昭和37年
年次経済報告
景気循環の変ぼう
経済企画庁
景気循環の特質と変ぼう
景気循環態形の変化
戦後における国際収支変動
戦後我が国の経済循環の中で、国際収支の変動が果たした役割は非常に大きなものがあった。いやある意味では国際収支こそが最大の変動要因であったといってよい。
28年以来3回にわたる経済の循環過程を振り返ってみると、国際収支の変動要因としての輸出構造と輸入構造の中に、循環を必然ならしめたいくつかの問題点を指摘することができる。以下輸出と輸入に分けてそれぞれの循環の内容を検討し、さらに新しい国際収支の変動要因として登場してきた資本収支の問題について検討を加えて、国際収支変動の構造を多少なりとも浮き彫りにしてみよう。
輸出変動要因とアメリカ景気
戦後の輸出変動とアメリカ景気
戦後における我が国の輸出額の推移をみると、急速な増加が2~3年続いたあと、1年内外は停滞ないし若干の減少を示すというかたちを繰り返している。すなわち、昭和24年から26年にかけて、輸出額は2.7倍に激増したが、その後、27・28年は停滞を示した。また、29年から32年までに、再び2.2倍の飛躍を示した後、33年には前年と同水準にととまった。最近では、34年に前年比20%、35年にはおなじく17%と大幅な増加をみたが、36年には5%の伸びに留まっている。
このような輸出の変動は、主として世界経済、特に世界貿易の動向によって生じている。この点は 第1-4表 のように、相手市場の輸入需要の動きと、日本からの輸出との間に、極めて密接な相関関係があることによっても示されている。もちろん、国内景気の変動による輸出圧力の大小も、鉄鋼など一部商品については、輸出の推移にかなりの影響を与えている。しかし、我が国の輸出商品には、生産能力に余裕のある繊維や、国内の投資需要とは直接競合しない軽機械、雑貨などが多く含まれているため、全体としてみると、輸出圧力の変化が輸出の推移に与える影響はそれほど大きくないとみられる。
輸出の変動が、世界経済、特に世界貿易の動向によって左右されるという現象は、決して我が国に限られたことではない。しかし、日本の場合は、アメリカの景気変動に敏感に反応しているのが特徴である。日本の輸出総額、対米輸出額、及びアメリカの工業製品輸入(いずれも季節変動調整ずみ)の三者の推移をみると、第24図(総論)のように、27~28年までは、我が国の対米輸出の比率が未だ低く、しかも、アメリカの景気と西欧のそれが異なった動きを示したため、対米輸出と日本の輸出総額の間に密接な関係はみられない。しかし、28年末から35年はじめにかけての約7年の間、我が国の輸出総額と、対米輸出がほとんど同様な動きをみせている。我が国の輸出が急速に増大した29年後半から31年半ばまでと、33年末から35年初頭までの期間は、いずれもアメリカの景気上昇期に当たっており、対米輸出も急激な増加を記録した。一方、日本の輸出が停滞ないし減少した32~33年は、アメリカの輸入も停滞した時期であった。
我が国の輸出が、アメリカの景気変動によってこれほど大きく左右されてきた第1の理由は、日本の対米輸出比率が大きく、しかもこの期間にますますたかまる傾向を続けたことにある。アメリカは我が国最大の輸出市場であり、輸出全体に占める対米輸出の比率は、26年の14%から、次第にたかまり、34年には30%に達した。この間の輸出増加額の40%が、対米輸出の増加によるものであったことを考えれば、日本の輸出の推移が、対米輸出によって大きく支配されたのも当然であったといえよう。
第2の理由としては、アメリカ景気変動の間接的影響も大きいことが挙げられる。アメリカの生産活動が低下すると、アメリカの輸入需要自体が衰えるだけでなく、世界貿易全体にも悪影響を与える。各国の対米輸出が減退することはいうまでもないが、特に後進国への影響が大きい。たとえは、28年第2四半期から、29年第3四半期までの間に、アメリカの総輸入額は11%低下したが、後進国からの輸入減少は17%に及んだ。後進国の輸出所得減少は、当然、後進国の輸入額の減少をもたらし、日本の後進国向け輸出にも悪影響を与える。
第I-1-1図 はアメリカの後進国からの輸入額、後進国の工業国向け輸出、後進国の輸入額、及び我が国の後進国向け輸出の推移を示したものである。これでみても、アメリカの景気が、後進国の輸入力に大きな影響を与えること、また、我が国の輸出が後進国の輸入動向に大きく左右されていることが明らかである。
第I-1-1図 アメリカの輸入、行進国輸入、及び日本の後進国向けの輸出推移
我が国の輸出総額に占める後進国市場の比率は、28年には59%に及び、その後次第に低下したとはいえ、なお5割近くを占めている。従って、その動向は輸出全体の動きに少なからぬ影響を及ぼしている。
このように、我が国の輸出は、直接、間接に、アメリカ景気の動向に大きく依存していた。西欧工業国に比べて、輸出変動が大きかったのも、主としてここに原因があったと考えられる。西欧諸国の場合、 第I-1-2表 にもみられるように、対米輸出は輸出総額の10%以下であり、また、後進国向けの比率も20~30%に留まっており、アメリカ景気の影響は、我が国に比べて著しく小さいと考えられる。
輸出安定性の増大
34年ころまでの我が国の輸出変動は、アメリカの景気動向によって左右されたといっても過言ではない。しかし、 第I-1-1表 にもみられるように、この関係は最近2、3年来、かなり変化し、アメリカ景気の動向にそれほど敏感でなくなっている。例えば、アメリカ経済は35年はじめから下降に向かい、これに伴って対米輸出もかなりのテンポで減少したが、輸出全体としては同年秋ころまで漸増傾向を続けた。また、対米輸出は36年はじめを底として、アメリカの景気回復と共に急速な増加に転じたが、輸出全体としてみると、36年末まで停滞状態を抜け出すことができなかった。
このように、アメリカの景気が、我が国の輸出に与える影響力は相対的に低下している。これはつきのような原因によるものと考えられる。
第1は、世界貿易に占めるアメリカの比重が低下したことである。28年にはアメリカの輸入額は世界輸入総額の26%を占めていた。しかし、そのご西欧や日本の経済が急速な発展を続けたため、アメリカの比重は次第に低下し、36年には23%まで減少している。この傾向は、後進国からの輸入についてはさらに著しい。28年当時は、後進国の工業国向け輸出のうち、32%はアメリカが買っていたが、この比率は35年には26%に低下している。従って、アメリカの不況が、世界貿易、特に後進国に与える影響はそれだけ小さくなったわけである。
第2に、西欧や日本で経済力の充実が進んだ結果、工業国に関する限りドル不足問題も解消し、たとえ対米輸出が減少しても、当分の間は自力で経済成長を続けるだけの底力を備えるようになった。
35年に、アメリカの景気後退、対米輸出の減少にもかかわらず、西欧も日本も、急速な経済拡大を続けることができたのはその現れである。
特に注目されるのは、西欧、日本の好況によって、後進国の輸出が、アメリカの不況を尻目に、増大を続けた点である。34年第4四半期から36第1四半期までの間に、アメリカの対後進国輸入額は年率8億ドルの減少を示した。しかし、この間、西欧の対後進国輸入は、12.6億ドル、日本のそれは2.8億ドルの増加を記録したからである。従って、後進国の輸入も増加を続け、我が国の後進国向け輸出も、アジア、アフリカ、中南米を通じて大幅な増加をみせ、対米輸出の減少を十二分にカバーすることができた( 第I-1-3表 参照)。
この点は、28~29年のアメリカの景気後退に際して、工業国の対後進国輸入が減少し、29年に入って我が国の後進国向け輸出が伸び悩んだことと比べると、著しい変化だといえよう。
もっとも、アメリカの景気が我が国の輸出に与える直接的影響は、必ずしも小さくなっていない。
第3表は過去3回の景気後退期について、対米輸出の減少が、我が国の輸出総額をどれだけ引き下げる力を持っていたかを計算したものである。
対米輸出がほとんど減らなかった32~33年をのぞくと、影響度は共に約7%で、特に大きな変化は認められない。個々の品目について検討してみると、対米輸出の規模が拡大するにつれて、景気に対する感応度はむしろたかまる方向にある。
このように、アメリカ景気の直接的影響は依然としてかなり大きいが、後進国貿易を通じる間接的な影響は著しく小さくなったため、我が国の輸出がアメリカ一国の景気変動によって左右される程度は低下した。その結果、我が国の輸出の変動幅も次第に縮小する方向にある。 第I-1-2図 は最近12年間を3期に分け、それぞれの期間における輸出の傾向線を計算し、各四半期の輸出実績が傾向線からどれほどはなれているかを示したものであるが、これでみても、輸出の変動が期を追って小幅になっていることが明らかである。
変動幅の大きい輸入の循環
輸入変動の幅は著しく大きい。
いま四半期別の輸入額からすう勢を除去してその循環をみると 第I-1-3図 の通りで、鉱工業生産の変動幅に対して輸入の変動幅は著しく大きい。国民所得の変動や輸出の変動と比べた場合も同様なことかいえる。このように輸出に比べても生産に比べても非常に変動の幅が大きいことが輸入循環の1つの特徴である。
他の諸国の場合も 第I-1-3図 に示すように生産変動よりも輸入変動が大きくなる傾向があるが、戦後国際収支の変動に悩まされたフランスを除いては、輸入変動の幅は我が国に比べてかなり小さい。このように国際的にみても日本の輸入変動は大きく、そのために国際収支の危機を招きやすいのである。
輸入は景気上昇の後半期に急増する。
さらに第3回の輸入循環の形態をみると、それぞれ異なった特徴をもちながらも、いくつかの共通点を持っている。その1つとして輸入上昇の後半期における急増を挙げることができる。
3回の輸入上昇を前半期と後半期に分けてみよう( 第I-1-4図 参照)。いずれの場合も前半では生産の伸びにみ合ったモデレートな上昇をしているが、景気が成熟段階に達した後半の約1年間というものは急激な上昇を示しているのである。
第I-1-4表 は輸入増加の内容を、輸入上昇の前期と後期に分けてみたものである。食糧以外の消費材が、全体とは逆の動きを示し、また燃料の動きがあまり全体と一致しない他は、各品目とも景気上昇の後期に至って輸入が急激に増加している。素原材料、製品原材料、機械などはいずれも典型的な後期急増型である。これは景気の成熟期には素原材料の輸入依存率が上昇し、同時に在庫率も高まること、製品原材料特に鉄鋼製品の輸入が国内需給のひっ迫から急激に増大すること、高い設備投資の増大に対して機械輸入が遅れて通関面に現れることなどによるものである。
このように我が国の輸入変動は振幅が著しく大きく、しかも景気上昇の後期に急増するという性格を持つため3回の循環を通じて国際収支の悪化を招き、引き締め政策を必然たらしめたのであった。
ではなぜこのように生産の変動に対して輸入の変動が大きくなり、しかも上昇の後期にそれが集中するのであろうか。以下このような輸入変動の形態をつくり出している諸要因について分析しよう。
素原材料輸入の循環
輸入全体の中で素原材料は大きな比重を占めているが、その変動はかなり激しい。素原材料輸入の循環を決定する要因は(イ)輸入素原材料を主として消費する輸入関連産業の循環変動(ロ)輸入関連産業に対する素原材料消費の弾性値(ハ)在庫変動(二)輸入価格の変動、に分けて考えることができる。
輸入関連産業の循環
輸入素原材料を主として消費する鉄鋼一次、非鉄金属一次、紡績、ソーダ、石油製品ゴム、皮革の各種をとり、それそれのウェイトをかけて輸入関連産業の生産指数を作ってみると、その生産変動は 第I-1-5図 にみられるようなものになる。これによっていいうることは、輸入関連産業の変動は、鉱工業生産全体の変動より大きいということである。これは32年の場合は繊維産業の変動が大きかったことにより、また今回の場合は鉄鋼業の変動が大きかったことによる。(第2部鉱工業の項参照)。
輸入関連産業の原材料消費
輸入関連産業の変動が鉱工業生産の変動より大きいことは上に述べた通りであるが、輸入関連就業の生産に対する素原材料消費の弾性値はどうであろうか。それについては興味ある事実が指摘される。さきの 第I-1-5図 にみるように、前2回の循環では輸入素原材料の消費変動は輸入関連産業の生産変動よりも大であった。その弾性値は各上昇期においてそれぞれ1.06、1.32であった。
ところが今回の上昇期においてその弾性値は0.84と1を下回り、輸入素原材料消費の伸びは鉱工業生産のそれとほぼ同じで安定した推移を示したのである。
従って前2回の循環では輸入業原材料の消費変動は鉱工業生産の変動よりもかなり大きかったが、35~36年の場合は鉱工業生産に対して安定的に推移した。このような輸入素原材料消費の安定は、1つには鉄鋼生産における鉄くず消費の伸びが比較的低かったこと、また紡績中に占める合繊比率の著しい上昇、ゴム工業に占める生ゴムの比重の低下など、原料転換の動きによるものであり、第2には前2回の場合にみられた好況下では原単位が悪化するという現象が、国際競争を意識した今回の上昇期に現れなかったことによるものである。
在庫変動
3回の循環を通じての輸入東原材料の在庫変動は、企画庁調査局で凶年以来の在庫投資を推計したところによると次のような推移を示している。
まず、28年の場合は年初から引き締め時の10月にかけて1億ドル足らずの在庫増がみられたに過ぎなかった。これに対して32年の場合は31年度中に2億ドルの在庫投資が行われ、32年4~6月期にはさらに1億ドルの投資がなされた。この時は周知のようにスエズ動乱があって、原料特に原油の価格騰貴があり、思惑的な在庫投資が行われたために、在庫変動の幅が大きくなったものである。36年の場合も2億ドル程度の在庫投資がなされたが、輸入原料の価格上昇という要因がなかっただけに、32年に比べるとその変動率は小さかった。
ところで在庫投資変動には、かなり季節的な要素が含まれているので素原材料の輸入。消費共に季節性を除去してみたのが 第I-1-6図 である。(推計方法については付表第17表参照)これでは在庫投資の循環がかなりきれいな形で表されているが、やはり景気上昇の後期に在庫投資が集中的に増加することがわかる。この在庫投資の増加と共に在庫率も高まるが、これは1つにはメーカーが生産の上昇期には多少余分の在庫をもとうとするためであり、第2には販売業者在庫が投機的に増加するためであろう。第2部貿易の項(52ページ)に述べたように、今回の循環期には投機的な在庫投資が少なかったのであるが、それでもやはり、上昇後期に在庫投資が急増するという現象には変わりがなかった。このようにして輸入素原材料の在庫投資は上昇後期における素原材料の輸入を押し上げているのである。
ところで輸入素材料の在庫率は景気下降の初期においてはむしろ急速に増大するので、その循環は原料消費や在庫投資の循環に対して、一定期間の遅れを持つが、25年以来の推移をみると 第I-1-7図 のように26年と33年にピークを有する循環がみられる。これらのピークはそれそれ朝鮮戦争とスエズ動乱後の投機性を含んだ原料買い付けの結果であるが、この循環を通じて在庫率は変動幅が縮小し、同時にその水準も低くなってきている。そして36年の場合にはその循環は在庫率の変動という形では現れなかった。従って原材料の在庫循環はすう勢としては安定化の方向にあるものといってよい。
なお素顔材料の価格変動は日本経済にとっては外的な条件であるが、それが輸入変動に大きく影響したのは、3回の循環のうちでは32年の場合に限られる。28年及び36年の場合はその価格は安定的であった。
製品原材料輸入の循環
ここでいう輸入製品原材料とは卑金属、化学薬品類、石油製品などであるが、その消費の変動は 第I-1-8図 にみるように、生産活動に比べて著しく大きく、先に述べた輸入素原材料の消費に比べても変動幅はより大である。またその在庫変動率も素原材料の場合よりも大きい。その結果製品原材料輸入の変動は非常に大きなものとなり、景気上昇後期における輸入急増に重要な役割を果たしている。これは輸入製品原材料というものが、国内生産の需給関係に対して限界供給者的な意味を持っためであろう。鉄鋼は輸入製品原材料の中でも主要なものであるが、国内の鉄鋼業稼動率と鉄鋼輸入の動きをみると、稼動率が高まった段階で輸入が急増するという関係にある。
なお、輸入製品原材料の消費は、35、36年には比較的上昇が緩慢であるが、これは32年当時と比べて国内の設備能力が一段と充実した結果である。今回も多量の鉄鋼が輸入されたが、それは前回と異なって銑鉄に限られ、鋼材輸入はほとんどみられなかった。設備能力が充実し、国内需給バランスが改善されていけば製品原材料輸入の変動もより安定したものになろう。
完成財輸入の循環
完成財の輸入変動は原料の輸入にくらべて相対的に小さいが、やはり輸入の急増期には増加することに変わりはない。ただ完成財の輸入は循環性の強いものと弱いものがあり、また循環性を持つものも原料の場合のように生産と直結した動きは示さないので、完成財を機械と消費財に分けてその循環性を考えてみよう。
機械
機械輸入の変動は 第I-1-9図 のように設備投資及び機械の納期と密接な関係がある。そしてその動きは1年間のラグを示しているのであるが、これは機械輸入の申請と入着の差が平均して1年前後であるためである。これによって機械輸入の動きは設備投資に大きく左右され、それに対して1年のラグを持って動くこと、また国内機械メーカーの納期が長くなると、33年や36年のように汎用的な機種までも輸入されるために、その輸入が増えるが、その間にもやはり1年程度のラグがあること、を知りうる。けれども機械輸入はどちらかといえは循環性よりも趨勢的な上昇の方が大きく、また国内景気に対しては1年間の遅れをみせるので、特に輸入の抑制期にその減少を困難ならしめる要因として働くのである。
消費財
輸入消費財をその性格に応じて分類し27年を100としてその推移を示すと、 第I-1-10図 のようである。このうち食糧1というのは必需的な食糧品、食糧IIはし好的な食糧品である。また奢侈品というのは香料、化粧品、時計、カメラ、宝石雑品などを合計したものである。衣類には織物を含めた。これでみると消費財のうち特に循環性の大きいのは、家具類、衣類、穀物を除いた必要食糧品であり、奢侈品とし好的な食糧品とは多少の屈折はあるがあまり循環性は明りょうでなく31年以来増加の一途をたどっている。これには自由化の影響が大きい。なお穀物輸入だけは減少を続けている。
ところでこうした消費財輸入の循環を決定するものは何であろうか。従来は消費財の輸入に対しては外貨予算で割り当枠がきめられていたので、その枠の大小によって消費財輸入の増減が決定されていたといってよい。しかしながら、その変動は国内の消費需要と全く無関係ではあり得ないはずである。けれども国内の個人消費支出は年々増大しているので、そのままでは消費財輸入の変動を説明する材料にはならない。そこで輸入消費財を主として消費すると考えられる都市の所得上層の消費支出(全部市勤労者世帯分5位の上層2位)をとり、さらにそれの対前年比増減率をみると、 第I-1-10図 の下方のような変動を示す。これは消費財輸入の循環とかなりの相関性があるとみてよい。
このように消費支出の変動率の変化によって消費財輸入の変動を説明できるというのは、輸入消費財かまだ国内消費財市場に全面的には入り込んでおらず、その限界支出部分の多寡によって変動が左右されるためであろう。
今後自由化によって直接的な輸入制限措置をとることができなくなると、機械や消費財の輸入は国内の最終需要の動きとより密接に結びつくようになる。従ってその輸入変動のパターンや役割も、従来とは異なったものがみられるようになろう。
輸入変動を生産変動より大きくする要因
以上に述べた生産変動と輸入変動との関係を 第I-1-5表 のようにまとめてみよう。
これは生産変動に対する輸入変動の弾性値を次のような比率分析の考え方に基づいて、いくつかの要因に分解したものである。
総輸入額の増加率/鉱工業生産の増加率=輸入素原材料消費の増加率/鉱工業生産の増加率×素原材料輸入(数量)の増加率/輸入素原材料消費の増加率×素原材料輸入額の増加率/素原材料輸入(数量)の増加率×原料輸入総額の増加率/素原材料輸入額の増加率×総輸入額の増加率/原料輸入総額の増加率
(原料輸入総額=製品原材料輸入+素原材料輸入)
まず鉱工業生産に対する輸入素原材料消費の弾性値は前に述べたように前2回の循環では1より大きかったが、今回の循環では1よりも小さく安定していた。しかもこの弾性値の減少にはすう勢的なものがみられるのである。従って輸入素原材料の消費は、輸入全体の変動を安定化させる方向に作用しているといってよい。
なお下降期はおけるこの弾性値は非常に大きく、輸入の減少に大きな役割を果たしている。
次に輸入素原材料消費に対する素原材料輸入(数量)の弾性値は在庫投資の増減を示すが、その値は前回の循環で最も大であった。
素原材料輸入の数量指数に対する価額指数の比率は価格指数に他ならないので、表では弾性値としてではなく、価格変動そのもので示した。
輸入素原材料の価格は、28~9年にむしろ低下気味で原料輸入の安定要因となった。また今回の場合も大きな変動は示していない。それに対して32年の場合は、この価格変動によって、かなりの輸入増大をみなければならなかったことがわかる。
素原材料の輸入に対する原料輸入総額の弾性値は、製品原材料輸入の変動を示すが、特にこれが上昇期における輸入急増要因としては大きく作用していることがわかる。けれどもその弾性値はやはりすう勢的に低下しており、安定化の方向に向かっている。
原料輸入総額に対する総輸入額の弾性値は完成財輸入の変動を示す。28年には食糧輸入の増大によってその弾性値は1を上回ったが、この特殊要因を除くと、概して完成財の輸入は総輸入額の変動に対して安定的に作用したことがわかる。
けれども今回の上昇期には主として機械輸入の増加によって弾性値が1より大きくなり、輸入変動を大きくする要因となっていることは注目する必要がある。
以上のように3回の循環を通じて輸入の変動を大ならしめた要因は、28~9年の場合に消費財特に食料を中心に完成財輸入が大きかったこと、また輸入素原材料消費の変動が大きかったことであり、32年の場合は素原材料の在庫投資が大きく、価格の上昇も加わったこと、また製品原材料(特に鉄鋼)の輸入が急増したことである。さらに今回の場合は素原材料の在庫投資もあり、銑鉄を中心とした製品原材料輸入の増加もあったが、従来と異なった要因として機械を中心とした完成財輸入が輸入変動を大きくしたことを挙げうるのである。
従って3回の輸入上昇を性格づけるならば、第1回は食料輸入の増加により、第2回は輸入価格の騰貴投機的な素原材料の在庫投資及びボトルネックの発生による鉄鋼輸入の増大により、第3回は設備投資に主導された輸入増大によって生じたものであるといってよい。
今後の輸入変動
このように大幅な輸入変動が、今後は縮小して行く見通しがあるであろうか。少なくとも3回の輸入循環を比較した限りでは、輸入全体の変動がそれ自体としてもまた生産変動に対しても縮小するという傾向を見い出すことはできない。
鉱工業生産に対する輸入素原材料消費の弾性値が安定化の方向にあること、輸入素原材料の在庫投資も安定化してきていること、また製品原材料の輸入変動が縮小していることは今後の輸入変動を安定化する大きな要因となろう。
けれども原材料輸入の変動が安定化の傾向をたどる一方、完成財の輸入が今後の輸入変動に大きな比重を占めるようになることが予想される。機械輸入の設備投資に対する比率は、昨年の白書で分析したように国際的にみてまだ低い段階にある。従って、自由化が進めは、その比率が欧州の先進国なみた高まる過程で機械輸入の比重は大きくなろう。また消費財も自由化によって、国内の消費支出変動とより密接に結びつくようになろう。従って完成財輸入の変動が安定するか否かが、今後の輸入変動を縮小させるか否かの鍵となりうるのである。
輸出入変動と国際収支
我が国の国際収支は、数年、32年、36年と、4年ことに大幅な赤字を記録し、外貨準備の急激な減少─国際収支危機を克服するための景気抑制対策の発動─ 景気後退という過程をくり返している。しかも、これらの年は、いずれも、好況の第3~4年目に当たっている。
国内景気の上昇が3~4年続くと、国際収支が急激に悪化し、外貨危機に陥るのは、次のような原因によると考えられる。
第1のそして最も大きな原因は、輸入の急増を中心とする、貿易収支の急速な悪化である。前述のように、好況の初期には輸入増加は比較的小幅であるが、好況が2年ほど続くと、輸入が急激に増加するという傾向がある。すなわち、28年には、 第I-1-6表 のように、輸出もかなり増加したが、消費を中心とする国内景気の上昇につれて、輸入が激増したため、貿易収支は大幅の赤字となった。31年から32年なかはにかけても、設備投資の増勢に、スエズ動乱の影響による在庫投資の急増や輸入価格の上昇が加わったので、輸入額は年率60%近い増加を記録した。このため、輸出が年率20%近くの増加を続けたにもかかわらず、貿易収支は年率10億ドルという巨額の赤字を示した。また、35年秋から36年秋にかけては、輸出が停滞を続ける一方、輸入は急テンポの増加を続けたため、貿易収支の著しい悪化をもたらした。
一方、29年と33年には、景気調整の進展に伴って、輸入が急激に減少し、貿易収支は急速に改善され、大幅の黒字に転じた。
このように、我が国の貿易収支の変動は著しく、欧米諸国に比べると大幅である。 第I-1-7表 は、貿易収支の前年に対する変化が、各年の輸出額の何パーセントに当たるかを示したものであるが、多くの国ではほぼ年10%以下に留まっているのに対して、我が国では、20%を超えた年が、8年間に4回をかぞえている。この点からみても、日本の貿易収支の変動が、その輸出規模に比べていかに激しいかが理解されよう。
第2の要因は、輸入増加期には貿易外経常収支も悪化することである。戦後我が国の運賃保険料収支は赤字を続けているが、特に輸入急増期には、大量の原燃料の輸入に伴って邦船積み取比率が低下し、海運収支の赤字が増加するためである。
第3に、戦後の我が国への資本流入は34年ごろまで極めて限られていたため、経常収支の赤字が、直ちに、総合収支の悪化、外貨準備の減少をもたらしたことである。たとえば、32年には、経常収支の赤字384百万ドルに対して、外貨の流出は417百万ドルにのぼった。この点、西欧諸国では民間資本移動が活発で、 第I-1-7表 のように貿易収支の変動をある程度相殺する効果を持っているのに比べると、著しい相違であった。
第4に、我が国の外貨準備の水準が、貿易収支の変動幅に比べて不充分なことである。 第I-1-11図 は、主要国の金外貨準備の水準とその変動幅を過去10年間について比較したものである。
我が国の外貨準備は、平均して輸入額の3.7ヶ月分で、西ドイツ、イタリアに比べると低い。しかも、変動係数は33%と、フランスに次いで最も大きくなっており、日本の外貨準備が、低水準で、大幅な増減をくり返していることを示している。スウェーデンの外貨保有は、貿易規模に比べると我が国より少ないが、変動の幅も小さいため、大きな外貨危機に見舞われないですんでいる。
このように、我が国の外貨準備が不充分であったため、貿易収支が悪化し始めると、短期間のうちに外貨の大きな部分が失われ、外貨危機のおそれが生じ、景気調整策の採用を余儀なくされたのである。
もっとも、最近2、3年来、我が国においても、資本の流入がかなりの額に達しており、経常収支悪化のショックを、資本収支で吸収し得る条件がある程度整えられている。すなわち、為替取引の自由化が進み、また日本経済の実力に対する海外の認識がたかまるにつれて、長期資本の流入は35年以来かなり活発になり、36年度の純流入額は173百万ドルに達している。また、短期資本も、非居住者自由円勘定の創設、輸入ユーザンス規制の大幅緩和等を契機に、35年半ばから36年半ばにかけて8億ドルの純流入をみた。輸出が35年秋から停滞状態となり、経常収支が、36年はじめから多額の赤字を示したにもかかわらず、外貨準備高が36年4月まで増加を続けたのも、もっぱら短資の流入によるものであった。
もっとも、短期資本のなかには、かなり不安定なものも含まれており、資本移動の規模が拡大されたといることは、同時に資本流出の危険性も増大したことを意味している。
既にみたように、我が国の輸入は、景気の急速な上昇か続くと、急テンポで増大する傾向を持っている。最近においては、国内供給力の増大や、在庫投資態度の鎮静化など従来に比べて、輸入の変動幅を縮小させる要因も現れている。しかし、その反面、貿易収支の悪化が、投機的資本の逃避、一部長期資本の引き上げなど、資本流出を誘発する危険も大きくなっている。従って、今後再び国際収支の急激な悪化を繰り返さないためには、経済拡大がいきすぎて経常受取と安定的資本流入の範囲をこえて支払いが増大しないよう、経済政策の慎重、かつ弾力的な運用を行う必要がある。