にない。しかし、この過程は、少なくとも、投資の強成長を主動力とした経済成長形態とは異なった形をとる可能性が多い。いまその差異を明らかにする意味で、経済成長率は等しいが、設備投資が年率30%で強成長する場合と、年率10%で減少する場合の二つについて、業種別の需要動向を産業連関表より試算してみた。 第I-2-25図 のように、成長形態の変化の影響は、特定の産業に、極めて厳しい形となって現れる。

第I-2-25図 経済成長のメカニズムの変化が業種別需要増加率のおよぼす影響

 もちろん、 第I-2-25図 は概算であって、絶対値そのものを云々するものではない。しかし、定性的には重要な問題を暗示しているといえよう。

今後の課題

 過去回3の鉱工業生産の循環変動は、引き締めによる在庫投資変動によって引き起こされてきたが、30年ごろを境にもり上った設備投資の強成長に支えられて、上昇期間は長く、激しい盛り上がりを示してきた。しかし、その強成長によってもたらされた強い上昇すう勢は、内部に多くの不安定要因をもち、いきすぎた増勢が鈍化せざるを得ないであろうことは、既にみた通りである。

 もちろんこれはマクロ的にみた設備投資と消費の不均衡から問題を提起こしているのであって、個々の業種、企業についてみれは、まだまだ推進されねばならない設備投資も多い。例えば、技術革新的産業の設備投資は今後も相次いで行われるであろうし、また、素材部門や親企業に比べ従来立ち遅れ勝ちであった加工部門や部品部門の設備投資は強化されねばならないだろう。重工業部門についてみても、増産のための設備投資のみでなく、より質的な向上を図るための合理化投資が、重点的に行われねばならない。

 このように遅れた部門があるものの、最近の設備投資の強成長によって蓄積された膨大な生産設備は、我が国企業の生産力を急速に高め、国際競争力の改善に貢献しているのも事実である。

 従来立ち遅れていた重化学工業品についてみると、量的にも、質的にも、飛躍的な発展を遂げてきた。例えば、発電量、原油処理量などのエネルギー部門のほか、粗鋼、特殊鋼、重電機(回転機器)、工作機械、アルミニウム、プラスチック、セメントなどでも、36年末には世界8~4位の生産量に達するまでに至っている。この量的拡大を遂げたことが、また、生産体制の質的な飛躍をもたらしはじめている。今後に最も問題の多い資本財関連産業についてみても、鉄鋼業、電気機械工業などの上位企業の近代化、合理化は著しく、国際比畑でも、また企業規模でも国際的にあまり遜色ないまでに達している。汎用工作機械、計測器など比較的規模の小さい業種についてみても、上位企業のここ1~2年の技術進歩、工数逓減はめざましく、技術の逆輸出さえ行う例がみられはじめ、ベアリング、通信機、重電機、プラント類の輸出もその緒につきはじめている(機械輸出については第2部「貿易」の項参照)。これらの資本財機械の輸出にとって、問題は数年前のように性能、価格などが劣ることが最大の弱点であった段階から、現在はむしろいま一歩の合理化、高性能化や、さらに延べ払い金融制度、あるいは、アフターサービスなどの問題に漸次重点がうつりつつある段階といえよう。

 他力、最近の高い成長率を支えてきたもう1つの柱である消費革命についてみれば、耐久消費財の多様化と、長期的には乗用車を中心とする一層の高度化が予想される。

 いずれにしても、我が国の鉱工業生産は、資本財関連産業と耐久消費財産業の発展に支えられて急上昇を遂げてきた。しかし、既に述べてきたように、我が国経済の高度成長の形態が、従来の「投資が投資を呼ぶ」設備投資の強成長中心の段階から、今後はより輸出や公共投資、消費などにも支えられた成長形態に、漸次移行せねばならないことが明らかであるとするならば、その過程では設備投資関連業種の受ける影響は特に大きいであろう。従って、これら業種は一層輸出を増大するように努力せねばならない。

 しかし、この成長形態の移行は必ずしもなまやさしいことではなく、設備投資の強成長によって蓄積された我が国企業の真価が問われるのはこれからである。単に短期的な循環の後退期をどう乗り切るかというばかりでなく、成長形態の変化を図りながら長期的な成長すう勢をいかに維持していくかという大きな課題に直面しているといえよう。


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